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02


 先刻の魔獣は一匹だけではなかったらしい。四人になって遺跡の奥へと進んでいけば、逃げ惑うラピと一緒になって出現した。黒い体は人と同じくらいの身長で、横幅もある割に動きは素早い。

「あたしとブルーノで引きつける。その間に魔法で攻撃して頂戴」

 ブルーノが先駆けて駆ける。それを横目にフランツィスカも駆け出す。

「承知致しましたわ」

「その魔獣は炎を嫌います。フランツィスカ様、どんどん使ってください。回復は僕たちにお任せあれ」

 調査はカミルの得意分野である。その助言で先刻簡単に魔獣が倒れた理由がわかる。フランツィスカの炎だ。

「カミル、回復はわたくしがやりますわ。貴方は、二人の援護を」

「はい」

 ユーリアが持つ要素は水、そしてカミルは風である。回復をするのならばユーリアの方が得意なのだ。

 大剣を振りかぶったブルーノが魔獣の振り下ろす爪を防ぐ。その横で追いついたフランツィスカが呪文(ツール)を呟き短剣(ダガー)を放つ。だがすべって来た爪が払い落としてしまう。後ろに跳んだフランツィスカに代わり、ブルーノが大剣を横薙ぎに払う。魔獣の体が歪む。これならと思ったのも束の間、足元をラピが走り回り足を取られた。慌てるブルーノに魔獣は容赦なく爪を再度振り下ろす。

「ブルーノ!」

 炎を繰り出すフランツィスカだが、それと同時に背後から激しい風が合わさった。カミルの仕業だ。ラピごと黒い魔獣の体が燃え上がる。ひどい臭いがした。

 尻餅をついたブルーノに手を貸す。

「お嬢、すまねえ」

「いいわ。許す」

 すぐに立ち上がり、ブルーノは大剣をしまう。ラピは相変わらず足元を右往左往している。これでは先が思いやられる。

「貴方たち怪我はない?」

「ユーリア。ええ、無事よ」

 鼻を押さえながらユーリアがやってくる。臭いがつらいのだろう。

 魔獣一匹だけとはいえ、油断をすると危うい。カミルの魔法はかなり助かった。

 魔法を使ったのに、フランツィスカは自分の魔力が減っていないことに気が付いた。回復もとても助かる。

「どうも慎重に進んだ方がよいようですね。もし複数で出現されると大事になりそうです」

 遅れてきたカミルが動き回るラピを気にしながら告げる。

「ラピが多すぎます」

 それには三人とも同意見だった。

「これってさ、もしかしてもっと大物がいう可能性もあるよな」

「そうね。嫌な予感がするわ」

「カミル、貴方はどう見ますか」

 主の視線に従者は暫し思案にふける。彼は見た目少し発育の悪い少年だが、どうしたことかこの四人の中での強かさは随一である。

「……ひとまずは」

 ただこの空間で、そう簡単によい発案があるかというと別物であろう。

「ひとまずは、進みましょうか。それ以外に道はなさそうです」

「なんだ、仕方ないな。お前さんでも無理か」

 ブルーノが拍子抜けとでもいうように肩を竦める。

「魔獣の種類は乾燥地帯に住むものだろうということは予想できますが、どんな大物がどれだけいるかまでは予測できません。力及ばず申し訳ありません」

 真摯に頭を下げるカミルだが、それも仕方のない話だ。

「まあ、此処でうだうだ言っていても仕方ないわね。進みましょう」

「そうですわね。カミル、わたくしも注意はしていますが、気の付くものがあれば遠慮なくお言いなさい」

「はい。気休めですが、魔獣が嫌う呪文を唱えておきましょう」

「おー、助かる。この遺跡、地図すらできてないしなあ。深部までどれくらいかかるかもわからん」

 それぞれに足を踏み出す。

 その前方には誰の足跡もなく、彼らの後も他の誰かの足跡はつけられることがない。

 依頼は単純なものであるはずだ。だが、なかなか達成されない依頼というものは、総じて複雑な事情があることが多い。この遺跡の地図がないことも、攻略が困難であることを示しているだろう。

 それでも報酬に惹かれるものがあった。フランツィスカはその報酬を持って家に帰りたいのだ。ブルーノもその意見を尊重した。

「ねえ、そういえば街はどう?」

 誰に、ということもなくブルーノが訊ねれば答えがあった。

「何も。大した事件はございませんわ。どう、とはバーデ家の皆様のことなのでしょうか」

 フランツィスカとユーリアは同郷の出身である。

「ああ、まあ……いいんだ。お嬢さんのところはお兄さんが家を継いだんだろう。助けてあげなくてよいのかい」

「半年も帰っていないのに、よく御存じですね」

「情報奪取は少年だけの専売特許じゃないんだぜ。俺だって色々伝手はある」

 此処半年は街に帰ることが出来ていない。本当は帰りたいのだが、フランツィスカが嫌がる。それを無理やり連れて行くことも出来るが、ブルーノはそうしたくなかった。

「そういえばブルーノさんは賞金稼ぎをいつからされているんですか」

「俺は十五の時からかな。まあ、生まれた時から根なし草だからね。あっちこっちフラフラしてその日暮らしさ。今はお嬢と一緒に帰るバーデ家が俺の故郷みたいになってるけどね」

