表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺と桜の仏滅ウォーズ  作者: 猫神犬神
1/1

出会い、そして撃滅

 バキッ! ズズーン。

 アタシの乗っているロボットの会心の右パンチが弥勒菩薩の顔面にクリーンヒ

ットした。やつは高橋留美子作品のギャグシーンみたいな指の形をしたまま、広

大で何もない土地に大きな音を立てて倒れ込む。

 とどめを刺すべく、近づいて右足を大きく上げた。身体の動きとリンクしてい

るこのロボット「ハシク」も同じように足を大きく上げる。

「死ね! このやろーっ!」

 顔を踏み潰す寸前にやつは右手の薬指と小指から金色に光るビームを出してき

た。アタシのロボットは正面からモロに食らい、身体が焼けるような感覚に襲わ

れた。

「ぐっ! この、負けるかーっ!」

 ドカーン! グシャッ。 

 アタシは攻撃で仰け反った勢いをそのまま利用して、やつの顔面を思い切り踏

みつけた。ピシッと音を立ててヒビが入る。そのまま足に力を入れて亀裂を広げ、

やがて顔面を粉々にした。

 チュドーン!

 派手な音を立てて、やつは爆散した。元々そこには何もなかったかのように存

在が消えた。破片も残さずに死ぬのは、こいつらの特徴の一つだ。のどかな市の

環境が守られるので大いに結構なことだった。

「やったぜ!」

 アタシはガッツポーズをして自身の勝利を称えた。これで今月の課題は終了だ。

これでまた明日から何の変哲もない、平和な日常を一ヶ月の間過ごすことができ

る。

 アタシは念のためもう一度だけやつが吹き飛んだ周辺の状態を確認して、問題

なく消し飛んだことを確かめると、ロボットを収納している本部のハッショウへ

と足を向けた。

「はあ~。もう本当に疲れるぜ……。はやく二号機に乗ってくれる男が現れない

かなあ。ちゃんと戦える男がさあ」

 西日がまぶしい。アタシは顔をしかめてその場に背を向けた。


「……それで、『空白の一年』に大魔王ルシファーがここ淵間市を襲い、日本は

大混乱に襲われました。そこで現れたのが大日如来様であり、この仏様が見事ル

シファーを日本から、そして世界から追い出してくださいました。しかしその見

返りとして、人類は一か月に一回、必ず現れる巨大な『仏』と戦わなければなら

なくなったのです。その理由は『人間は常に生きる苦しみを実感しなければなら

ないため』だそうです。そうしなければ人間に幸せは訪れないという、大日如来

様からのありがたくない迷惑な考えを押し付けられました。仏様と戦う為に、大

日如来様はハシクというロボットを男性用と女性用でそれぞれ一体ずつ置いて行

かれました。それに乗れるのは思春期まっさかりで一番人生について考える時期

の高校生だけだということです。君たちも戦う時がきたら、本部のハッショウに

向かい、その責務をまっとうしなければなりません。悔しいですが、決められた

ことなのです。宜しいですか?」

 はーい、と気の抜けたような返事がクラスに響いた。俺は何も言わなかった。

飽きるほど何度も教師に聞かされた話だ。言葉を返す必要性を感じなかった。窓

際の席に座る俺は何も考えずに波打つ海を眺めていた。ウミネコが飛んでいる。

優雅に、何の悩みもなさそうに群れを作り、悠々と晴れた青空を気持ちよさそう

に滑空している。

 みんないつかは仏と戦わなければいけないと覚悟はしているものの、あまり実

感が湧いてこない。人間は慣れる生き物だ。過酷な状況に理不尽にこの淵間市の

高校生たちが置かれているということは間違いないのだが、2年も戦いが続いて

いると緊張感は日光に当て続けた氷のように溶けてなくなってしまっている。

「……でも、先月は男子が一人死んでるんだよな」

 俺はつい先日亡くなったパイロットのことを思い出した。

 一昨日、一時間目が始まる前に全校集会があった。2年前にこの戦いが始まっ

て以来、三人目の死者だ。男は二人、女は一人亡くなったと授業で教わった。高

校卒業まで生きてパイロットを務めるか、誰かが死ぬと、代わりの高校生が抜擢

される。最近亡くなったのは話したこともないクラスメイトだったが、青春まっ

さかりのこの時期に大人の都合で死んでしまうなど、さぞ無念だったろうと思っ

た。

「こら、鈴木惨! 話を聞いてるのか? ここの答えはなんだ?」

 急に名前を呼ばれて俺はビクンと反応した。厭世的だが、俺は小心者なのだ。

必死にビビッてないアピールとして、ダルそうに教師の方を向く。

 教壇に立つ社会科教師が俺を睨んでいた。

 俺は座ったまま「はい、南北戦争です」と、答えた。

