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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第6章 「譲れない戦い~確固たる役目~」
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雷童

 くれぐれも【フォース】の使用は気を付けるようにと釘を差されている理由が肉体に多大な負荷を与えるからだ。成長途上にある未熟体では尚更である。筋肉の断裂や、骨折など一歩間違えれば容易く身体を破壊する。フォースの落とし穴として痛覚が鈍くなるということがあり、それによって術者が気付いた時には想定した以上の重症を負う。

 最初は筋肉が突っ張るような違和感や痛み程度だが、実際は断裂に近い症状だったりもするのだ。そして使い続ければ麻痺していく痛みに動かなくなって初めて気が付くこともある。

 アルスがロキにこの魔法の存在を教えたのは彼女が力を望んでいたからだ。利己的な理由からではなく、パートナーとして少しでも役に立ちたいと願い、その原因がアルス自身にあることを考えれば多少口が開いても仕方ないのかもしれない。

 だが、何度も念を押すのは【フォース】という魔法が誰にでも使えるわけでないからだ。そしてそれはロキにこそ扱うことができるだろうと確信していた。魔力を電気に変え、身体に纏う。魔法と言えば魔法だが、正確に言えば魔力そのものの性質を変化させるため、身体内部で生成される魔力の性質変化は筋力を限界以上に引き上げることができる諸刃の剣だ。

 間違いなく天性の才能があって使うことができる魔法である。更に言えば雷系統に属する上に探知魔法師並みの精密な魔力操作での維持が要求されため、会得している魔法師は数える程だという。

 魔法としての難度は最上位級だが、これは様々な適性をクリアした者に対しての難度であり、系統や資質を持たない者にとっては習得難易度以前の話だ。




 夜叉の鉄槌は地面を易々と吹き飛ばし、爆音とともに土砂を高々と舞い上がらせる。

 フィリリックはその凄まじい破壊力を見て終了の合図を待ったが、直後眼を見開き、変化した光景に身構える。

 夜叉の後を追っていた狼が何故か次々に消滅していっているのだ。何が起こっているのか呆然としている間にも、狼が倒されていく。あっさりと薄黒い煙へと身体を霧散させながら。

 召喚した狼はフィリリックが魔法を解けば同じように霧散するのだが、彼は魔法を解いた覚えなどなかった。

 すると目を見張ってハッと凝視する。狼たちは深々と斬り付けられ一刀に伏されている。そして、僅かにチカチカと何かが光っているようだ。

 電気の迸りが見えたと思った時には次の狼は倒れ、ほんの僅かの間に召喚した狼は5体全て黒い霧へと還る。

 そして、電気が長い光芒を引くのが見え、喉を詰まらせた。


(やれてなかったのか!!)


 奥歯を鳴らし、すぐに大剣に魔力を流し込み、魔法を――。


「なっ――!!」


 40mほどの距離があったはずだ。

 だというのに、背中を押されたような感触に続いて熱を感じ反射的に前方に転がる。すぐに頭痛がフィリリックを襲った。

 背中を斬られたという自覚はドキンと脈打つ頭痛が知らせた。まだまだ距離はあったはずなのにだ、しかも攻撃を受けたのは背後から。

 何が起こったのか分からず、片膝を付き顔を向けるがそこには何も……誰もいない。またも電気の迸りだけが一瞬だけ瞬く。


「がっ!!」


 またも背後から脇腹に蹴りが見舞われ、盛大に吹き飛ぶ。そのまま地面を何回転も転がり、滑るように止まると頭を抑える間すら惜しむように、今さっきまで自分のいた場所に視線を移動させた。


「……!! 何をした!」


 それは相手の変化した姿に対しての問いだ。

 蹴りを振るったまま、制止していたロキはゆっくりと足を地面に付ける。

 ロキの身体の周りには絶え間なく電気が身体から放たれ迸っている上に、あの細い身体のどこに自分より重たい男を蹴り飛ばす力があるのか。


 凄まじい蹴りをもろに受けたフィリリックは、どれほどの威力なのかを頭痛を以て体感していた。仮に心的ダメージへと変換されなければ、あばらを数本は砕かれていたに違いない。

