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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第7章 「絶滅級」
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不協和音~べスペルコード~

 ひしめき合うように生い茂っていた木々も今は殺風景となり、凄惨な惨状と化していた。かつての青々しさはなく、命の灯が尽き枯れるのを待つ木々ばかりだ。そんな中でも僅かに生き残った背の高い巨木、その上部、20mほどだろうか――それでも木の半分程度の高さ――幹から幽鬼のようにぬるりと何かが浮き出るのをリンネは魔眼で捉えていた。

 それは何もいないと思っていた場所から突然現れ、あろうことかすぐ傍――真上である。


(失態だわ、擬態していたなんて)


 アルスの警告と同時に姿を見せた何か――いや、魔物はすぐに木の上から姿を消し、眼下に向けて跳び降りてきていた。


「真上ですっ!!」


 すぐに矢をつがえようとするが、腹部に腕が回る。


「それは愚策っす。一先ず回避っすよ」


 リンネを担ぐようにレティの細腕が回され、跳び退った。他の隊員も慣れているのだろう、すぐに距離を取る。

 視界の端では振り返ったアルスにおぞましいそれ・・が背後から襲いかかってきていた。が、リンネが警告を発するより早くアルスはダンカルだった魔物の一部であろう首を刎ねていた。

 埋まっていたのだろう地面から管のようなモノが盛り上がり、それはダンカルの足に繋がっていた。そして瞬く間にダンカルの身体は引っ張られるようにして勢い良く上空へと舞い上げられる。


 その頃には服も身体も黒く変色し、上空から飛び降りてくる巨大な影の右腕に伸縮するように戻り、四指の手へと姿を変えた。ダンカルだったものは、魔物の身体の一部でしかなかったのだ。つまりは罠だったということ。学習する知能が備わっているのだ。人間がどういった物であるのかを狩る側が考察したということなのだろう。狩るために、捕食するために必要な狩猟方法を編み出したのだ。


 そして上空から落ちてくる巨体は、両手を組み合わせて拳を作ったと思ったらそのまま着地と同時に振り下ろす。

 地面を陥没させ、ドンッと轟然たる音は風圧を伴ってぶつかるように吹き抜けた。


 レティはその中心に目を向けて姿を確認する。


 黒く罅割れた外殻、体長は推察通り3mほどで筋肉なのか何かの器官なのかわからないが分厚い胸板がある。そこから腹部にかけては歪にやや出っ張りを確認できた。異様なまでに折れ曲がった背中に、異常に発達した腕は長く、4本の指が鋭く尖っている。猿人のような体躯であるが、その顔は大きく歪みきっており切れ長い眼は瞳孔が開き、視点が定まっていないようですらあった。鼻は削ぎ落とされたような穴が二つ、僅かに開いた醜悪な口からは赤黒くなった刃の如き歯がびっしりと二重に列をなしている。


 その見慣れた姿。Aレートと位置付けられているオーガ種でも前例から仲間意識が高く徒党を組む習性があると懸念されている種類だ。

 呼称名は【ロゾカルグ】。


「阻害、拘束系魔法!!」


 レティの掛け声に隊員はすぐに行動を開始した。

 地面が迫り上がり巨体を覆うように四方に岩盤のような壁がロゾカルグの姿を覆い隠し、背後に立った壁が最後に蓋をする。更に上空から伸びて来た木の枝が捻じれながら10本近く真上から箱を串刺しにした。数世代前に流行ったとされる大道芸に近い。当然、種も仕掛け無く、内部を血に染めるだけ。

 これでもかというぐらいに更に半透明の障壁が展開。


「これがうちらの初手っす!」


 レティはそう慣れたようにリンネに言って、彼女を降ろすと完全に覆われた場所に身体を向け――――パチンッと指を鳴らした。

 くぐもった爆発音が鳴り、岩盤の壁は真っ赤に染まる。

 すぐに弾け飛び障壁が破片と衝撃、熱を抑え込む。

 閉じ込められた魔物を確実に屠る連携。止めにレティの一撃【深紅の瞬き《クリムゾン・アイズ》】によって身動きすらできずに焼き尽くされる。


「今回はおまけもついてるみたいっすね」


 視線を上空に向けると、そこにはアルスがAWRに手を添えて巨大な氷剣を生み出す。それは奇しくもテスフィアの十八番であるアイシクル・ソードだ。

 上位級魔法であるが使い勝手の悪い魔法。しかしこの場では適当な魔法である。周囲にいる隊員にも被害が及ばず十分な威力を備えている。もちろんそんな魔法式をアルスは鎖に刻んでいない。そのため、加減もできなければ造形の微調整も――期待はしていないが――できない。

