表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/13

2.オバケビル


 警備員と言うものは基本的に施設警備、所謂1号警備業務って奴に就くと基本的にはどこかに行くという事は無くなるのだが、今の御時勢人が足らない、給料も待遇も悪くないうちの会社でもそいつは変わらない。


『そんなわけでさ、助けると思って頼むよ!』


「はあ、まあ良いっすけど、ちゃんと隊長には言ってくださいよ」


『それは勿論、じゃあ頼んだよ!』


 俺は部長からの応援お願い電話に応じてからスマホをしまう。


 何でも新しく人を入れてもすぐにやめてしまう現場があるらしい、その現場で使い物にならないなら良いのだが、どうも根本的に警備をやめてしまいたくなるそうな、俺がやめたらってあの部長は考えないんだろうか、まあ考えないだろうな、俺もやめる気無いし。


「ったく、応援手当てつくからまあいいか」


 現場は今俺が行ってるオフィスビルと大差は無い、大きめのリュックサックに必要な物を放り込んで壁際にかけていた制服一式を紙袋に軽く畳んで入れるとスマホが鳴る、隊長からのメールだ。


『応援要請の件承知しました。スケジュールは調整次第メールで送ります。急に明日からで大変でしょうが頑張ってください』


「流石早いなうちの隊長は」


 再度スマホが鳴り、メールをもう一件受信する。


『追伸・麻奈ちゃんがすっごく凹んでたよ』


 その情報はいらないっす隊長。


 翌日、俺は応援先のビルに着いたのだが……。


「ここがねえ……」


 俺の行ってる所と少し違う、駅から歩いて五分もしない所、オフィスビルでもオフィスビル街のオフィスビル、言い方悪くすると雑居ビル群に近い気もする、ビルとビルの間はフェンスがあり通れないようになっている、フェンスの中は薄暗い、各階の室外機が上からの日の光を遮っている為だ。


 他のビルと比較して何か嫌な暗さを感じる、と考えても致し方無いのでビルに入ろうとした所で耳元に生温かい、そう吐息を吹きかけられ。


「やあ、待っていたよ孝君」


 聞き覚えのある少々甘ったるい感じの声に背筋をゾクりとさせながら振り返る、そこにいたのは妖艶という言葉が警備員の制服を着て歩いてると言われる人。


「お久しぶりです森重教官……」


 森重千歳(もりしげ ちとせ)、俺がかつてまだまだ若い新人の頃、新任研修の時の俺の教官、今も教育部から動いたとは聞いていなかったはずだが、てか俺この人苦手何だよなあ……警備員としては有能で尊敬はしてるけど。


「流石孝君、私の色仕掛けにも動じない、素晴らしいよ」


 やっぱこの人尊敬するのやめようかな。


「嬉しくも無いお褒めの言葉ありがとうございます……んでここに森重教官がいるって事は」


「非常に残念なお知らせだが、ここの最後に残っていたのが休職してしまってね、私がギリギリ引き継ぎをして何とか踏みとどまったと言うわけだよ」


 それすげーヤバい状況なんじゃないっすかね。


「というかこのビル、テナントもいなくなってしまって、オーナーも格安で手放して今うちの会社の持ちモノだから問題無いのだけどね」


 ヤバいんだけどヤバくないんだけどやっぱり総合的にヤバくない状況だった。


「うちの会社が上手く支部を手に入れてきたのは、こういう訳有りビルとかを上手く手に入れてきたからなのさ、そして私は教導の傍らこういうワケ有りの物件の調査行っているのさ」


「今まで辞めて行った人間たちの話も聞いてある、立ち話では難だし警備室で話すとしよう」


 そう言って森重は俺の横を通りビルの中に入っていく、その時何か焦げたような臭いが鼻について周囲を見る、上の方の階から如何にもOLですって感じの服の女性が俺を見ていたが、それ以外は特に何も無い。


