4.一目連
今回は少し長いです。
台風、それは日本の気象現象の一つ、海外ではサイクロンやハリケーン等と言ったりもする、一言でいうと人的被害を伴う雨風だが。
「こんな時に来なくて良いと思うんだが」
「全くだよねえ」
「その通りです」
俺の務めるオフィスビルの警備室、報告書を書いている後ろで鷹瀬麻美と月島あぐりが俺の言葉に同意してくるが、彼女たちは特に勤務では無い、その証拠に二人とも私服だ。
「何で君らここにおんねん」
なんちゃって関西系お笑い芸人みたいな言葉遣いになるが気にしない、気にしたら負けである。
「明日勤務だからだよ?」
「私は明日鷹瀬先輩にOJTについてもらうので」
うちの会社には災害時に備え、前日から現場に宿泊する制度がある、会社からいくらか手当てが出る、まあなので台風とかで公共交通機関が止まりそうな時には結構皆出てくるのだが。
「俺が聞きたいのはそういう事じゃないの、なんで警備室におんねん、倉庫の方にちゃんと仮眠道具があるんだからそっちに」
「天利先輩、私達ご迷惑ですか?」
月島が上目遣いに瞳を潤ませこちらを見てくる、やめろ、何か俺が悪い事したみたいな気分になるじゃないか、ていうか俺の知ってるかっこいい月島あぐりはどこ行った。
「先輩ハーレム物のエロゲー好きらしいじゃないですか、美少女二人警備室で侍らせる肉欲鬼畜警備員的な」
お前ら美少女って年でもないだろうとは口にはしない、月島はガチもんの美女だが腕に弾痕とかあるんだよな、鷹瀬もいつぞの事件の所為で体に月島程ではないが傷痕がある、というかそれ俺の趣味じゃないからな!
「俺は純愛大好きなロリコンなの、君らみたいにミサイル搭載してるお姉さんたちに興味は無いの」
3分の2は嘘ですはい、ハーレムは嫌いじゃないけど純愛が好きです。後ロリコンじゃないし、ミサイル搭載してるお姉さんとか大好きですってかやめろ、お互い向かい合って胸を揉み合うんじゃないよ。
逃げたい、超逃げたい、でも外が台風でヤバいから夜間の外周巡回は行かなくていいってなってる、というか何かあった時困るから行くなって言われている。
「鷹瀬先輩って着やせしますよね、凄いボリューム」
「月島さんこそ、凄いモデルさんみたいに腰細くて羨ましー」
聞こえない聞こえない、あー! あー! 何も聞こえなーい!
「ねえ先輩、先輩はどう思います?」
「何で俺に聞くんだよ……」
「客観的な異性の感想を聞きたいので」
ラブコメだとエッチな回ですかそうですか、だが俺にはそうイベントは不要だ、というか女は苦手だ。
「女性の体に貴賎は無い」
うん、貴賎は無い、だから俺に仕事をさせて、もう絡んでこないでお願いします。
俺の言葉に二人とも静かになる、やったぜ俺大勝利、紳士的な答えは平和を生むんだ。
俺は台風情報を聞こうと、テレビをつける為にリモコンに手を伸ばし、人間って油断する生き物だという事を再確認する。
「天利先輩の体はしっかりしていますね」
ガシッと伸ばした腕を月島の左手で掴まれ、右手で撫で回される、いややめてくれ、へんな扉が開くから、振り払おうと思ったが勝てるわけも無く、撫で回されていると背筋の辺りが何とも言えない感覚が沸いてくる、耐えろ俺、堕ちた先は地獄ぞ。
「先輩って割りと外現場もほいほい行ってるからじゃないですか? どれどれ」
反対の腕に圧倒的な柔らかさに包まれる、はい終わった! 俺の理性終わったよ!