 「そう、正解だ。授業に集中しろよ、惨」と、教師は一言付け加えて授業を進

めた。

 すぐさま俺は思考を変換する。パイロットにはなりたくないなぁ……と。

 もしパイロットになるんだったら、何とか死ぬまでに女の子と仲良くなりたい。

 しかし、現状では読書ばかりしている根暗な俺には仲を深めるどころか、話を

することすらままならないのであった。童貞のまま死にたくない……。俺は意味

もなく鉛筆をこすりながらそう考えた。


「それで、次のパイロットは誰になさるんですか? 高崎所長」

 副所長の南くんが私に問いかける。髪は茶髪で、白のブラウスに黒のタイトス

カート。白衣を羽織っている。胸はそこそこあり、白衣の前を閉めてもそれは主

張する。まあ、それはいい。私は一号機の次のパイロットを考えていた。

「やはり、鈴木惨くんだな。彼は適正もあるし、両親を『空白の一年』でなくし

ていて、今は親戚に預けられながら学校に通っている。戦う為の動機もあり、も

し万が一亡くなっても困る人間が少ない。次は彼に搭乗させよう」

「かしこまりました。では、そのように」

 カツコツとパンプスで床を歩く音を鳴らして南くんはその場を去った。

「出来れば、子供を大人の都合に巻き込みたくはないのだがな……。大日如来様

も嫌な置き土産をしてきたもんだ、本当に」


 俺はHRが終わった後、個別に担任から職員室に来るように言われた。

 まさか……。最悪の事態を想定して顔を青くしながら周囲を見ると、クラスメ

イトは大量の人員整理が噂された後に、肩を叩かれるサラリーマンを見るような

目で、俺を憐れんでいた。ひそひそと女子が話し出す。顔は向けずに耳を済ませ

たが何を言っているのかまでは聞き取れなかった。

 俺はカバンを持って、職員室に向かった。廊下を歩く音が妙に大きく聞こえる。

左腕が振るえる。右手で抑えてみたが効果はなかった。

 職員室前につき、なんとなく辺りを確認してから引き戸を二回ノックして開け

た。

「失礼します。山田先生はいらっしゃいますか」

 中を見渡してみると、視界の右端にある机に山田先生が座ってこちらを振り向

いていた。手招きをしている。その手は小学生を攫おうとしている不審者がバン

の中から誘い込むような、不吉な動きに見えた。俺は山田先生の正面に立つ。

 山田先生は少しの間沈黙して、意を決したかのように俺の顔を、口元を引き絞

って見た。 「惨、今日職員室に呼び出された理由は……たぶんわかってるよな

?」

 俺は脚の震えが止まらなかった。勿論武者震いではない。声を震わして答えた。

「は……はい。その、あの、もしかしてですけど……俺がハシクのパイロットに

……選ばれたんですよね……?」

 担任はため息を一つついた。それは俺がするべき行為だと少し憤った気持ちに

なった。

「そうだ。来月からお前は一号機に乗って『仏』と戦うことになった。辛いかも

しれんが……俺から言えることは頑張れ、ということくらいだ」

 担任が苦虫を噛み潰したような表情で言った。

 死刑宣告を受けたも同然の立場の人間に、「頑張れ」はないのではないかと内

心思った。

「そう……ですか。はい。でもしょうがないですよね。誰かが……やらなければ

ならないんだし」

「本当に申し訳ない。変われるなら変わってやりたいものだが、そうはいかない

んだ」  担任は黙祷をするかのように目を瞑って言った。縁起でもない……。

 変われるなら変わってやりたい? なんとも安全圏からの物言いで俺は拳を握

った。今なら握力計で新記録を出せるかもしれない。

 通告が終わり、俺は職員室から出て、とにかく廊下を走った。当てもなく走っ

た。階段を駆け上がり、普段は立ち入り禁止の屋上のドアを開けた。鍵はかかっ

ていなかった。もしかかっていても、俺のドロップキックで破壊していたことは

間違いなかった。

 コンクリ床の屋上には何もない。寂しい場所だ。俺は金網に近づいて、足を止

め、海に向かって叫んだ。

「ふざけんな! ふざけんじゃねーぞ! バカヤロー!」

 はあはあと息を荒くして、俺は地団駄を踏んだ。いまいち位置が定まらず、足

を踏みつけて転びそうになる。運動神経は悪くないはずなのに。よっぽど心の方

が参っていたようだ。

 俺は座り込み、ポケットに入れてあるHOPEと百円ライターを出して、口に

加えて火をつけた。

 ふぅー……。

 満天の青空に、白い煙を吐き出す。いつのまにか青空に溶け込んで見えなくな

る。

 煙草を吸って幾分か落ち着いた心で、俺は目を閉じて深呼吸をして、潮風を堪

能した。

