理由
怒涛のような歓声が控室まで響く、それは試合が終わったことの合図でもあった。
隅で準備を整えたロキは外套を羽織る。さすがにカッコ良く翻しながらという訳にはいかず両端を強く摘まみ、腕を回す。
これは軍で支給されるものに似ていているが、それよりも丈が短く、腰までしかない。それどころか袖もないためマントのようでもあった。首元の留め金を止めたロキは布にしては重みを持った外套を難なく着こなす。
これは理事長がロキのために気を利かせて調達してくれたものである。彼女のAWRは何かと嵩張るのだ。今までの相手はそれほどナイフの本数も必要なかったが、次の試合だけはそうも言っていられない。
浅黒い外套は厚手で内側にナイフを固定できている。びっしりと張り付いたナイフのせいでの重さだが、ロキは重さを感じさせない。もう慣れたものだからだ。
これぐらいで根を上げるような訓練は積んではいない。そのしなやかな細腕のどこにそんな力がと思わなくもないが。
腕を拡げてみても動きを阻害する違和感はない。それも丈が短いおかげで、腕の半ばほどまでしか布がこないため満足気に最終確認を終える。
「ロキさん、あまり役には立てなかったけど、頑張って」
フェリネラが申し訳なさそうに言うが、これは事前に予想できていたことなので彼女に非はない。というのも相手もそれなりの実力者であるため、これまで当たった対戦相手では系統を知るほどの接戦にもならなかったのだから。
諜報能力が低いわけでもない。さすがに相手の泊るホテルに侵入するわけにもいかないのだから社会規範を破ることは躊躇われて当然。
出来る範囲のことを最大限に発揮しても得られないものは仕方がない。
「そんなことはありません。相手も馬鹿ではないということでしょう。後は試合で見極めます。それでも結果はわかっていますが」
いつもより饒舌で不敵な言葉に、意外感を抱いたフェリネラは「心配はいらないわね」と肩の荷を降ろす。
「でも、無理はしないでね」
「それは相手の出方次第です。それにあの試合場内では無理のしようがないと思いますけど」
フェリネラは「そうだけど……」と続きを呑み込み、代わりに嘆息して立ち上る。
「そろそろ時間でしょ。私たちはあの二人の様子を見に行くわ」と、画面で担架に乗せられるテスフィアとアリスに視線を向け。
「さすがに、あれじゃ決勝はまともに戦えないでしょう?」
「そのようですね」
ロキも画面に目を向けて、無感情にそう言った。
彼女たちにしては実力以上の力を発揮したのだからやり切ったと言えるだろう。だが、それ以上にロキ自身楽に勝てるとは思っていない相手だけに彼女たちを後先考えずにと非難することはできなかったのだ。
試合入場口でロキは名前が呼ばれるその時を待った。冷たい壁面に背中を預けてふと目を閉じる。
この一戦だけはロキにも敗北できない理由ができたのだ。それはアルスの命という絶対遵守であるのは当然で、今回に限っては今後の進退に大きく影響をもたらすため、気合いの入れ具合は尋常ではなかった。
それも今まではパートナーとして何一つ仕事ができていないと感じていたからだ。無論アルスがロキを認めていないというわけではないが、何より力不足であるのは否めなかった。
今回は分担と正論を言われてしまったが連れて行けないほどの難度であるのだろう。それでも彼女が傍に身を置くのは命を使う為だ。
アルスとの生活、現状に文句などない。寧ろ幸せですらあった。だが、それはロキが守られる存在だと認知されていることと同義だ。自分は助けになりたいと願ってきたのだからアルスの一歩後ろを歩き、何かあれば前へ出ていける立ち位置を望んでいる。だが、今はどうだろうか? 大き過ぎる背中も遠く霞むほどの距離を感じてしまう。
