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1.ドッペルゲンガー


『昨日、○○区の××公園で女性の絞殺された遺体が発見―――』


 時間は深夜1時、俺、天利孝(あまり たかし)はテレビから流れるニュースに耳を傾けながら警備日誌にボールペンを走らせる、また同じらしい。


『女性の遺体は個人の特定が困難なほどに顔を―――』


 潰されていたそうだ、今月に入って11件、ネットでも話題になっていて、何でもフェイスクラッシャーってなんとも恥ずかしくなるような名前までついている。


 どこにでもある変態の犯行だ、気にしなくても本来は良いのだが、そうも言ってられない、被害の起きてる場所が俺が入っているオフィスビルに近い、なのでクライアントがうるさいのだ、夜の巡回を増やして欲しいと、会社もそれを二つ返事で受けるもんだからタイムスケジュールが随分と変わった。


「そろそろ時間か」


 俺は仮眠交代前の巡回に出る為、ボールペンをカチッと一度ノックして制服の胸ポケットにしまい、引き出しから懐中電灯を取り出して警備室を出る、ガチャンと鍵が閉まる音を確認してから歩き始める。


 コツッ、コツッ、コツッ。


 秋の冷たくなり始めた夜の闇に俺の足音が溶け込んでいく、ビルを見上げるがホワイト企業ばかりなのかビルの窓には灯り一つとて点いている事は無い、頼りになる明かりは手元の懐中電灯の光だけだ、ビルの周りと併設されたちょっとした広場の巡回には問題ない。


 コツッ、コツッ、コツッ。


 ビルの周りに不審者不審物無し、お次は広場かと歩き出そうとした所で足を止める、懐中電灯の照らした明かりの更に先、ベンチに人影、面倒だなあと思いつつその人影に向かって歩き出す。


 こんばんは、今夜は月が綺麗ですね?


 こんばんは、何をされてるんですか?


 こんばんは、どうかされましたかね?


