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そして僕は旅に出た。  作者: 高天原
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目覚め 微睡2

昨日から降り出した雪は、この時期に降るいつもの湿った雪ではなく本格的な軽い雪だった。

地面に落ちた雪も道端の草の上や縁石の上は溶けずにそのまま積もっている。数日前より寒さが厳しくなっていたが、雪が降ったせいかほんの少し暖かく感じた。久しぶりの雪の匂いを懐かしむように深呼吸してみた。

俺は日向の実家である土地守をしているお社に向かっていた。

そこは農家の集落でその中央に小さな山があり、細い山道の先に小さな祠を祀っていた。その土地守の家を訪ねると、日向のお祖母さんという女性が迎えてくれた。


「あれまあ、巴の友達とは思っていたけど男の子かえ。さあ上がって、上がって。」


来る約束をしていたわけでもないのに、来ることが分かっていたかのように迎え入れられた。

家の中は土地守という仰々しい名前とは関係なく、古い農家のように玄関は土間が広くとられ、上がった先にはすぐに居間があった。そこで日向が来るまで待っていると、二階から日向は降りてきた。


「どういうつもり?家にまで来るなんて。」


「巴。お客さんに失礼じゃろう。せっかく来てくれてるのに。ねえ?」


「いえ、本当突然すみません。どうしても相談したいことがあって。」


「まあいいわ。ここでは何だし、社務所で聞くわ。おばあちゃん社務所借りるね。」


玄関脇に別の入り口があり、通路を渡ると応接室のような部屋に通された。


「さてどういう要件かしら?」


「夢占いについて、どの程度前知っている?」


「ふん。逆に聞きたいわ。君はどこまで調べたの?」


突然の訪問に明らかに機嫌が悪いのが分かる。しかし悠長にしている時間はない。


「明晰夢。夢の中で夢と認識しながら、自由に見ることのできる夢。ただこれが夢と認識しているにも関わらず、肉体に影響を及ぼすほどの力があるかという事だ。」


「へえー、結構頑張ったわね。確かに彼女の不調は明晰夢に関係しているわ。ただ肉体に影響するかという点においては、有るとも無いとも言えない。」


「可能性はあるという事か。じゃあ人の夢を自在に操ることは?」


「ふっ、操ることは可能。でも君は思い違いをしているようね。」


「何が違うんだ?」


「夢が肉体に影響することも、自在に操ることも多少は可能よ。でも人が本来持っている潜在意識まで操ることはできない。つまり人を殺したり自殺したりは、潜在意識下ではどうしても拒否反応が出る。ただ顕在能力の開発に明晰夢を利用する研究は進んでいて、例えば反射神経の向上とか判断力や洞察力の訓練などにね。」


「じゃあ夢占いが森下を苦しめているんじゃないのか?」


「やっぱり。あのパン屋さんを疑っていたんだね。むしろあのパン屋さんがいたおかげで、彼女は助けられているんだよ。」


「どういうことだ?」


「夢っていうのは不思議なもので、現実と非現実の境界が曖昧で、明晰夢のように夢として理解していれば心の開放につながるし。逆行催眠のように現実に起きた事を夢で再現することもできる。いわば精神と肉体を調整する役割を持っているのよ。そこで必要な事はリアリティチェック。夢から覚めた時に現実なのかまだ夢の中なのか、脳内で錯覚を起こしている時に確認する方法。」


「夢を夢と理解しているのに現実かどうか理解できなくなるのか?」


「そう、夢を自在に見れるようになると陥りやすいの。それを怠ると彼女のように区別がつかなくなってしまうわけ。つまり今まで思い通りにできた事が、出来なくなり夢に依存するようになる。すると今度は夢も思い通りに行かなくなると現実に依存するようになる。これを繰り返すとどっちが夢でどっちが現実か区別がつかなくなってしまう。」