だからと言って反論したりと出過ぎた真似は極力控えて来た。それはアルスという魔法師が大き過ぎたからである……いや、それは言い訳なのかもしれない。パートナーになってから今まで、これほど満たされている時間を過ごしているのだから、この環境もまた手放したくないのだろう。
(やっぱりは私は我儘だ。それでも……)
それでも良いと言える。断言できる結果が未来に提示されているのだから、何が何でも掴み取らなければならない。
敗北したとしてもパートナーが解消されるわけではない。しかし、そんな保身的な考えは微塵もなかった。理想の関係が先延ばしになるだけだとしても、アルス自身が提示してきた条件だ。
『今後同行のことで俺はとやかく言わないと約束する』と言ってくれた。任務を託されたことは、信用してのこと、壁を提示してくれたのは越えられると期待してのこと、ならばそれに応えなければ何も始まらないのだ。
だから勝たなければならない。完遂させなければならない。
ロキは自分の名前が呼ばれるとゆっくりと瞼を開ける。そこには確固たる決意を宿した小さな魔法師がいた。
ここで行き当たりばったりの戦闘ではアルスをがっかりさせてしまうだろう。だから考える。
昼間の明るさに目を細めるが、爆発したような歓声は澄まされた思考に遮断されていた。
(越えられない壁は用意しないはず)
ロキはアルスの性格を考慮する。今までも無理難題を突き付けられたが、どれも壁の天辺まで手が届きかけるところまで行っている。
今回もきっと……自分なら勝てると踏んだから託したのだ。相手、フィリリックというシングル魔法師第3位のジャン・ルンブルズの教え子で、順位は3桁という話だ。しかし、聞けば実力は2桁に匹敵するということ。
対して自分はというと最高でも100位で、2桁まで後一歩届いていない。だからと悲観はしない。それは当時よりも明らかに力を付けたと実感しているからだ。
相手の力は未知数だが、シングルを相手にしろといっているわけではない。勝率の計算などしない。たとえ自分より強くても構わない。単純に魔力が多い者が勝つのではなく、強力な魔法を会得しているほうが勝つのでもない。最後に立っていた者が勝つのだから。
魔法師同士の試合は先に致命傷となるダメージを与えられるかで勝敗が分かれる。これは訓練でも嫌というほど味わってきた。あの頭痛がひどくなれば魔法の発動どころではない。
ならば先手を打つべきか。
答は否だ。簡単にケリが着く相手ではないのだから、初手から手の内をさらけ出す必要はない。
指定位置に着いたロキは初めて顎を上げて相手を視界に収めた。
身長や体格こそアルスと似ているが、明らかに違う。清々しい笑みを湛えていてもそのマスクの下では不快感を露わにした表情が潜み、苛立たしさを宿した眼で睨んでくる。
開始時間まで1分を切り、くぐもった歓声の中でその時を待つはずだった。
「がっかりだよ。土壇場でアルス様は逃げたのかな?」
ピクッとロキの整った眉が上がる。目の前の見た目好青年を思わせる男は様付けはしているものの、間違いなく慇懃無礼であった。
「せっかく膝を付けさせる姿を衆人環視の中、披露できると思ったのに」
「あなたには不可能ですよ。恥を晒さずに済んでよかったですね」
アルスを知らない愚者を見るように目は無機質に――いや、実際そうなのだろう――口角だけが僅かに上がった。
「ハハッ、さすがの僕でも1位の魔法師に勝てるとは思わないですよ。それでもジャン様と比べれば可能性はあるかもしれません。ましてや……1位の座に就くのはあいつじゃないですし。どうやったのか知らないけど汚いやり方で1位に就かせてもらったのでしょう? アルファはこそこそ小虫のように裏工作が上手いらしいじゃないですか」
朗々と嘲弄が続き。
「だから、ジャン様より手ほどきを受けている僕に苦戦する姿は大いに最強の魔法師という肩書に疑問を残すでしょうね。だから、残念でしょうがない。まさか腰が引けたとは、挙句パートナーに押しつける始末。あまりの豪胆さに脱帽してしまいますよ」
