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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第7章 「絶滅級」
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先見の罠

 時間は昼前で清々しく色付いた外界が巨木の隙間、遥か高みから木漏れ日が注ぎ地表に斑点をつけていた。そのせいもあってか陽が差さず体感温度は肌寒く感じるほどだ。外套が本分を全うしたということだろう。

 だが、冬籠りし出すにはまだ早い時期だというのに動物の姿すら見えないことに違和感を抱いているのはアルスだけではない。

 レティ率いる部隊とて長期で外界任務に就いているのだ。それは言ってしまえば外界の様相を把握しているということでもある。気まぐれな天候然り、奇妙な植物。独自に発展を遂げた生態系は未だ解明が進んでいない。

 それでも直に肌で感じ体感してきた猛者たちもこの異様な雰囲気に本能的な危機を感じているのだろう。

 過去の記憶を無意識に遡り、そして遭遇が近いことに気を引き締める。彼らが思い起こした経験は正直いって不吉なものだった。

 ある一帯を支配、縄張りとしている高レートがそこに居着く低レートの魔物を見境もなく殺し出した時だ。共食いのためであったり、他所の魔物が縄張りを荒し出したり理由は様々だが、現状では人間にそれを推し量ることは難しいのかもしれない。

 一つ言えることは、それはもう支配にあらず。自分以外のモノを全て排除しようとする狂魔。そうした場合、一帯には生あるものは絶えたように不吉な静けさが降りる。それに似ていると感じたのは全員に共通していた。


 先頭を走るアルスが動きを止めて、全員に制止の合図を出す。

 遠くには巨大な岩山があり、高い木に昇ると不自然にボコッと配置されたような鉱床が見える。山のようでもあるが、何の脈絡もないように置かれている違和感があった。

 無論アルスもいくつもの鉱床を直に見たことがあるわけではないので普通かの判断は付かないのだが。

 仮に違和感のようなものを表現するなら、それは山の天辺だけを地表に現したような様相だとでも言えばいいのだろうか。ここからではなんとも言えないが、地表より下、埋まっていると言われたほうがしっくりくる、見えているのはその一角に過ぎないのではと感じていた。


 鉱床が見えて来たから隊の進軍を止めたわけだが、それはついでである。

 本命は……。


「ここで戦闘があったな」

「みたいっすね。でも……」

「あぁ、ここから先はもっとだな」


 明らかに濃くなる血臭、時間を考えれば血臭が匂ってくるはずはないのだが、奥に向かって黒く色がくすんでいるかのように陰がわだかまっている。

 ほんの今の今まで見ていた風光明媚な世界が一変したように姿を変えた。

 アルスは血痕の付いた葉を見つけると軽く擦る。魔法の使用によっていくつか薙ぎ倒されている背の低い木、深々と傷ついた巨木が戦闘の苛烈さを物語っている。

 だが、それには明確な意志が欠けているようにも思えた。


「バラバラだ。これじゃあ仲間にさえ当たってもおかしくないな」


 相当混乱していたのだろうか。どこからどっちに向かって魔法を放ったのかすら見当が付かないほど諸処に痕跡が残っている。


「少し離れてるっすね」


 レティの言う通り第1陣の戦闘は鉱床近辺であったはずだ。

 だが……。


「おそらくこれは第1陣のものに違いないだろう、大方後退しながらだったのか、ここで残存兵は戦闘になったな」

「逃げ切れなかったってことっすか」


 さすがにそこまでは考えたくなかったが、そうもいくまい。

 これだけの人数を動員して撤退指示があった場合、少なくとも数十人規模、それ以上で帰還を果たせるはずだ。それがほぼ皆無となるとここで打って出たと言ってくれた方が気が楽だろう。


