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攻略組、退く

 ヘルズゲートのある大陸へと向かうには海を渡る必要がある。

 港へ向かう道中にある深い渓谷、その最奥部にて――――


「ギシャアアアアアアア!!」


 巨大な岩壁が折り重なる谷底に、巨大なムカデ型モンスターがいた。

 頭上にはサウザンドワーム。その横にはボスエネミーの印である鬼のようなマークも共に表示されている。

 それを数人のプレイヤーたちが取り囲んでいた。

 前衛を剣士、中衛に拳法家、後衛に女魔術師と女神官、弓使いの五人パーティ。

 彼らはデスゲームをクリアすべく立ち上がった攻略組の一つ。

 パーティ名は暁の翼、である。


 女神官が支援スキルを発動させると、淡い光がパーティを包む。

 ステータス向上、ダメージ軽減、HPSP回復量向上という基本バフである。

 戦闘準備が整ったのを見計らい、剣士が剣を掲げる。


「よし、みんな行くぞ!」

「うおおおおおおお!!」


 雄叫びを上げながら、彼らはサウザンドワームを攻撃し始めた。

 相手の攻撃は盾や拳で受け流し、受けたダメージはヒールで即座に回復。

 後衛は攻撃に集中し、魔術と矢を雨のように降らせ続ける。

 彼らの息の合った連携でサウザンドワームのHPは、徐々に削れていく。


「ギシシィ!?」


 弓使いの矢を片眼に受け、サウザンドワームが大きく仰け反る。

 のたうちまわりながらもなんとか起き上がってきたサウザンドワームの瞳が爛々と赤く輝き始める。

 頭上に見えるHPバーは白から黄色になっていた。


「半分切ったぞ! みんな、気をつけろよ!」

「おうっ!」


 リーダーである剣士の号令で全員が身構える。

 ボスエネミーはHPが半分になると行動パターンが変わり、より激しい攻撃を繰り出してくるのだ。


「ギィィィィィ……!」


 サウザンドワームは全身をくねらせる始めると、長い胴体を後方に振りかぶる。

 見た事のないモーションに嫌な予感を感じた剣士は、咄嗟に盾を構えた。


「シャアアアアアアア!!」


 そして、サウザンドワームは奇声を上げながら広範囲を薙ぎ払ってきた。

 胴体の左右に生えていた無数の鉤爪が彼らを切り裂く。

 ざしゅ! と痛々しい音と共に、無数の斬撃エフェクトが剣士たちの視界を覆う。

 その一撃で剣士以外のHPは真っ赤になっていた。


「ま、まずい! ヒールを頼む!」

「待って! 一度に全員は回復しきれない!」


 女神官がヒールをかけ続けるが、ヒールは待機時間ディレイが長く、連打が効かないのだ。

 加えてSP消費も激しい。

 女神官は懸命にヒールを連打するが、中々全回復までいかずSPもみるみる減っていく。

 ――――ここでもう一度、同じ攻撃を食らったら全滅する! そう思った剣士は、サウザンドワームに飛びかかる。


「俺がこいつをくい止める! 全員その間に後ろに下がれ!」

「で、でも……!」

「いいから早く!」

「わ、わかった! お前も早く逃げろよ!」

「あぁ!」


 剣士の号令を受け、彼らはサウザンドワームの索敵圏外へと逃げ出すのだった……


 ■■■


「……ふぅ、えらいめにあったな」


 よろよろと仲間たちのところに帰ってきた剣士のHPバーは真っ赤になっていた。

 無事帰ってきた剣士に、女神官が勢いよく駆け寄る。


「アレフ! よかった! 生きてた!」


 そして抱きつく。

 パーティの全員がそれを苛立ちの目で見ていた。

 アレフと呼ばれた剣士はそれを意に介することもなく、女神官の頭を撫でる。


「大袈裟だな。俺は死なないよ」

「だってぇ……」


 頭を押し付ける女神官の首根っこを、弓使いが掴んで引っ張る。


「ほら、隙あらばくっつかない。離れなさい」


 女神官は恨めしげに弓使いを睨むが、容赦なく引きはがされてしまった。


「うぅ……アレフぅー」

「あはは……」


 そんなやり取りを見て苦笑するアレフ。

 全員を見渡し、無事を確認して頷く。


「みんな、まずはお疲れ様。全員生きていてよかった」

「アレフもね!」


 女神官が合の手を入れると、全員がそうだそうだと頷く。


「本当によく生きてたもんだ。流石はアレフだな」

「必死だったよ。回復薬を叩きながらあいつを引き付けて、その後全力で走って逃げてきたよ。剣士にはアドレナリンがあるからね」


 剣士系スキル、アンチペイン。

