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13.影後女 その6


 空中を泳ぐ鮫何てまず普通の生活を送っていたら目にする事は無いだろう。


 ましてやそれが自分目掛けて大口開けて襲い掛かってくるのである、ミズキの目が見開かれるのが見える、その瞳に宿るは諦観か絶望か、助けを求めた相手に今まさに殺されようという状況だ、絶望しか無いだろう。


「いやまあ思ったより賢くなくて助かりましたね」


 鮫は僕の言葉に呼応する様に身を捻り、ミズキを避けるとさっきまで苦しんでいた様子はどこへ行ったのやら、驚愕した表情を浮かべた相馬目掛けて牙を向ける。


 最初から疑わしかったのだ、僕らは影後女に憑かれた男がどうなるかを知らない、人が一番気を遣う時はどんな時か、それは苦しんでいる人間を相手にした時だ、まあまず詮索とかはし辛くなる。


 予想通り相馬は、いや……3体の強力な影後女の内の1体であろうそいつは、まるで泥の様に溶けて、体の一部を食われつつも部屋の隅へ逃げ仰せ、なんとか鮫から逃れる。


 僕はその様子を見逃さずミズキの腕を掴んでこちらに引き寄せる、人質に捕られるのは

面倒くさかったからだ。


『ナゼダ……ナゼワカッタ!』


 ラジオのノイズ混じりのザラザラとした女性の怒りの声が部屋に響く、何でわかったと言われても経験と勘としか言えないけど。


「強力な影後女は三人と聞きましたし、確かにそれらしいのも神社で見ましたね」


 そう、神社の屋根の上から僕や天利さんに禍々しい空気をぶつけてきた存在、見ただけで僕も嫌悪感が少なからず湧いた、だから注意しておこうと思っていた。


「多分アナタの分身でも置いていたんですかね、悲しい事にそいつは僕の目には映らなかったんですよね」


 僕は力の弱い影後女を見る事は叶わなかった、おかげさまで天利さんの様にあんまり苦悩しないで済んだのだけどね、僕が神社の屋根の上に見たのは2体だ、つまり3体の強力な個体がいるとした時に残り1体はどこかにいると考えるのが普通だ。


「どこにいるんだろうなあ? その位に考えていたらまさかこんなに早く遭遇するのは予想外でしたが」


『クソッ! ダカラワタシハソノ女ハサッサト殺スベキダトイッタンダ! 巫女ノチカラハ厄介ナノダカラ!』


 厄介とか思える位に自我があるんだ、怨念の塊って聞いた割にはちゃんと考える力はあるんだなあ……というか僕の能力はミズキからもらったとかじゃないんだけどね。


「厄介だと思うなら殺せば良かったじゃないですか、この人弱っているみたいだし……ほら?」


「ヒッ!?」


 僕は引き寄せたミズキの細い首の喉元に指を這わせる、いややっといてなんだけどこの人大丈夫なんだろうかってレベルで華奢なんだけど、というか今この状況で月島さん来たら鉄拳制裁とかされそう。


『マアイイ……ソイツヲ殺セバココハクズレテオマエモ死ヌ』


「この状況下で出来ると思っているあたりおめでたいですねえ」


 影後女のイメージってもっと悲壮感たっぷりかと思っていたんだけど、何て言うかB級ホラー映画に出てくる芋芝居並みのポンコツっぷりで、なんか恐いと言うより哀れに見える。


 ちなみに僕の腕の中にミズキは確保済みだ、加えて距離が取れているので昔と違って近づかなくても良い僕の能力の方に分がある。


 試しにわざとらしく背びれだけ出して鮫を泳がせる、ていうか和室の中を鮫の背びれが動いているのってシュールだなあ……影後女はというと、鮫には特に怯えた様子を見せるわけではない、あっ……近くに行くと流石にさがるのね。


