遭遇
リンネの報告に誰もが訝しむように考え込んだ。
隊員たちの反応が変なことにリンネも息を呑んでアルスの返答を待つ。
「(……見られているか?)リンネさん、どこまでわかります?」
視線を感じた気がしたが、まずは現状を把握するために自分よりも探知に優れたリンネから情報を集める。
レティもアルスを見て難しい顔を向けた。
「かなり粗悪なマントを羽織ってますね。おそらく魔法師で間違いありません」
「生存者にしては不自然だな」
リンネの数多ある視界の中では5人の性別不詳な者たちが映っていた。全員が足元まで隠す外套にフードを深くまで被っていたからだ。内二人は巨大な木の枝に立っており、それ以外の3人は2人のいる場所に移動している。
そして片目を瞑り視界を減らすことで焦点を当て拡大するように近寄ると粗悪な外套で身を覆い隠した者たちの腰には風にはためいた外套の隙間からAWRが見受けられた。
アルスは生存者が未だここに滞在する理由が思い当たらない、しかも5人ともなれば動きようはいくらでもあるはず。
(動けない理由……負傷者、もしくは何かの魔法的な拘束を受けているか)
リンネの話を考慮してもおかしな点が浮上する。瞬時にどちらも考えづらいとリセットし、一から思案しなければならない。
(そもそもバルメス討伐隊の生存者ならば少なくとも2週間以上は経過していることになる)
まだ距離があるとはいえ魔物と遭遇して国内に逃げ込まない理由――それこそ無いなと決断付けると、もう一つの可能性を考えた。現状で最悪の想定はヴィザイストが請け負った案件についてだ。
するとサジークとムジェルも思案顔で提案の声を上げる。
「救助にいきますか?」
「それよりも様子を見た方が得策ではないか?」
すると目まぐるしくリンネの眼球の魔法式が組み変わり。
「いえ、様子が何か妙です。木の上の2人からは戦闘の痕跡は一切ありません。一人は真っ赤なローブで小柄……もう一人は背、体格からして男でしょう……」
「どうするっすかアルくん」
「確信が持てないか」
「他国という線は……」
「ないだろう。さすがに早いし、事前に連絡が来てないことも変だ」
レティが懸念を口にし、一斉に隊員たちの顔が強張る。
「クラマっすかね」
「可能性は高いな……かといって様子見程度に隊を分けるのは避けたい」
アルスが考えあぐねいていると突然。
「嘘ッ!!」
弾かれたようにリンネに視線が集まり、同時に魔眼の魔法式を砕けさせた。パリンッと魔力の残滓が割れるように瞳から溢れる。
そのまま膝を折ったリンネにレティが背を支えながら何があったのか訊こうとするがそれより早く。
「どうやら、当たりだな」
リンネは赤ローブを背後の死角から見ていたはずだった。だが、一瞬にして振り返った赤ローブのフードの奥から敵意の籠った鋭い眼と交わったのだ。
つまりはプロビレベンスの眼に気付いた。
アルスは以前リンネ自身から聞いたプロビレベンスの眼の欠点について思い出す。見ていたことにどれほど意識的に気付いたかの程度によって反動が術者に生じる。だが、魔眼と呼ばれる一級の瞳に気が付く者など数は限られる。
「リンネさん、大丈夫ですか」
両目を閉じたまま、雫で湿らせた睫毛。
それよりも驚愕が彼女を襲っていた。
「完全に気付かれました!! 赤いローブを羽織った者です……すみませんアルス様、少しの間は視力が回復しません」
「どれくらいですか」
「30分程かと、片目で覗いていたのが不幸中の幸いでした」
「単刀直入に聞きますが、そこから相手の実力とかってわかりませんか?」
「そういった能力はありません。ですが……ここまではっきりと気付かれたのは初めてです。視線には明らかに殺意が籠っていました」
「――――!! 殺意か」
リンネの言うことが正しいのであればシングルに匹敵する強敵だ。位置はバルメスより北であり、可能性としてはハイドランジが近いことになる。そこにいるシングルはクロケル・イフェルタスという青年だ。一度見た様相を思い出す。細身だが、小柄というほど身長も低くはない。