 遠くで砂煙の薄れた夜叉の身体がぶれる。頭痛によって意識を乱されている証拠だった。

 相手が何をしたのか、どんな魔法なのか、彼にはわからなかった。それでも今、夜叉が維持できないのはまずい。ありったけの魔力を注ぎ、構成を繋ぎとめる。

 先ほどよりも身体の色を濃くした夜叉が真黒な息を吐きながら振り返った。


「夜叉!」


 フィリリックの怒声が吐き出され、夜叉の身体が塵のように薄れ黒い煙へと分解された。その煙は一瞬でロキの目の前まで来ると夜叉の身体を再構成して現れる。

 振り被られた無骨な手は凶悪な尖爪を地面すれすれの位置からロキに向けて振り上げられた。

 指一本ですら腹部に大穴を穿つだろうと予想できるが。

 ――やはり、振り抜かれた尖爪は何も捕えていない。夜叉はその手を不思議そうに眺めるが、僅かな感触があることに残酷な笑みを浮かべる。



 ロキは掠った左肩を庇いながら駆けていた。先ほどよりも速度が落ちているのは鈍痛のせいだろう。

 フィリリックの視線の動きからも自分の残像を追っていることがわかる。先ほどのようにまったく捉えられないというわけではないのだろう。

 ロキの動きは一重に言えば小刻みに瞬間移動しているように映っていた。

 そして後を追ってくる黒い煙が先回りし。


「ック!」無理がたったのか動かす足が意識と僅かに遅れていることに冷や汗が流れる。だが、ここで一撃でもくらえば状況は最悪に向かう。

 だから、更に無理を承知でもう一段階速度を上げ――。

 凄まじい威力を持った拳を掻い潜り夜叉を置き去りにしてジグザグに相手へと切迫する。


「…………!! ッ!」


 大剣を構え、魔法を発動する。フィリリックの足元の影が下からそそり立ち炎のように揺らめきながら大きく――――。


「かっ!!!」


 影が昇るより速くロキは腹部に膝を押し込んでいた。フィリリックの身体をくの字に折り、口からは反射的に息を吐き出す。更に追撃を加えようとするが、回り込まれた夜叉に踏み止まり、方向を真横に変え置き去りにする。

 これで終わらせなければ反動で動けなくなるのだ。だから鬼の相手などしている余裕はなかった。


(もう少し――――) 

 

 準備していた場所に飛ばすことができたのだから。

 吹き飛ばされたフィリリックは先ほど5体の狼が葬られた位置に転がりながら頭を振る。

 そして――――地面に円形に魔法式が浮かび細かくロストスペルが文字を描いていく。


「なっ――!! クソ! あの女!」


 周りを一瞥し、驚愕に固まったフィリリックはすぐに脱しなければと必死に足を動かした。

 自分がいる場所の周りには何本ものナイフが円を描くように突き刺さっていたからだ。そしてそれが何を意味するのか足元に浮かび、淡いライトブルーの輝きが浮き彫りにしたのは魔法陣であり、狩場に誘われたと知る。

 半径3mほどの巨大な魔法陣。ナイフとナイフの間に電界が発生し魔法陣からも静電気の如き小規模の放電がフィリリックの背筋を泡立たせた。

 そして自分の影が足元に移動し濃くなった。周囲の明りが白くなったと思うほどだ。ゾッとする寒気を感じ、真上を仰ぎ見ると眩いほどの光源があり、それが自分に向けられた敵意であると悟ると顔を瞬く間に慄かせる。

 


 ロキは瞬間的に速度を上げて、夜叉を振り切ると跳躍。その場から姿を消したことで探すように夜叉は顔を振る。そしてフィリリックと同じように光に誘われて上空を見上げていた。