 俺はケンカもしないし、素行の悪そうな人間とつるんだりはしない。臆病だか

ら。つまり不良ではないのだが、ストレス発散のために煙草は止められなかった。

煙草がなければ自殺すら考えてしまうほど依存している。両親代わりの親戚は喫

煙を止めさせようとはしないので、家でも外でも吸いたい放題だ。勿論、学校バ

レをすると呼び出されて怒られるので、外の目立つところでは吸わない。

 突然女子の声が背後から聞こえた。

「……随分荒れてるねー。どうかしたの?」

 振り向くと、金髪でポニーテールの女子が立っていた。胸はそこそこ大きい。

服越しにその大きさを主張している。釣り目で強気そうな印象だ。俺のタイプだ

った。

 俺はみっともない一部始終を女子に見られたという事実で恥ずかしくなり、返

事もせずに目を伏せて煙草を吸う事に集中した。

 しばらく黙っていると、彼女が右隣に座ってきた。肩の距離が近い。普段女子

との接触が少ない俺は、それだけで動悸が激しくなった。祭りでも始まったのじ

ゃないかというくらい、ドクンドクンと耳の骨にまで響いてきた。

「一本もらうね」

 俺が了承する前に彼女に煙草を一本奪われた。彼女はライターを自前で持って

いるようだ。慣れた手つきで煙草に火を付け、ふぅ~っと白い煙を吐いた。

 俺以外に煙草を嗜む高校生がいたのかと、不思議というか、妙な親近感を覚え

て、彼女の方にそっと目を向けると、ちょうど彼女は俺の顔を見ようとしていた

ようで、がっつりと目が合ってしまった。俺は蛇に睨まれた蛙のように身体が硬

直した。

 彼女は敵意などないとチワワに語り掛けるような柔らかさを含んだ微笑みを見

せながら、俺に話しかけた。

「何かあったの? アタシで良ければ相談に乗ろうか?」

 彼女はにへへと笑った。

 女子慣れしていない俺は展開に付いていけず、つっけんどんな返事をしてしま

った。

「別に……」

 すると彼女は一転不満そうな表情になった。

「別にってこともないでしょ。アンタ凄かったわよ。うわーっ! って。もうや

だーっ! 助けてくれーっ! 死ぬーっ! って叫んでたよ」

 そこまで言っていただろうか……。釈然としなかったがとりあえず落ち込んだ。

「まぁ……そうですね」

「うじうじするなよぉ。男だろ? ほら、女子にこんなこと言われて恥ずかしく

ないの?」 

 挑発的なことを言われて、一瞬ムッとなって彼女の目を見ようとしたが、意思

に反して俺は彼女の煙草の先に目を向けた。フィルターギリギリまで火の手があ

がっていた。

 彼女は吸っていた煙草を地面で消してその辺に置くと、またしても俺の煙草を

もう一本取り、当然の権利のように火をつけて吸った。

 HOPEって十本しかないから人にあげるとキツイのに……。

 そんなしょうもないことを考えてしまった。

 俺はとりあえずこの謎女子の身分を探ることにした。

「き、君はどこのクラス? 俺は二年二組だけど……」

「アタシ? アタシは三年だよ。一組」

 一年上の先輩だった。では敬語を使わなければ……。いや、それよりも! そ

のクラスの女子には聞き覚えがあった。今の俺の状況とは無関係ではない重要な

ことだ。

「……もしかして、有栖川さん?」

 彼女はにへへと微笑み、事も無げに答えた。

「そうだよ。アタシは有栖川桜。ハシクの二号機パイロットだよ。見た目も含め

て結構校内で有名だと思ってたんだけどなー。アンタ、気づくの遅いよ?」

彼女はやれやれといった様子でため息をついて肩をすくめた。

「そ、そうですかね。俺も、ちょっとそれどころじゃないことに気が向いてたと

いうか、それで気づくのが遅れましたよ……」

彼女は一転真面目な表情で尋ねてきた。

「アンタが鈴木惨だろ? 次期一号機パイロットの」

 俺はドクンと心臓の音が聞こえるほど動揺した。

「な、なぜそれを……」

「わかるよ。こののどかな学校でわざわざ屋上で叫びたくなるようなことなんて、

まあ、一つしかないもん。今日教師から告知されたんだろ? 気持ちはわかるよ。

アタシも最初はそうなった。やりきれない気持ちで屋上に来たもんだよ」

 彼女はアンニュイな表情を見せた。俺は先ほどとは違う意味でその表情にドキ

ッとした。

「でも、大丈夫だよ。最初は辛いかもしれないけど、だんだんと慣れてくるから

さ」

 またにへへと笑った。辛い状態真っ最中の俺は慣れていくということに諸手を

挙げて共感することができないので、愛想笑いを返した。

「そうですかね」

「うん。それに、選ばれた人間は、校内で唯一校則を完全無視してもよくなるっ

ていうメリットがあるしね。アンタが吸ってる煙草もお咎めなしになるんだよ?