「先に進めばわかる」と言ったもののアルス自身ほとんど期待してはない。


「アルス様、だいぶ視力のほうも回復しました。すぐにでも眼を使えます」

「じゃあ、お願いします」


 おそらくここから先は魔物のテリトリーになるはずだ。そうなるとやはりリンネの眼は重宝する。というよりもこれがなければ後手に回る可能性がある。

 彼女の視覚範囲としてはまだ鉱床まで見ることはできないだろう。

 すぐにリンネは頭を振り魔物を発見できないことを告げたが、その表情はおぞましいモノでも見たように蒼白に変わっていた。

 予想が付くだけに追及せず慎重に進む。



「アルくん! これは……予想以上にまずくないっすか?」


 顔を顰めたレティは一帯の惨状に聞かずにはいられなかったのだろう。

 少し進んだだけでそこは隔絶された世界のように瑞々しい緑を瘡蓋かさぶたのような歪な黒に変色させていた。

 緑の芝や古木の肌には乾いた血が黒い染みを落としているのだ。


「まずいにはまずいが、最悪の事態が予想通りだっただけだ」


 面倒事は予想を裏切らなかったというだけの話だが、毎度のことながら腰が重い。

 死体らしき姿は一つもない。

 ただただ乾いた血痕だけが飛び散り、染め上げているのだ。第2陣の調査隊は良く先に行く気になったな、などと詮無いことを考えていると。


「隊長! こっちに」


 呼ばれた方を見てみるとサジークが自慢げというには不謹慎だが、汚名返上と言いたげな顔で一点を見ていた。

 アルスも彼の鼻が利くというのは聞いたが、ここで蒸し返せば長くなりそうなので触れずにおく。


「傷跡だな……」


 巨木の肌には4つ爪痕のような引っ掻き傷が残っている。

 間違いなく魔物によるものだが、これが討伐目標のものなのか……いや、この距離だ。他に魔物がいたほうが問題だろう。Aレートが6体という情報だが、本格的な戦闘はもう少し先だ。となればここまで追い縋って来た魔物に全滅させられた。つまりそれが悪食という可能性が高い。


「たぶん目標の爪痕だな……だが、そうなると」


 見上げるほどの高い位置にあったのだ。爪痕は攻撃のために振るわれたのではなく、単に手を着いたために付いたと推察される。


「あの位置だと、体長も3m近いかと思われます」


 そうなると出立前にレティが言っていた鬼、所謂オーガ種という線も浮上してきた。

 これだけではわからないが、相手の形態やタイプを事前に把握していれば陣形や戦略にも大いに役立つ。

 アルスはサジークに労いの言葉でも掛けようかと思っていたが、彼のしてやったりと鼻息を荒くし「見たか」という仲間に向ける顔が気に入らず無言で去った。

 背後から落胆の声が聞こえたような気がしたが、気のせいだろう。


 褒めるにしても全て片が付いてからでもいい。レティの部隊員の報酬配分はわからないが、色を付けるぐらいでいいだろうな。

 それもまた今気にすることではないのだが。


「アルス様ッ!!」

「どうかしましたかリンネさん」


 視線の先には片目を抑えたリンネが有り得ないという顔をしていた。片目を瞑るというのは彼女にとっては視界を制限して近寄るという意味を持つ。

 すでに鉱床までは1kmを切っているはずだ。


「は、はい! 前方200m地点にて、ひ、人影があります。おそらくバルメスが派遣した魔法師かもしれません」

「そうですか……」

「変っすね。第1陣の魔法師ならば2カ月は経っているはずっす。死んでるんすかね」

「そ……それが呼吸をしているようなのです」

「――――!! どうやって生き延びたっすか! しかも安全な場所じゃない鉱床付近にいるってのはどういうことっすかね」


 驚愕の報に隊員もざわめきだす。


「隊長、すぐにでも救助に向かいますか。まだ息があるのなら後続の支援部隊にて一命を取り留められるかもしれません」

「おい! 静かにしろ!」


 申し出た隊員を制する。それはアルスの思案する表情を見たからだ。

 静寂が降り、隊長の決定を待つ。


 かなり不自然だということはアルスも理解している。ここで見捨てたとなれば後々、突っ込まれる可能性もあるため、救助できるならばそれに越したことは無い。

 だが、アルスの中には払拭し切れない不安材料があり、もう一歩踏み出すことができなかった。


(グドマの一件では変異体とはいえ知性を持っていたからな。単純な考えならば罠という線が濃厚だ)