 その頃には試合場を覆う障壁の天井に逆さに着地したロキの手にあるナイフには目を塞ぐほどの雷光があまりの密度から悲鳴のような金切り音を鳴らす。

 すでに《フォース》は切れ、着地した時にたわめた脹脛ふくらはぎと太腿でブチブチと内部反響する音を聞く。あまりの苦痛に顔を顰め、歯を食いしばって耐える。

 そう《フォース》による筋肉などの断裂は外傷でないため、変換されないのだ。当然の疑問として外傷でない場合、骨折などでもそれに起因する外的接触があるため、骨折にいたる以前に心的ダメージへと変換される。不可抗力として準備運動を怠り、足を攣ったりすることは訓練場でもよく見かける光景だ。同様に痙攣なども変換されることはない。イメージとしては身体全体に薄い膜のようなモノがあり、それに魔力や衝撃が接触することで変換される。


 上空から聞こえる鳴動にフィリリックは視界の端にいる夜叉を捉える。ロキを見失い遅れて気付いた鬼は今まさに追撃を加えようとしている。それは敵の攻撃に対して防ぐ術がないことを知らしめた。

 あの迸る電撃の量から察するに上位級の魔法であるのだろう。それを防ぐとしたら夜叉を盾にするしかないのだが、すぐに間に合わないと悟り眼を上空に向ける。 

 これらの思考は一瞬の内に決断された。すでに魔法陣の外へ逃げるには遅すぎたのだ。


(ここまで追いつめられるなんて……)


 ナイフに膨大な電撃が密集し弾けんばかりに猛り狂っているのが目に見えて明らかだ。

 侮っていた少女を睨みつけるが、その瞳には素直な称賛も含まれていた。


 そして重力に抗うことなく、ロキの脚は天井壁面を離れ、逆さに落下――ナイフを振りかざし。


大轟雷ライトニング・レイ


 狭い箱に閉じ込められたように荒れ狂った雷光が目標目掛けて、轟音を撒き散らしながら落ちる。

 幻想的な雷が雷鳴を置き去りに地を穿つ。地面が剥がれるように崩れ去り、空気と一緒に焼けていく。そして焦げた黒煙を昇らせ、会場の地を蛇のように電撃の余波が走った。


 煙から少し離れた位置に着地したロキは脚の踏ん張りが利かず、また尋常じゃない痛みから膝を付き、続いて両手を地面に付けて倒れそうになるのを支える。

 これで倒れてしまえば引き分けになってしまうかもしれないのだ。勝利が確定するまではと、腕に力を込め地面を押し返す。反動でなんとか座れたロキは脚を伸ばした。


(これでアルス様に良い報告ができます)


 割れんばかりの歓声もロキには投影されずに聞き流す。だが、途端に鳩が豆鉄砲を喰らったような静寂が降り、訝しんで注目場所……煙へと視線を向けた。

 焦げ臭さを蔓延させ煙の中心に濃厚な黒を落とす陰を見つけ、ロキは堪らず拳を握る。


「最高位魔法として……」


 そんな声が煙の中から聞こえた。

 足が見え、身体全体が抜け出ると、ロキは目を見張る。

 試合場に新しく姿を現した者、それは全身を真黒な甲冑を身に纏っていた。ヘルムの額には斜めに突きでた角が生えている。

 バイザーで顔が覆われ表情を見ることは出来ないが、奥には見覚えのある不快感を誘発する瞳が潜んでいた。

 ロキは痛みに顔を歪めながら立ち上ろうとする。必死に表情には出さないようにしているつもりだったが、立ち上った時には痛みから震える足に血の気の無くなった表情だったに違いない。


「最高位魔法としての夜叉は召喚魔法ではないんだ。まさかこれを使うことになるとは認めなければいけないのかもしれない……【夜叉の衣】切り札を出させたんだ。それでも勝つのは僕だったみたいだけどね。…………!!」