 彼はフランツィスカの父親に雇われた身分である。雇用主はまだ変わっていないのだが、今は事情があって娘に付いている。

 バーデの家はブルーノにとって居心地がよかった。大らかなバーデ家主人と意地っ張りな一人娘。もし妹が居たらこんな子だったのだろうかと思わず夢想するくらいには楽しかった。

「そういえば少年は今いくつだ?」

「僕ですか? 十六歳になりました」

「おー、若い若い」

 ブルーノと違い、カミルは生まれた時からクラッセン家に仕えている。ユーリアが八歳になった際に仕え始めたのが七歳のことだ。

「貴方も若いでしょうに」

 苦笑いを浮かべるカミルに唯一の大人もにやにやと笑みを浮かべる。彼はこれでもまだ二十代だ。

「ところで俺たちはわかるが、この依頼をなんでお嬢さんは選んだんだろう」

「ああ、それはおそらくフランツィスカ様が受けたことを知ったからでしょう」

「そっか。いい子だな」

「ユーリア様ですから」

 心の底からそう思っていると言わんばかりに告げる。カミルにとって、ユーリアは自慢なのだ。彼女がいなければ世界は回らない。それだから当然の話である。

「ちょっと、あんたたち何をしゃべっているのよ。早く先に進むわよ」

 気づけば男二人は遅れていた。慌てて追いつくと、二人も何やら話をしていたようだ。

「ねえ、この遺跡についての情報はやっぱりないの?」

「カミル、貴方は知りませんの? ラピの巣窟であるとしかわたくしは聞いていませんでしたわ」

 お嬢様たちは遺跡についての情報交換をしていたらしい。よいことだとブルーノは二人の背後で笑う。仲が悪いとは言うものの本当に悪いわけではない。寧ろ仲は良いだろう。

「これは噂の一つなのですが」

 自信が持てないからだろうか、カミルは苦い顔をしている。

「遺跡の中には罠があると言われていました。ただそれが真実かどうかはよくわからないのですよ」

 以前に遺跡を訪れた賞金稼ぎも居た。その時のことをカミルは聞いたのだろう。ただ真実かどうかがわからない。それに入り口から今のところ、罠のようなものは見当たらなかった。

「まあ、罠っていっても色々あるしなあ」

 呑気に相槌を打ちながらブルーノが頭の後ろをかく。

「あと、罠よりもラピが気になるのよ」

「そうですわね。ちょっと多すぎではないかしら」

 そう言う間にも足元をラピが駆けていく。下手すれば踏みつけてしまいそうなラピを、四人は器用に避ける。最初は都度倒していたが、此処まで多いのなら倒すだけ消耗してしまう。放置することに決めた。

「ラピを食べる魔獣って何がいたかしら」

 フランツィスカが男たちを振り返る。ついでに壁に手を付いた。その瞬間、フランツィスカとユーリアの体が傾いだ。

「きゃっ!」

「お嬢!」

「ユーリア様!」

 悲鳴を上げるユーリアの手を掴み、フランツィスカは落ちた床の端に手を伸ばす。だが人間一人を抱えて持ち上げることは出来ない。

「お嬢! ……おおお、重てえ!」

 ブルーノがフランツィスカの手を掴んだ。けれど二人分の人間の負荷がかかっている。カミルも何とか手を伸ばすが、彼の力を借りても難しかった。

 ユーリアは気を失っていた。そのせいでフランツィスカは一層重みが感じられた。足元は真っ暗だ。どれくらいまであるのかはわからない。でもこのままだと共倒れしてしまうだろう。彼女は顔を上げて、ブルーノに命じた。

「手を放しなさい」

「え!」

「あたしたちは下で待っているわ。ブルーノたちの迎えが来るまで絶対におとなしくしている」

 ブルーノは弱り顔で溜息を落とす。

「ちゃんと生きていてくださいよ。じゃないと俺は皆に恨まれちまう。そんなの勘弁です」

「大丈夫よ。あたしを信じなさい」

 しっかりと頷くフランツィスカにブルーノはわかりましたと渋々返した。次いで、彼女はカミルに視線を移す。難しい顔をして彼女の下方を睨んでいたカミルは、ハッとして顔を上げた。

「カミルも、あんたのお嬢様はあたしが責任持つわ。いいわね」

「なるべく早く迎えに参ります。それまで、よろしくお願いいたします」

「ええ」

 フランツィスカは笑みを浮かべて頷いた。そしてブルーノに手を離させると暗闇の中に落ちて行った。


 繋がっていた手がなくなると、途端にフランツィスカは不安になった。けれど、今この状況をどうにか打開するためには、彼女が動くしかない。落下の途中でユーリアを何とか自分の腕の中に抱き込む。それから下方に向けて炎の呪文を唱える。

 一瞬明るくなったがすぐにまた闇に戻ってしまう。地面はまだ見えなかった。フランツィスカは何度か炎を出現させて自分たちの位置を確かめた。漸く地面が見えてきた時には、最大出力で炎を出し、熱の勢いで速さを少しだけ抑え込む。そしてユーリアを腕の中に抱いたまま、背中から落ちる。被害はどれだけかわからない。それでもフランツィスカはそうするしかなかった。



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