アルスのもう一つの視覚でも明らかに強そうな者が二人、視覚とはいっても立体的な映像として見るだけであり、正確な強さなどは経験からしか判断できないが、シングル魔法師に匹敵するだろうことは瞬時に感じ取れる。
それが二人いる時点でほぼクラマで間違いないだろう。
では何しに来たのか。そんなことは魔物の存在で解消される。
「やっぱりこうなったか」
アルスは一人吐き捨てた。
総督とヴィザイストが動いたとはいえ、遅すぎたのだ。
「アルス隊長、予定通りに交戦を避けて威嚇でいきますか?」
ムジェルが冷静に分析するが、リンネの状態を考えれば戦闘に成り得る引き金を引くか思案のしどころだ。
「アルス様、私は大丈夫です。これでも探知魔法師です、視力を奪われても完全に見えなくなるわけではありません。私とてプロビレベンスの眼だけでのし上がったわけではありませんよ」
それは強がりでもなく厳然とした事実なのだろう。ただ、やはり戦闘では分が悪いはずだ。それでも決断するには十分だった。最悪一人で歩くこともままならないのではないかと思っていたが、杞憂のようだ。
アルスは口角を持ち上げて指示を出した。
「殺す気で先手を打つ……間違ってもシングルなら死ぬことはないだろう……たぶんだが」
気後れする者はいない。それどころか魔力が溢れ出した者までいる。
(どういう理由でいるのか……様子見か、それとも依頼の取り消しが伝わっていないのか。まぁ、犯罪者相手なら容赦する必要はないか)
相手は2人いるがおそらく交戦することはないとアルスは踏んでいた。相手も魔物の討伐に乗り出しているのだとすれば無駄な戦闘は避けるだろう。魔眼に気付いたということはアルスたちの存在を認知していることになる、ならばすぐにでも仕掛けてきそうなものだが、攻撃をしかけてくる気配も動く気配もない。逆に仕掛けて逆恨みを買う可能性もあるが、今ならまだ対処できる。
魔物を起こすことも考慮したがSレート相手に不意打ちできるとは思っていない。元々奇襲さえ避けられれば良かったのだ。そういう意味でもリンネの魔眼は必要だ。
30分なら牽制しつつ時間を潰すには打ってつけである。
「牽制ならあれしかないっすよ」
アルスは嫌な予感から顔を顰めてレティを見返すが、あれと聞いて隊員はウキウキした顔を向けた。
「お前はただ競いたいだけだろ」
「いいじゃないっすか。あれなら士気は一気に最高潮っす」
満面の笑みを浮かべたレティにアルスは先に折れる。確かに二人に共通した魔法で相乗効果も見込めるし、下手に別の魔法で相克をきたしてもつまらない。
レティのいう魔法は彼女が昇華させた最上位級魔法であり、アルスも使い勝手が良いため更に手を加えた魔法でもある。アルファでは使い手が二人しかいない。結構気に入っているらしく、事あるごとに使いたがるが威力と範囲で地形が変わるため、総督も頭を悩ませていたり。
「この派手好きめ!」
一歩離れた隊員が試合でも観戦するように胸躍らせる。
「お前らも第二波の準備をしとけ!」
アルスは腰のAWRを引き、鎖の一つに魔力を流し魔法式を輝かせた。
レティはというと目の前まで手を持ち上げて甲を向けると指を4本立てる。彼女のAWRは両手に嵌められた10個の指輪だ。少し無骨な指輪であるがその全てに魔法式が刻まれている。
「座標は大体でいいっすよね。あの辺全部吹き飛ばせば…………準備はいいっすか?」
「いつでも……」
もう一つの眼によって確かに5つの生命反応を確認し、その内2つの反応が強大なことを覚り遠慮がいらないと判断した。一か所に集まるように3つの反応が動いているため、特定の座標は必要ないだろう。というより魔法からして細かい座標を指定する必要がない。
二人の膨大な魔力がAWRに注がれ、魔法式を発光。
「「空置型誘爆爆轟」」
♢ ♢ ♢
日の出前の時間、外界の深い森林の中を軽やかに、されども尋常ならざる速度で走る影が4つ。
先頭を走っているのは真紅の鮮やかな外套を羽織る小柄な人物だった。
外套は膝下まであり、他と違うのは色だけではなく、袖が異様に長くかなり余している。盛り上がる木の根をものともせず、走り抜ける。
その方向は来た道を帰るようにバルメス国内へと向かっていた。事実、今帰るための帰路についているのだ。
