12.影後女 その5
今回は鮫島視点です。
何が起きたのか理解するのに時間が掛かった。
先程まで僕は仲睦まじくしている月島さんと天利さんを見ていた。
だが今僕は真っ暗な空間の中にいた、足元に踏みしめられるものも無い、水の中にいるような浮遊感はあるものの呼吸は出来る。
「あー、あー、なるほど」
声は聞こえる、手元を見れば手も見える、明かりも無いのに随分親切設計な空間である。
「捕まったと考えるべきが良さそうですかね」
どうしたものかと考える、空間と言う舞台は僕の能力では分が悪い、月島さんの様に殴り砕くというわけではなく噛み砕くだからだ、真っ暗な空間にはその牙を突き立てるべき取っ掛かりが無いのだ。
腕を振るい、鮫を泳がせてみるが何の手応えも無い、というか僕の能力ってこんな見た目だったのね、こんなの海で見たら絶対に入りたくなくなるなあ。
「……すみません、そろそろよろしいでしょうか」
不意に声を掛けられ、声の方に振り返りながら鮫をけしかけようとしてギリギリ思い留まる、意思疎通が出来る相手に攻撃をするものではないと即座に判断したからだ。
「……巫女さんですかね」
鮫が勢いよく真っ白な髪の毛の巫女装束の女性の横を通り過ぎる、だけど女性の髪が乱れたりする事は無い。
「このような場所に引きずり込んでしまった事、まずはお詫び申し上げます」
「別に構いはしませんね、最近は変な仕事が多いから気にする事が減りましたから、それよりも貴女のお名前を伺ってもよろしいですか?」
「はい、私は御代志、御代志ミズキと申します」
「御代志……」
村の巫女さんの名前も確か御代志だった、母親……にしては若い、となると姉妹か従姉妹か、僕が考えていると御代志……わかりにくいからミズキさんで良いか、ミズキは少し悲しそうな顔で僕の疑問の答えを教えてくれる。
「お考えの通り、私は御代志ツバメの私の妹です」
「ですよねえ、そんな事だろうとは思いましたけど」
あの御代志……ツバメの話を信じるならば、ミズキは今頃誑かされてこんな所にはいないはずである、しかして僕の前にはそのツバメの姉を自称するミズキがいる。
「随分とわけがわからないですね、僕が聞いた話だとあなたは男とどこぞへ逃避行したと聞いていましたが」
「お恥ずかしい限りですが半分本当で半分は嘘になります」
ミズキがそう言うと周囲が明るくなり、僕は畳敷きの部屋に立っていた、部屋の中央には布団が敷かれ、若い男性が苦しげに魘されており、その横で心配そうにミズキが男性の手を取っていた。
「ここは私の力で作り出した空間、そして彼は私の恋人、相馬勇樹です」
男性……相馬の見た目はチャラ男というには純朴というか、如何にも田舎の好青年って言うとしっくりくる見た目である。
「とりあえず僕が事前に聞かされた事はだいたい嘘だったって事で良いですかね?」
「影後女の伝承については概ね間違いはありません、ですが私が男と逃避行したというのは間違いであり間違いでは無いです」
「詳しく話を聞きましょうかね」
鮫はいつでも出せる、だから話を聞いてから何を判断しても遅くないと思った。
ミズキ曰く、僕の前で臥せっている男性、相馬勇樹は彼女の恋人との事、何れは結婚の約束までしていたのだが、それは身内の、ツバメの手によって邪魔される事となる。
よくある話だ、真っ白な髪に目が行きがちだが、ミズキはそれなりに整った顔立ちをしている、そして巫女としての能力が高く人望に厚く、その上深く愛し合う恋人までいる、妹としては面白くない、何でもかんでも持っている姉、それに絶対に追いつく事が出来ないのだ。
どうしたら追いつけるのかとツバメは悩む、だが答えなど出るわけがない、悩んで答えの出る問題では無かったのだ、しかしある時にツバメは誤った答えを出してしまう。
