引きこもり、狩りに出る①
VRMMO、レヴィレードオンライン。
ヘッドギアを装着し、仮想空間内にダイブすることで遊ぶこのゲームは突如、デスゲームと化した。
ゲーム内で死ねば実際に命を落とすという状況に、プレイヤーたちは恐怖し、混乱した。
だが希望はあった。
フィールド中央部にあるダンジョン、ヘルズゲート。
最深部にいるボスエネミーを倒せばこのデスゲームから全員が解放されるのである。
ひと月が経過した。
当初は恐怖し、混乱していたプレイヤーたちだったが、良くも悪くも状況に慣れつつあった。
「――――って話だったけどよ。実際どーなん?」
「マジらしいぜ。死んだキャラを二度と見た奴はいねーってよ」
「げーこわ。じゃあ頭のおかしいテロリストがヘッドギアをイジったってのはマジなのか。どっちにしろこの街からは出ない方がいいのかね? クリアは攻略組に任せてよ」
「だな。たかがゲームで死にたくはねぇ。居残り組が正解よ」
二人のプレイヤーがそんな雑談をしながら街を歩いていた。
街には他にも沢山のプレイヤーたちがおり、男女様々なアバターが街を行き交っている。
デスゲームが発覚した後、プレイヤーたちは大きく分けて二つに分かれた。
一つはゲームクリアを目的とした攻略組。
もう一つはそれを諦めた居残り組である。
彼らは死を恐れ、この最初の街であるプロレシアに住むことにしたのだ。
居残り組の中にはステ振りやスキル振りに失敗し、まともな戦闘能力を持っていない者たちもいた。
このレヴィロードオンラインではいわゆるアバターの作り直しは不可能。
加えて最初に振ったステータス、スキルも振り直すことも出来ない。
そして死ねば終わり。
本来であれば死にながらもレベルを上げる事は可能だが、デスゲームである以上そうもいかない。
戦闘向きでないステ、スキル振りをした者は圧倒的不利を強いられるのだ。
もちろん低レベルモンスターを狩り続ければレベルを上げることは出来るだろうが、フィールドに出る以上絶対に安全とは言い切れない。
弱ければ戦闘は長引くし、そうなれば事故も起こる。
そうして死んだプレイヤーは少なくない。
そんなわけでこの街には、レベル1ケタのプレイヤーばかりが残されていたのだ。
■■■
街はずれの一角、数歩移動すれば街の外へと弾き出されるようなマップ端にて、一人の男が座っていた。
黒いつんつん髪で目つきは悪く、ひどく不愛想な顔。
背中には大きな鞄を背負っており、腰に下げた沢山のポーション瓶や調合道具からは錬金術師のジョブだとうかがい知れた。
男の頭上、名前欄にはヴァットと表示されていた。
ヴァットは目の前の透明なウインドウを指で操作し、ポーション生成のスキルを開くと実行ボタンを押す。
「ポーション生成……っと」
ぱきん、とビンの割れるエフェクト音がしてスキルが不発した。
それでもヴァットは気にすることなく、スキルを連打する。
不発音、成功音、不発音、成功音。
ヴァットは座ったまま何度も何度も何度も何度も、同じスキルを発動させ続けていた。
「あーーーっ! 見つけたーーーっ!」
ふと、聞こえた声にヴァットが振り向く。
ヴァットの画面内に入ってきたのは栗色の髪の少女のアバターだった。
くりくりとした大きな瞳、大きく開けた口は人懐っこい顔をしていた。
腰にぶら下げた剣と動きやすそうなブーツ、短いスカート姿は剣士のジョブだとうかがい知れた。
少女の頭上にはエイスという名が表示されていた。
エイスは誤移動で街の外に出ないよう、気をつけながらヴァットに歩み寄る。
「ったく、そこにいたのね、ヒキコーモリ!」
両手を腰に当て、威圧するように見下ろすエイスをヴァットは睨み返す。
「誰がヒキコーモリだ。俺にはヴァットという名前がある」
「バットじゃん! コーモリじゃん! ヒキコーモリじゃん!」
「バットじゃねーし、ヴァットだし、そもそもヒキってねーし」
「ヒキってるじゃん、こんな街外れでシコシコとポーションなんか作ってるじゃん。はい完全論破ー」
早口で捲し立てるエイスにヴァットは反論を諦めた。
ふんすと鼻息を吐きながら、エイスは勝ち誇った笑みを浮かべている。
――――ヴァットとエイスの出会いは一月ほど前。
狩りをしていたエイスをヴァットが気まぐれで支援したのがきっかけだ。
以来、エイスはヴァットがたまり場にしているここへ来ては、時々ちょっかいを出してきていた。
「……ったく、何の用だ」
「ふふーん♪ 実は今日はこの美少女JK剣士のエイスちゃんが遊んであげようかと思ってねー」
エイスはニンマリと笑うと、膝小僧を抱えヴァットの隣に座る。
そして親指をぐっと立てた。
「一狩り行こうぜっ!」
「断る」
「即断即決っ!?」
速攻で断られ、エイスは頭上に「がーん」とショックを表すエモーションを表示した。
エイスはめげることなくヴァットの肩を掴んで揺する。
「なんでよっ! 貴重なJKプレイヤーの誘いを断るフツー!? むしろアンタから誘ってくれてもいいくらいじゃないのっ!」