「何てなるかよ馬鹿野郎!」
俺は渾身の力で二人を振りほどき、制帽を手に取って館内側に繋がるドアの方に逃げる、移動じゃないです逃げるんです。
こんな所にいられるかってやつだ。
「どこ行くんですか先輩?」
「館内巡回! 何かあったらスマホにかけてくれ!」
ドアを閉めて鍵を掛ける、中のサムターンで開くから意味無いけど超虚しい抵抗、しかしそれだけやったからなのか、二人が追って来る事は無い。
俺は巡回と言った手前、そのまま戻る事も出来ないので、近場の階段を上がって行く。
台風直撃と言われているだけあり、ビルの中の人の気配は皆無に等しい、いや実際の所皆無なのだろう、俺は暗い廊下を懐中電灯で照らしながら歩く。
2階3階と見て元々巡回の時間でもないので、4階まで見たら戻るとするか、そう思いながら4階まで来たがここも暗い、一周回って戻るかうん。
「こんばんは警備員さん」
ほぼ真後ろから声かけられて弾かれた様に振り返ってから距離を取る、懐中電灯が照らす先、艶やかな長い黒髪の女性が立っている、髪で右目の辺りが隠れていて、幽霊か何かだったらどうしようかと思ったが、少し丈の短そうなタイトスカートからはちゃんと足が伸びていた。
「こ、こんばんは」
俺の様子に女性はおかしそうに口元に手をやりフフッと笑い。
「ごめんなさい、驚かせるつもりはなかったんです」
女性は自分の胸元のネームプレートを指差す。
「5階のテナントの龍上タツキです……避難訓練の時、本当に怪我しそうになった時に助けて貰った」
「避難訓練……ああ、あの時の」
何か恩に感じてくれてる様なんだがたまたまの話だ、非常階段を歩いてテナントには降りて来てもらうのだが、まあオフィスビルなので避難しながら商談の電話をする所もある、参加してくれるだけマシで、別にそれを咎める事は無いのだが、たまたまだった。
どこのテナントか忘れたがスマホが鳴って取り出し、踏み外しかけて龍上にぶつかり結果として突き落としてしまう、たまたま俺がいたのでそれを受け止めて大事には至らなかったのだが。
「あの後社長が直々に警備室に来て大変だったなあ……」
訓練計画の甘さとか指摘されて怒られるのかなあ、なんて思ってたらめちゃくちゃ褒められたのだ、身を呈して我が社の社員を守ってくれて感謝するって。
「ふふっ……ごめんなさいね」
「俺たち警備は普通に仕事しただけっすからね、むしろ普通はクレーム入れられても文句は言えないっす」
まああのべた褒めも勘弁して欲しいが、会社から特別ボーナス出たから良いけどさ。
「ちゃんとお仕事している天利さんに文句を言う人なんていませんよ」
俺ちゃんと仕事してるっけ、割と不良警備員な気がしないでもないんだけど、てかなんで俺の名前を?
