走る、彼女
一応生意気に第3作目です!
ひとっつも完結してないけどね!!
学園モノとファンタジーをごっちゃにした感じです。
お楽しみ頂けたら幸いです。
電車が止まる。
完全に停止し、静まり返った車内。
虚空に響くアナウンスと共に扉の脇のボタンは音もなく光を灯した。
それを親指で押す。
冷たい質感を指先に残しながら、鳴らされる電子音と共に扉は開かれる。
車内のムシムシとした、粘っこい温もりを抜け、春の日向を乞うような空気が少年の頬を撫でた。
その温度に少しだけ身を縮まらせ、車内を出た少年はホームの階段を上がっていく。
肩と一緒に揺れる短い黒髪。
横目を流れていく電車を感じながら、少年は静かに鼻から息を漏らし、また1歩段を上がった。
駅を背中に、少年は無言のまま帰路に着く。
線路に沿って伸びる道は、沈みかけている陽は、横から鮮烈なオレンジ色を放り投げていた。
その中を、憂い思いに沈むわけでもなく少年は歩く。
脇を抜けていく自転車。
車体の後方のチャイルドシートに腰掛けた少女と目が合った。
真っ直ぐに伸びていた道を曲がり、燃えるような夕陽に背を向ける。
そのカーブを形作る駐車場から零れた砂利は、革靴の裏を通して少年の足をくすぐった。
それから少しして、横断歩道に差し掛かった。
足元から前方に向けて刻まれている白い長方形。
黒いコンクリートに一定間隔にあるそれは、橙に照らされながらも、ハッキリとお互いの色を引き立てていた。
きっと自分達は“こう”、だ。
善悪や思想。表に出された感情さえ、“そう”だ。
全てが個人の中にあり、その体系を確立させている。
そしてそれは外(黒)と相容れる事はない。
それを知りながら俺達(白)は自分達の色を褪せさせる事はなく、ハッキリと自己を主張する。
それ故に、決められた白い四角形に集団として居ながら、自分達が本当の意味で1つになる事はできない。
少年-雪原 深聡-は、道路を横切りながら胸の中にそう言葉を落とした。
「ただいま」
しばらくして、深聡は自宅の扉を開けた。
呟くようなその声色は薄暗い玄関に響き、影をより濃くさせる。
「…いないんか」
深聡はため息をつきながら靴を適当に脱ぎ捨て、伸びる廊下の突き当たりにある階段を上がり始めた。
二階に上り、短い廊下の途中にある扉を開き、深聡は自室に入る。
青い壁紙は窓から入る太陽の沈みきった空の色を受け、静謐に佇んでいる。
深聡が電気を付けると、歓迎するようにその色を明るくさせた。
着ていた制服を脱ぐ。
藍色のブレザーをベッドの上に投げ捨て、ネクタイを机の上に。
青色のワイシャツにズボン姿になった深聡は、扉の前に置いた鞄を跨いで外に出た。
来た道を戻るように階段を下り、下りきった場所-階段の足元にある扉に手をかける。
開くと、そこは開けた空間。
正面に4人がけの机、その左手にはキッチンがある。
入って右手には2人がけのソファーがあり、その前にはテレビ。
この家の賑わいに華を添えるそれらは今、ただ静かにそこにあった。
コップに水を汲み、ソファーに深く腰掛ける。
時刻は、6時半を少し過ぎた頃。
壁にかけられた時計に一瞥くれた後、深聡は空になったガラスのコップを机に置き、自室へと戻った。
透明なガラスが内に付いた水滴に無表情な光を孕ませた頃、1人の少女が走っていた。
誰もいない1本の道を。真っ直ぐに伸びる、閑静な道を。
「はぁっはぁっはぁっはぁっ…っ!」
何も考えるな、何も思うな。
ただ足を動かせ腕を振れ。
焦るな憎むな恐れるな。
だが、『逃げろ』。
私を連れ去ろうとする影から、私から奪おうとする幻影から。
『私』を殺そうとする、“化け物”から。
少女は、走っていた。
息を荒らげ、顔面を染める苦渋を隠すように腕を振って。
「……っ…!何で…っ私…が…っ」
嗚咽に混じって口から零れていく言葉を、少女は慌てたように切る。
何も、考えるな。
そう言い聞かせ、少女はまた1本、大きく、踏み出した。
(……ウチの、制服?)
陽の沈んだ灰色の空気に揺れる茶色のボブヘアーと藍色のブレザー。
少し短めに折った緑色にチェックの入ったスカートの動きも気にもとめず、ひた走る少女。
深聡はその少女を自室の窓から眺めていた。
見るからに辛そうに駆けるその存在が放つ違和感は、深聡の目を釘付けにした。
(…泉さん……?)
見覚えのあるその姿に、深聡はその名を頭で踊らせる。
頭の片隅に金属的な残響を曳く中、深聡はふと、少女の後方に視線を移した。
そこに伸びていたのは、真っ直ぐなコンクリートの道。
だが一瞬。
ほんの一瞬だけ、その見慣れた風景が歪んだ気がした。
歪んだというより、何かが蠢いたように揺れたように見えた。
「んっ!?」
驚きを声に出し、深聡は目を擦る。
身を乗り出し再び同じ方向に視線を伸ばした。
そこにあったのは、やはり、見慣れた光景。
向かいの家の塀、空き地に立てられた看板。
動くはずのない日常がそこにはあった。
気が付けば少女はもういなくなり、静かな暗闇が降りだしていた。
「…?」
深聡は疑問に首を曲げると、窓から離れベッドに横になった。
柔らかく肩を抱く布団の感触に安心したかのように重くなる瞼。
抗えない重量を感じさせるそれに身を任せながら、深聡は先程の少女を、泉 楠葉へと、思いを巡らせ始めた。