「チッ――――! これだから軍の奴らは信用できねぇんだ。私たちを賊だと見下してやがるんだろうよ」
赤いフードの下で可愛らしい少女の声で男のような粗暴な罵声を吐き捨てた。
独白は続き。
「大方報酬をケチるために情報を過小に報告したんだろう」
そうバルメス総督からの依頼で討伐に赴いたが、あまりに情報に食い違いがあったのだ。属する組織【クラマ】では正確な情報を元に難易度を定め、派遣するメンバーに見合った報酬を要求することになっている。
本来ならば裏を取ってから仕事を引き受けるのだが、今回に限っては急な依頼だったため、貰った情報を元に算定した。
「その結果がこれだ!」
赤い外套の下で少女は憂さを晴らすように怒気を込めた。
すると背後から速度を上げて隣に移動してくる大きな影。
「手間だけどよぉ。その分脅してふんだくれんだから、いいじゃねぇか。それでも渋るようなら…………人類の守りとやらが一つ無くなるだけの話だ」
少女の2倍以上はあろうかという巨躯の男が獰猛な笑みを浮かべて、いつものことだと言う。
確かにいつものことだが、少女はこの男のように好んで殺戮を楽しむ趣味はない。というのも【クラマ】という組織は言ってしまえばごろつきの集まりなのだ。その実力は一級だが。
必ずしも一様に同じ思想を共有しているわけではないのだ。個々が集まっただけの組織であり、方針や決まりなど無いに等しい。
だから纏め上げるリーダーも言ってしまえば必要以上に干渉しないが、やはり世捨て人の集まりだけあり、反体制のシンパ的な思想を持った者も居れば彼のように好んで殺戮を楽しむ者も少なくない。
だが、それだとすぐに目を付けられる。共闘するつもりはお互いに無いが利害が一致した場合は別だ。
少女は身を落とす前のコネクションなどから【クラマ】で非合法の依頼を請け負い対処するという活動を行い始めた第一人者だ。生活するにも、ましてや犯罪者の集まりのような者が姿を隠すにも金は必要になる。
犯罪者相手ではこういう時、下に見られた対応が常だ。そういった場合には法外な賠償の請求を要求し、適わなければその身で贖って貰うのだ。
「それにしても俺にはいつものクソ化け物に見えたがな。まさかとは思うが腰が引けたわけじゃあねぇよな~イリイス」
侮りを含んだ瞳で先頭を走っていたイリイスにゴツゴツとした男臭い顔を向ける。その顔には至る所に細かい傷が痕となっており、同様に太い首までを縫い傷が走っている。浅黒い肌をしており、彼の身体には無数の切り傷が刻まれている。
それは決して敵から受けたものではなく彼は殺した数に応じてナイフで人数分自傷行為に興じる変わり種だ。これだけの巨体で走っているにも関わらずイリイス同様に足音すら響かせない実力者でもある。
「ガキが! あのままやってもいいが、ハザン……お前は死ぬだろうよ。私とて一人で倒せる自信はない。命拾いしてよかったな小僧よ」
すでに交戦とまではいかなかったが確認はしていた、魔法で標的の姿を見た時に走った怖気がまだ抜けない。それは殺されるという予感ではなかった。だからこその違和感だ。魔物の形態は通常の種類としては珍しくはない。だが、その中身が異様に噛み合わない不自然さに戦慄したのだ。見目形は知った魔物なのに得体が知れない。
迂闊に手を出せば取り返しのつかなくなることも考えられた。明らかに情報不足なのだ。
戦闘はハザンの系統を考えて夜明け前を想定していたが、部下を二人加えた4人では敗色が濃い。
それを察することもできないハザンには相応しい死に方かもしれないが、これでも彼はクラマの幹部として恐れられる魔法師だ。クラマが犯罪組織として認知されている現状では戦力を削られるわけにはいかない。私情だけならばこの場でハザンが死のうがどうでもよいことだが。
「あんたから見たら誰もがガキだろうさ。安心しな、あんたの力を軽んじたわけじゃねぇよ。ただボケたかと思っただけだ。俺は実際どっちでも構わねぇからな……魔物をぶっ殺そうが、ふざけた真似した依頼主を殺そうが」
「おい……誰がボケったって? 肉団子にしてやろうか?」
青筋を立てて隠れた袖の中で指の関節が鳴る。
