引きこもり、毒を使う③
「申し訳なーーーい!」
少女の大きな声が竹林に響く。
先刻までドヤ顔でラクダに乗っていた少女は地面に降り、ヴァットとエイスに思い切り頭を下げていた。
低頭平身、平謝りというやつであった。
「えろうすんまへんなぁ。まさか狩りをしとる最中とは思わず……」
二人は顔を見合わせ、苦笑する。
確かにはたから見れば大量のモンスターに追われていると勘違いされてもおかしくはない。
「いえいえ、いいんですよ。紛らわしいことをしてた私たちが悪いんですし」
しゅんとする少女に、エイスは気にするなとばかりにパタパタと手を振る。
「ほんまでっか!?」
「えぇえぇ、気にしないでくださいな。それと、敬語もなしにしよ!」
「ホンマえぇコなぁ。あいや申し遅れとった。ウチは花子ゆいます。見ればわかるけどジョブは商人。ちなみにこのラクダはタロー。可愛いやろ?」
「グァー」
花子が撫でると、ラクダは心地好さそうに鳴いた。
エイスはそれを見て黄色い声を上げる。
「可愛いーーー!」
「せやろーーー!」
エイスはラクダに擦り寄ると、全身を撫で回す。
「うんうん、タローちゃんめっちゃ可愛いよー! それに花子の猫耳帽子も素敵! めちゃイケてる!」
「おっ、この良さがわかるんかー? いいやろいいやろー、作るのにめっちゃ苦労したけどなー」
「わかるわかるっ! 実は私たちもパンダ帽子を作る為にここに来たんだよー」
「おお、パンダもええよなー。わかっとるなぁエイス」
「この辺だとタヌキ帽子くらいしか作れないもんねー」
「あー、せやな。ちなみにホクリクマップに行けば、ギンギツネ帽子が作れるんやけどアレめっちゃ可愛いんやでー」
「きゃーいいないいなー! 他のマップの頭装備、すごい聞きたいー!」
「えぇでー。他にもな……」
花子とエイスはキャッキャウフフと頭装備談義で盛り上がる。
ヴァットはそれを見てため息を吐くのだった。
■■■
「……ふぅ、語った語った。いやー可愛い頭装備談義はやっぱ盛り上がるなー」
「だねー。じゃあそろそろ私たちは狩りをするからこの辺で……」
エイスが話を切ろうとすると、花子はそれを遮った。
「なぁ! ウチにパンシー狩りを手伝わせてくれへんか!」
花子の言葉に二人は目を丸くした。
それを気にする様子もなく、花子は親指を立て、ニカッと笑う。
「あんたらレベル低いやろ? さっきみたいに毒浸けで倒しとったくらいやしな」
「えぇまぁ……で、でもそれはいくらなんでも悪いわよ!」
「かめへんかめへん。さっきの詫びやさかい。それにウチのレベルは結構高いんや。ここらの敵なら危険な事はあらへんでー」
「でも……」
エイスはヴァットをちらりと見た。
ヴァットは少し考え込むと、花子に言う。
「あんた、攻略組か?」
ヴァットの問いに、花子は首を振って返した。
「いんや、ウチは別に攻略組ゆーわけやあらへん。それなりにレベルは上げとるけど、それは色んな事をやるためや。折角のゲームやし、楽しまんとな」
「なるほどな……じゃあ頼むよ。実を言うと笹の葉集め、結構苦戦してたんだ」
「ヴァットっ!?」
花子の申し出を受けるヴァットに、エイスが声を上げる。
エイスはヴァットの耳を掴むと、耳打ちをした。
(ちょっといいの!? 他のプレイヤーにはアンタのポーションの事、秘密なんじゃなかったの!?)
(もうベナムポーションはバレてるしな。俺らの事を初心者だと思ってるし構わないさ。もし知られても攻略組でもなさそうだし)
(……まぁヴァットがいいならいいけどさ)
不満そうなエイスを見て、花子は何かに気づいた顔をした。
そしてニンマリと笑う。
「なんやー? もしかしてアンタらデキとるんー? お邪魔やったっちゅーことかいなぁー?」
「違うしっ! 全っっっ然、違うしっっっ!」
花子の言葉を、エイスは全力で否定した。
それを見て花子はまた、ニンマリ笑う。
「ほなかまへんなー」
「う……まぁその、構わないけど……」
「じゃ、連れてくるさかい、毒撒いとってなー。ハイヨー、タロー!」
花子はそう言うと、タローを走らせ竹藪の中に突っ込んで行った。
「……本当によかったわけ? あの人、めちゃめちゃ口が軽そうだけど」
「まぁ大丈夫さ。基本、プレイヤーは他のジョブの情報にあまり詳しくないからな。珍しく錬金術師ならなおさらだ。何をしているかもよくわからんだろうな」
「確かに、結構一緒にいる私でも、ヴァットが何やってるかよくわかんないものね」
うんうんと頷くエイス。
しばらくすると、タローに乗った花子が戻ってきた。
後ろには15体を越えるパンシーを引き連れていた。
「……わお」
「すげーな。あれだけ殴られても全然HP減ってねぇ。やっぱ高レベルは違うねぇ」
呆れる二人を見て、花子は豪快に笑う。
「あははーーー! 女は度胸と愛嬌や! えぇからはよ準備しいやーーー!」
「っと、そうだな。エイスは花子のフォローを頼む」
「あいあいさー」
ヴァットはエイスに指示を出すと、鞄からベナムポーションを取り出すと花子の進行方向に向け、ベナムポーションを投げつけた。
瞬く間に毒の泉が複数生まれ、その上をパンシーらが通過し順々に毒に侵されていく。
「うりうりー追いつけるもんなら追いついてみいやー! タローの逃げ足ナメたらあかんでー!」
そのまま花子は捕まることもなく、毒によりパンシーは次々と倒れていく。
ポロポロと落ちる笹の葉をエイスが拾う。
「ほなまた行ってくるでー!」
「花子ー! ありがとー!」
花子はエイスの声に、手だけを振って答えた。
そんな繰り返しが、日が暮れるまで続けられた……
■■■
「笹の葉500枚……集まったーーーっ!」
万歳をするエリスの両手から、無数の笹の葉がひらひらと舞い落ちる。
花子の協力により、目的の笹の葉500枚が集まった。
「へへっ、どーいたしまして」
「ありがとう花子! とっても助かっちゃった」
「俺からも礼を言うぜ。ポーションの材料も随分集まった」
ヴァットの鞄には、他のドロップアイテムが大量に入っていた。
パンシーは笹の葉以外にも、どんぐりや各種ハーブをドロップするのだ。
それらは全て、ポーションの材料である。
「へへっ、ええってことや! 初心者を導くのんは、上級者の役目やからな」
照れくさそうに笑う花子を見て、ヴァットは彼女の事をいい奴だと思った。
助けようとした事、それが間違いだとわかったらすぐに謝った事、その詫びにと長時間付き合ってくれた事、それを全て初心者相手にである。
上級者は初心者を見下す傾向にあるが、花子は違ったのだ。
ヴァットは鞄からポーション瓶を幾つか取り出した。
「これは俺からの礼だ。大したもんじゃないが」
「おおっ! ありがとなー。使わせてもらうで! ほな! また機会があったら会おうなー!」
「じゃあねー花子ーっ! またねー!」
「ハイヨー!」
花子が手綱を叩きつけると、タローは走り去っていく。
二人はそれをしばらく見送っていた。