 テスフィアのように造形美には欠ける無骨な剣だが、その巨大さは突き刺さるだけで容易く両断するだけの重量と幅を備えていた。

 巨木の幹ほどもある剣が障壁を突き破り、刃を半分ほど地面に埋める。それは地面から氷の木が生えたと思わせる光景であった。土煙と魔力の残滓が舞う中でアルスはレティとリンネの傍に降り立つ。


「気付いたか……」


 第一声に対しての疑問はなく、肯定が苦汁とともに返ってくる。


「知能も高いみたいっすね。それと……身体から漏れ出る魔力は混ざったみたいに異質、ちぐはぐな奴っすね」

「そんなものではありませんよ。感じられる魔力はちぐはぐなんてものじゃ済まないです。これだけの魔力を内包していて原型がロゾカルグというのは不自然です」

「あぁ、俺も感じている。悪食は変異体とはいえ、あまりにも不自然過ぎる」


 一概にオーガ種、ロゾカルグといってもそれは吸収した養分(魔力情報)によって様々な性質を持つ。そのため魔物というものに変異体が生まれるのだが、レートが変わるほどの内包魔力は外見をそれに合わせて変えるのだ。これは内包する魔力に適した進化とも言える。自分の身の丈以上の魔力を得た場合、つまりは身体が許容できなくなるほどの魔力を得た場合、身体が作り変わる。

 これを進化というのは細胞変異し、適した身体へと形態を変えるからだ。

 だから、これほどの魔力を有しておきながら未だAレートの見形を保持していられるのかという疑問を残す。


「――――!! 来ますッ!」


 リンネが逸早く察知する。

 続いてアルスが突き立てたアイシクル・ソードにピシッと一筋の亀裂が入った。


「油断するなよ。標的を推定Sレートと断定して行動する!」


 

 地面の底から激しい横揺れが生じ、氷剣が傾いたと思った後には剣先から魔力へと粒子を舞わせながら霧散し、地面から何百という細長い腕が突き出てうねりながら襲い掛かってくる。


「――――化け物風情が!」


 アルスは回避しながらナイフで両断するが、切断した傍から断面をボコボコと蠢き新たな4指の腕が生えた。それをタンッと軽やかに木の根を蹴っ飛ばして身体を捻り数回転して躱す。

 視界で確認すれば次から次へと生える無数の腕に為す術がないように苦戦している隊員が視界に収まる。

 レティも地面ごと爆散させているが、キリがなく少しずつ後退し始めていた。

 この攻撃もまた吸収による影響なのだろうが、通常の吸収ではありえない。吸収によっての大きな違いは魔法だ。身体が軟体のように変化するなんてのはロゾカルグでは見たこともなかった。

 リンネでは手に余るどころか手に負えないだろう。


 脱落者が出る前にアルスは叫ぶ。


「跳べっ!!」


 鎖を掴みナイフを一回転、円を描き周囲一帯を斬り飛ばすと、巧みに鎖を操り寄せて手元に引き付けるとナイフの刃先は地面に向かって吸い込まれるようにして突き刺さった。

 無論、取りこぼしたのではない。地面に刺さると同時にアルスのは足の裏でナイフの柄尻を押し込み、柄まで深々と地面に差し込んだ。

 全員が地から接触を断つ。


永久凍結界ニブルヘイム


 AWRを起点に一瞬で一帯が氷の世界へと姿を作り変える。

 凍らされた前衛的な彫像だけが弦のように伸びていた。

 そしてアルスは組み合わせとして、この後に凍結させた腕を破壊するために振格振動破レイルパインを行使しようとしたが――上空に跳び上がっていた全魔法師が彫像を砕けさせるために魔法を浴びせる。


(相変わらず優秀だな)