「ババアと殺し合うのはわるかぁねぇけど、勝ち目のない相手とはしないことにしてるんだ」
「なら処世術というのを教えてやろう。馬鹿でも口には気をつけるんだな…………今度勝手に動き出すようなら舌を切り落とすといいぞ」
つまらなさそうにハザンは鼻を鳴らして「お前の耳を潰したほうが早いぞ」と不敵に返す。
(よりによってこんな馬鹿しかいないのか……任務の際にやられたとでも言って殺すか)
イリイスは内心で企てるが、これでもいないよりはマシだと思い、実行に移すかの検討を見送った。
見立てでは勝てる自信はあるが、さすがに戦闘による負傷までは避けられまい。その内治るとしても……。
「だからガキは嫌いなんだ…………!!」
「――――!!」
吐き捨てた直後――視線を感じ咄嗟に止まる。ハザンも気づいたようだ。
イリイスはすぐ近くにある背の高い木に向かって跳躍し、太い枝――幹がそのまま生えているような太さ――に立つ。
周囲に視線を巡らせ、近くにはいないが、遠方で何かが動いたのを目の端で捉える。それは僅かに揺れた木の枝。
イリイスは袖を捲った。繊手というほど大人の女性の艶かしさはなく、それどころかか細い手は子供のようでもあった。だがそれ以上知ることはできない。というのもその両腕には肘から手先までを覆うようにぐるぐるに包帯が巻かれているからだ。
そして袖の袂を抑えながら現れた手を軽く握り、筒の形を作ると目に近づけて覗き込む。
内部にはいくつもの水晶のような膜が重なり、遠くの景色を透かし近づけたように見える。
「どこのもんだ?」
隣に巨体が乗っかり、枝が僅かに軋む。
「手練だな、おそらく私たちと同じ目的だろうよ」
「先を越されるかもしれないってか、潰したほうが後々厄介にならなそうだな!」
「殺り合いたいだけだろうお前は」
ばつの悪い笑みはイリイスの言を肯定してのものだ。
「――――!!」
ゾワッとした感覚からイリイスは筒を模った手から目を離し、すぐに背後の上空を見た。その際、膜を張っていた水が手から零れ落ち滴らせる。
最初に感じた視線がいつの間にか背後に感じたことで反応するが、そこには清々しいまでに明るくなった空だけがある。しかし、見られていたことに確信が持てた。その証拠に気付いた瞬間、視線が掻き消えたからだ。
どんな魔法かわからないが、自分の知識にないというだけでも警戒するには十分だ。
(異能持ちか?)
さらに先方の戦力を数段引き上げる。
「で、どうすんだよイリイス。獲物を横取りされるのは腸が煮え繰り返るぞ。現実問題奴らを野放しにするのは得策じゃねぇ」
珍しくまともなことを言う、と横目に一瞥するが確かに正論である。だが、今回の討伐目標の難度を測定するのは困難だとも考えていた。その場合、彼らを殺してしまえば取消し料すらチャラになりかねない。無論そうなれば生かしておくこともできないが、早々手にかけていては暗躍もままならないだろう。上手く立ち回るためにも下手を打って自ら首を締める必要もない。
肌で感じた魔物の不気味さは、下手をすればクラマ全戦力を投入しなければならないかもしれない。実際にそれは無理だとイリイスは引き攣った頬で面々の顔を思い浮かべる。その性格まで考慮する必要もなく、肩を竦め……。
(ないな……ベストは不十分な情報を流した負い目を盾に取消し料をいただき、手を引くこと……か)
「討伐するにはいくらだろうと見合わない」
「……冗談だろ!?」
「それでも働かないで大金が手に入るんだ。今回は満足するんだな」
そこで下で待っている部下とは違い、国内に連絡用に残しておいた部下が一人、イリイスの一段下にある枝に飛び乗り、ボソッと呟くように報告する。
「取消し……」
「だそうだ……文句はないなハザン、金にならない戦闘は避ける」
「いいや、お前は金が目当てだったのだろうけどよぉ、俺は奴らと一戦交えるぞ」
ぐぐっと筋肉が外套を押し上げ膨れ上がったのがわかった。
イリイスは他に情報はないか目で問い掛ける。
「直接ではありませんが、各国のシングルが討伐に編成されるようです」
だとするならば、あの漆黒の一団はなんなのだろうか。
(偵察か……それにしては……)