無いのであれば奪い取れば良い……全て全て奪い取ってしまえばいい、幸いにしてそれをする為の力はあるのだから。
幸か不幸かツバメはミズキ程ではないが巫女の力をその身に宿していた、つまり影後女の封印に対して弱める事が出来たのだ。
ツバメは取引をした、何体も封印されていた影後女の中でも力の強い三体と、解放をする事を条件に力をよこせと、そしてツバメと影後女たちとの取引は成立した。
変幻自在の影後女の力、ツバメはミズキに成りすましてミズキの信用と信頼を徹底的に地の底へ落とす、ミズキがどんなに言っても周りは信じず、やがてミズキは精神的に疲弊し力を弱め、誰にも見向かれないようになった。
だが相馬勇樹だけは影後女の力でミズキに成りすましたツバメの正体を見破った、ツバメは焦る、伝承の通りであれば相馬が姉と結ばれれば姉は更に強い力を手に入れる、もしそうなったら全てを取り返されてしまうかもしれない。
ツバメは迷う事無く影後女たちを使って相馬を殺そうとした、だが寸での所でミズキは相馬を残った力で救い、今いる空間へと逃げおおせた……弱った力で空間を作れるってすごいなあ……。
「それで今に至ると」
「はい、その通りです」
正直な所、信じて良いのかわからない、何故ならば僕の目の前にいるミズキが本当にミズキであるという保証が無い、影後女が化けている可能性だってゼロじゃない、どうしたものか……。
「一つ聞いておきたいんですけど、明日の儀式が終わったら何が起きるんですか?」
「正直な所わかりません……ツバメの思惑通りなら再度影後女たちを封印し、巫女としての地位を確固たる物にするのではないかと……ですが……」
「ですが?」
「あの子には確かに巫女の力はありますが……器としての資質が無いのです」
器としての資質、また何か新しい単語が出てきた、天利さんだともうやだお家帰るとか言い出しそうだなあ、まあ僕は天利さんじゃないからそんな事言わないけど。
感情が顔に出てしまっていたのか、ミズキは自分の真っ白な髪をつまむと一本ぷつりと抜いて見せる。
「無垢なる白妙の髪は闇を受け入れ黒染めとなる、代々封印の巫女は生まれつき白髪で、影後女の怨念を受け止める事により、一年かけて染まり黒い髪となって封印の一部となり、そうしたらまた新たな髪で怨念を受け止める、こうして影後女を封印してきました」
「僕が見た御神体の髪の毛は何本か白髪でしたが……」
「はい、それは私の髪ですね、ここ数年で怨念によって黒く染まる事は無くなり、影後女の怨念を鎮める事が出来たと喜んでおりましたが」
「あれですか、あなたに化けた妹さんが髪色だけで本当は資質が無くて、怨念を受け入れられてないだけなんだーとでも言ったんですか?」
当て推量であるが当たっていたのか、少し驚いた様子でミズキは僕の方を見る。
「おっしゃる通りです……あの子が言ったのであれば多分信じられる事は無かったでしょう、ですが私が本当はという風に言えば皆信じてしまったのでしょうね」
残念そうな顔をするミズキに、僕は年長者特有の高慢さを少し感じる、ツバメのした事自体は褒められたものでは無いが、自分の言った事を誰にも信じてもらえず、姉の言った事は皆に信じてもらえる、力がなまじっかある分それはとても惨めな気分だろう。
「ちなみに聞いておきたいんですけど、もしもこのまま儀式が行われたらどうなります?」
「十中八九失敗となるでしょう、その場合、封印されているもっとも力の強い影後女が解き放たれる事になります」
「最悪の事態を回避するにはどうしたら良いんですかね?」
「ツバメに力を貸している影後女を倒し、私が儀式を行えば事は収束するかと……」
「そうですか」
僕は腕を右から左へ振り払う。
虚空からミズキ目掛けて鮫が飛び出した。




