3.蛇女
まともな女の子が出てきません。
世の中にはヤバい奴が三種類いる。
普通の見た目で中身がヤバい奴。
ヤバい見た目で中身が割と普通の奴。
ヤバい見た目に中身もヤバい奴
はっきりと言いたい、何で俺はそいつらと仕事をせにゃあかんのだとね。
年の瀬というか大晦日、俺はとある神社の初詣客を対応する警備についている、所謂雑踏警備だ、規模が大きいので何社かの警備会社が合同で協力して事に当たっているが、まあ特に問題は無いが、俺はここの仕事が一昨年から嫌いだ、出来れば来たくない。
「はい、申し訳ありません、只今授与品の購入にはこちらの列に並んでいただいて順次ご案内を致しております」
小豆色の制帽を被った死ぬほどヤバい美女、野暮ったい防寒着を着ているが、凛とした態度と通る声で初詣客を誘導している。
授与所に並んでいる客が通した数の3割くらいになるのを見計らい、次の客の塊を通して様子を見る繰り返しをする。
「1、2、3、4、5、はいここまででお待ちください」
流れる人波を体で断ち切り分ける、0時前から2時間位この作業をしているが、日本人ってこんなに信心深かったのかと驚くばかりだ、いやまあここの神社はとある事で話題があるかなんだがね。
「月島隊長お疲れ様です! 交代します!」
人のよさそうな顔の青年と、マスクをして気怠そうな目元の青年がヤバい美女こと月島、確か月島あぐりだったか、それに敬礼をして交代に来る、月島はそれに答礼し。
「了解、時間も遅くなって人の足も緩んできたから5かけ5で御案内している、後は頼む」
「了解しました!」
簡単に現状の説明する、俺はそれを見届け、こちらに来た気怠げな目の青年と交代してその場を離れる。
喋りはしないが人のよさそうな顔の青年の横で待っていた月島は、俺が離脱出来たのを見ると俺の傍に来て腕を掴む。
「何すか、寒いから休憩所行きたいんすけど……」
「ご、ごめんね天利君……その、肩貸してもらえないかな……」
「……どーぞ」
へにゃって効果音がつきそうな位情けなく眉をハの字にした彼女の為、俺はそっと少し屈む、ええさっきまで凛としていた月島あぐりも、今俺の目の前で雨に濡れた子犬みたい顔している月島あぐりも同一人物です。
遠目に人のよさそうな顔の青年が俺たちを見て驚いた顔している、ああうん、君知らなかったのか。
「本当にごめんね天利君……」
警備の休憩所についた俺は、適当な椅子に月島あぐりを座らせる。
月島あぐり、俺とは別の警備会社に所属しており、名門女子校の警備隊の隊長をしている、弱々しい感じになっているのは素であり、仕事モードの時には女性士官かと思うレベルにびしっとしている、というか元々海外で傭兵業をやっていたとかで、体中に色々傷痕がある。
ええ見た目クッソヤバいんだけど素はかなり普通。
「お客さんたちをグリズリーと思って緊張してお仕事してたら足の感覚が無くなっちゃって」
すいません、この人普通じゃなかったな、極度の冷え性だけど。
「言ってくれれば俺一人でも何とかまわしたんだから言って下さいよ……」
「だって天利君とお仕事出来るのって年に二回しかないんだもん……」
こんな可愛い事言うんだけど別に愛の告白とかされた事は無い、というかこの人バッキバキの筋骨隆々悪漢五人を徒手格闘のみで1分以内に制圧する化け物なんだぜ。
「うぅ……天利君の会社に行けたら私、天利君を見ながら尊死出来るのにぃ」
「聖灘警備の要なんだから無理でしょうに……」
色々武勇伝もあるんだが、この人基本的にスペックは死ぬほど高い、多分うちの指導教官と同じかそれ以上に高いのだ、故に会社としては離したくない、というか女子校の物件を破格の値段で取れているのがこの人のおかげでもあるらしい。
そうそう、それで何で俺みたいな平警備員とこの歩くレジェンドみたいな月島が、こんなにざっくばらんに話せる関係にあるかと言うと理由は単純で、俺が数年前の事。
神社で警備が雇われるのは冬の初詣の時と夏のお祭りの時の二回ある、それは夏祭りの時の事、例年よりもかなり暑い夏で、夜になっても暑く、月島のいる聖灘警備の隊員は月島以外ダウンしてしまった。