「これですよ」
龍上は俺の左胸をほっそりとした形の良い指で軽く押す、そこに目をやりネームプレートが目に入って納得する。
「警備員さんって呼ぶ方が良いですか? ただのテナントの私が天利さんって呼んだらやっぱり変ですかね?」
こちらの様子を窺う様に、毛先を指に絡めながらダメかな? って感じでこちらを見てくる。
「いや、警備員でも天利でもお好きにお呼びいただいて大丈夫っすよ」
「本当ですか? じゃあ昔みたいにタカにい様って呼んでいいですか?」
軽率って言葉を辞書で引いたら多分、天利孝の事って書いてあると思う、てかこの人何を言ってんですかね、電波な人なんですかね。
「えーと、俺確か妹とかいなかった気がするんだけど、あれですか、親父辺りがこう過ち犯して作っちゃった隠し子とか?」
親父チャラいっていうか天然たらしだからな、お袋に一回ガチトーンで去勢してやろうかとか言われてたしなあ……俺の様子に少し龍上は寂しそうな顔をして、それから何かを思い出したように俺の手を取る、今日なんかやたらと女性に手を握られるなあ。
「タカにい様が覚えてないのも無理無いですね」
「どういう事?」
「私の目をしっかり見てください、全部思い出させて上げますから」
元々職業柄相手の目を見て話す癖がついていた。
だけどこういう場合は見ちゃダメだろう、そう思っていたが俺はいつの間にか自然と龍上の目を見つめている、そしてその目が妖しく輝いたかと思うと俺は意識が遠のくのを感じた。
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噎せ返るような濃厚な草の匂い。
清らかな小川のせせらぎ。
幼い頃の事だ、確か親父とお袋が夫婦喧嘩してプチ別居して、俺が居辛いだろうと父方の祖父母が夏休みの間、俺を田舎で預かってくれた。
子供の頃の俺は親しい友人と会う事も出来ず、どこまでも続いているのではないかと思えるほど、それ程に済んだ青空を軒先で眺めていた。
もやしっ子ってわけじゃない、むしろ外で遊ぶのは好きだ、だが外に出る気にはなれなかった、もし外に出て行って帰って来た時、俺の居場所は無くなってしまっているのではないか? そんな漠然とした不安で出かける事は無かった。
祖父母の家に来て10日目の事、突然の土砂降りの雨、軒先でいつも通り変わらず、雨を見ていた、泥濘に波紋が広がり、道を流れる水は川にも見えた。
パシャッ パシャッ パシャッ
そこを奇怪な物が駆けてくる、浴衣姿の裸足の少女だ、年の頃は俺と同じかちょっと幼いくらいに見えた。
バシャアッ!
その子が不意に盛大に道で転ぶ、泥濘でも踏んだのだろう、頭から転ばなかったのは幸いだったが臀部の辺りから泥が跳ね帰り浴衣は泥だらけ、雨の中少女はきょとんとしていた。
多分これは父親の忌々しい血統なのだろう、俺は雨に濡れる事も気にせず女の子の傍まで行き。
「大丈夫?」
そう言って少女に手を差し伸べていた。
少女は俺の手を握るとふるふると首を横に振り、今にも泣きだしそうだ。
「こっちに来て」
俺は少女の手を引き、叫ぶ様に祖母を呼んだ、基本物静かな俺が大声を出すもんだから祖母は慌てた様子で来る、そして俺と少女を見て驚いた様子だったが体を冷やさないようにとすぐに風呂を用意してくれた。
祖母に言われて少女と風呂に入る、雨のおかげか少女の体に泥はほとんどついていなかったが、少女の背中には目を引く大きな傷痕があった。
お湯をかけると何とも言えない反応をする。
「痛い?」
少女は俺の問いかけに首を振る、痛くないのなら湯船に浸かっても大丈夫だろう、俺は少女に手を貸しながら子供には大きな湯船に入ると、肩を並べて湯に浸かる。
「どこから来たの?」
パシャッとお湯から右手を出して真正面を指出す、確か少女が駆けてきた方向だ。
「お父さんとお母さんはいるの?」
コクコクッ
「帰り道はわかる?」
コクコクッ
「じゃあ大丈夫かな」
ふるふるっ
「大丈夫じゃない?」
コクコクッ
「帰りたく……ない?」
コクコクッ
漠然と不安そうな、今にも泣きだしそうな顔で、少女は俺の目を見てくる。
親の所為で多少マセた所があった俺は少女の頭を撫でてやる。
「僕もおばあちゃんの所に遊びに来てるだけだけど、帰りたくないのなら一緒にいよう?」
俺の言葉に少女は笑顔になりバシャアと俺に抱き着いてきた。
うん、過去の俺、ガッチリ親父の血が流れてるじゃねえかクソッタレ。
それから俺は夏休みを少女と過ごした。
喋れないというわけではなく、単に緊張していただけな様で、名前をタツキと教えてくれた。
俺は毎日タツキを構った、喧嘩する両親と一緒にいるのが辛い自分を重ねるようにして。