「それと情報が錯綜していると思われますが、すでにアルファから精鋭部隊が出立しているとの話も聞きます」
瞬間イリイスの周囲からブワッと赤黒い魔力が溢れ出す。
ギョッとしたハザンが小柄な女のフードの中で琥珀色の瞳が開き、続いて裂けたと錯覚するほど口が歪んだのを見た。
ハザンはこの時、戦闘意欲を掻き立てられる思いを抱いたがすぐに本能がストップをかける。更なる業火を眼の前に消沈するように気が削がれた。
情報をもたらした部下は頭を垂れたが、それは恐ろしい物に蓋をして見ないようにするためだと小刻みに震える足が告げている。
(あいつらか、だったら……)
殺そうかと一瞬脳裏を掠めるが、すぐに冷静さを取り戻す。自分が今の身分に成り下がったのはアルファのせいである。そのための復讐を誓ったが、それも何十年も前の話。
思い出したくもなかった……過去、欲に突き動かされた獣欲な連中、渇望して止まない姑息な連中、そして自分は嵌められた。
そう、すでに当時の首謀者は全員が死んでいる。無論、その内の大半はイリイスによるものだが、何人かは寿命、もしくは恨めしい事故によって死んでいた。だから、憎悪の復讐は成し遂げられたと思っていたが、未だその名を耳にするだけで身を裂くような嫌悪感がお腹の辺りで渦巻き、瞬く間に激昂へと変わるのだ。
だが、それを知らない今の世代の魔法師に当たったとしても意趣返しにもならないことを理性が訴える。
魔力が鳴りを潜めた。
「私は手を引く……だが、奴らがあれを前にどうするのかは気になるな」
好奇心に突き動かされるが、すぐにでも各国のシングル魔法師などの精鋭がバルメスに集結すると聞かされれば、長居は禁物だ――。
「チッ!!」
眼前……いや見渡す限りに小さな赤い光点が点滅する。それが相手の魔法だとすぐに理解する。
(さすがに気付かれたか……だが、これは!!)
すぐに後方に勢い良く跳び、後退した直後――。
赤い光点は瞬く間に大規模に爆発する。続いて見渡す限りの赤い点が連続して爆発。
一つでも凄まじい爆発力があるのにそれが何十も……一斉に誘爆する。まるで泡が次々に生み出されるよう爆発は爆発を呑み込み拡大していく。一瞬で視界全てが火の海に変わり地も吹き飛ばされ、木々が消し炭に変わった。
だが、イリイスは爆発とほぼ同時に魔法を行使していた。
両腕の包帯の下で肩までを淡く光輝かせ、空中で両腕を突き出す。指の関節をカクカク動かすと、
自分を中心に水の膜が拡張し、巨大な球体が覆った。決壊したように膨大な水が激流となって周囲を流れる。相当の厚みを持った流れる球体、透き通るような澄んだ水でも奥を見通せない程だ。
それは消火する意味でも膨大な水を撒き散らした。
球体の中には自分ともう一人、目の横を焼かれたのだろうか少し赤くなっているハザンが怒りに震えている。
「爆轟だったか、かなり改良されているな」
これほどの魔法を誰もが容易く扱えるとは考えづらい。それはイリイスが現役の時よりも魔法が進化してきたとはいえ、研鑽が垣間見える。ただの最上位級と位置付けるには憚られるほどだった。
「これが今のシングル魔法師か」
(あの時にこれほどの魔法を使える者がいれば……いや、過ぎたことで、結果は変わらんかったな)
真っ赤に染まった光景もイリイスの魔法によってすぐに鎮静化される。
魔法を解くと球体が浮いていたため、重力によって落下するが――。
「周到だな」
「滾るなぁ~好きだぜこういうの!」
焼け野原となった真下には部下の姿はない。おそらく骨の一片も残さず焼失したのだろう。かなりの遣い手を選んだつもりだったが、あんな魔法を突然喰らってはひとたまりもない。
元々前科のあるような連中だが、動いてくれた部下を失えば多少なりとも悪いことをしたとは思う。
だが、今は死んだ者を労る暇はない。
落下する空中でそれは間違いなく敵意を持ってこちらに走ってくるのだから。
全身を電気で構成された巨大な獅子が、身体を電気に変えながら跳ぶように走り、その横を全身紫色に染めた液体状の大蛇が身体を流動させ宙を泳ぎながら向かう。身体から弾かれた液体が酸であるかのように触れた箇所から白煙を昇らせていた。
「悪いが両方頂く!」
「好きにしろよ」