 何パターンか声のかけ方を考えて相手から6歩程離れた所で考えをやめる。


「何だ鷹瀬じゃねーか、驚かすんじゃねえよ」


 人影は良く見知った人間、というよりも同じ警備隊の鷹瀬麻美(たかせ まみ)だった。


「あ、先輩……」


 鷹瀬は俺に気づいてハッとした様子で顔を背ける。


「お前確か彼氏と旅行に行くからって休み取ったんだろ?」


 そう、こいつが急に言うもんだから仕方なく俺がこいつの分のシフトも埋めている、というか隊長に若い子の恋路の為なんだからと言われて埋めている。


「実は……振られちゃいまして」


「そうか……」


 スゲー気まずい、いや聞いたの俺だけどさ、うん俺が悪いんだけどさあ……。


 俺は気まずさをごまかすように鷹瀬の隣に人一人分の余裕を持って座る。


「先輩って女の子に振られた事ってあります?」


「何だよ藪から棒に、アオハル謳歌してたら警備員なんてやってねえよ」


 自慢じゃ無いが昔から女と縁が無かった、と言うよりも俺自身がそもそも避けていたのだから当たり前の話なのだが、そのおかげで年齢イコール彼女居ない歴になっている。


「警備員だって恋したって良いじゃないですかー」


「薄給……ああうちの会社はこれは入らねえか、不規則勤務、諸々あって普通はしねえな、既婚者がやってるのは見たりするが」


「隊長とかお子さん確か二人目とか言ってましたよね」


「うちは他の警備会社から比べてたら給料良いからな、奥さんも働いてるらしいし上手くやってんだろ」


 あの隊長は別格だ、資格は勿論色々やってるから生活は安定してるそうだ、俺も安定した生活があれば……。


「って話し込んじまったけどお前何しに来たんだよ」


「いや、先輩なら助けてくれるかなあって思いまして」


「何をだよ……なんだったか絵描きの彼氏との復縁でもしろってのかよ」


 確かこいつの彼氏はデジタル画家だったか、何かそんな感じのなんだかで、やたらと生々しいグロテスクな絵を描いててそこそこ名が知れてるんだったか。


 鷹瀬が臨時で絵画展の警備に行った時の縁で何故か付き合い始めたってところまで知っているが。


「いやいや、先輩コミュ障じゃないですか、余計に関係が拗れちゃうじゃないですか」


「コミュ症言うな、警備員として油断せず、表に出さず相手を疑うようにしていると言え」


「それをコミュ症って言うんですよ先輩……」


 やめろ、心底可哀想な感じに溜息つきながら言うんじゃないよ。


 ガラスのマイハートが砕け散るぞ今畜生。


「じゃあ俺に何をしろってんだよ」


 鷹瀬とは別の意味でうなだれて一度溜息をつく。


「だから言ってるじゃないですか、助けてくれるかなって」


「だーかーらー、内容を言えと言ってるでしょうが先輩怒る……ぞ?」


 顔を上げて鷹瀬の方を向いた俺の目には何も無かった。


「鷹瀬?」


 今まで話していたはずの鷹瀬が俺の目の前から忽然と姿を消していた。


「おい鷹瀬?」


 衣擦れの音も無く動くなんて人間は出来ないはず、嫌な汗が背筋を流れ、それを払拭するように、鷹瀬を探す為に一歩踏み出す。


 パキッ


 何かを踏み砕く音に俺は思わず足を上げて一歩下がる。


 赤い何かだった。


「何だよ脅かしやがって、全く……」


 放っておけば翌日には清掃さんがゴミとして拾っていくだろう、なのに何故か俺はその何かを拾い上げる、そして絶句した。


「何だよこれ……」


 落ちていたのは歯だ、赤いと思っていたのは血だった……乾いてないのか俺の手にねっとりとした血の手触りがある。


『いや、先輩なら助けてくれるかなあって思いまして』


 不意に鷹瀬の言葉が頭を過ぎる。


 俺はスマホを取り出すと隊長に電話をかける。


「隊長、夜分にすんません、鷹瀬がやばいかも知れないっす、何も無かったら連絡します」


 それだけ言って電話を切り、次に交代の奴に電話をかけ。


「すまん、緊急事態だ、現場後よろしく、多分隊長が来るから」


 同じ様に切り警備室へ急いで戻る……。



===========================



 アパートの暗い室内、明かりは大きいモニターから発せられる赤。


 私、鷹瀬麻美は自分の鼻から流れ出た鼻血の味に意識を取り戻される。


 私の彼氏、中村雄一はここ最近起こってる連続女性殺人事件の犯人だ。


 最初の頃は彼が犯人だなんてわからなかったけど、ある日帰ってくると部屋の中が生臭かった。


 だけどその原因は突き止められず、出かけていた彼に何かあったかと聞く事も出来ずにその日は終わった。


 次の日、ニュースでどこかの公園で遺体が発見されたニュースが流れていたのは覚えている。


 この時気づいていれば今の状況にはならなかったろう。


「ハー……ヒュウ……」


 彼に旅行に行こうと言われて休みを取った、私の職場は何だかんだ困った時はお互い様でよく協力してくれる、今回も隊長にお願いしますと頭を下げたら二つ返事で了解してくれた。


 そして私は旅行出発当日。


 彼に手酷い暴力を受けて監禁された。


 お気に入りの服は引き裂かれ、顔を執拗に殴られ、歯が折れて鼻の骨が折れて頬骨も折れてると思う。


 夕方まで続けられた暴行に私は彼に完全に恐怖し、動く事が出来なくなった。


 何か逆らえば殺される、そう刷り込まれた。


 そうすると彼は満足げにパソコンに向かい絵を描き始める、描かれていたのはボロボロになった今の私だ、彼は。


「お前で完成だ……フフフ、これで揃うんだ」


 とわけのわからない事を言っていた。


 今は作業に疲れたのかパソコンの前で横になって寝息を立てている。


 安らかな寝顔だけ見ればこの惨状を作り出した主なんて誰も思いもしないだろう、だが揺るぎようの無い事実で有った。


 悪夢なら覚めて欲しい、意識を失って目が覚めたら私の事を綺麗だって言ってくれた彼が、優しく私に笑みを向けてくれると何度も思ったけど残念ながら悪夢ではなく現実であり、希望なんて物は無かった。


「……先輩」


 どうしてその言葉を口にしたのか。


 呼んだってわかりはしない、隊の皆は私が幸せな旅行に行ってると思ってる、だから助けに来てくれるわけも無い。


 ピーーピーー


 夜中だと言うのに玄関の呼び鈴が鳴る、しつこい位鳴らしてきて、彼も目を覚まし何事かと玄関のドアを開けようと……。


 ドッバキャ!