 アルスは畜生以下の脳みそなら楽なのにと悪態を吐きたい気持ちを呑み込む。

 それでも本能的に狩猟するための策を弄する魔物はいるにはいるが、そのどれもが杜撰なもので、明らかな弱者を狙ったり、狩場に誘い込む程度だ。


 だが、グドマは体内に魔物の血肉を取り入れることで変異した。あれを魔物と分類するならば今回も警戒しなければならない。

 結局魔物の血に抗うことができなかったグドマだが、変異の経過を考えれば、あれは情報の一元化に近しい。ならば魔物が人間を食い情報の媒体となる魔力を取り入れることと同義だと結論付けることもできるのではないだろうか。


 ふ~と一息吐くと後頭部を掻き。


「一先ず目視できる位置まで向かおう。様子次第では捨て置くことも念頭に入れておいてくれ」


 その決断に異議はなく、息を呑み覚悟を決める音が鳴った。

 Sレート以上の可能性を秘めた強敵に一手のミスが支払う代償は大き過ぎる。


「ここらからは【コンセンサー】は使えないはずだ」


 そう言われて耳に意識を向ける隊員、その表情がビクッと跳ねるように通信機器を装着している側の眼を閉じた。


「確かにノイズが酷いですね。これも鉱床による影響なのでしょうか」


 アルスは頷く。

 鉱床により波長が乱れているのだろう。後進との連絡は途絶えるが、事前に可能性を伝えているので混乱することはないはずだ。


「各員離れ過ぎるなよ。目視できる距離までは周囲を警戒しつつ陣形を縮める」


 リンネを中心に置く陣形に変わりないが一先ずは最警戒の態勢で臨むべきだろう。

 速度も落としつつ、物音すら殺すように行動し、次第に景色は血痕が濃くなる。それらと先ほどの血痕を比較し、先に進むほど時間が経っていると判断した。

 その辺りから魔物の異色の体液も確認できた。戦場がこの近辺であることを物語っているようだ。


 茂みに身を潜めて目的地に着く。リンネの話ではすぐ先らしい。

 隙間から覗き見れば、そこにはたった一人……地面にぺたりと座り込んだ男がいた。

 男を中心に血の痕だと断言できる真黒な地表。俯いた姿はすでに事切れているのではないだろうかというほど生気を感じられない。汚れ、泥のようなものが付着した髪は顔に掛かっていて表情を確認できない。

 アルスたちからは丁度横向きになっている形だ。


「周囲に魔物の反応はありませんが、何かがおかしいです」


 小声で報告するリンネにアルスだけでなくレティも疑問を訴えるように小首を傾げた。


「視界に映る反応はないのですが、最も戦場の痕が激しいのはこの先なんです」

「やっぱり生きてこの場に留まる理由はないっすね。疾うに食われているはずっすよ」

「悪食だと言うなら確かにおかしいな。それに見たところ外傷も動けないほどとは考えづらい……」

「となるとやっぱり外れっすかね」


 リンネが反応を検知できないというならば誘い込まれた、気付かれているとは考えづらい。

 アルスは木の枝や陰に隠れている隊員に周囲警戒を怠らないようにレティに指示を出す。

 レティはすぐにジェスチャーで全隊員に伝えた。


「現状では疑いが強いだけで確信が得られない……か」

「仕掛けるっすか」


 この場で時間を潰すのは愚の骨頂に等しい。即断即決が要求される場面だろう。戦闘があったせいでまともな隠れ場所がないのも理由の一つだ。そもそも魔物のテリトリーに入っているのだから。