「どうしたんだい? こっちだよ」


 気がつけば森重がビルの入口に入ってすぐ左手の扉を開けて俺に手招いていた。


 もう一度見上げるとそこには女性はおらず、臭いはもうしなかったので、俺は招かれるまま森重の元に向かった。


「適当に掛けてくれて良いよ、どうせ誰が来るという訳でもないからね」


「了解っす」


 俺は適当に入口近くにあった椅子に腰掛け部屋の中をぐるりと見渡す。


 右手に入口の扉、そのすぐ横に受付とキャビネット、反対の壁には防災盤、正面にはデスクとパソコン……所謂事務的な事をするスペース、振り返れば薄暗い給湯スペースと衝立、衝立の端と上、それぞれにベッドの一部とロッカーの一部が見えたので仮眠と着替えのスペースなのだろう。


「トイレだったら外に出て左手の奥の突き当たり、エレベーターの横だよ?」


「いや、別にトイレじゃなくて一応仕事に来てるんだから着替えようかと」


「何故だい?」


「何故って」


 警備員が制服着なくてどーすんだ、一応ネクタイはしてないけどジャケットにスラックスだからギリフォーマルもどきと言える格好はしているが、よくよく見れば森重もパンツスーツスタイル。


「さっきも言っただろう? ここは我が社の持ちモノで、テナントがそもそもいないんだ、営業が出来てないんだ、このビルにいるのは君と私だけだよ」


 森重の言葉にぶわっと嫌な汗が全身に湧く。


 じゃあさっき俺を見下ろしていた女は……何者だ。


「やはり君を呼んで正解だった様だね」


 森重は満足げに俺を見ると笑みを浮かべる、状況が状況じゃなきゃ少しは喜べそうだが。


「情報を整理しようか、そうすれば私たちがここですべき事が見えてくるだろうからね」


 森重はそう言うとコピー機からコピー用紙を一枚取ってボールペンを走らせる。


 1・このビルでは半年前から怪奇現象が起きる様になった。


 2・怪奇現象はこのビルの3階と5階で起きる、尚このビルは6階建てだ。


 3・怪奇現象の内容は所謂『出る』という奴。


 4・その内2階でも怪奇現象が起きる様になる。


 5・怪奇現象に耐えかねてテナント全部いなくなる。


 6・すると昼夜を問わず怪奇現象が起きるようになってしまう。


 7・責任感の強い警備が最後まで残っていたが心折れてついには休職に。


 8・そして今日に至る。


「あー、あの女やっぱり幽霊だったのか」


「見たのかい孝君?」


「ええさっきこのビルに入る前に」


 そういやあの女がいたのは3階だったな、というか話をまとめると頭の上、天井挟んでやべーのかよ。


「その女性はこの人じゃなかったかな?」


 森重が一枚の写真を俺に差し出してきたので受け取る、そこに写っていたのは確かに俺がさっき見た女だ。


「この女っすね、間違いないです」


「彼女の名前は大森安子さん、このビルの3階のテナントに事務さんだったの、7ヶ月前に行方不明になったんだけどね」


「会社に出るとかワーカーホリックなんすか」


「いいえ、そんな話は無いわね、極々普通のOLさんだったそうよ」


 休日には所謂映えする写真を撮ってはSNSに投稿していたらしい、御丁寧にその画像の資料もあった。


「へえ、ここらで撮影した物もあるのか」


 この空はどこまで続くんだろうと名打たれた画像、俺がここに来るのに使ってきた駅が写っていたからそう判断出来たんだが。


 日付は行方不明になる一週間前、割と評価されてる数字も高かった。


「当時は行方不明になる原因が見当たらないしで結局今も見つからず、というわけよ」


「なるほどねえ……」


 コッ……コッ……コッ……。


 資料を眺めていた頭上の音に天井を眺め、森重とお互い顔を見合わせる。


「んでこれが2階の怪奇現象と」


 こもっているが女性の足音、所謂ヒールの音みたいな感じ、それが不規則に歩き回っている音がする。