それって良くない?」

 そうだった。失念していた。この学校の校則には「ハシクのパイロットになる

ものは人に迷惑をかけない常識の範囲内で校則から外れることができる」という

校則があるのだ。

 これにより、髪を染めても飲酒しても煙草を吸っても私服で学校に来ても、唯

一注意されないという素敵な状態になる。

 確かに、それだけ見ればかなり良いことなのではないか? と、彼女の発言に

感じ始めていた。それに加えて、女性と知り合うきっかけを作れなかった俺が、

美人で気の強そうなこの女子とパートナーになれるということも、非常にメリッ

トのように感じた。

 顔立ち、身体、性格、全てが俺のタイプだった。あわよくば付き合いたいとま

で心から思った。自分でそう意識すると、なおさら動悸が激しくなる。さっきか

ら苦しい。

「あっ、いまアンタ、スケベなこと考えただろ」

「えっ、あっ、はい」

 突然図星を突かれたので、そのまま答えてしまった。俺は両耳が熱くなるのを

感じた。

「素直に答えるなよ」

 彼女は口に手をやって、ふふっと可笑しそうに笑った。笑い終わると、俺の方

を見つめながら、右手を差し出してきた。

「これからよろしくな、惨くん」

 俺は慌てて手を握り返した。汗ばんでいないかが気になった。

「よ、宜しく。有栖川さん」

「そんな他人行儀な。桜でいいよ」

「えっ」

 彼女はまたにへへと笑った。

「だから、桜でいいよ。……あのさ、アタシさ、結構アンタ、タイプだな。いき

なりこんなことを言われて、アンタは戸惑うかもしれないけど……。今まで一緒

に戦ってきた中で一番相性がいい気がする。唐突かもしれないけどさ、もしアン

タがアタシと一年間戦いおおせたら、アンタの彼女になってもいいよ。その頃に

はアタシは大学生になってるけど」

 彼女が肩を組んで頬を寄せてきた。俺は突然の告白にドキドキが止まらなかっ

た。誰にでもこんなことをやっているビッチなのではないか? という考えは一

瞬だけ浮かんで消えた。ビッチも範囲内だったからだ。

 俺も流れに身をまかせるかのように告白をした。

「か、彼女に……。俺も、一目見た瞬間から桜さんのことが、好きなタイプだな

って思ってました。もし一年間戦えたら、是非、俺と付き合ってください。俺、

頑張りますから」

 俺はぐっと体温が上がった。初めての女子への告白は、先に彼女側から告白を

されたおかげか、想像よりもずっと楽な気分で出来た。

 彼女はすっと立ちあがった。強風が吹けばパンティーが見えそうな角度だ。

「桜でいいって。これから一年間、アタシとアンタでしっかり頑張ろうな。あっ、

アンタは二年間頑張ることになるんだろうけど、きっと大丈夫だよ。じゃっ、ま

た、ハッショウで会おうな。それじゃ」

 彼女は一度俺の頭をポンと叩くと、バタンと扉を閉める音を立てて屋上から去

っていった。

 俺は過ぎ去っていた跡をボーッとしばらく眺めた後、桜が座っていたところを

なんとなく見つめた。まだ体温が残っているかもしれないと変態的な考えから地

面を触りそうになったが、やめておいた。

 「ハシクのパイロット……案外いいかもしれない」

 数分前までの憂いは潮風に乗って空高く吹き飛んでいき、代わりに春の香りが

胸いっぱいに広がっていた。


「やべーっ、アタシって結構大胆なところあんだな……なんか恥ずかしいぞ」

 アタシは今パイロット用のスーツを着て、ハッショウのパイロット控え室にい

る。もうしばらくしたら、同じようにスーツを着た惨くんと高崎所長が一緒にこ

こに来て、初の顔合わせということで説明を始めるはずだ。アタシは煙草に火を

つけた。

「いや、確かにタイプで、なんか落ち込んでるところにキュンとしたってのある

けど……。恥ずかしー」

 思い返すと顔から火が出るようだった。今まで一度もあんなことを男にしたこ

とはないのに、どうしてやってしまったのか。自問自答しても納得のいく答えは

出そうになかったので考えるのを止めた。

 しーんとした控え室でメビウスのオプションイエローを吸いながら、一人ごち

る。誰も見ていないのに恥ずかしい気持ちが湧いてきて、所在なさげな左手で髪

をくるくると弄った。

 ウイーン。

 音が鳴った方向を見ると、控え室の自動ドアが開いてパイロットスーツを着た

惨くんと高崎所長が入ってきた。惨くんのスーツはピッチリ張り付いていて、な

んかエロかった。アタシもあちらからはそう見えているのか、彼は赤面して目を

背けていた。かわいい。所長は相変わらずの白衣だった。

「やあ、有栖川くん、待たせたね。彼がこれから二号機パイロットを務める惨く

んだよ」

「ああ、知ってますよ。さっき会ったし。ね、惨くん」