嫌みたらしい言葉とは裏腹にその表情は一変の曇りのない晴れ晴れとした笑みを湛えている。
常に冷静なロキと言えどアルスのことを言われて平静を保てることはできなかった。
「何も知らされていないのですね。ジャン様にとってあなたはその程度の小兵に過ぎないのでしょうね」
彼にはおそらく任務であるという知らせがいっていないのでだろう。アルスが難度を高いと評価したのだ、ただ事ではない。少し見渡せば警護の魔法師も極端に少ない。つまり一国だけの問題ではない可能性がある。ロキも全てを聞かされている訳ではないが、任務であることは伝えられている。
端整な顔が作り上げる笑みに亀裂が入ったような気配がし、ロキは指を一本立てる。
「一つ、勘違いを正してあげましょう。アルス様はあなた程度に力の一端すらお見せにならないでしょう。つまり、あなたの相手は不肖、私で事足りると判断したまでです」
フィリリックはビキッと青筋を立てたが、笑みは変わりない。
「ロキさんといったかな……あなたでは僕の相手は務まりませんよ残念ながら……でも、これはこれでよかったのかもしれませんね。あなたもアルス様の手ほどきを受けているのでしょう?」
「…………」
ロキは返事することさえ嫌悪感を抱き冷えた目を向ける。
「だったら一先ずはあなたに勝つことで溜飲を下げさせていただきます。ジャン様の崇高さを証明することにもなりますし、アルス様の眼が節穴だとわかる」
ククッと口に手を当てるが、笑いを堪えるつもりはないようだ。
すでにこの見た目だけは好青年の男にロキは吐き気すら催すほど気持ち悪いと思っていた。
きっと見た目だけならば女性の眼を惹く外見なのだろう。中身は酷く歪んでいるようだが。もしかすると猫でも被っているのかもしれない。
だが、ロキには彼の中身が依存し、他を貶す醜いもののように見えている。自分もアルスを最も信頼し敬意を払う。それでも他のシングル魔法師を貶めようとは思っていない。それどころか寧ろどうでもいい、興味すらないのだから。もちろんアルスと同じシングルということに敬意を払うが、それだけだ。彼を通さなければ関わることもない。だって今の立場はアルスがシングル魔法師であろうとなかろうと関係ないのだから。傍にいることに順位や研究者という肩書は二の次だ。
レティのような同国の魔法師ならば関わる必要もあるし、一人の女として彼女のことは羨望したりもする。
でもそれは自身の中に秘めておくことである。
フィリリックというこの男の言いたいことも少しならばわかるが、正直異常極まれりと言ったところだろう。
ロキはそんな笑みを湛えたままの相手に冷ややかに告げた。奇しくも開始の合図が鳴ったが二人とも動かない。
「気持ち悪いですね。あなたは男色なんですか」
この言葉こそが開始の合図と変わる。
持ち上がっていた頬が静かに下がり、射殺すような視線がロキに向けられた。そして魔力の迸りがフィリリックを中心に身体から流れ、地を這う。
言葉で語らうことがこれ以上ないと告げているようだ。
ロキは身を屈め、魔力を放出し、いつでも動けるように視線を相手に固定した。何があっても対応できるよう。だが、改めて見ると彼の武器となるAWRが見当たらないことに気がつく。
するとフィリリックは右腕を真横に拡げ、手を開いた。
足元に蟠る影が動いた気がし……いや、気のせいではなく確かに影は蠢き、手の下に円を作るとそこから真黒な陰影と化して平面が立体的に盛り上がる。
それは小高い山のように先を細くしながら螺旋を描き、掌まで伸びていくと一瞬で螺旋の上から次々と重なるように覆いながら厚みを増す。
そして何かを握るように拳を作ると影は水のように剥がれ落ちる。
「…………」