「孝君怖くないの?」


「森重教官こそ怖くないんすか?」


 お互い不思議そうな顔で見つめあう、確か不意に鳴ったら驚くかもしれないが別にわかっていれば特に怖いって事は無い。


「私の場合は割とこういうのの処理を任されてるからね、慣れてしまったといえばそれまでかな」


 なんか凄く悟った顔されてらっしゃる、多分踏み込んだらオバケなんかより恐そうなモノが出て来そうだから触れるのはやめておこう。


「そうっすか、俺は別に害が無ければ別にって感じっすね、足音だけなんでしょ?」


「ええそうね、まあ普通の神経の人だと四六時中誰もいないとわかっている所から、足音が聞こえ続けたら気が滅入ってしまうんでしょうけどね」


 さらっとこの人俺の事普通じゃないって言ったよひでえな、まあ確かに普通の神経じゃねえんだろうけどな。


「2階3階はわかったんすけど、5階は何が出るんすか?」


「何って言われると何と言っていいか」


「なんすか? 別に早々に驚きはしないっすよ?」


「蜘蛛女」


「蜘蛛女?」


「ええ蜘蛛女よ……今動画を見せるわね」


 いやアンタ俺が来る前にそこまで調査したのかよ。


 優秀なのは知ってるけどって、うわマジかよ何かホントにファンタジーよろしくなフォルムの蜘蛛の体と蜘蛛の頭のある部分に女の体だったら、まだ嬉しいんだけどでっかい女の顔がついてるよ。


「こんなん撮影してよく生きて帰ってこれましたね」


「各怪奇現象は決してその階からは移動出来ないみたいなのよ」


 画面の中の蜘蛛女が森重に気づいたのかシャカシャカ近づいてくる、画面がぶれて駆け下りる音、そして振り返ったのであろう、階段の上から見下ろし睨みつけてくる蜘蛛女。


「これ絶対5階に行ったら死ぬじゃないっすか」


「でしょうね、でもこれをどうにかするのが私たちの仕事、解決出来なければクビになるでしょうね」


「俺めちゃくちゃ巻き込まれなんすけど」


「ああ大丈夫だ、もし二人ともクビになったら責任取って君と結婚して養ってあげるさ、私は稼いでいるからね」


 やだこの人ヤバい人だと前から思ってたけど思ってた以上にヤバい人だった。


「君は私のお気に入りだからね、逃しはしないよ」


「逃してください、俺の平和な生活カムバアアック!」


 俺は顔を手で覆い天井を仰ぐ、室内にはこもった足音が聞こえるばかりだった。



===========================



 俺がヤッバイビルに来てから1年が過ぎた……。


 嘘です冗談です3日しか経ってません、3日の間に俺の貞操の危機があったがそれは置いておく。


 2階にも3階にも5階にも一応自分の足を運んでみた。


 2階は足音がしているだけ。


 3階は大森安子の幽霊が壁の方に向かって浮いてるだけ、オバケだからなのか足がねーの。


 5階はもう近づかない、4階から5階の階段の踊り場に行ったら蜘蛛女が5階の所にスタンバってたんだもん、試しにエレベーターを使おうと思ったらさ、故障していて使えないって落ち。


「どーしたもんかねえ」


 そう思いながら椅子の背もたれに体を預けながら天井を仰ぎ見る、いつも通りコツコツと足音が聞こえる、そこに胸ポケに入れていたスマホが震える。


「誰だよ……って隊長か」


 スケジュールの調整を一週間分したから確認しといてくれという内容だった、俺は承知しましたと返そうとスマホを操作しようとするが上手くフリック入力が出来ないのでトグル入力、今の若者が知ってるか知らないけどポチポチやって文字を入力する方法で返信する。


「あーやれやれ……」


 スマホをテーブルに放り出し足音を聞く。


 コッコッコッ


 コッコッ


 コッコッコッコッ


 コッコッコッ


 コッコッ


 コッ


 コッ


 コッコッ


 コッコッ


 コッコッ

 

