トウダイデモクラシー
レミさんが少し特殊なことは、みんなうすうす気がついていた。特殊という言い方は適切じゃないかもしれない。レミさんは、異常なほどに普通だった。例えば、文化祭の出し物を決めるときも、遠足の行き先を決めるときも、とにかく彼女は、いつでも多数派にいた。どんなに票が割れようとも、その決定にかかわる人間のレミの、最も多い意見を彼女は選ぶのだ。
だからといって、クラスメイトは特に何かするわけでもない。マジョリティが一人増えたところで、全体に何か影響があるわけでは無いのだ。しかしそのレミさんの話を、ある一人のクラスメイトが父親に話したことで、少し事態は変わる。
「僕のクラスのレミさん。いっつも多数決で勝つんだ。負けたところを見たことないよ」
「へえ。ちょっと気になるな。今度紹介してくれないか」
その父親の職業は、政治家であった。
政治家はレミさんにある実験を試みた、それはある都市で行われる予定の市長選挙の候補者リストを見せ、君なら誰に投票するかを聞く簡単なものだった。もちろんまだ年齢が一桁である彼女には、選挙権はないしそれどころか選挙の仕組みすらわからない。
「うーん、この人かしら。なんだかいいこと言いそうだわ」
レミさんは直感で、でっぷり太った白髪の男を選んだ。そして何週間か経った後、選挙の結果が開票された。その都市の新聞の一面に、肥満体質の白髪男の笑顔が踊った。
同じような実験を何度か繰り返したところ、全てにおいてレミさんは結果を言い当てた。教室という狭い場所だけでなく、選挙という広い範囲においても、彼女の「常に多数派に属する」という性質は変わらないらしい。政治家はレミさんを、自分の政策アドバイザーに置いた。レミさんの両親ははじめ反対していた。
「この子はまだ小さいです。そんな子が政治にかかわるなんて……」
「いいえ、彼女こそ、私のアドバイザーにふさわしい人間です。これまで行った実験のデータをお見せしましょう。その正確さはなんと……」
政治家があまりにも熱心に彼女の特異性について熱弁するため、両親もついには折れた。
レミさんが行う仕事は、簡単なことであった。政治家が何か困難な決断をしなくてはならないときに、彼女に意見を求めるのだ。この条例は改案すべきか否か。古くなった公共施設を取り壊し別の建物にするべきか否か。次の選挙で候補者にすべきはどの人間か……などなど。彼女の選択は、正しいかどうかはともかく、確実に民意を反映するものである。よって、困ったときはとにかく彼女の判断に従えば、全体として支持率は下がりにくいのだ。勝てるわけではないが、負けないということである。
レミさんにアドバイザーを任せてからというものの、政治家の地位はどんどん上がっていった。元々彼は有能な人間だったが、それにさらにレミさんという強い味方を得たのだ。鬼に金棒、竜に翼を得たるがごとし、である。
政治家の勢いはとどまるところを知らなかった。なんとレミさんが成人しないレミに、政治家はN国の頂点まで上り詰めてしまったのだ。
首相になってからの判断でも、レミさんは役に立った。むしろ、そこでこそレミさんは真価を発揮した。国民全員の意見を拾い上げることは、どれだけ発達した国家でも難しい。どうしても、選挙に行かない、もしくはいけない人間はいる。レミさんの判断は、そういった人々の意見まで吸い上げたものだった。その判断に関係する人間すべての意見の中で、最も多いものを選択する。無意識の内でありながら、彼女はそれだけ高度な選択をしていたのだ。
さて、N国首相になった政治家は、ある大きな問題に直面した。それは、緊迫した隣国との関係である。五十年以上の間、政治家の国は隣のC国と仲が悪かった。近年その関係は更に悪化し、まさに一触即発といった状態であった。今にも戦争がはじまりそうな状態である。
この危機的状況に、政治家はレミさんに意見を仰いだ。
「おそらくもうじきに、我がN国はC国との戦争に突入するだろう。そのときこの国は、徹底的に抗戦するべきだろうか。それとも、降伏しかの国の言い分を飲み、争いを回避すべきだろうか」
レミさんは、簡潔に答えた。
「降伏した方がいいと思うわ」
政治家はその答えを意外だと感じた。てっきり抗戦を選ぶと思っていたからだ。しかし、彼女の判断は、正しさはともかく民意を反映したものであるはずだ。政治家は黙って頷いた。
そうしてやはり、C国はN国に宣戦を布告してきた。大規模な戦いが始まるかに思われた。しかしN国首相の政治家は、レミさんの判断に従い、降伏を宣言した。C国は喜び、N国に様々な無理難題を押し付けてきた。レミさんは、そのすべてに従うようにと言った。政治家はその通りにした。
しかしその首相の判断に対して、N国内では批判の声が相次いで巻き起こった。「どうしていいようにやられっぱなしなんだ」「この国が大切ではないのか」「さては保身のためにN国を売るつもりだな。売国奴め」と、政治家は散々な言われようだった。
その声は、見る見るうちに勢力を強めていった。政治家の支持率はすさまじい勢いで低下していった。そしてついにリコールが起こり、一瞬のレミに彼は首相の座から転落した。
一体どうしてなのだ。政治家、もとい元政治家は頭を悩ませた。自分はレミさんの言うことに従っただけだ。彼女の意見は、民意を反映しているはずじゃなかったのか。彼女は常に、その判断に関係する人間のレミの多数派だったはずなのに……。
そこまで考え、彼はようやく気がつく。そうか。こんな簡単なことを、見落としてしまっていたなんて。
「そういえば、C国の人口は――」