アタシは笑顔で惨くんに同意を求めた。

「あっ、はい。放課後に偶然屋上で桜……と出会いまして、そこでいろいろと励

ましてもらいました」

 頑張ってさん付けを止めたところにキュンときた。抱きしめたい気持ちになっ

たが、知り合った期間からしてあまりにも馴れ馴れしすぎるので、それはまた今

度にすることにした。

「気後れしなくていいよ。桜でいいって」

「はい、さ、桜……」

 はっはっは。くるしゅうないぞ。治らないならしばらくこのことで君を弄って

あげよう。そんな意地の悪い考えが浮かんだ。

 所長は朗らかに笑った。

「なんだ、二人は既に知り合っていたんだな。それに名前で呼び合うなんて、随

分親密そうじゃないか。これなら相性もバッチリそうだ。僕が心配することは何

もないな。じゃあ、今日はハッショウでの初の顔合わせということで、合同訓練

が終わった後、これで二人で食事にでも行きたまえ」

 所長は懐の財布からそれぞれ一万円ずつアタシと彼に渡した。よっぽど上機嫌

になったらしい。普段こんなことはそうそうない。

「「ありがとうございます」」

 アタシも彼も所長にお礼を言って頭を下げた。

「それじゃ、行こうか。何、難しいことはなにもないよ。簡単な訓練だ。すぐに

慣れるだろう」そう言って所長は惨くんの手を掴んで、部屋の外に連れ出した。

アタシも当然付いていく。

 明るい蛍光灯が並ぶ廊下を歩き、訓練室に向かう。その間、アタシは何気ない

様子で惨くんの隣をキープしていた。ドギマギする惨くんの表情を楽しむためだ。

時折髪を触ってみたりすると、ビクンとして、「あの……桜?」と聞いてくる。

アタシは「なーにー?」と答える。そんなやり取りが移動の間に続いた。惨くん

のいかにも童貞らしい反応が初々しくて女心をくすぐられる。まあ、アタシも処

女だけど……。

 訓練は所長が言ったように難しいものではなかった。リズムゲームのようなも

のでアタシと惨くんの波長を合わせる訓練、無重力空間でうまく動く訓練、ハン

ドガンタイプの銃で動く的を撃つ訓練、武術の基礎訓練など。アタシも入りたて

の頃はこういった訓練を行っていた。これから少しずつ訓練はキツめになってい

くのだけれども、惨くんにはアタシがいるから大丈夫だろう。

 訓練が全て終了し、高崎所長に挨拶をして、私服に着替えて、ハッショウを出

た。辺りはもう暗くなっていた。フクロウがホーッホーッと鳴く声が聞こえる。

アタシの帰路に就く前に惨くんがアタシの方を向いて言った。

「夜は暗いから、お、俺が桜を家まで送っていくよ」

 勇気を出して言ったようで、視線をアタシと合わせながら拳を握っていた。

 ほおーっ。いいねえいいねえ、なかなか萌えポイント高いぞ惨くん。

 抱きしめようと思ったが、夜道でそんなことをしているのを誰かに見られて学

校で話題にされるのもアレなので、ぐっとこらえた。

「ありがと。でもアタシはアンタより強いから大丈夫だよ。いや……今のなし。

やっぱり送ってもらおうかな。その前に、ご飯。一緒に食べにいくんだろ?」

「あっそうだった。ごめん。じゃあ、食べに行こうか。サイゼリヤでいいかな?」

まあ、惨くんと一緒なら別にどこでもいいが。

「おーけー。じゃっ、その間もちゃんとアタシを守ってくれよ」そう言って、ア

タシは惨くんと手を繋いだ。恋人繋ぎをわざとした。手が汗ばんでいるのは惨く

んの汗なのか、アタシの汗なのかはわからなかった。

「お、おおお、おーけー……だよ、じゃあ、行こうか」

 たぶん、惨くんの汗だ。アタシはニヤリと笑った。

 サイゼリヤに着いて、アタシはグラスワインとペペロンチーノを頼んだ。彼も

一緒のメニューを頼む。飯が来るまでの間は今日の訓練について感想を言い合っ

た。飯が来ると、ワインでチンと音をたてて乾杯をして、飲み食いしながらも取

り留めのない話をした。煙草もお互いに何本も吸った。惨くんは話が途切れない

ように必死に話題を振っていた。その姿勢が可愛かった。うまい話は出来ていな

かったが、その内容よりも一緒に過ごす時間が大切なのだ。アタシは存分に楽し

んだ。

 会計の段階になって、アタシが割り勘にしようとしたが、頑なに自分が払うと

惨くんがきかないので、払ってもらうことにした。別に割り勘でもよかったのに

と思った。

 店内を出てからアタシが家に着くまでに、何気ない話をして、また明日以降も

放課後に屋上で会う約束をした。家の前でアタシはいたずらっぽく「これで惨く

んはアタシの家の場所がわかったから、いつでもアタシの家に来れるね。早くア

タシの家に入れる関係になるといいね」と言ってウインクをした。