月島は采配ミスをしていない、所謂想定を超えるってやつだった、しかし月島はそれに責任を感じ、他の隊員を休ませ自分だけ動いていた、つまり無理をした。
「おい、あんた、休んで来いよ」
「ん、なんだ、ああ君か、私は大丈夫だから気にするな」
「いいから休んで来いよ」
「断らせてもらおう」
顔色が悪いし体も震えている、本人ももはや無理しすぎて限界近いのもわかっていないのだろう。
俺が月島の腕を掴むと月島は睨んでくる、人を何人か殺しているんじゃないかって思うレベルの視線をぶつけてくる、俺はそれを真っ向から見返し。
「死にそうな顔してんのに無理すんなよ! ここはアンタだけの現場じゃねえんだ、無理しないで頼れ、倒れたら心配するだろうが!」
この時の俺は物凄く言葉が足りなかったと思っている、俺の言葉を聞いた瞬間、月島は白目を剥いて倒れかける、俺は出来るだけ騒ぎにしない為小芝居しながら月島を休憩所に運ぼうとしたら巫女さんに呼び止められる、俺が事情を説明すると巫女さんが月島を引き取って行ってくれたので俺は同僚に話して月島の仕事を代わりにやった。
うん、これだけのはずなんだけどね、結構良いお値段払ってくれているからクライアントの神社の為だったんだけどね。
「お仕事してる時の私って恐いから、皆声を掛けてくれる事も無くって、苦しくって、本当は助けてって言いたい時に天利君が助けてくれたから……」
月島へのノットラヴ、イエスライク最上系ってやつなのだ、こう何だろう、テレビの芸能人的なやつだ。
「だから天利君の会社に行きたいのに、お給料上げてあげるから待ってって会長に止められるし、うぅ~」
聖灘警備の会長さん、なんかすみません、俺は唸る月島が何か恐くてトイレと言って避難する。
ちなみに聖灘警備から引き抜きの話も来たんだが断った。
女子校の警備なんて死んでも行きたくないから、後は恩のある人間がいるから……。
「やっぱり、会長をヤるしか……」
トイレから戻って来て早々、お願いだから仕事モードの顔で物騒な事言わないでくれ、俺が月島に声をかけようとした時、非常に甘ったるい臭いが立ち込める、そして。
ズルッ……ズズズツズズッ。
人間ってやつはお祭り気分とかイベント毎になるとハイになる、普通は個人の感情の昂ぶりだ、だがこの神社に置いてはその説は当てはまらない。
休憩所の窓から外を見るとヤツはいた。
このクッソ寒いのに裸の女、但し下半身は蛇だ。
そいつが人の通りがまばらになって来た参道をズルズル進んでいく、普通に話していた高校生のカップルだろう、蛇女の体をすり抜けると急に少女の方が蠱惑的な笑みを浮かべて少年の腕を掴んでどこかへ行ってしまう。
一昨年から何故か現れるようになった非常に傍迷惑なこの神社の神様? らしい、縁結びの神社としても有名なこの神社の神様らしく、好意と情欲を高めて男女を物理的に結びつけるらしい。
俺は女に興味が無い、月島は俺にライクフルマックス、なので効かない。
「どうしたの? 天利君」
キョトンとした顔で俺を見ている、この通りである。
アレの出現理由はわかっている、神社の責任者が代替わりし、御神体を夜中の間だけ公開するようになってからだ、その間の1時間から2時間くらいの間にだけ出現する、御神体は夜明けにはしまわれる、それはまでの間色々アカン事にならない様にうちの会社の警備は動かないといけない、案の定俺のスマホが鳴る。
『天利さん、仕事っすよ……福さんにはもう奥の祠の方に行ってもらってるっす』
「おう、わかった」
俺はそれだけ答えて通話を切って外に出ようとする、のだが凄まじい力で腕を掴まれる。
「天利君、まだ休んでた方が良いよ?」
「いや、トイレに」
「さっき行ったよね?」
ジーザス! 数分前の俺の馬鹿っ! でも生理現象だもん仕方ないよね、俺悪くないけどこのままだとあの蛇女が神社の中を練り歩いてしまう。
「無理はしちゃ駄目だよ……私も天利君が……心配なんだから」
これさ、ラブコメ展開だと思うじゃん。
現在進行形で掴まれた腕から鳴ってはならない音がしてますからね! 折れるよこれ!?