 3秒間の間ノックバックを無効化することが出来るスキルだ。

 これを使えばタコ殴りにあっていても、無理やり敵を引きはがして逃げることが出来る。


「とはいえよほどの身のこなしがないと出来まい。大したものだ」

「はは、運がよかっただけさ」


 拳法家の言葉にアレフは照れ笑いを浮かべた。

 だがすぐに真面目な顔に戻る。


「……それにしても、サウザンドワームの強さはロケテでわかってたはずだったんだけどなぁ」

「油断ではない。恐らく調整が加えられている。あの全体攻撃はロケテにはなかった」


 拳法家が苛立たしげに言う。

 彼らはいわゆるロケテプレイ組であった。

 プレイに慣れていた彼らは最初は順調であったが、苦戦を強いられ始めていた。

 ゲームを進めるにつれ、調整が加えられているのは明らかだった。


「皆の装備も貧弱です。それ故、一撃でピンチになってしまいました」

「ロケテだとアイテムドロップ率10倍だからなー。本鯖だとレア装備もあんまりないしなー」

「回復アイテムも手に入りづらい。色々、不足」


 口々に現状の不満を吐くプレイヤーたち。

 次第に空気は重くなっていく。


「――――みんな、聞いてくれ!」


 口を閉じていたアレフが凛とした声で言った。

 全員、おしゃべりを止めアレフに視線を注ぐ。

 一呼吸おいて、アレフは続ける。


「確かに今回は撤退した。でもこれはただの仕切り直しだ。負けじゃない。装備を整え、レベルを上げれば必ず勝てる! みんなの力を合わせよう!」


 そう言ってアレフは、右手を皆の前に差し出した。

 女神官がすぐに、自分の手を底に重ねる。

 他の者たちも次々と。

 全員の手が重なったのを確認し、アレフは左手を一番上に重ねた。

 ぱしん、と乾いた音が鳴った。


「よぉし! やってやろうぜ!」

「おおおおおおおおーーーっ!」


 気合の入った叫び声が、渓谷に響き渡った。

 全員の満ち足りた表情を見ながら、アレフは内心焦りを感じていた。


(今回は立ち直ってくれたが……色々不足しているのは否めないな)


 確かにアレフらのパーティは武器も防具も、そこまで充実していない。

 何せ高性能な装備はレアドロップ、そう簡単に手に入るものではない。


 それよりアレフは先刻の広範囲攻撃を思い出していた。

 後衛にまで届く高威力の攻撃……確かに高性能な防具は重要だろう。

 だがそれよりも、ヒールが追い付かないのがマズい。

 回復を叩こうにも、現状手に入る回復薬は重量が重い物ばかりだ。

 STRにかなり振っているアレフですら回復薬の数が持てず、一瞬で使い切ってしまっていた。


(理想を言えば高性能な回復薬が欲しいが、アップデートは期待できない……となると、やっぱり高性能な防具を取りに行くしかないのかなぁ)


 急がば回れ、命あっての物種である。

 アレフ率いる暁の翼は、渓谷から一時撤退した。


 ■■■


「……ということがあったのさ」


 酒場にて、アレフは小さな少女に話しかけていた。

 少女はとても大きな鞄を背負い、猫耳のついた帽子を被っている。

 薄着の上にジャケット。大きく膨らみながらも裾の絞られたズボン。腰元にぶら下がった様々な帳簿から彼女のジョブは商人だと伺いしれた。

 頭上には花子と表示されていた。


「なるほどなー。つまり軽くてよーさん回復するポーションが欲しいと」


 流暢な大阪弁でしゃべりながら、花子はうんうんと頷く。


「あぁ、君は攻略組の中でも顔が広いだろう? 色々なところを行き来しているし……どうだろう、どこかにいい錬金術師はいないだろうか?」

「んーーー、暁の翼のリーダーはんの頼みなら、ウチかて聞いてあげたいんやけどなぁ。イケメンやしねー」


 アレフの頼みにも、花子は難しい顔で唸るのみだ。


「ポーションゆーたら、ロケテ初期から使われへんゆー事になったやろ? そないな状況下で錬金術師になりよる奴はおれへんよー。いや、攻略組にも少しはおるけど、製薬ステやないからな。店売りポーションと大差あらへん」

「むぅ……やはりか」

「まぁゲームは広いですしー、ウチの把握しとらんプレイヤーもいる思いますよ。情報はちょいちょい集めたり広めたりしときますわー。なんでご贔屓にー」

「あぁ、頼りにしている」


 去っていく花子をアレフは見送る。

 花子の足取りは南――――最初の街プロレシアへと向かっていた。


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