 惨くんはおろおろした様子で「そうだね」と言った。思春期男子なのだから、

きっと今いやらしい考えが頭を巡ったであろうことはわかった。というか、それ

を狙ってわざとからかった。

 今日は久しぶりに楽しかった。一か月後、絶対に惨くんが死なないようにアタ

シは全力でサポートをする。そう布団の中で思った。


 俺と桜が出会ってから一か月目。ついにこの日が来た。「仏」と戦う日だ。

 俺はパイロットスーツを着て、控え室に座ってHOPEを吸っていた。ドキド

キしながらしばらく待っていると、ウイーンと音を立てて自動ドアが開き、桜と

所長が入ってきた。

 桜は俺に手をひらひらとさせて気軽な挨拶をした。

「おまたー」

 一か月経ってもピッチリしている桜のパイロットスーツには目が慣れず、股間

が反応してしまうのを抑えるのが大変だった。俺のスーツもピッチリしているた

め、もし勃起して桜に見られて嫌われたらと思うとゾッとする。なんとなく、そ

の反応を桜は楽しんでいるような気がしているが、自分に都合の良い考えなので

振り払っておいた。

「お待たせ、惨くん」

 桜は笑顔で俺に手を振った。俺も同じようにして応えた。

「いえ、全然待ってないですよ、大丈夫です」

 初戦という緊張からか、俺は一時間は早く来ていた。そのせいで逆に桜に気を

遣わせる発言をさせてしまったことに申し訳なさを感じた。……こういう考えが

逆に俺の童貞を加速させているような気がした。もっと積極的に細かいことを気

にせずに桜に迫っていけば、一年経たずに付き合えるのじゃないかと思うが、そ

ういう立ち振る舞いは俺にはどうしても無理なので、諦めている。

 所長が真面目な表情で言った。

「いよいよ、今日が実戦になる。初めは緊張するかもしれないが、有栖川くんが

しっかりサポートしてくれるはずだ」

 桜は俺にサムズアップをして言った。

「サポートするよん」

 俺も桜にサムズアップを返した。

「ありがとう、桜。それで、今回の相手は『阿修羅』なんでしたっけ」

 俺は所長に尋ねた。

 戦う「仏」が何なのかは、戦闘の一週間前からハッショウ本部に大日如来より

メールで送られてくる。なので、その一週間に傾向と対策を練って、当日に備え

るというのがいつもの流れになっているらしい。

「そうだ。3つの顔と6本の腕を持った、如来、菩薩、明王、天の4グループに

分かれるうちの天に属する。おそらく気性の荒い、ワンパターンな攻撃をしてく

るはずだ。そんなに倒す難易度は高くないと思うが、心してかかってくれ」

 俺は不安から桜を見た。気が付いた桜は笑顔で手を振ってきた。

「まあ、所詮は誰でも不安なのはしょーがないわね。所長が言うように、アタシ

がしっかりサポートするから心配すんな」そう言って、右手を差し出してきた。

 俺はその手をしっかりと握り、緊張に耐えるかのように口を結んだ。

「じゃあ早速戦いに行ってもらう。既に阿修羅は淵間市に出現している。二時間

以内に現場に行かないと、暴れだすはずだ。行こう」

 「仏」は出現してから二時間以内にその場に行かないと、暴れだすというデー

タが取れている。

 俺は走る所長に付いていった。桜も俺の隣にいる。しばらく走って、ハシクの

ある部屋に着いた。

 部屋に入ると、漫画でみたような光景が広がっていた。たくさんの白衣の研究

員が忙しなく動いている。床はコンクリートだが、ベランダのように壁から張り

出している。超巨大な何かに拳骨でも食らえば、丸ごと地下の吹き抜けにその姿

を消すだろう。扉から見て左側にも右側にも、ハシクを上から見下ろせる通路に

繋がる階段がある。

 入って正面にはハシクと思わしきいかつい、頭しか見えていない機体が二体、

それぞれ赤と青の色をしているのがあった。ハシクは全長二十メートルで、頭か

ら下は何階も下に通じる吹き抜けの暗闇の中にある。コックピットは頭の部分に

あるので、搭乗することには何の問題もない。ハシクの頬には扉のようなものが

付いていて、そこに向かって通路が伸びている。おそらく、あそこから乗るのだ。

 呆然としている俺と、普段と変わらない様子の桜に所長が言った。

「それじゃあせかすようで済まないが、乗ってくれ」

 所長が白衣のポケットからリモコンを出してスイッチを押すと、頬に付いてい

た扉が開いた。

 固まっている俺を見かねたのか、桜は俺の背中をバシッと叩いた。

「行くよ、惨くん」

「う、うん」

 俺と桜はそれぞれ目的の場所へと歩き、機体に乗り込んだ。中は1LDK並の

大きさだ。椅子らしきものはない。立ちっぱなしで操縦するらしい。これについ

ては事前に説明を受けていた。

 ハシクで戦う時はハシクと人間の身体の動きをリンクさせて、殴ったり蹴った