「現実がうまくいかなくなると夢を見るために寝て、夢が思い通りいかないと寝ることに恐怖を感じるというわけか。じゃやパン屋は関係ないのか。」


「原因はパン屋さん。救うのもパン屋さん。きっかけは単純な事だと思うの。君の友達のヒロ君だっけ?彼と一緒よ。話をしたいから毎日パンを買う。彼女は夢占いを見てもらいたいから、毎日いろいろな夢を見られるようにする。ただそれだけだったのよ。」


「じゃあ森下が自ら明晰夢に捕らわれ、それをパン屋が助けようとしているという事か?」


「そうよ。あなたはあの店長を見てもわからなかったの?」


完全に逆の思考をしていた。森下を被害者と決めつけ犯人捜しをしていたのだ。だから被害者と加害者の構図が出来上がると、後の理由付けは夢占いという未知の方法のせいにして、原因も過程も考えていなかった。そう結果も想像できていなかったのだ。


「お前はどうやってこの答に辿り着いたんだ?」


すると入り口からお祖母さんがお茶を持って入ってきた。お祖母さんは日向の代わりに答えた。


「それはこの土地守の力に関係があるんじゃよ。」


「おばあちゃん。」


話を止めようとする日向を抑え、お茶を差し出しながら独り言のように話し始めた。


「土地守というのは何も神様のお世話をするのが役目じゃないんじゃよ。そこに生きる人々の生活や環境を守るのが本来の役目で、洪水や飢饉といった自然災害には神様の力を頼るしかないが、ほとんどの場合災いを起こすのは人なんじゃよ。」


ゆっくりと腰掛け一口お茶をすすると、窓の外の音もなく降り積もる雪を、目を細めながら眺め話しを続けた。


「昔は向う三件両隣って言って親戚のような関係じゃったが、離農する家や後継ぎのいない家が増え、自分の家だけでも食べていくのが大変な時代になった。そうすると人というのはおかしなものでな、昔は皆で分け合っていたものでも独り占めするようになる。それだけならまだしも今度は奪い合いを始めようとする。騙し騙され取った取られたの繰り返しじゃ。土地守というのはその名の通り土地を守るものじゃて、古くからこの土地の決まり事全てが伝えられておる。そう良いことも悪いこともな。それでも邪なものは常に人に紛れ込むのでな、わしらも木を隠すには森ではないが、常に人の中に紛れ込んでおるんじゃよ。特に巴の場合はその才能があって邪な者の隣に居ても気付かれんほどじゃて。」


日向の存在感が希薄な事の理由が明かされた。この才能は土地守という役目にとても重要な事だと付け足した。


「さあ用件が済んだのなら、そろそろ帰ってもらえるかしら?」


「ああそうだな。もう一つ聞いていいか?」


「何よまだあるの?」


「この先の山に土地神が祀ってあるんだろ?土地神ってなんだ?」


「神様よ。神様って神聖で良いイメージがあるだろうけど、私から言わせてみれば不平等の極みってところかしら。地震に洪水、干ばつに疫病。全てを根こそぎ持っていく絶対者ね。」


「そんなの祀ってるのか?」


「神様って大体そんなものよ。」


お祖母さんはそれを聞いて笑っているのだから、あながちそんなものなんだろう。だから怒らせないように誰かが祀る役目を負っているわけなのだ。


「とりあえずこの件は本人次第ってとこかしら。もし手伝いたいのであれば、今度の水曜日の夜、パン屋さんに行って直接本人と話すことね。」


「水曜日に来るってなんでわかるんだ?」


「睡眠と月の満ち欠けには関係があるのよ。行く行かないは自由だけどね。」


この話が嘘であろうと本当であろうと、俺と柳田は違う選択をする所だった。森下を助けるつもりが、一歩間違えれば苦しめる結果になり、そして唯一助けてくれる人を犯人にしてしまうところだった。今できることは森下を元気づける事くらいなのかもしれない。とにかく柳田に事の詳細を説明し、直接本人あってみるほかに手立てはない。あるいは柳田であれば森下を引っ張り出してくれるかもしれない。

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