そこには物質として存在感の強い、大剣が握られている。片手で振るうには長いが、単純な了見でないのは、その炭のように黒く濁った刀身がロキに警鐘を鳴らす。
あれが魔法剣でないのは魔法式が刻まれていることでわかるが……異様な剣であることは確かだ。
それよりも驚いたことは。
「闇系統……」
「そう、驚いたかい? 悪いけど楽に敗北できるとは思ないことだね」
嗜虐的な笑みを浮かべる。
ロキは返答を無視し、闇系統、エレメンタルと呼ばれる系統についての情報を洗う。
闇系統は犯罪に走り易い傾向があるため、忌避される系統だ。全てがというわけではないが、魔法犯罪者に多いのは良識の希薄が原因とも言われている。犯罪だとわかっても……いや、わかればこそかもしれないが、一線を越えることに躊躇いがないのだ。
個人差はあるが系統による影響から思考的外向性を有している。言うなれば刺激を求める度合いが常人以上ということ。
そこでロキは闇系統魔法師にも2種類いることを思い出し、その一つを警戒するが、解答は思わぬ相手から得られる。
「安心しなよ。僕はそっちのタイプじゃないから」
ロキがナイフを取り、その刃先を自分に向けていることでフィリリックは失笑を漏らしながら教えた。
闇系統には2つのタイプに分類される。一つは通常の闇系統に属する魔法を扱う者。もう一つは直接相手の精神に干渉する魔法師だ。これは所謂幻術などにカテゴリーされる。過去には操術魔法と呼ばれるまで高みに昇りつめた者までいたが、それは大犯罪者として名を馳せただけの異端者である。
ロキの懸念はすでに干渉系魔法を使われたのではというものだ。思考を操作・誘導することも可能である。その際の対処法としても最も効果的なのが自傷行為によって意識を痛みで塗り潰すことである。
「でも、きっとそっちのほうが楽に済んだのだろうから、君にとっては不運なんだろうね」
「御託は結構なので、さっさと死んでください。それでは私が負けてしまうんでしたね。だったら愚かしさを悔む間もなく地べたに這いつくばらせてあげます」
ロキはナイフを静かに向ける。
先端から電撃が一気に走った。
だが、予想していたように大剣が下から振り上げられ電撃を容易く消し飛ばす。振り切られた剣の刀身にのたうつように纏った電撃もすぐに消失する。
「速い速い」
楽しそうに口を開き。
大剣を構えると炭のような刀身から淀んだ黒い魔力が纏わりつく。そして滑るように凄まじい速度で接近する。
それを冷静に視界に収めると距離のあるうちにナイフを下から真上に切り上げ。
「電道」
地面に放電した電撃が地を割りながら下から上へと一直線に電撃を維持したまま、鞭のようにしなり襲う。
しかし、一直線に振り上げられた電撃は横にかわされ空気だけを焼いた。
だが、かわされただけで終わる魔法ではない。振り上げた腕を今度は斜めに振り下ろす。
すると天井に向け放電していた電撃がうねりを上げて降ろされたナイフの軌跡を追うように戻って行く。
意表を突くことに成功したはずだったが、フィリリックは笑みを深くする。
電撃が甲高い鳴き声を上げながら真上から襲う。が、直前で走る後ろに引いた影が長く伸びそこから巨大な腕が生えてあろうことか頭上で電撃を受け止めた。
そして悲鳴を上げるように掴まれた電撃が握り潰されるように弾けて霧散。
「……!!」
その光景にロキは一瞬驚愕した。そこに剣を掲げたフィリリックが迫り、振り下ろす。
だが、それは常人以上の速度だとしても速度に重きを置くロキには緩慢に映っていた。だから気を逸らしたとしても後れを取るはずはない。
凄まじい速度で振るわれる大剣は誰もいない空を切り、地面に切れ込みを刻む。
余裕を持って後ろに飛び退いたロキは空中で驚くべきモノを見た。
「―――――クッ!!」
地面にめり込んだ大剣の刀身、纏われていた薄黒い魔力が数本の触手に変わり先端を尖らせてロキ目掛けて伸びて来たのだ。