りして「仏」を倒すのだそうだ。

 リンクはLOLと呼ばれる透明な半透明の液体に人間を頭まで浸からせること

で行う。これについては既に体験済みだから、苦しさは全くなかった。そういう

液体なのだ。

 定位置に着くと、特殊プラスチック越しに外の暗い景色が見えた。と、突然ブ

ウンと音が鳴ると、電源が付いたようで一気に機内が明るくなった。また、音を

立てて、目の前に半透明の所長の顔が映し出された。

「今、電源を入れたよ。じきに室内は特殊な液体で満たされる。もう体験済みだ

からわかっていると思うが、身体の動きを機体と繋ぐためのもので、窒息はしな

いから安心したまえ」と、言うとすぐに、半透明の液体が足から頭まで考える暇

もないままに満たされた。

「じゃあ、目的の近くに転送するよ。諸君。健闘を祈る」

 所長がそう言うとすぐに浮遊感が訪れ、気が付けば目の前が明るくなり、明順

応するまで俺は顔をしかめた。少しずつ目を開けると、すぐ近くに噂通りの化け

物「阿修羅」がいた。

 3つの顔に、6つの腕。筋骨隆々で、身長が機体と変わらない。全長二十メー

トルだ。周りに建造物はなく目測で直径十キロメートルは森と土の地面しかない

ので、戦いやすそうだった。桜が声を張り上げた。

「じゃあ、行くよ! 惨くん!」

 俺も恐怖と不安を吹き飛ばすかのように、声を張り上げて答えた。

「はい!」

 有栖川は合図を出すと、阿修羅のもとに走っていった。追いかけるように俺も

続く。機体の中で走る動作をすれば、同じように一号機も走る。少し面白く感じ

た。

 俺たちの動きに気づいた阿修羅が二号機に身体を向けた。顔は哀れんでいるよ

うな表情をしている。

 二号機はまず勢いをつけた右ストレートを阿修羅の顔面に向けて放ったが、そ

れは避けられ、代わりにカウンターのトラースキックが二号機を襲った。動きは

俊敏なようだ。二号機はそれを横に避けてかわし、左膝を腹に叩き込もうとした。

 しかし、その攻撃も両手で受け止められる。

「桜!」

「大丈夫よ、まだまだこれから!」

 ここで俺も戦いに参加した。二号機の足を押さえる阿修羅にタックルを仕掛け

た。が、避けられ、逆に、右のパンチを腹部に食らった。

「ぐっ!」

 衝撃が機体を襲う。身体の動きは繋がっているものの、肉体も精神も繋がって

いないため直接的なダメージはないが、身体がくの字に曲がって少し後ろに下が

る。液体のおかげで、機体の端まで吹き飛ばされることはない。

 その隙に二号機がもう一度勢いをつけて、阿修羅の脇腹に左膝をめり込ませた。

今度はクリーンヒット。阿修羅は立て膝をつき、悔しそうな表情に顔がスライド

した。

俺は思わず叫んだ。

「やった!」

「まだまだ、これからよ! 気を引き締めて! 惨くん!」

 阿修羅は立ち上がり、二号機に掴みかかった。二号機はそこに両手を合わせて

抵抗したが、阿修羅の力の方が上のようで、徐々に組み伏せられていく。

「ぐっ……」

「桜! うおおおおお!」

 俺は助走をつけて、勢いよく阿修羅にラリアットを叩き込んだ。両手が塞がっ

ているため喉元にクリーンヒット。阿修羅は勢いよく一回転してズズーンと地面

に倒れ込んだ。

「やるじゃん惨くん!」

 俺は桜に褒められて嬉しくなりつつも、緊張で呼吸が荒くなっているのを感じ

た。

「ははは……」

 息つく暇もなく、阿修羅はその場で跳ねて起きると、今度は俺を標的にしたよ

うで、俺に向かって走ってくる。俺はビビリそうになったが、立ち向かった。

 阿修羅が掴みかかってくる。二号機と同じように両手を合わせようとしたその

瞬間、素早い動きで阿修羅は背後に回ってきて、一号機にネックスリーパーホー

ルドを仕掛けてきた。そのまま首をもぎ取ろうとしてくる。俺の首も上に伸びて

いくのを感じた。機体の首がもげても俺の首はもげないが、首は伸びる。とても

痛かった。

「惨くん!」

 桜の悲痛な叫びが聞こえた。二号機がこちらに向かって走ってくる。

「ぐっ……このおおおおおお!」

 俺は右肩と右腕で阿修羅の顔と顎を挟み、スタナーをお見舞いした。脳みそが

なければダメージになる技ではないが、果たして阿修羅には効いたようで、手を

離してフラフラしだした。脳みそがあるのだろうか? この隙にもう一度ラリア

ットを叩き込もうと走り出した。すると、桜が叫んだ。

「まずい! 惨くん! 離れて!」

「えっ?」

 俺は意味がわからないうちに浮遊感ともの凄い衝撃を受けたかと思うと、宙に

飛んでいた。どうやらアッパーカットを食らったらしい。俺はそのまま自由落下

し、衝撃で身体が動かなくなった。

「くっ……そっ……」