 全員が魔法を既知としているのだろうことは今のでわかった。最上位級魔法である永久凍結界ニブルヘイムを熟知しているのだろう。だからこそ、事象後の対処が素早い。

 一人で戦ってきたアルスにしてみれば魔力の節約にもなるし、手間が省けると言うものだ。



「陣形をデルタに変更する」


 これは軍でも習う基礎陣形の一つだ。主に中隊より人数が多く、撤退戦など警護にも用いられる。三角形型の陣形である。だが、この場において撤退という意味はない。

 人数を少なくしたのも戦略を練る時間がなかったからだ。レティに任せればいいのだが、少しばかり変更するからだ。

 隊員が空中で頷き、降り立つと同時に素早く入れ替わる。

 デルタという陣形に重きが置かれるのは厚みを持たせた護衛兼後衛にある。隊が全滅の憂き目に会う時には最高順位の者を後方に置き、壁として小さく三角形を描き、先端の隊員が撤退戦に臨み時間を稼ぐ。

 今回はその対象がリンネにあることをすぐに理解し、離れた位置で隊員が壁になって構える。


「よし、サジークとムジェル、レティと俺で……狩るぞ」

「やっと俺の本領を発揮できるようですね」


 うねった根の上で袖を捲り、いつにも増して不敵な笑みで応えたサジーク。見た目だけなら猛者のようだが、中身を知っているアルスからすれば小物っぽかった。


「しくじるなよサジーク。俺らはここを通さないようにサポートだ」


 ムジェルがアルスの意図を正確に理解し、サジークに釘を差す。だが、見た目通り滾ったように魔力が漏れ出ているので少し不安になるが。

 蛇足だが、サジークのAWRは両手に嵌められた無骨なガントレットである。ムジェルは先端が尖った白銀のトンファー。


「変異体のロゾカルグとはいえ、サクッと片付けるっすよ」


 レティは細い腕輪を撫でながら、身体を解すように手首を回していた。


「なんだそれは、そんなAWR持ってたか?」

「シッシッシィ~うちの場合は集団戦に向かないっすからね。こういうもんを使って可能にするんすよ」


 4人がキリッと一点に視線を注ぐ。


 すると、地面からボコッと這いでるようにしてロゾカルグが跳び出した。ニブルヘイムによっておそらく自分で両腕を引き千切ったのだろう。途中から腕が無くなっていたが、苦悶の表情は一切窺えない。


「なんすかそれ、そんなんで戦えるんすかね~」


 失笑を堪えるように眼が細められるが。

 腕の先端が液体のように断面を波立たせると、次第に盛り上がって新しい手が形成された。


「これを見るとつくづく化け物だと思うんすよね~……気持ち悪い」

「だべってないでさっさと始めるぞ。時間も限られてるんだからな」


 アルスがナイフを構えると、その前を腕で制されてしまう。


「まずはうちから行くっす。これは見て貰ったほうが早いっすからね……お前たちもいいっすね」


 目の前に出された腕にはプラチナのような澄んだ光を発する腕輪があり、そこには極小の魔法式が刻まれている。

 アルスにもその金属がなんであるのかまではわからなかった。


 両手を突き出し、指輪の嵌まった腕の親指と中指を勢いよく弾く。摩擦で火花が散ったと思った直後、ロゾカルグの胸辺りで凄まじい爆発音が至近距離で起こった。

 さすがにあれほどの魔法、【深紅の瞬き《クリムゾン・アイズ》】を至近距離で放たれればタダでは済むまい。無論爆発範囲は優に仲間をも巻き込むが、それがわからない者がシングル魔法師を名乗れるはずもない。これに種があるのだと眺めていると――。

 爆発は一瞬にして広がりを見せたが、コンマ2秒で拡大を止めた。それは時間を戻すように縮小し、爆発の余波を残さない。 

 だが、その中心にいた魔物に対しては事象として確かな焦げ臭さと熱気を感じる。


(あれは、魔法の構成を巻き戻しているのか……とすると)


