目覚め 夢2
相変わらず店内は女性客で賑わっていたが、行列ができるほどではなくパンもまばらになっていた。閉店近くになると何個かまとめて一袋にして割引されており、ヒロはいつもそれを買っていくそうだ。パンを選んでいると後ろから声を掛けられた。
「いつもありがとね。」
この店の店長だ。
「いやー毎日食べても全然うまいっス。」
「若いんだから、もっと栄養のあるもの食べないと。」
「ちゃんと野菜入りのパンも買ってますよ。」
店長の笑顔にヒロが惚れこむのも納得がいく。ただ見られているだけでも気恥ずかしくなるほどの整った顔立ちに気さくな振舞。どこからどう見ても美人である。その時ヒロの背中越しに見覚えのある姿が目に入った。日向巴だ。この光あふれる空間に似つかわしくないような存在。いやそれは俺の偏見である。何もしなければ普通の女子高生なのだから。
「こいつ俺の友達っス。」
いきなりヒロに紹介されて挙動不審な動きになり、顔が赤くなった。
「初めましてルシードにようこそ。」
「どうもヒロがお世話になってます。」
「何だよそれ。お前は俺の親か。」
「いやちょっと気なったパンがあったから取って来る。」
慌ててその場を逃げ出したが、あまりの不自然さに俺をネタに笑っているのが聞こえてくる。そのやりとりを聞かないように日向に近づくと、
「君もパンより店長?」
「何でここに居るんだよ。」
「あら私がパンを買いに来たらいけないのかしら。」
「そーじゃねーよ。このタイミングだよ。」
「そんなの知らないわよ。先に来てたのは私よ。それより気軽に話しかけないでもらえるかしら。」
そう言うと顔を合わせることもなくレジへと向かっていった。
何を考えているのかわからないが、今日は俺もパンを買うだけだと自分に言い聞かせて、適当に置いてあるパンを取ってヒロのところに戻った。相も変わらず鼻の下を伸ばし、楽しそうに話をしている。日向と話していたのはバレてなさそうだ。すると戻ってきた俺に気付きとってきたパンを眺め、
「渋いな。豆パンかよ。」
「ん?ああ豆パン・・・だな。」
確認もせず取ってきたパンは、トレイの上で申し訳なさそうに小さくなっていた。ヒロもいつもの袋入りのパンを片手にレジカウンターを目で合図し、
「もう閉店時間だからそろそろ帰ろうぜ。」
「おうそうだな。忙しい時にすみませんでした。」
「いいえ、毎度ありがとうございました。」
そう言って手際よく袋に詰め会計を済ませると、ガタガタと窓を揺さぶるように風が強くなってきていた。天気予報でも夜から天候が悪くなると言っていた。
「あらやっぱり悪くなってきたわね。気を付けてね。」
「平気っスよ。走って帰りますから。」
すると閉店間際にも関わらず、一人の女子高生が入ってきた。
「先輩?」
「ん?おお森下じゃねーか。」
部活の後輩だった。もう俺は引退したのでしばらく会うこともなかったが、その後女子部のキャプテンを任されていた子だった。
「もう閉店だぞ。こんな時間に来るなよ。」
「違うのよ。その子は別の用事で来てもらったの。」
どうやら店長が呼んだのだった。例の占いを営業中は忙しくて見られないため、閉店後に見るようにしているらしい。これから店を閉めるので、終わるまで奥のテーブルで待っているよう案内していた。どこか頼りなく感じる歩き方に違和感を覚えたが、年頃の女の子の悩みなど理解できるはずもなく、ただ荒れた空を眺め帰り道を急いだ。それでもヒロはこの風ですら楽しんでいるように、自分も絶対占ってもらうと意気込んでいた。それはただ単に占いは夜二人きりで行う事を知ったが為で、二人きりというシチュエーションに妄想を膨らましているだけに思えた。浮かれているヒロの思惑とは反対に友人を犯罪者にさせるわけにはいかない。それだけは絶対に阻止しなければという使命感が生まれた。
家に帰り自分の部屋で横になりながら、ヒロの恋愛は成就しないであろうことを考えていた。それを理解したうえで人を好きになり、伝えられずにはいられない思いがある。絶対に傷つくとわかっていて、それでも真っ直ぐ向き合える強さ。過去に付き合ったこともあったが、別れる時にそれほど苦しんだ経験もない。相手の気持ちを理解していなかったから、傷つけていることも平気だったのだ。そう好きでもないのに惰性で付き合い、自分のわがままで別れていた。子供の遊びのような恋愛しかしてこなかった。いや本当の恋愛を知らないのだ。相手に対し真剣に向き合ったことなどないのだから。
寝ながらかじった豆パンは甘い中にもちょっと塩味がして、香も良くとてもおいしかった。昔からあるパンなのに、ちゃんと味わったことがなかった。このパンと同じく今まで色々な事を知っていたつもりだったのが、実際はその本質を知りもしないで見た目だけで判断していたのだ。今更ながらに自分の幼稚さに気付かされた。