 よくわからん不規則な歩き方。


 コッコッコッ


 コッコッ


 コッコッコッコッ


 コッコッコッ


 コッコッ


 コッ


 コッ


 コッコッ


 コッコッ


 コッコッ


 いや違う。


 コッコッコッ


 コッコッ


 コッコッコッコッ


 コッコッコッ


 コッコッ


 コッ


 コッ


 コッコッ


 コッコッ


 コッコッ


「こいつは!」


 俺は背もたれから身を起こすと手近なメモ帳とボールペンを引っつかんで足音の連続する回数をメモする。


 3・2・4・3・2・1・1・2・2・2。


 次にスマホを引っつかんでメモ帳を起動、トグル入力で入力してみる。


 さかたさかいく。


 ワケがわからん、良い線かと思ったんだが。


「ポケベルみたいに入力してみたらどうだい?」


「ポケベ……ってうぉぅ!?」


 集中していて気づかなかったのか、息がかかりそうな位に近くにあった森重の顔に驚きスマホを取り落としそうになるが、寸での所で落とす事は回避する。


「何をそんなに驚いてるんだい?」


「異性に至近距離まで近づかれたからですよ」


「君は私を上司としてでは無く女として見てくれるのか、非常に嬉しいね、式はいつにしようか」


「式は残念ながら未実装で、それより森重教官の言ったとおりしてみますか」


 俺はスマホ持ち直して改めて入力していく、あかさたなはまやらわに1234567890をそれぞれ当てはめて考える、その上で数字を2個セットで考える。


 32はさ行の2番目なので『し』

 43はた行の3番目なので『つ』

 21はか行の1番目なので『か』

 12はあ行の2番目なので『い』

 22はか行の2番目なので『き』


「しつかいき? ……室外機か!?」


 俺はスマホをポケットに入れるとすぐに隣のビルに向かう。


 結果から言うと正解だった。


 5階の室外機の上と3階の室外機の上にミイラ化した女性の遺体があり、2階の室外機の上には3階の遺体の膝から下の骨が転がっていた。


 壁と壁の人がそれほど気にしない場所、都会の闇と言っても良いのかもしれない。


「大森安子は単に壁を見ていたわけでは無かったんだね」


「壁の向こうの自分の亡骸を見ていたんでしょうね、見つけて欲しくて」


 それでも見つけてもらえず、足が動かせるようになったからそれで伝えようとした。


 何度も何度も同じ歩数で、死んでるのだから苦痛は無かったのかも知れない、だけど自分であったらと思うとぞっとする。


 遺体の発見から数日して、あのビルの6階に入っていた会社の社長が殺人容疑の疑いで逮捕された。


 何でも女に殺される助けてくれと自首してきたらしい、そう言えば遺体が回収された時に蜘蛛女は一緒に出て行ってどこかに行ってしまってたっけ、心底嬉しそうな顔で。


 大森安子は俺と森重に頭を深々と下げると光の粒になって消えた。


「いやあ、もう少し長く君と生活出来ると期待してたんだけどねえ」


「俺はもう嫌っす、フツーに生活したいんで」


「言うじゃないか、本当にその眼で出来るのかい?」


 森重の形の良い指が俺の頬に触れる、俺の眼はこの世ならざるモノを人より少しだけ見やすくなっている、おかげ様で色々苦労して普通の会社員生活は送れず、何度も失敗があって今の会社に入った。


「私なら君を外界から隔絶した上で愛のある生活を与えてやれるよ?」


「外界から隔絶してる時点でやばいでしょうに、言ってるでしょ、普通に働いて生活したいんですよ」


 俺の眼の事を知っているのは会社では隊長と森重くらいだ、森重が教育の段階で俺の眼の事を何故か見抜いて隊長の下へ宛がった。


 隊長は俺を普通の人間として扱ってくれて、隊の隊員としてうんまあ大事には扱ってくれる。


「まあ良いさ、気が変わったらいつでも連絡してくれ、それと会社から今回の件でボーナスが出るそうだ、仕事に戻る前に羽を伸ばすと良い、なんだったら私も」


「お断りしときます」


「童貞は嫌われるよ?」


「ほっといてくれ!」


 冗談さ、そう言って森重はビルに戻っていく、色々引き継ぎをやらなければいけないって言ってたな、俺は溜息をついて荷物を背負い直して帰宅の徒につく。


 一度だけ振り返ると屋上から俺を見下ろしてる白い人影があった。


 そういやあのビル屋上にデカイ貯水タンクがあったっけ。


 俺は見なかった事にした。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