「無理はしてない、けど折れるから腕は離してくれ」
「へ? ひゃあごめん!?」
月島が腕を離してくれたおかげで血液が俺の腕を巡っていく、こう足がしびれた後チクチク感みたいなやつ? 解放された今がチャンスだ、と外に出ようとするが。
「駄目だよ!」
流石元傭兵、隙がない、でもアメフトタックルで腰に飛び掛かってくるのは止めてくれ、見事に捕まって倒された時に何か嫌な音がした。
だが上半身は外に出れた、これで仕事の第一段階は出来る。
俺は睨みつける様に蛇女の後頭部を見る、視線に力があるのかは知らないが、蛇女の首がゴリュっと捻り曲がり俺の方を、俺と視線を合わせる。
ズルル、ズルルルルルルゥ。
蛇女が心底嬉しそうな気持の悪い笑みを浮かべ、這いずる音を響かせて近づいてくる、俺は立ち上がって先程電話で聞いた場所へ向かおうとする、だが。
「へっ?」
忘れてましたね、月島あぐりにガッツリホールドされている事を。
「あのー月島サン?」
「んっ……」
本当にこの人俺にラヴの感情無いんだよね、うん、仕方がなく時計を見る、俺と月島が休憩に入ってまだ10分程しか経ってない、これならやれる。
「本当は準備したかったんですけど仕方がない、月島さんと一緒に行きたい所があるのでついてきてください」
「ふえっ、わ、私と?」
拘束が緩む、ズルズルと大分音が近づいてきてるから時間が無い、俺は月島の手を取ると駆け出す、咄嗟の動きでもついてこけることなくついてくるのは流石の月島だ。
少しだけ這いずる音が遠くなる、距離は取れた、だが一度認識されたからには逃れられないだろう、まあ想定済みだから良いんだけどな。
俺は月島の手を引きながら授与所の前を駆け抜ける、するとさっき交代した二人の内の一人、マスクの青年が俺たちを背に蛇女に立ちはだかる様に立つ。
「これで第二段階とっ」
青年をすり抜けた瞬間、蛇女が苦悶の表情を浮かべて動きが止まる。
「あー、不味いっすねえ……」
鮫島狂司、親がキラキラネームと間違ってつけた名前らしい、俺が見える人間なら鮫島は齧れる人間だ、齧って喰らう、本人曰く特別ボーナスがもらえるからやるらしい。
蛇女は何が起きたのかわかっていなかったみたいだが、すぐさま気にせず俺を追いかけてくる、鮫島に何かしないのは鮫島とは目が合っていないから、すんごい羨ましい。
「ね、ねえ天利君、ど、どこに行くのかな?」
「何も言わずついてきてください」
少し不安そうだった月島だが、俺がつないでいた手を強く握ると、きゅうっと鳴いて大人しくついてきてくれる、何か罪悪感があるんだけど気にしてはいけない、いけないのだ。
俺は月島を連れて本殿の横を通り抜け裏手へと向かう、木々が生い茂り若干暗いそこに、祠と制帽を被った仏様みたいなおっとりした顔の中年男性が待っていた。
「お待たせしました福原さん」
「いやいや少し遅かったから心配したんだ、と、そちらは聖灘警備の月島さんかな」
「すんません……ちょっと事情が」
特に無いです。
だけど一応こう言っておかないと俺の立つ瀬がね。
「まあ良いさ、森重さんもそろそろ他の警備会社にもこれについては噛んでもらうらしいからね、見てもらった方がいいでしょ」
ほっほっほっと笑いながら祠を開き、福原はある物をとりだす。