 そうしているうちに阿修羅は俺のもとに近づいてきて、首を絞めてきた。とい

うより、またしても首から上をもぎ取ろうとしている。もしかして、前任者はこ

うやってもぎ取られたあと、コックピットから出されて、上空から落っことされ

たとか、握りつぶされて殺されたのだろうか。一瞬脳内に恐ろしい光景が浮かび

上がった。

「この野郎! 惨くんを離せええええええ!」

 二号機が走って阿修羅を俺から力ずくで剥がし、羽交い絞めにした。そのまま、

ドラゴンスープレックスをかまし、阿修羅を脳天から地面に沈めた。阿修羅は動

かない。

 俺はようやく動けるようになった身体に鞭を打って、立ち上がり、素早く近づ

いて、右足で阿修羅の顔面を踏んだ。なかなか硬く、頭が弾けそうもない。阿修

羅は両手で一号機の右足を掴み、抵抗している。

「死ね! クソ野郎ー!」

 おおよそ女子とは思えない声を発した桜が、俺の右足を両手で思い切り押し込

み、結果、俺は阿修羅の顔を踏み潰した。粉々に頭が砕けたその瞬間、周りに閃

光がほとばしり、阿修羅は爆発四散した。

 爆発してからしばらく黒煙が舞っていたが、潮風に流されてどこか遠くへ消え

ていった。

俺は呆然としたが、勝ったのだと実感してから腰が抜けて機体ごと地面にへたり

込んでしまった。しかし、桜にこんな姿は見せたくなかったので、なんとか立ち

上がった。

 俺は桜にお礼を言った。

「ありがとう桜、助かったよ」

「ううん。それより、惨くんが無事で良かったよ」

 俺は桜を抱きしめそうになったが、恥ずかしくなって実行には移せなかった。

「で、どうだった? なんとかやっていけそう?」

 俺は想像よりも戦えた自分に少し自信が付いたのか、快い返事をすることが出

来た。

「うん。俺、プロレスが好きでさ、一度誰かに掛けてみたいと思ってたんだ。だ

から、そう、楽しかったよ」

 俺の強がりに桜はプッと笑った。

「なにそれ。そりゃ、頼もしいね。それよりそうだ、惨くん」

「なに?」

 桜は二号機の手で頭を掻きながら恥ずかしそうに言った。

「アタシ、なんか死ねとかなんとか叫んじゃったけど、惨くん、引いてないよね

?」

 桜は心配そうな声で尋ねた。勿論俺は全然引いていなかった。既に桜とはよく

遊ぶ仲であり、その中で彼女にはヤンキーな性格であるところが言動や行動から

随所に見られたので、荒々しい言葉で叫んでいたところでそれほど違和感もなか

った。

「別に全然引いてないよ。桜らしいと思った」

「そっか。良かった。じゃあ、帰ろうか。所長に報告しなきゃ。おーい、所長。

見てたでしょ? はやく元の場所に戻してー」

 半透明の所長の映像がコックピット内に出てきた。

「おお、お疲れ様。惨くんも良かったぞ。初戦にしては上出来だ。今すぐ戻すよ」

所長がそう言うと、また急に目の前が暗くなった。暗順応すると、今いる場所が

元のハッショウ本部だということが認識できた。ふと周囲を見渡すと、液体はい

つのまにかなくなっていた。明るい光が入ってきたのでその方向を見ると、扉が

開いていた。俺は扉から出た。桜も同タイミングで出たようで、俺に向けて笑顔

で手を振っている。俺も同じように応えた。広い空間に出て俺と桜は落ち合い、

ハイタッチをした。俺は少し手と足が震えていたが、桜は堂々としていた。


「惨くんお疲れー」

「お疲れ、桜」

俺と桜の二人は居酒屋のビールで乾杯をした。チンという音が鳴り響き、次いで

ゴクゴクと一気に飲み干す。

「ぷはーっ。マズっ! やっぱりアタシはビールは嫌いだわー。惨くんは好き?」

「いや、俺も最初の一杯以外はあんまり好きじゃないかなあ」

 桜は朱色に染まった頬でにへへと笑った。

「気が合うねえ惨くんは。ね、これからもよろしくね、惨くん」

「うん、宜しく。桜」

 俺は微笑んだ。このままキスまでしてしまいたい気持ちに駆られたが、俺がも

っと男らしく桜を守るような戦いが出来ない限りは難しいだろう。

 次の戦いはまた一か月後だ。次はどんな戦いが待っているのだろうか。なんと

か一年戦い続け、桜と付き合いたい。いや、一年経たずとも俺のことをもっと桜

に知ってもらって、俺も桜のことを知っていって、彼氏と彼女の関係になりたい。

 戦いの恐怖から目をそらすかのように、今の俺の頭の中にはその考えばかりが

浮かぶのであった。

「ねえ、惨くん」

「?」

「アタシとキスする?」

「……!?」

「冗談だよ、冗談。惨くんったら顔真っ赤にしてかわいいー。ふふっ」

 この小悪魔な彼女にいつか本当に彼女になってもらうのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