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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

バチアタリイキスギ人間

作者: 未練

バチアタリイキスギ人間

彼はイキスギ人間。イキスギ人間とはイキスギた人間のことだ。イキスギているゆえにイキスギ人間なのである。

彼の職業は正義の味方。人を殺したりする極悪人を殺すことを生業としている。給料は出ないので非課税である。正義の味方は税金を納めなくともよいのだ。


ある日彼がカーテンを閉めた自室でイキスギていると、突然頭の中に謎の声が響いた。

「やんほぬ」

意味不明である。いや、そもそも頭の中に謎の声が響いてくること自体が意味不明ではあるが、そこはそれ、イキスギ人間たる彼はその声が啓示であることを何の疑いもなく受け入れた。イキスギ人間は器も大きいのだ。

声の主が神であり、声が自分に向けたメッセージであると理解してもしかし、その内容は彼にとり俄かにはわかりかねるものであった。わからないことはわからないのだ。世の中はそういうものである。彼は持ち前の諦めの早さを持ってして、ひとまずはこの問題をうち捨てておくことにした。今日もバイトだ。


コンビニの夜勤を終え、彼は家路につく。歩きながらずっと考えていた。〈やんほぬ〉とは何か? もちろん考えても意味はわからない、わからないからこそ考えずにはいられなかった。イキスギ人間は知的好奇心に対し素直な質なのだ。しかしまず、〈やんほぬ〉という言葉を彼は知らなかった。聞き間違えかとも思ったが、なにぶん耳の問題ではないので可能性は低い。頭の中に直接〈やんほぬ〉と響いてきた以上、そこを疑っても仕方がないといえよう。ならば〈やんほぬ〉とは何か?堂々巡りする思考は、しかし唐突に打ち切られた。焦点のぼんやりとしていた彼の目が、再び現実にピントを合わせる。まず見えたのは、赤だった。そして、うつ伏せに倒れている女の姿があった。赤は女の腹部から流れ出、あたりを静かに塗り替えていた。狭い路地、彼の目の前に、死が転がっていた。


歩いていたら女の死体を見つける、というのは今どき珍しいことであるが、イキスギ人間は正義の味方だ。彼女が重い生理などではないことを見てとると、回れ右して途端に逃げ出した。もちろん殺した犯人を見つけてとっちめるためである。路地は一本道で、自分が今まさに歩いて来た方向に犯人がいるというのは考えにくかったが、彼は犯人を追うことに必死なあまりそのことを考える余裕がなかった。しかし犯人はいた。スーツに革靴、頭は七三分け、右手には携帯電話を持ち、何やら下を向いて操作しながら彼のほうに歩いてくる。おおかた先ほどの死体の写真でも眺めているのだろう。左手に持つビジネスバッグには凶行に使われた、語るにおぞましい凶器がしまわれているに違いない。見るからに怪しい男である。正義の味方として見過ごしてはおけない。彼は通せんぼするように道をふさぎ、

「よう、人殺し!待ってました!」

とあいさつした。

「は?人殺し……?」

男はこちらに気づくと携帯から目をあげ、不審そうにこちらを見つめる。

「とぼけても無駄だ。俺は正義の味方、人殺しは殺す!」

そういうやいなや、イキスギ人間は男に飛びかかった。経験上、そうすれば勝てるという自信があり、それに裏打ちされた行動であった。男もいきなりすぎて何が何やらわからないと見え慌てふためくもイキスギ人間に馬乗りになられてはどうしようもない。なすすべも無くじたばたしていた。イキスギ人間はどこから取り出したのやら文化包丁をしっかりと握ると、股の間に挟んだ男の胸のど真ん中に勢いよく突き刺した。男は死んだ。心臓を一突き。鮮やかな正義の執行であった。イキスギ人間は今日もゆく。

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