引きこもり、タイポイへいく②
「いやー大量大量。助かったぜエイス」
たくさんの毒の牙を手に入れホクホク顔のヴァットを、エイスはジト目で見る。
「まぁいいけどね。ゲーム内だしね」
「というか現実の薬とかだって、毒の成分が入ってるんだぞ」
「いやー! 聞きたくないー!」
耳を塞ぎイヤイヤするエイスを無視してヴァットは次のマップに移動する。
エイスは慌ててそれについていく。
進むにつれ、辺りには緑が濃くなってきた。
「視界が見えにくいから、モンスターの不意打ちを警戒しろよ」
「はいはい、そういえばここまでは来た事ないわね。どんなモンスターが出るの?」
「ハイギョだ。水辺には特に気をつけろ」
ヴァットは流れる川へと視線を向ける。
ゆらりと、水面で黒い影が揺らめいた。
ぱしゃんと水音を立てて出てきたのはナマズのような平べったい魚の形をしたモンスターだった。
頭上にはハイギョと表示されていた。
「言ってる間に出てきたな……! ちょっと待ってろ、今準備を……」
「おおっと! 私の出番かねー!?」
言うが早いかエイスはハイギョに躍りかかる。
「あ、おいちょっと待て!」
「てりゃー! 先手必勝っ!」
ヴァットが止めるのも聞かず、ハイギョに攻撃を開始するエイス。
斬撃エフェクトが乱れ飛び、ハイギョのHPが徐々に削れていく。
ハイギョの攻撃速度は遅く、命中率も低いためエイスには当たらない。
それがよりエイスを調子づかせた。
「なーんだ、大したことないじゃない! よゆーよゆー!」
「おいばか、死亡フラグを立てるのはやめろ!」
やはりヴァットの忠告を聞く様子はない。
だがハイギョのHPバーが青から黄色に変わった瞬間、その周りに青色の柱が立ち上る。
「……ギョギョ」
ハイギョの周りに魔法陣が展開され、エフェクトと共に魔力弾が打ち出された。
――――アクアバレット。連続して水弾を打ち出し、大ダメージを与えるという魔術師のスキルだ。
水場でなければ使えないという制限はあるがその威力は強力無比。
雨あられと水弾が降り注ぐ。
「いたたたたーーーっ!?」
魔法系のスキルはAGIによっては回避出来ない。
ダメージエフェクトが連続してエイスを貫き、すごい勢いでHPバーを削っていく。
「ぎゃーーーっ! らめーーーっ! 死んじゃうーーーっ!」
その勢いにエイスは攻撃するのも忘れパニックになっていた。
ヴァットはため息を吐きながらも、鞄からポーションを取り出す。
「ったく、即座に死亡フラグを回収しやがって……」
そして、投げた。
ヴァットが連続してポーションを投げると、赤くなっていたエイスのHPが一瞬にして回復していく。
「し、死ぬかと思ったー……」
「いいからとっとと倒しちまえ!」
「ういっす!」
水弾を受けながらも、エイスは攻撃を再開する。
アクアバレットと斬撃、そして回復エフェクトが無数に重なる中……ようやくハイギョのHPバーが真っ黒になった。
「ギョーーー!」
ぴちぴちと跳ねながらハイギョは消滅し、代わりに魚鱗が落ちる。
安堵の息を吐いたエイスは、その場に腰を下ろした。
「あっぶなーーー! マジに死ぬかと思ったーーーっ!」
「だから言ったのに……水辺に居たらまたハイギョが出て来るぞ」
「ひいっ!?」
ヴァットの言葉にエイスは慌てて立ち上がり、水辺からダッシュで離れた。
凄まじい速度だった。AGI極振りは伊達ではなかった。
「魔法コワイ魔法コワイ魔法コワイ……」
「……まぁビビるのもわからんでもない。俺もここまでの威力があるとは想定してなかった」
「どうすんのよヴァット! あんなのがいると怖くて進めないわよっ!」
死にかけたのが余程恐ろしかったのか、エイスは涙声になっていた。
「対策はちゃんと持ってきていたっつーの。……ほれ」
ヴァットは鞄から水色のポーションを取り出すと、自分とエイスに投げつけた。
ポーションが割れ、液体が降りかかるエフェクトの後、二人の名前の横に盾のようなアイコンが付いた。
「これは……?」
「レジストアクアポーションだ。水属性攻撃に耐性が付く」
「なんで先に使わなかったのよっ!」
「使おうとしたらお前が突っ込んでいったんだぞ」
「うぐっ! そ、そうでした……」
「とはいえこれは念の為、だ。基本的にはスルーしよう。出来るだけ水辺には近寄らないようにな」
「はーい」
このマップを危険と判断したヴァットは、しゅんとするエイスを連れ先を急ぐ。
「本来ならエイスを先行させたいところではあるが、道は俺にしかわからないからな」
「すまないねぇ……ていうかなんでわかるのん? ヒキコモリなのにさ」
「実は俺もロケテ組だからな」
「あ、そーなんだ。道理でやたら詳しいと思ってたよ。何のジョブやってたの?」
「剣士だな。AGI型じゃなくVIT型だけど……おっと、ハイギョの影だ。下がるぞ」
ヴァットが下がるとエイスもそれに従う。
先刻死にかけたからか、素直なものだった。
順調に歩を進める二人は、タイポイのすぐ前までたどり着いた。
「……離れないな」
マップ移動ポイント周辺にて、ハイギョがウロウロしていた。
待てど暮らせどそこから離れる様子はない。
「倒すしかないかな?」
「そうだな。ここでずっと待ってても他のモンスターが来る可能性もある。挟み撃ちだけは避けたいからな。レジストポーションも使っているし、何とかなるだろう」
「そうだね。じゃあ行ってくるよ! 回復は頼んだー」
ヴァットが頷くと、エイスは真っ直ぐにハイギョに突っ込んでいく。
戦闘が始まり、順調に削れていくハイギョのHP。
HPが半分を切るまではアクアバレットは使用してこない。
ハイギョのHPが半分に差し掛かったところで、エイスの目がキランと光る。
「くらえーっ! ソニックエッジ!」
エイスがスキルを発動させると、剣に渦のようなエフェクトが発現する。
そのまま斬撃を繰り出すと、ざしゅ! と鋭い音と共にハイギョのHPバーが大きく削れた。
――――ソニックエッジ。強烈な斬撃を繰り出す剣士系スキルだ。
SPの少ない剣士系ジョブでは連打は出来ないが、ピンチの時には有用なスキルである。
「もっかい! どりゃあ!」
更に二度、三度、ソニックエッジを繰り出しハイギョのHPは僅かになった。
だがエイスもすぐにSPが切れてしまい、通常攻撃に切り替える。
ハイギョはアクアバレットを発動するが、レジストポーションによりダメージは本来の半分ほどである。
エイスにほとんどダメージを与えられないまま、ハイギョは倒された。
「ふぅ、何とかなったね」
「おう、ソニックエッジとはいい機転だったな」
「ヴァットの話で思い出したのよ。そういえば取ってたなーと。すぐSPカラになるから使ってなかったけどね」
「取ってないのかと思ってたぜ」
「へへん♪ どんなもんよ!」
エイスは得意げに笑う。
「レジストポーションもいいわね。アクアバレットがまるでゴミのようだったわ!」
「その割に焦って見えたが」
「う……そ、そんなことないもん! フツーだしっ!」
「へいへいそーだな。さて、また敵が来る前に街へ入ろうか。そろそろレジストポーションの効果時間も切れる頃だしな」
「はーい」
二人はそう言って次のマップへと飛び込んだ。