一緒に遊び、一緒にご飯を食べ、一緒にお風呂に入り、一緒の布団で寝る、どこに行くのも一緒でどんな時も一緒だった。
何故俺はこの時におかしいと思わなかったのだろうか、今にしてみると俺も寂しかったのかもしれない、そして慕ってくれるタツキを妹の様に、家族の様に思っていたのかもしれない。
ただ時間は有限である、夏休みも永遠に続くわけではない。
一緒に過ごせる最後の夜、タツキと一つの布団で寝ていた俺は、揺り起こされる……のだが。
「誰?」
知らない浴衣姿の女性が俺の横で横になっている、女性は俺の手を握ると愛おしそうに頬擦りし。
「タツキです……タカ兄様」
そう答える、何だタツキかと俺は思った俺は女性の頭を撫でてやる。
「タカ兄様、信じて下さるんですか」
「タツキなんでしょ? 大丈夫だよ」
笑顔を向けてやる、すると女性も微笑む。
「私を見つけてくれたのがタカ兄様で良かった……」
「ん?」
「タツキはこれから頑張って家に帰ります……でも必ず戻ってきますので、戻ってきたらタツキをお傍に置いていただけますか?」
「いいよ、ずっと一緒にいよう、でも明日には僕も帰っちゃうから」
見つけられるのか、不安が生まれる、しかし祖母と良くしていた約束のおまじないを思い出す。
「タツキ、小指を出して」
「こうですか……?」
差し出されたタツキの小指に自分の指を絡める。
『ゆーびきりげんまん、ウソついたらはーり……針千本は痛いかーらお願い事を一つきーく、ゆびきったっ』
子供の約束、だけど俺は大事だと思ってしたんだ。
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「何してくれてんだよ俺ええええええええっ!」
龍上の前で頭を抱えて叫ぶ、だがその声は台風が鳴らす窓の音にかき消される。
「思い出してくれたんですねタカ兄様」
思い出しましたよええ思い出しましたよ。
てかなんで今まで忘れてたんだよ!
「あ、今まで思い出せなかったのは私の力でタカ兄様の記憶を封印していたからです」
なるほど封印、だから思い出せなかったのか……って今すんげー恐ろしい事この人言いませんでした? てか記憶が正しいならこの人ほとんど老けてないことになるんですけどー!?
「えーと、龍上さん」
「はい、タツキです」
「あ、はい、タツキさん……」
「タ・ツ・キです」
ニコニコ笑顔が恐いんですけど? ねえ何でこの人こんなに圧が出せるの?
「えーと……タツキ」
「はい、何でしょうタカ兄様」
「お前って何なの?」
雨の音も風の音も、いや、全ての音が止まる、まるで目の前の龍上の発言を待つかのように。
「はい、私、タカ兄様の御家の近く川の神の……龍のその娘です」
俺の中の常識という物に今凄い勢いで入る、うんまあさ、うんねえ。
「本当ですよ? タカ兄様」
この子エスパーなの? 聞こうとしたら先手を打たれたよ。
「色々許嫁や父の事を解決してきたので戻ってきました」
「解決したのか、それはよかっ」
「はい、しばらく蘇らないようにしっかり殺してきました♪」
良くないよ!? 今殺したとか言ったよね!? いや、蘇るのなら良いのか……良くないけど。
「さあこれで邪魔者はいません」
窓辺から強い光が差し込み、気のせいだろうか、龍上の影が龍に見えた。
うん、落ち着け自分、落ち着いた方が良いぞ自分。
「約束通りタカ兄様の妻として」
しゃなりと龍上はその場に正座すると、三つ指立てて俺に頭を下げる。
「不束者ですが、誠心誠意お慕い申し上げます」
うん俺も親父を殺そう、全部親父が悪い、親父イズ悪……。
「ちなみに拒否権は?」
「いつまでも一緒にいただけると、約束を違えましても願いを叶えて頂ける契約がありますから実質有りませんね」
過去の俺のバーカバーカ! どうすんだよ俺、のんびりまったり時々大変な警備員ライフで良かったのにさあ。
多分今逃げても解決にならない、というか外は台風で逃げようがない、何でこんな時に限って……。
「今のこの嵐は私の所為ですからどうしようもないですね、タカ兄様」
「お願いやめて人の心読まないで……ってこの台風はタツキの所為?」
「はい、私一目連ですから」
そう言って顔の右側を隠していた髪を龍上は上げる、そこには痛々しげな傷痕と、灰色に濁った光の無い瞳があった。
「許嫁の龍を殺す際に奪われました……穢れた人如きしか映さぬ穢れた眼と、その不用意な発言が存在を消せるまでの力を私に与えてくれたので、その点だけは感謝すべきなのかとは思います」
他人から見ると魅力的な笑顔だろう、だが俺から見るとどう見てもほらこう、ヤンデレのにぃぃぃってみたいな笑顔にしか見えないんだよな、ってかこれ完全に病んでらっしゃる!