 フィリリックは揚々と進み出るが、ガクンッと膝が曲がり体勢が崩れると「チッ!」と舌打ちを鳴らす。


「さすがに最高位魔法は完全に使いこなせていないということか。光系統を除く全系統に耐性があるとは言え、予想以上にダメージは喰らっているということかな……。でも、見たところ君も満足に動けないようだし、僕も維持するので精一杯だ」


 フィリリックも予想以上に大轟雷ライトニング・レイによるダメージが通っていたことに顔を顰めた。僅かに受けたダメージのせいで【夜叉の衣】は霧のような靄を纏い完全には顕現できていないことがわかる。

 だが、ニッと笑みを浮かべた騎士のような格好の青年は現状の優位を語った。


「まあ、こんな状態じゃろくに動けないんだけど……この衣はねぇ影と繋がることでAWRを通さずに魔法が使えるんだよ……こんな風に……ね」


 実際には影と同化しているため、AWRを手放しても経由することができるという意味であり、影内にAWRを入れて置かなければ意味がない。

 ぐぐっと腕を持ち上げて拳を開く。その中には黒い影のような塊が生み出されるが。

 再度拳を作り、握り潰した。


 余興なのだろうか。優位を見せびらかしたいのか、ロキはその光景に相手が無駄打ちできるだけの魔力が残っていないと予想……いや、確信する。本人が言っていた通り、維持するだけでも相当に魔力消費があるのだろう。

 ロキも何もしなければ今にも倒れてしまいそうだった。お互いに最後の魔法になることは火を見るより明らかと言えた。


「無抵抗の相手に攻撃するのは気が引けるけど、これも勝負だ。悪く思わないでくれよ、ジャン様の為にも勝ちは頂く」


 その言葉にロキは反応を示す。

 彼がジャンの為と言うのならば自分はアルスの為であり、それは何においても優先すべきことだ。

 汗を垂らし、口角を上げると。


「何を勘違いしているのですが、無抵抗? そんなわけないでしょう。あなたが【夜叉の衣】を使ったからなんだと言うんですか。私には関係ないことです」

「まだ軽口を叩きますか、いいでしょうこれで終わりです……!」


 ガシャガシャと突然ロキがマントの内側にあるナイフを全て地面にばらまいた。


「なんのつもりです? 降参とか言わないですよね」

「…………」


 すると掌を下に向けた。指先から細い電気が放出されナイフの柄尻に空いた穴を通り全てのナイフを震わせ、電界が一本の紐で通されたようにナイフが繋がる。手の平を上に向けるとナイフは誘導されるように浮かび上がった。

 規律正しく円を描き、一斉に刃先を相手に向け、高速で回転し始める。


「そうでなくては…………ですが、やはり抗うんですね」


 フィリリックはその光景に自分が今できる最大の魔法を以て迎え撃つ。

 ロキの推測通り、相手の魔力はかなり減っているのだ。だから残りの魔力で決着を着ける。


 スッと片手を前方に伸ばしたフィリリックの、足元の影が操られるようにして前方に移動し、トプッ……不自然に黒く沈んだ影の中から同じく真っ黒な球体が浮き上がった。人の頭程もある黒く淀んだ球体は、その中に液体が入っているような揺らめきを見せていた。


 これはいくつも小球を扱うジャンが使う魔法に似ていることでフィリリックは好んで使っている上位級魔法だ。

 ジャンの使う魔法は破壊の限りを尽くすが、これは浸食系魔法であり行動阻害効果のため、似通っているとすれば球体という形だけなのだが。

 そんな自己陶酔に浸っていたフィリリックが我に返ったのは呪文のような声が飛び込んできたからだった。


「轟雷を以て、雷霆の尖角極致を顕現せす……」

「――――!!」


 高速回転するナイフの円の中には更に小さくした円が高速で逆回転している。

 高密度の電界が雷光を中心に生み出す。回転の速度が上がり、尋常じゃないほどの迸りが全て円の中心に集約されていた。

 先ほどの上位級魔法よりも更に強い魔力を肌で感じ、フィリリックは肝を冷やすと恐怖に急かされるように魔法を放つ。


「ダークネス・グラナエコード!!」


 手の平で押すように放つと豪速で飛来する。地面に落ちた影が黒く染まり、ラインを引いた。触れたものはもちろんのことその余波は球体自身の影にも同じ効果を持つ、が、やはり直接触れたほうが威力や浸食率が桁違いだ。