「さあどうしますか? 僕らの前に現れないと言うならこの場は逃がしても良いですよ」


 この場はね。


 僕の言葉に影後女がどんな反応をするかと思えば、ドロドロが漸く人型に成った所でゲラゲラ笑いだす、ノイズ混じりみたいな声じゃないからある程度復元できたのか。


『オマエハユダンシタナ! コレデモウオマエハ死ヌ!』


 何して来るのだろう、いや何かする前に倒しちゃっても良いんだけどね、倒した方が多分良いのだろうけど情報は欲しい、少し好きにさせてみるか。


 僕が警戒を解かずに影後女を見ていると、僕が見覚えのある姿へと形を変えていく、ああ僕が見忘れるわけが無い……まあ簡単に言うと僕の記憶そのままの幼馴染が、僕の目の前に現れたのだ。


「狂じっ」


 僕の名前を言い終えるより先に腕を振りぬく、鮫の牙に咬み潰される幼馴染の頭、僕の腕の中にいるミズキは完全に呆気にとられた顔をしている、頭を咬み潰された幼馴染の体はドロドロに溶けて床に崩れ落ちていく。


『ナ、ナゼダ! オマエガ愛シタオンダダゾ! ソレヲ迷イモセズ……』


「彼女は既にこの世にいない、見た目をどれだけ完全に模倣しようとそれは彼女では無いんですよ」


 僕は怒っているのかも知れない、かも知れないというのはイマイチ今の自分の感情がわかっていないからだ、憤怒の感情でも悲哀の感情でも憐憫の感情でも無い、多分虚無に近いのでは無いだろうか。


「僕が何をしようと何を考えようと彼女は決して生き返らない、姉も妹も母も先輩も、みんなみんな生き返らないんですよ」


 暗い暗いぽっかり空いた心の穴、それを埋めてくれるものなんてないんだ、ああそうか……僕が今心に抱いているのは虚無か。


 ドロドロの何かが女性の見た目を模り始める、今度は誰を模倣するつもりか、いずれにしてもその前に咬み潰す。


『オマエハ……』


 何度も何度も咬み潰され、最後に模られたのは誰でもない、僕の知らない女性だった。


「お前は一体何なんだ!」


 知らない声、あれ? これが影後女? 何か割と普通じゃない?


「影後女は女性の怨念の集合体ですので……恐らく、貴方の鮫に怨念を喰らい尽くされて核となった女性が出てきたのでは……」


 腕の中で教えてくれるミズキの言葉にご都合主義じゃないですかー、と突っ込みそうになるのは堪えつつ、影後女だった女性を見る、真っ裸なのは可愛そうなので、とりあえず足元の掛け布団を蹴って女性の足元にやる。


「とりあえず何か話が出来そうなんで、それで体隠してくれません?」


「えっ……」


 僕の行動の意味がわかっていなかったようだが、言葉を聞いて自分を見て、慌てて掛け布団で身を包む、顔がえらい真っ赤なんですが、多分死んでるから血色もクソも無い気がするんだけど。


「本当に……お前はなんなんだよお……」


 そんな不安そうに言われましても。


「いや、ただの人間ですけど?」


「ただの人間は霊獣を使役出来ないと思いますけど……」


 ミズキから突っ込みが入る、別に使役してる気なんてこれっぽっちも無いんだけど、寧ろ先日クソウサギの所為でこうなっただけなんですけどね。


「何か生まれ変わりらしいですが、グレードダウンしたのかグレードアップしたのか」


「何の生まれ変わりと?」


「古事記に出てくるワニですね、因幡の白兎のアレです」


「それって神獣の類いですよね!?」


 そんな事言われても知らないし、神話に出てくる獣だから神獣なのか知らないけど、僕にとってはどうでも良い事なのだけど、元……いや、一応今も影後女の女性は顔面蒼白になっている、というか。


「も、申し訳ありませんでした!」


 いや、なんで土下座されているのだろう、ほんの数十分前に殺してやると息巻いていた人? と同一人物とは思えない。


「海神様とはつゆ知らず、大変な御無礼を働きました事、何卒御許し下さいませ!」


「えーっと……とりあえずお名前というか、色々教えてもらえませんかね?」


 ぶっちゃけ凄く不愉快な事されたので殺そうと思っていたんだけど、何か凄く馬鹿そうなので毒気が抜かれてしまった。


 情報は力なり、森重さんが言っていた言葉だけど手札を増やす事は悪手ではないだろう。







鮫島視点はとりあえずここまで。

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