「父を殺すのは母に手伝ってもらってますから、タカ兄様に会う前につけられた傷ももう大分癒えてきていますから、大丈夫ですよ」
何が大丈夫なのさ、俺の中の大丈夫の定義が崩壊するよ?
どうにか考えろ、現状を打破する手段を、まあ約束が針千本にしなかっただけはマシなんだが、約束を破る……破る……あっ。
「タツキ!」
「はい! タカ兄様!」
「お前は俺にウソついたから約束は無効だああああ!」
「えええっ!?」
勝利宣言、あ、そんな落ち込まないでくれますってかそこまで狼狽します?
「私はタカ兄様にウソなんて」
「お前は俺とあった時どう振舞っていた?」
「どうってこのビルに入っている会社の一員として……あっ」
「そしてお前が正体を現したから起きているという台風、つーまーりーだ、今日正体を明かすまでお前は俺を騙していた! 嘘をついていたんだああああ!」
すげーこじつけ、これで折れる奴がいたら俺は見てみたいわ。
「あ……ああ、申し訳ありませんタカ兄様」
居たよ目の前に、そんなぽろぽろ涙を流さないでくれ、そんな悲しそうな顔をしないでくれ、俺の心が割と真面目に痛いから、ってその短刀はどこから取り出したんですかね。
「タカ兄様を謀ったこの罪、死してお詫び申し上げます」
「ストオオオオオオオオップ!」
多分俺は人生でもっとも早く動いたと思う、龍上が短刀を振り上げたと同時に俺はその腕を掴んで止める、別にね死んでくれとかそういう事じゃないんだ、むしろ死なれたら俺一生後悔する、もしかしたら龍上の狙いはそれなのかもしれないけど。
「離してっ……離してください、タカ兄様と添い遂げられないならいっそ忘れられぬし記憶に!」
本当に思っていたよこの子! 慕っているとか言いながらナチュラルに俺にトラウマ植え付ける気だったよ!
