引きこもり、狩りに出る③
「ったく、デスゲームじゃなければ見殺してるところなんだが」
そう言うとヴァットは鞄から白いポーションを取り出した。
白く濁った液体の入った瓶がとぷんと揺れる。
駆け寄ってくるエイスが自分の真横を通り過ぎる。
――――瞬間、そのすぐ後に続くビードル5体へ向け、手にしたポーションを投げつけた。
ばきん! と気持ちよい音を立てポーションが割れて中の液体が飛び出した。
続けて3つ、4つ、5つ、液体は放射状に広がると、ビードルたちの全身に絡みついていく。
「ギギッ!?」
慌てて暴れるビードルたちだが液体はすぐに固まり始め、5体を地面へと縫い付けてしまった。
走りながらエイスはそれを見て驚愕に目を丸くした。
「なにそれっ!?」
「蜘蛛糸ポーションだ。これである程度モンスターの動きを封じておける」
調合によって作られた蜘蛛糸ポーションは一定時間狭い範囲に罠オブジェクトを作り、通ったモンスターの移動を停止させる。
製作者のDEXとINT値により拘束時間が増えるが、モンスターのAGIとSTRによりそれが減少する。
強敵相手には効果が薄いが、この辺りのモンスターを足止めするには十分有用。
「なにそれずっこい! チートやん!」
「……いいから早く倒せ。結構希少なんだぞコレ」
そう言うとヴァットはエイスにポーションを3つ投げつける。
STR、DEX、AGI、各々に対応するポーションだ。
効果エフェクトが三重に重なり、エイスの身体がまばゆく光る。
「おはーっ! フルドーピングきたこれ!」
「ほら、それでやっちまえ」
「おっけぇええええ!!」
ステータスが大幅に向上したエイスがビードルに殴りかかる。
DEXが上がったことにより攻撃が当たるのは当然として、AGIとSTRが向上した事により、手数が増え、一撃のダメージも大きくなっていた。
それは直接、殲滅速度に貢献する。
「いやっはー! 脳汁でまくるぅー!」
エイスの連続攻撃にてダメージが連続して表示されると、ビードルはあっという間に消滅した。
「一体! 終わったよ!」
「次々頼む!」
その間もヴァットは蜘蛛糸ポーションを維持すべく投げ続けていた。
一瞬でも気を抜けばビードルの群れは一瞬にしてエイスを取り囲んでしまうだろう。
ヴァットのサポートもあり、エイスはビードルを順々に倒していく。
「これで、ラストぉーーーっ!」
エイスは声高らかに飛び上がると、勢いよく振り下ろした。
斬撃エフェクトがビードルを真っ直ぐ、真っ二つに切り裂く。
ビードルのHPバーは真っ黒になり、倒れると同時に消滅していった。
と、エイスとヴァットの頭上で祝福の音が鳴り響く。
レベルアップしたのだ。
「おぉー、おめでとう! ヴァット」
「ありがとよ。そっちもな、エイス」
エイスが差し出した手のひらに、ヴァットがぱちんと叩いて合わせた。
■■■
ビードルを全滅させた二人は、安堵の息を吐いて腰を下ろした。
しばしの安息、二人の減っていたHPバーが緩やかに回復していた。
「ふー、なんとか終わったな」
「いやーほんと助かったよ。ヴァット。死ぬかと思ったー」
「油断するなよ。これはゲームであってデスゲームなんだからな」
「うん、気をつけるー」
危機を切りたからか、エイスは抜け気が抜けた返事をした。
「それにしてもさ、よくあのポーションすごくない? 蜘蛛糸ポーションだっけ? 初めて見たよ!」
「うむ、まぁ他にも色々なポーションがあるぞ。錬金術師は奥が深い」
「ふむぅ、なんかズルいなぁ。剣士なんか戦うことしか出来ないのにさー」
「そうか? 錬金術師なんてポーションくらいしか作れないんだぞ? 製薬型はDEXとINTを上げないといけないから戦闘力も低いし、俺から見たら剣士はお手軽で強いジョブなんだが」
「あー! なんか初心者扱いしてるー! ムカつくー!」