俺は知っていたが月島は知らない、なのでそれを見た月島は顔を真っ赤にして顔を背け、俺の方を見てひぅっと声を上げてから下を見て上を見てと大忙し。
「百戦錬磨とお聞きしていましたが、なかなかお可愛い所があるんですねえ」
「か、からかわないでいただこう」
あ、仕事モード無理矢理オンにして回避した。
ズルッ ズルルッ
這いずる音に俺は追いついてきた蛇女の方を向く、ここからが俺の最後の仕事だ、やりたくもないが蛇女と目を合わせる。
目を合わせていればある程度の距離で止まる、その間に福原さんが処理をしてくれる。
俺は処理が始まるまで蛇女を止めておく事が最後の仕事、去年はこれで何とかなったから今年も何とかなるだろう。
人は成功体験を一度すると油断する、試行回数が少なければ仕方がないとも言える、だから最悪の可能性がある事を忘れていた。
蛇女が、俺が見る事しか出来ないという事を理解しているという可能性を。
「あ……」
蛇女が尾を振り上げ俺に向かって振り下ろしてくる、ですよねー、まあ前回と同じ事をすれば学習するよねー、なむさん。
パソコンのエロ画像フォルダを処分したかったな。
非常にあほな事を考えながら来る衝撃に備える、のだが衝撃は来ない。
「爬虫類、天利君に手を出すとは死にたいらしいな」
月島あぐりには数々の武勇伝がある、その武勇伝は月島あぐりの美貌が故、ただの武勇伝だと思われがちだが真実である。
月島が突き上げた拳が蛇女の尾を弾いていた。
「え、えー……」
超異能力バトル開幕、とかならない、一方的な、うん完全に一方的な粛清、殺されるかと思った蛇女が可哀想なレベルに酷い、あっ、腕へし折られた。
粛清は朝まで続き、蛇女は朝日と共に消えていったが、凄まじいレベルで恨めしそうに俺を見ていた。
俺悪くないし。
ちなみに福原さんは語りかける事が出来る人で、祠にあったアレに呼び掛けて、蛇女の夫である神様を呼び起こして蛇女を鎮めるはずだった。
元々は夫婦の神様で蛇女が縁結びの神様、アレの方が子宝の神様で、アレに蛇のミイラが巻き付いているのが御神体だったのだが、若い学生とかお金を持っている子を呼び込めるようにとアレの方を祠に押し込め、本殿に蛇のミイラを置くようになった。
まあ夫婦なのでそら片割れがいなくなれば探すよねと、んでもって夫がそういう神様ならば妻はそれを補佐する感じにもなるよねと。
とりあえず月島あぐり恐い。
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半年後。
「本日付けでこちらに配属になりました月島あぐりです!」
ビシッと敬礼する月島、着ているのは俺の隣で俺と同じ様に唖然としている鷹瀬と同じ女性警備員の制服、つまりは。
「天利先輩! 鷹瀬先輩! ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します!」
後で聞いた話、あの神社は潰れたらしい、まあ神様ボコボコにしたらそりゃそうなるわな、でまああの神社の仕事が無くなると月島は俺と会えなくなる、ならばと労基を巻き込んでしっかり退職したらしい、そして結構な勧誘を蹴りに蹴ってうちにきたそうだ。
隊長、お願いだから花が増えたねえとのんきな事言わないで下さい。
いや鷹瀬、なんでお前世界の終わりみたいな顔してるんだよ。
泣きたいのは俺の方なんだからな!