「今時JKプレイヤーくらい珍しくもなんともないわっ! そんなに言うなら俺だって貴重なDKプレイヤーだ!」
「DKとかうじゃうじゃいますぅーヲタク乙ー」
「それ、まんまブーメランだっつの」
「むむむぅーーーっ」
頬を膨らませるエイスと睨み合うヴァット。
しばらくそうした後、呆れた顔で目を逸らす。
「……街から出たら死ぬ危険性があるだろ。わざわざ危険を冒してレベル上げに行かなくても、攻略組が倒してくれるだろうさ。そしたら解放だ。のんびり待ってりゃいいじゃねーか」
「何を言ってるのっ!」
エイスはそう言うと、ぐいとヴァットに顔を近づけた。
「攻略組だけに任せてあたしたちだけ待ってるなんて、ダサいじゃない! レベルを上げて、スキルを得れば、私たちにも何か出来る事があるはずよ! みんなで力を合わせればもっと早くクリアを目指せるはずっ! だから頑張ろうよ!」
やる気満々なエイスにも、ヴァットは冷めた目を向ける。
「はぁ、そうまでして早く出たいもんかねぇ」
「そりゃ出たいわよっ! 私はリアルに帰ってやりたい事、たくさんあるもの! 新作のスイーツだって食べたいし、家族にも会いたいし、友だちとも遊びたい! ……そりゃ勉強はしたくないけど……アンタだってあるでしょ!? やりたい事っ!」
目をキラキラさせながら訴えるエイスを、ヴァットは冷めた目で見た。
「別に……」
「出たっ! ヒキコーモリ!」
即座にツッコミを入れるエイスだが、ヴァットの言葉には続きがあった。
「……別に、ないわけじゃない。でも今は関係ない話だ。遠くを見るのはいいけど、足元を疎かにしてたら――――死ぬぞ」
冷たい声だった。
目も表情も昏く、感情のこもってない声だった。
その迫力にエイスは息を飲みながらも、軽口を叩いて返す。
「……堅実っていうか、枯れた意見ねぇ。アンタほんとに高校生?」
「失礼な。ピチピチのDKだぞ」
「ふーん……まぁいいや! とにかくレベル上げ、いきましょ!」
そう言ってヴァットの手を取るエイス。
だがヴァットは疑心暗鬼な表情のままだ。
「ってかさ……狩りなら一人で行けばいいだろ。そこまでして俺を誘う理由はなんだ?」
「そ、それはその……べ、別にいいでしょ! なんでもさ!」
しどろもどろに返事するエイスに、ヴァットは追撃を加える。
「しらばっくれるなよ。理由は大方見当がついている。どうせアレが欲しいから、だろ?」
「どきっ! さ、さーてなんのことかなー?」
「欲しいならちゃんと言いな。欲しいですって。忘れられないんだろう? アレがよ」
ヴァットの言葉にエイスは徐々に顔を赤くしていく。
口ごもりながらなんとか答える。
「うぐ……ほ、欲しいです……」
「なにが?」
「その……あ、アレが……」
「アレじゃわかんねーよ。正確な名を言いな」
「あぁもう! わかったわよっ! ……その、DEXポーションが欲しいのっ!」
エイスは覚悟を決めて大きな声を上げた。
「……よく出来ました。ほらご褒美だ」
ため息を吐きながらヴァントが取り出したのは、緑色のポーションだった。
エイスはまってましたとばかりに笑顔を浮かべた。
「いやーそうそう、これが欲しかったのよねーっ」
「だよなぁ。お前AGI極振りでDEX全然降ってないから、敵に攻撃が当たらないもんなぁ。最初に見かけた時もスカスカ外しまくってたし。見かねてDEXポーションを投げてやったら味を占めやがって。早くDEX上げろよな」
「う……し、仕方ないじゃん! 中々レベルも上がらないんだからさ! それにAGI上げたら攻撃速度上がるし、躱すしで気持ちいいのよー!」
「AGIは低レベルだと死にステだろ。火力もないし打たれ弱いからパーティプレイとの相性も最悪だ。かと言ってソロでもまともに狩りが成り立つのはそれなりにレベルが必要じゃねーか」
「う、うぅっ……」
「今時WIKIくらい見て調べてから始めろっての。折角ロケテ組が色々書いてくれてたんだしさ。無計画にもほどがあるだろ」
「い、痛いところを突きまくらないでぇぇぇーーーっ!」
両耳を押さえてイヤイヤするエイスを見てヴァットはため息を吐く。
「はぁ、仕方ねーな。わかったよ。その代わり俺の方にも付き合って貰うからな。調合の材料がそろそろ少なくなってきたところだ。俺が材料を集めているついででよければ支援してやるよ」
「おおっ! やったぁ! いやー持つべきものはヲタク仲間ですなぁー。では行こうかヴァットくんー」
「仕切るんじゃねぇよ。あと、俺の作ったポーションの事は言うんじゃねーぞ。知られて攻略組に無理やり連行されちまったら、俺のステじゃあ命が幾つあっても足りねー」
「わかってるわかってる! 私も貴重な回復役を連れていかれたら困るもんね」
「ならいいがな。さて、行くとするか」
「おー!」
エイスとヴァット、二人はその場から数歩踏み出し、街の外へと出るのだった。