 相手に触れれば全身を一瞬で浸食し動けなくなる。今回の場合は浸食もダメージとして変換されるため、本来の効果は得られないが、それに見合ったダメージは与えられる。


 だが、コンマ1秒遅れてロキの魔法も完成し、静かに告げられた。


鳴雷ナルイカズチ


 二重の円の中心を弱々しく掌打する。

 これこそアルスに見せる為にずっと訓練し、隠していた魔法だったのだ。パートナーになるための試験の際は魔物の核を媒介に使うという禁忌を犯したが、今は単純な魔力と自身の努力によって使えるようになった。禁忌を犯した時と遜色ない威力を有している最上位級魔法だ。

 だが、本当ならロキにも使うことができるはずはなかった魔法。そこまで最上級魔法は易くないということだ。それにも関らず、何故ロキが会得することができたのかは、本人にもわかっていない。


 関係があるとすれば、一度使用したことで使えないはずの魔法に適性が生まれたのか、もしくは…………アルスがロキを救うために自分の魔力で代替したという。

 それによってロキの魔力性質に変化が生じたのか。など上げればいくつかあるのだが。後者だとすればこれ以上ない至福だ。

 ロキ自身もそう思うことにしている。身体に流れる魔力にアルスを感じるのだから。

 そういうわけで雷系統でも最上位に位置する魔法を会得することができた。無論、並々ならない努力と工夫あっての賜物でもあるのだが、前述したようにそれもアルスのおかげだと思っている。


 だから尚更にこの魔法を見て欲しかったのだ。

 そんな無念さを押し殺しながら、魔法は一瞬で全てを呑み込んでいく。


 フィリリックも上位級魔法、ダークネス・グラナエコードを放ったことで、何をしても大丈夫だと、勝ったと思っていた。魔法としての破壊力は無いに等しいが、この魔法の本領は対抗しようとする魔法でさえ浸食対象であるため大抵の魔法をぶつけても、浸食し球体を大きくするだけだ。

 だから放たれた極大の雷線が球体を一瞬で呑み込み、塵すら残さずに消滅させていく光景をただただ見ていることしかできなかった。それは瞬きする間もなくフィリリック自身をも呑み込んだのだから。


 遅れて地面が捲れあがる。焼く間すら与えない神の雷のような絶対的な威力は【夜叉の衣】を無に還し通り抜けた。


「ガッ!! カ、カ……」


 フィリリックの周囲にプスプスと白煙が上がる。

 そして衣の剥がれた後、糸が切れたように白目を剥いてバサッと前のめりに倒れた。


 今度こそロキは安堵のため息を吐き出し、魔力の枯渇に朦朧とする意識を意地でも引き戻す。

 だが、腰を付いてへたり込んでしまうのは仕方のないことでアルスも許してくれるだろうと頬を緩めるのだった。


『勝者。第2魔法学院 ロキ・レーベヘル』

 