仕方がない、上手くいくかは知らないが、あんまりやりたくないがやるか。
「ずっと一緒にいてくれるんだろ! お前は俺を一人にするのか!」
びくっと龍上は震える、手応えあり。
「タツキ、よく聞いてくれ、あの約束はウソついたら一つお願いを聞くって言ったよな」
「はい……」
龍上の揺れる瞳を真っ直ぐ見つめる。
「タツキと別れてからタツキに色々あったように、俺にも色々あったんだ……だから今の俺はタツキの知ってる昔の俺とは違うんだ」
「そんなっ、タカ兄様は変わらず……」
「俺はタツキを妹の様に思っていたんだ……その思いは変わらない、だから今の、今のままだとタツキを最愛の人として見る事が出来ないと思う」
一呼吸置いてタツキを抱きしめる、タツキの耳が俺の口元にある、俺は囁きかけるように言う
「愛している……俺がそう言えるようになるまでもう一度積み上げよう、妹ではなく今度は最愛の人として見れるようになるまでさ」
龍上の鼓動が俺の体に響いてくる、俺の鼓動も龍上に響いているだろう、鼓動の理由はお互い違うんだけどね。
龍上がそっと俺の背中に腕を回してくる、今ならサバ折り殺されて文句言わねーわ。
「タカ兄様」
「なんだタツキ」
「お気持ちはわかりました」
龍上は背中に回していた自分の腕を俺との間に差し入れ優しく押してくれる、俺は龍上の背中に回していた腕を自然に離して押されるまま距離を取る。
「タツキはタカ兄様の為に女を磨きます!」
「そ、そうか」
龍上は何かぐっと力強く拳を握ると、背中に燃え上がる炎の幻影を見せながら決意に満ちた目で俺の目を見る、すっごく逸らしたい。
「女を磨いていつかタカ兄様の劣情をぶつけて頂けるようになります!」
脱線事故っていうか墜落事故っていうか完全にアカン方向に舵切ったぞこいつ。
「タカ兄様は私に妹で無くなれと仰ってくださいました……つまり、つまりつまりタカ兄様が妹ではなく一人の女として存分に見て頂けるようになればそのまま妻に! そうすればタカ兄様のお嫁さんとして毎日ごはんにする? お風呂にする? それともわ・た・し? キャー! もうそんな玄関でなんて私、いえ準備はできて……」
「どうしてそうなった」
俺の言葉はもう龍上の耳には届いてなかった。
幸せな妄想の世界に浸っている龍上、窓に目を向ければ雨風共にすっかり止んでいた。
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『次のニュースです……昨日から猛威を振るっていた台風は突如として消滅しました』
テレビは台風の突然消滅を報じていた。
俺はあの後妄想世界から帰ってこない龍上を置いて警備室に戻った。
警備室では隊長が報告書を書いており、月島と鷹瀬は制服に着替えて椅子に座ってくぅくぅ寝息を立てていた。
「ああ、天利君戻ったんだね、館内は異状無かったかい?」
「特に無かったっすね、すいません勤務じゃない人間に警備室を任せて」
「ん、ああ、大丈夫大丈夫、彼女たちから事情は聞いてるからね、鷹瀬さんが君の事をからかいすぎてしまったって謝ってよ」
「そうっすか」
「月島さんも推しの天利さんを困らせてしまったってちょっと悔やんでたね、まあ2人が起きたら許してあげると良いね」
「そう……すか」
推しとかよくわからない事言われても動じない隊長、流石我らが隊長。
「どうする天利君、巡回をしてくれていたし少し後ろ倒しで仮眠に行っていいけど」
「そうっすね、そうさせてもらいます」
後で少し早く切り上げて上層階も見に行こっと。
俺は警備室を出て仮眠室の方へ向かう。
親父の事は死ぬほど嫌いだが、親父の言っていた事が役に立った。
龍上に使ったのは親父流のトラブル回避術の一つ、ぐいぐい押してくる子は逆に押されるのが攻めて攻めて攻め切ればこっちが主導権を握れると。
最近のラブコメ小説にあった台詞を思い出しながらやった割には良かった。
次に龍上に会うまでにちゃんとした対応策を取らねばならない、隊長の仏顔を見て安心してしまったのか今は眠い。
仮眠室について電気を点けようとしたが点かない、まあベッドの位置はわかってるので問題は無い、制服を脱いでもどかしく思いながらもハンガーにかけてベッドに飛び込む、何か大きな物がある、鷹瀬が隊長に抱き枕が体に良いんですよ! なんて言ってたからそれか……いや、この抱き枕温かい? え、この抱き枕頭がある。
「お待ちしていましたよタカ兄様♪ 女磨き手伝って下さいますよね?」
俺は悲鳴を上げたが軽く防音の利いてる仮眠室の外にその悲鳴が漏れる事は無かった。
やっぱ親父はクソッタレだ。