 多分人生で初めて生で聞いた、ドアを蹴壊す音。


「ガッ……」


 そして蹴り壊されたドアが運悪く近くにいた彼にぶつかり覆いかぶさる。


 蹴り壊されたドア枠の所に立っていたのはここに来るはずの、来るはずが無い人だった。


「せ……ぱっ」



===========================



 今日ほど俺は自分の記憶力を褒めてやりたいと思った事は無い。


 一度だけ、本当に一度だけ俺は鷹瀬の忘れ物を届けに家に来ていた事があった。


『彼と住んでいるから申し訳ないけど先輩は入れて上げられないんですがー』


 と玄関先で対応される、仲睦まじい男女の家に入ろうなんて思いもしないが。


 ともかく俺は呼び鈴を押す。


 ビーービーー


 旅行に行ってれば出てこない、当たり前の話だ。


「いねえのかよ……」


 独り言ちながら嫌な予感がどうしても拭えず呼び鈴を更に押す、いなければ良いんだ、いないならそれで良いんだ、自分の予感を否定する為にそう思った。


『助けて……先輩』


 次の瞬間、俺は渾身の力でドアに蹴りを入れていた、一撃でドアの蝶番が壊れ、ドアが室内に飛んでいく、室内は薄赤い明かりでよくわからなかったが、目が慣れた時それは見えた……変わり果てた鷹瀬の姿が。


「……鷹瀬!」


 ドアを踏んでそのまま鷹瀬に駆け寄る、だが駆け寄ったは良いがあまりの悲惨さにどう増えて良いか戸惑っていると、鷹瀬がゆっくりと首を動かして俺を見てくる、良かった生きていた。


「せ……」


「いい、何も喋るな」


 スマホを取り出し手早く119番にかける、住所を言い、俺のスマホの番号を伝え、状況を伝え、転がっていたまだ温かな毛布を鷹瀬に……温かい?


「ぜっぱっ!」


 鷹瀬が奇声を上げるよりも先に毛布を自分の背後に放っていた。


 警備にあるまじき失態だ、室内が荒らされた形跡があるならまだ賊がいる可能性がある、鷹瀬をこれだけボロボロにされてるって事はやった奴がいるって事だ。


 俺を背後から襲おうとした奴は見事に毛布を被り転倒する、それを見て俺はすぐさまそいつに馬乗りなって押さえ込む、やっぱりと言えばやっぱりだが暴れられる、だから俺は遠慮なく毛布越しに二度三度と思いっきりぶん殴った。


 四度目の拳を振り下ろす前に大人しくなったので、俺はとりあえず警察へ電話した。



===========================



「先輩先輩♪」


 あれから二週間が経った。


「せーんぱいせんぱーい」


 鷹瀬は医者も驚く速度で回復しているらしく、まるで犬の如くベッド横に座っている俺に右手でしがみついて頭を俺にこすりつけている。


 医者が曰く回復の一環になるらしいからやらせてあげてほしい、と言われたので了解してるが。


「孝先輩っ」


 吐息がかかるほどの耳に口を近づけ呼ばれ、背筋の毛がゾゾゾと逆立つ様な感覚を味合わされる。


「やめい、きもちわるい」


「えーなんでですかー」


「なんでもクソもあるか、そういう事は新しい男を見つけてしてやれ」


 そういえば鷹瀬の彼氏である中村雄一は警察の御用になった。


 ただ御用になっただけならば良かったのだが、どうやら余罪が、というかここ最近起きていたフェイスクラッシャー事件の犯人だったとか、何で知ってるかと言えば交際相手だった鷹瀬が疑われて鷹瀬がどんな人間なのかとか事情聴取に来た刑事を上手い事を丸め込んで聞いたからだ。


 犯行動機は酷いもんだった。


 より世間から注目されたい、評価されたい、その為には絵をもっと真に迫らせなければならない、想像だけでは限界がある、意味を持った物で描く事により崇高な物が出来ると。


 ちなみに意味は何があったかというと12星座の1月生まれ山羊座の女から始めて12月生まれの射手座の女までで一つの作品にするとの事だったそうな、狂気に走ると人間自分が何をやってるかわからなくなるってのは割とある事だが、殺害した女性達の顔を潰していたのは目が恐かったという小心者な理由、救いようが無いという言葉はこいつに相応しいだろう。