「メテオメタルか」

「さすがっすね。その様子だと説明も不要そうっすね」


 呆れたようにため息を溢したレティ。


「あぁ、聞きたいことはあるが今は大方理解できた」


 そう爆発範囲を一定以上広がらないと考えればいいのだろう。行使後に腕輪によって魔法の構成そのものが分解ではなく文字通り巻き戻されると見て間違いないはずだ。

 まさにメテオメタルという名に相応しい桁違いの貴金属と言える。構成を戻すという魔法そのものは存在しないため、腕輪の特質なのだろう。それ故にAWRとしての機能はそれだけに占有されるはずだ。


 焼ける匂いだけが、事象後として残り、続いてサジークとムジェルが左右に跳び出し追撃を加える。


 サジークが肘から下を全て覆うガントレットで拳を作ってガチンッと克ち合せた。そして拡げられる両拳の間には電界が生み出され、両拳に纏う。

 そして愚直に真っ直ぐ拳を振りかぶりながら跳躍した。


 口からも煙を上げたロゾカルグだが、すぐに迎撃のために嗜虐的な大口を上げて腕を持ち上げようとし……動かない足に視線を落とす。


拘束する底なし沼リストラクション・マーシュ


 ロゾカルグの巨体が傾き、足を沼に引き込まれる。

 その隙に眼前まで迫ったサジークが、雷光を纏った拳を振るった。


「散れや――【雷光塵拳】」


 怪鳥の如き、雄叫びを上げる拳は、抵抗もなく破砕できる威力を備えていた。

 そのはずだったが、振り抜けるはずの拳は巨石を素手で殴っているようにビクともしない抵抗を感じ、拮抗が続く。サジークは舌打ちしながら魔物の胸板を蹴って後退した。


「予想以上にかってーぞ!」


 アルスはそれでも外殻を砕いた威力に「やるな~」と感心するように唸っていた。

 つい分析してしまうのは悪い癖だとわかっても勝手に脳が回転を始めるのだから不可抗力というものだろう。

 サジークは雷系統だが、主に身体強化が得意なようだ。外見とは裏腹に器用だった。

 一方のムジェルは実に面白い魔法師だ。最初資料で見た情報だけではなんで彼が隊にいるかと思ったが、納得だ。

 ムジェルは水系統と土系統に適性を持つ。優秀な魔法師ならば確認できる限り2系統を使いこなすことはできる。言ってしまえば両利きのようなものだが、単純に使える程度では使用魔法は少なく難度も低い。これだけを見たら一生防衛ラインで下っ端だろう。


 しかし、彼は天性の性質を操る才能を持っていた。言ってしまえば水系統でも毒を生成する技術だ。更に土系統と水系統を組み合わせて沼を生み出すというのは稀有な才能である。

 一応先駆者がいるため、魔法がないということではないが、珍しいことに違いはない。レティの片腕だけあり、癖が強いとは思っていただけに予想通りではあるが、虚を突かれた気がするのは気のせいだろうか。

 二人とも二桁順位だけあり、これで持ち弾が切れたというわけではないだろうが、足止めができれば十分である。


 するとサジークの拳にのけ反っていたロゾカルグが頭を勢いよく戻し、前屈みに前方へと突き出す。猛り狂ったような不気味な瞳は大きく見開き、激昂の如き大口を彼らに向ける。


「――――!!」


 口の中から凝縮された光が見えたと思った時には既に吐き出されていた。

 アルスは前方に半透明の対魔法障壁を五重に張る。

 目を開けていられないほどの白光、光線のようなものだと推察できる。障壁に阻まれて細かい粒子が散乱した。

 耳を劈く音が徐々に弱まり、光線が細められる。

 さすがにこの位置で避ければ背後にいるリンネたちは消し炭だろう。アルスが張った五重障壁も三枚破られているほどなのだから。


 魔物との戦闘で最も厄介な点がこれだ。今のは熱線に近く、魔法というよりも魔力の系統に置き換えただけの無常な放射。

 だが、人間が使うのと違う点は予兆である魔法式がないことにある。つまり、一瞬で魔法が構築されるのだ。これが人間が使う魔法の由来でもある。

 魔法式を用いない魔法。もっといえばAWRを使わず自在に扱えるという意味では魔法の完成形なのだ。それこそが魔法の到達地点なのだろう。

 故に魔法式を用いない魔物は、そもそも魔法を編み出したのが人間ではなく魔物だという基礎原理の所以だ。だからこそ【魔】という語彙が用いられている。




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