 しかし、ここで罠だとわかっていても確証が得られず見捨てたのでは万が一の場合追及されかねない。言い訳は立つものの時間を割かれるのも馬鹿馬鹿しい。


「んっ!!」


 レティが隙間から覗いた直後、眼を見開いた。

 訝しんだアルスはすぐに問い掛ける。


「あの人は……間違いないっす。あれはダンカルっすよ」

「ダンカルというとバルメスのシングル魔法師か」

「そうっす。数回ぐらいしか見たことないっすけど。あの男の肩を見て欲しいっす」


 そう促されてアルスは目を凝らす。レティが言いたいのは所々破けた戦闘服――濃いグリーンの上下だが、どことなくアルファの軍服に似ている。

 肩には汚れた勲章のようなものが3つくっ付いていた。


「あれはバルメスで功績を残した者に与えられる勲章っすね。アルファでいうとヴィルヘイム勲章っす。それを着けているということは…………」

「それだけの人物ということは……」

「かなりの見栄っ張りっす」


 露骨に言えばそうなのだろうが。レティのダンカルに対する印象の一端が見えた気がする。

 アルスは聞かなかったことにし、整理するとダンカル本人である可能性は高くなった。

 ヴィルヘイム勲章、主に軍人に与えられる章であり、国の防衛、領土の奪還など著しい功績を残した者に与えられる最高勲章である。無論アルスもレティも叙勲を受けている。

 魔法師としての誉れであることは違いない。

 それをダンカルが持っているということはシングルという順位を考えれば当然なのかもしれない。もちろん何故功績を上げていないはずのバルメスが、という疑問も残るが今は本人確認が目的だ。バルメスは他国に対して劣等感を感じているため対等であろうとする傾向があるとだけ言っておこう。


「ならば尚更確認しないわけにはいかないか」


 手っ取り早く囮という線で考えるとアルスが出ていった方が得策なのだが、隊長が買って出る役目なのかと逡巡し、ならばと隊員の面々を思い出しながら考えても。


(さすがにレティの隊員を捨て駒には使えないしな)


 結局自分で出ていったほうが楽なのだ。

 アルスはまずは魔力の弾を指で弾き、軽くぶつけてみる。小石程度の大きさの魔力弾はダンカルの肩にポスッと直撃した。だが、一切の反応がないことに訝しみ、本当に生きているのか? という疑問の視線をリンネに向ける。

 それを受け、頷きだけが返ってきた。


「しょうがないか……一応警戒しておけ」


 そうレティとリンネに告げてアルスは茂みから姿を現す。そしてゆっくりと歩み出した。

 見ていた隊員は冷や汗ものだ。罠の可能性が高いとアルスが言っていたのが脳内に焼き付いているのだろう。万が一負傷でもすれば……そう思うだけで大丈夫だとわかっていても窺う眼に力が籠る。


 片腕を外套の中で後ろに回し、AWRの柄を握り距離を縮めながら。


「俺はアルファの魔法師だ。討伐の任の最中あんたを発見した。バルメス第1陣で指揮を取っていたダンカルで間違いないか?」

「…………」


 おそらく聞こえていないのだろう。何の反応もなかった。

 だが、近づき手を伸ばせば届きそうな距離で奇怪な音がアルスの鼓膜に違和感として張り付く。

 それは呼吸音だと思われた。ただ、掠れたような呼吸ならば理解できる。しかし、アルスが聞いたのは野太い管のようなものから鳴る重低音のようにも聞こえたのだ。

 凡そ人が発しえない音だと警鐘がけたたましく鳴るのを確かに聞く。

 アルスが腰からAWRを引き抜くと同時――。

 俯いていたダンカルと思われる男が首だけをグルンと回転して、アルスを見つめる。


「――――! チッ!」


 それは窪んだように空いた眼窩。だが、その窪みには眼球の代わりに真黒い淀みが空いているようにも嵌まっているようにも見えた。そして口からはドス黒い液体がゴポゴポと溢れ出している。むせ返るでもなく、楽しむように裂けた口が耳朶まで届く勢いで三日月を描いたのだ。

 アルスは声を張り上げて振り返った。


「罠だ! 戦闘準備!」

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