引きこもり、小綺麗になる
街の中をヴァットとエイスが歩いていた。
ヴァットの目的は買い物、エイスは暇つぶしの付き合いである。
「あーーーっ!」
突然、エイスがヴァットの腕を掴まえ声を上げる。
「見て見てヴァット、あれ可愛くないー?」
エイスが指さすのは、パンダの顔をかたどった帽子である。
この街には帽子屋さんというNPCがおり、ここではドロップアイテムを集めてくる事で、目当ての頭装備と交換出来るのだ。
他にも猫耳帽子やうさ耳帽子など、可愛らしいものが並んでいた。
エイスは引き寄せられるようにNPCの前に行くと、そこに引っかけられたパンダ帽を見て目をキラキラさせていた。
「わー、いいなーこれ! 笹の葉500個で交換かぁ……でもいいよねぇ、欲しいなぁ……」
「ふーん……」
だが、ヴァットは冷めた顔だった。
エイスはつまらなそうにヴァットを睨む。
「もう、興味なさそうな顔ねぇ! これだからデフォアバター使いは! たまにはオシャレくらいしなさいよ!」
RROでは、装備によって外見も変化する。
プレイヤーたちは性能以外にも、可愛いさやかっこよさで装備を選ぶのだ。
それだけではなく髪型を変えたり、装備の色を変えたり、自分に似合ったファッションを楽しむのである。
勿論、そういったオシャレに興味がない者もいる。
そういったプレイヤーはデフォルト仕様のアバターという意味で、デフォアバターなどと揶揄されていた。
「……別にいいだろ。デフォでもステータスは変わらんし」
「でもさ、気分的に全然違うって。ちょっといじればヴァットもカッコよくなるかもよ? あ! じゃあさ、アンタの買い物終わったらちょっと行きましょう!」
「えー、別にいいよ……」
「決まりねっ!」
気乗りしない顔のヴァットに、エイスは上機嫌で微笑む。
目当ての店に着いたヴァットはポーションの空瓶やらなんやらを購入した。
鞄一杯に買い込んだヴァットが店から出てくる。
「終わったかしら? じゃあ行きましょうか!」
「別にいいけどさ。あんまり金持ってないぞ俺」
「大丈夫大丈夫、そんなに高いところじゃないしさ!ね、いこっ!」
エイスは有無を言わさず、ヴァットの手を引いていく。
街の中央から一本外れた通り、どことなくオシャレな建物が並ぶ場所に辿り着いた。
「へぇ、こんなところがあるんだな」
「ここで髪型とか服の色とかを変えれるのよ。うん、まずはそのだっさい服を変えましょうか。真っ黒でモロオタクって感じだし。どうせデフォパターンの黒ベースをそのまま使ったんでしょう? 衣服のグラフィックは大きくは変えられないけど、一部だけなら染色する事が出来るからさ、それだけでも全然違うわよ!」
「へー、そんなもんか」
「そうそう! そんなもんよ!……ほら、あのおばちゃんのNPCに頼んでみましょうか」
エイスの勢いに押され、ヴァットは染色NPCの前に連れて行かれた。
主婦のようなおばさんの外見をしたNPCが、壺の中に布を洗っていた。
二人に気づいた染色NPCは手を拭き、にっこりと向き直る。
「こんにちわ。服を染めるなら承るわよ」
そう言うと染色NPCの前に、透明なコンソールが出現した。
画面にはヴァットの姿が忠実に再現されていた。
エイスがそれを指で触ると、画面内のヴァットがクルクルと回転した。
「これに染色したい箇所をクリックし、右のパレットから色を選ぶの。簡単でしょ?」
「へぇ、なるほどなぁ」
「ベースは黒のままでいいとして、ワンポイントでは明るい色を使いたいところね。上半身もちょっと明るくして……」
エイスがぽちぽちとコンソールを叩き始めると、画面内のヴァットの配色が目まぐるしく変わっていく。
「……出来たー! どうよこれ! いいでしょー!」
コンソールに表示されたヴァットの衣服は先刻と同じ黒ベースであるが、細かな部分でいじられており、ファッションに疎いヴァットにも垢抜けて見えていた。
「おおー! ……よくわからんが、かなりいいんじゃないか?」
「でしょう? あとは顔面がもうちょいイケてたら完璧だったんだけどねー。こればっかりはいじりようがないからなぁ」
「……てめぇ」
「あはは! ごめんごめん! まぁ私は嫌いじゃないよ。あまり一般ウケする顔じゃないかもだけどー」
エイスは大笑いしながら、ヴァットの背中をバシバシと叩く。
「さて、今度は髪型よ! これも細かく調整出来るから、似合う感じにしてあげるわね!」
「はいはい、もう好きにしてくれ」
諦めたようにヴァットはため息を吐くのだった。
次に連れて行かれたのは、赤と白の模様が螺旋を描く看板の前。
そこには散髪鋏を持ったNPCがいた。
散髪NPCが爽やかに笑うと、白い歯がきらんと輝く。
「いらっしゃい。レディ。美しくなりにきたのかな?」
「今日は私じゃないわ。こっちをよろしく」
エイスがヴァットを差し出すと、散髪NPCは顎に手を当てふむと頷く。
そしてヴァットを頭からつま先まで、ジロジロと見た後で、透明なコンソールを出現させた。
「ふむ、いいだろう。では要望を教えてくれたまえ」
コンソールには染色NPCと同じようにヴァットの全身が映し出されていた。
エイスはそれを見て、画面内でヴァットの髪型をいじり始める。
「えーと……こーやって、あーやって……ねぇこれ、どうよ!」
エイスがドヤ顔で見せてきたのは、アフロ化したヴァットだった。
ヴァットが睨むと、エイスは笑いを堪えていた。
「ぷ……うぷぷ……」
「……で?」
「ごめんごめん! 真面目にやるからさ!」
「どうせ今度はスキンヘッドにするつもりなんだろ」
「なにー!? エスパーですかー!?」
「エイスの考える事くらい、大体わかるっての」
「あはは、仕方ないなー。じゃあ今度こそ真面目に……っと」
エイスは今度こそと真面目な顔で、コンソールをいじり始める。
画面内のヴァットの頭を拡大し、髪型を細かく切ったり細かく増やしたりしながら調整していく。
ひとしきりやり終えた後、エイスは遠くで見たり近づいて見たり、じーっと観察した。
「……うん、いい感じ。どうよ」
そう言ってエイスはコンソールをくるりと回しヴァットの方に向ける。
そこには見事に垢抜けたヴァットの姿があった。
「おお、すごいな! 俺じゃないみたいだ」
「でっしょー! ヴァットじゃないみたいでしょー! んじゃこれでいいよね。ぽちっとな」
エイスが決定を押すと、ヴァットの髪型がコンソールに表示されていたものに変化した。
自分の頭を触るヴァットに、エイスは取り出した手鏡を渡した。
「どう?」
「……うん、いいな。ちょっと落ち着かないが。ありがとう、エイス」
「いえいえどういたしまして。いつもポーション作ってもらってるからねぇ」
エイスはにこにこしながら、ヴァットが喜ぶ様子を眺めていた。
そしてぽつりと呟く。
「それでナンパとかをしたらダメだからね?」
囁くような小さな声。だが少し真面目な声だった。
よく聞こえなかったヴァットは聞き返す。
「ん? 何か言ったか?」
「いーえ、なんにもー」
「?」
口笛を吹くエリスを見て、ヴァットは首を傾げるのだった。