「実際初心者じゃないか」
「むむむー」
ますます機嫌を悪くするエイスに、ヴァットは仕方なく解説を加える。
「錬金術師は確かに色々なポーション作れるけど、材料集めが大変だぞ。各種ハーブに木の実、特殊な取集品の数々……確かに一つ一つは珍しくもない、殆どはこの森でも採れるものばかりだが、このゲームは調合してみないと何が出来るかわからない糞仕様だ。それに多様なバリエーションがありすぎて何に使うのか分からないものも多い。それを調べて覚えないといけないから面倒くさいぞー。例えば蜘蛛の巣を最初に調合して出来るポーションは俺が発見しただけで12種類あって、一つ材料が変わるごとにうんたらかんたら……」
「……ぐぅ」
ヴァットの解説は熱を帯び長くなっていく。
エイスは左から右に聞き流しているようで、目を瞑りこっくりこっくりし始めた。
「人に話させておいて寝てんじゃねぇ」
「あはは、ごめんごめん。まぁでも色々ちゃんと調べてるのねぇ」
感心したようにうんうん頷くエイス。
「まぁな。このゲーム、回復薬の性能低いだろ?」
「あー、うんうん。高い上にあまり回復しないよねー。店売りで一番高いポーションも重いし回復しないし、しかも高い。神官のヒールでいいじゃんってみんな言ってた」
「俺も最初はそう思った。でも試せば試すほど、色々な使い方が出来るんだよ。錬金術師を選んでるプレイヤーも少ない殻だろうな。恐らく攻略組が進むにつれ、高性能なポーションが必要になってくると思う。でもそんなポーションは草を刈って、調合を試しまくって、ようやく完成するものだ。端的にいうと時間がかかりすぎる。連中はそんな事やりたがらない」
「でしょうねー。彼ら効率厨ばかりだしね。草刈りなんて暇な事、やらないでしょ」
「だから俺がやってるのさ。どうあっても高性能なポーションは必要になる。その時までに最高のポーションを作っておけば、攻略組も足踏みせずに済む。このゲームも早くクリア出来るだろう? それが偶然とはいえ錬金術師を選んだ俺に出来る最善。リアルでもゲームでも、人は自分に出来ることを積み重ねて行くしかないからな」
そう語るヴァットの横顔を、エイスは嬉しそうな顔で見ていた。
少し目を細め、口元には微笑を浮かべていた。
青色の澄んだ瞳でじっと見つめられ、ヴァットは居心地悪そうに目をそらす。
「……なんだよ」
「んにゃ、べつにー」
しばらくそうした後、エイスは頭を後ろで組みごろんと横たわった。
そして自分の鞄から先刻ドロップしたアイテムを取り出す。
「あげるよ。さっきのお詫びにさ。これでポーション作れるんでしょう?」
「そうか? 悪いな」
ヴァットは遠慮なくアイテムを受け取る。
そして、少し考え込むとコンソールを出現させぽちぽちと動かした。
疑問符を浮かべるエイスの前で、ヴァットはポーション生成のスキルを発動させる。
と、赤色のポーションが幾つか生まれた。
「じゃあこれはその礼。余った材料で作った回復ポーションだ。使ってくれ」
「おお! ありがとー! さっき回復薬使い切ってたんだ。助かるー! んじゃそのお礼に今度草刈り手伝うよー」
「……キリがねぇな」
「あははっ! だねー! 持ちつ持たれつでいこー!」
二人が話し終えると、HPバーは真っ白になっていた。
全快した二人は立ち上がると、またモンスターを探して歩き始める。
「ところでレベル上がったでしょ? ヴァットくん、AGIは上げたかのね?」
「まだだな。お前こそDEXに振ったのか?」
「……てへっ」
「おいっ! ったく、DEXポーションもタダじゃないんだぞ」
「だってー、ヴァット支援貰えば当たるしー。それよりさ、STRとAGIのポーションもあったのね!今度からそれも使ってよー」
「あの二つは材料が手に入りにくいからな。緊急用だ」
「ぶー、けちー」
そんな事を話しながら、二人は狩りを再開するのだった。