「体中キズモノでもう新しい恋なんて出来ないですよー」


 包帯まみれの鷹瀬が拗ねた様に言う、全身打撲、両足左腕骨折、歯も何本か折れてるらしいし、他にも上げると切りが無い、そう考えるとこいつが可哀想に見えて頭を撫でようと手を伸ばし。


「あっ、でもあいつ私の体に興味が無かったみたいですから、ヤられてないからそういう意味でキズモノじゃないですよっ」


 前言撤回、コイツ可哀想じゃない、大人しくしゅんとしていれば良いものを。


「女の子がキズモノとかヤったヤってないとか言うんじゃありません」


「世の男性の10割は処女厨だって言うじゃないですか、大事なことですよ」


「言わねえよ! てか10割って全部じゃねえか!」


 こいつホントは怪我とか嘘なんじゃねえか、そう疑いたくなるレベルに元気だ、いや笑った口元の何本かの歯が見事の無くなってるから現実何だが。


「もっと自分を大事にしろ、俺はもう仕事だから行くからな」


 これ以上疲れる事を回避する為、俺は鷹瀬を引き剥がして逃げる様に病室から出る、一瞬病室の中が視界に入る、そこにもう一人鷹瀬がいた気がしたが、気のせいだと自分に言い聞かせてその場を後にした。



===========================



『もう少し上手くやった方が良かったんじゃない?』


「うるさい」


 先輩が去ってしまって静かになった病室、私は私の目の前の私を睨む。


『素直に貴方を愛してしまいましたから抱いてくださいって言ったら?』


「うるさいうるさい!」


 私には誰にも言えない秘密がある、それはもう一人の私が見えるという事、初めてもう一人の私を認識したのは小学生の時、自然と恐くは感じず、そのまま普通に遊んでしまった。


 それが異常だとわかったのは親に言われてからだ、私は私しかいない、他の人は絶対に私ではないのだから、だけどもう一人の私は私にお構いなしに現れた、そして私より賢かった。


『うるさいうるさいって、そもそも今回の件は貴方が悪いんでしょうに、私は貴方にあの男からは悪意しか感じられない、孝さんもいるんだからやめろって何度も言ったわよね?』


 もう一人の私は盛大に溜息をつきながら私を可哀想なものを見るような目で見てくる。


『ガサツでドジで冴えなくて、本当は人付き合いが苦手なのに』


「わかってるわよ……」


 中村とお付き合いを始めたが本当は特に愛情なんて抱いてはいなかった。


 ただ私を綺麗と言ってくれた、それで興味がわいたから付き合っていただけ、そもそも最初に私を綺麗と言ってくれたのは先輩だった、多分先輩は覚えていないのだろうけれど。


『「お前もう少し見た目に気い使って自信持ったら良いんじゃねえか? 綺麗なんだから」だったかしら?』


 もう一人の私にあの時の先輩の言葉を言われて顔が熱くなるのを感じる。


「言わないでよ……」


 先輩の一言から私は、四十路過ぎのだらしないおっさんレベルだった身なりへの気遣いを改め、また先輩に綺麗って言ってもらおうと努力した、結局は今の所言ってもらえてないのだが。


『全くもっとがんばってくれなきゃ、折角助けたってのに』


「やっぱりそうだったのね……」


 先輩が私を助けに来てくれた時には驚きと喜びで忘れていたけどおかしかったのだ、あんな夜中に来るわけが無い、そもそも隊の皆には幸せな旅行に行ってると思われているはずなのだから。


『今回は孝さんの妙に鋭い所に感謝するべきね、全部本当の事を言っても普通の人なら信じてくれないでしょうからね』


 もう一人の私の言うとおり、自分が監禁されて暴行を受けて死に掛けてるから助けて欲しい、なんて言っても頭のおかしい人だと思われるだろう。


「体が治ったら……何かお返ししないとなあ……」


『そうね、孝さんはこれからも大変でしょうからね』


「どういう意味?」


『さあね? 少し考えればわかるわよ』


 そう言うともう一人の私は消えてしまった。


 私が言葉の意味を知るのは少し先の話だった。




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