 勝ちどきの声はか細く「やった」と誰にも聞かれず零れる。

 勝ちは勝ちでも試合内容は際どいものがあった。きっと後で試合を見たアルスは反省点を次々と上げることだろう。それでもロキは喜々として聞いていられる程だ。

 約束は約束。本当の意味でパートナーとなれたと言っていい。今はそれだけが胸を満たしていた。


「ロキさん。大丈夫? じゃないわね」


 肩越しに振り返れば、そこには呆れたようにフェリネラが医療班を誘導してきていた。


「大丈夫……ではないですね。おそらく筋繊維が断裂していると思います」

「相手の力を考えれば分からなくもないけど、あまり心配させないでちょうだい。アルスさんにもね」


 それを言われればロキの表情に翳りが降りて「はい」としゅんと返事をすることしかできない。


「後は任せなさい」


 担架に乗せられたロキの肩に手を添えてそう告げたフェリネラは次の試合のようだ。

 これでアルファの優勝はかなり近づいた。後は2年の部で優勝できれば問答無用で確定する。



 ♢ ♢ ♢



 集中医療室へと運ばれたロキは医師の診断に頭を痛めた。

 大腿四頭筋、大腿二頭筋、膝の靭帯、腓複筋などの筋繊維、両足で10箇所以上の断裂、炎症が見られるとのことだ。

 単純な治癒魔法で全治3カ月だと聞かされたが、医師は心配ないと太鼓判を押す。

 大会には優秀な治癒魔法師。それは外界など軍に所属していない専門の魔法師も含めた数だが20名ほどいるとのこと。半分は対戦相手だったフィリリックについているらしいが彼は単純な変換ダメージによる失神なので意外にもロキよりも軽傷なのだ――意識は未だ戻っていないらしいが。

 急患でも来ない限り全員で治癒魔法を施せば今日にも立てるようになると言う。完治までには数日かかるらしいが、それでも驚きは大きい。

 すぐに始められた治癒魔法はあっという間に痛みを取り去った。

 20分ほどで施術を終える。


 現在は遺憾ながらもテスフィアとアリスのベッドに並んだ形で横にいた。なおシエルは試合が終わった後、控室に戻っている。


「だいぶ無理したねロキちゃん」

「足は大丈夫だったの?」

「はい。すぐにでも動けるようになるとのことなので問題ありません」


 両足を包帯でぐるぐるに巻かれ、安静のため吊っている。

 ロキは無愛想に告げるが今になって勝利の美酒を味わうように誇らしく気持ち無い胸を逸らす。


「無茶をしたというなら、二人も」


 突っ込まれ苦笑で応える二人。


「本戦に相応しい試合なんて言われたらやっぱり全力出さないとね」


 アリスはそう言うが、実際あの場で手を抜くという礼節を欠くことはできなかったのだ。またとない真剣勝負の機会だったとも言えるが。


「それにしてもこんなんで決勝ができるとは思えないんだけど……」


 テスフィアが触れずにいた話題を投下。

 ロキは第2魔法学院の優勝を念頭に入れていたが忘れてはいけない。個人優勝のトロフィーはミスリルの材質を使っていることを。アルスの研究の役に立つことを。

 だが――。


「私はドクターストップが掛かってしまいましたが、出ようと思えば出られますよ」

「そこはダメでしょ」


 不敵な笑みを浮かべたロキをテスフィアが一蹴。彼女からしてみればただの強がりにしか見えなかったからだ。


「だね、悪化したらアルスにも心配かけるよぉ」

「うっ……」


 これが二人のような心的ダメージや魔力の枯渇ならばどうとでもなるのだが、ロキの場合は動くことすら負荷が大きい。


「それにしても二人は次の試合もダメだと言われていたのに回復速いですね」


 恨めしそうに訊く。


「まだ全然だよ。治癒魔法で頭痛は治まったけど魔力は……」


 アリスが顔を振る。上げた腕に魔力を通しているのだろうが、本当に僅かしか可視できずに制御すら思い通りにいかないようだ。


「私も次の試合までとなると全然ね。まどろっこしいけど、こればかりはしょうがないわ」

「どうなるんでしょうね」

「決勝は同校なんだし、欠場になるんじゃない? 怪我じゃしょうがないんだし」

「だとすると……問題は3位決定戦ですか」

「「…………!!」」


 今の試合を画面越しとはいえ、観戦していた二人は素直に喜べない。勝利を収めたのがロキとは言え、あの相手に二人が善戦できるかは甚だ疑わしいのだから。


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[気になる点] よくよく考えるといくつ死線をくぐったか分かんないロキ相手にここまで戦えるフィリックやば
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