咄嗟に電撃を放ち2本を霧散させるが、間に合わないと悟り、腕で顔を庇い身を屈める。腕の隙間から見た触手のような棘が腕と足を掠めた。
顔を歪めながらロキは地面に姿勢を低くしたまま着地。
少しばかりの頭痛よりも一つわかったことに考えを改めていた。
「魔法ですか……」
独白するように溢す。
刀身に纏っているから魔力だと決めてかかっていたが、その魔力自体が攻撃に転じたことで断言する。刀身に纏われているのは魔力ではなく、魔法そのもの。
魔法式が光らなかったことも納得がいく。逆に意表を突かれたことに眼を細めた。
「よくかわしましたね。あの電撃は軌道を逸らす為のものでしたか。どちらにせよ、あれで終わってしまっては拍子抜けもいいところです」
褒められても嫌悪感しか湧かないロキは務めて無視する。
確かに厄介な魔法だった。スピードに自信があるロキでも大剣をかわしてもうねるような棘の追撃は油断できない。そしてもう一つ、電道を防いだあの腕はかなり高位の魔法に違いなかった。電道は中位でも上に位置する難度の魔法である。単純に見積もっても上位魔法である可能性は高い。
そこで剣を引き抜いたフィリリックが剣を大仰にゆっくりと構える。
注視するように見た直後、背後から悪寒がロキを襲った。
咄嗟に横に飛びのいた後を巨大な黒い手が叩き潰すように振り下ろされる。バンッ! 地面を叩き弾かれた空気が砂埃を舞わせた。後には蜘蛛巣のように走った細い地割れ。
「これも避ける……と」
感心したように唸る男を睨み。影に戻って行く腕を視界の端に捉える。
魔力探知のソナーによって逸早く気付くことができたが、ロキは面白くないと言わんばかりに歯を噛み締めた。
何かするのではと大仰に構えた相手を注視したために回避が一拍遅れたことは確かだ。そのことからも相手は明らかに戦い慣れていることがわかる。少なくとも対人戦闘に関しては自身よりも慣れていそうだと新たに情報を追加。
ここまで影を使う魔法が主体だ。闇系統の中でも影を使う魔法師は厄介だとアルスに聞いたことがあるのを思い出す。
軽く舌打ちしたい気持ちを押し殺し、口が開いてしまわないように一文字に引き結ぶ。普段から舌打ちしてアルスの前で粗相をしてしまうと恐れたからだが、心情的には近い。
並の魔法では相手には通用しないだろう。
ロキはため息を吐く。これから使う魔法はアルスに見せて大いに驚いて貰おうと思って画策していた魔法の一つだからだ。
きっと決勝ではアルスとの試合になると予想していたので、ずっとバレないように準備してきたのだ。その背景には褒めて貰おうという後ろめたい打算があったのだが。まさかこんな事態になろうとは思いもしなかった。アルスがいない場で披露するのは癪だが、そんなことも言っていられない。
今後、アルスの隣に立ち続けるならば惜しみ無い。
両腕を背後に回し、ナイフを8本、指の間に挟んで取り出す。
身体から魔力が溢れ出し、それがナイフを伝い魔法式を輝かせると纏った魔力が総じて電気へと変わる。電気の迸りが襟足を浮かせ、銀糸のような髪を舞わせるた。
「何をするつもりかわからないけど、こちらも準備は整いましたよ」
披露するように両腕を拡げたフィリリックの傍には影で生み出した黒い狼が5体。
獰猛な真紅の瞳を浮かべてどこから出しているのか奇妙な唸り声が影の身体内部から鳴る。
召喚魔法の中でも、使い魔と呼ばれる魔法だと推測するが、ロキにそれ以上の感想はない。召喚魔法は上位級に分けれる。それを5体とは恐れ入るが一体一体の内包魔力はそれほど多くないように感じた。
披露するように両腕を拡げたフィリリックの傍には影で生み出された狼が5体。
そして生み出されたと思われる濃黒を落とした影……そこから先ほどロキを襲った腕が生え、更にもう1本、計2本の太く巨大な腕が生える。そして両腕はくの字に曲がり地面に指先を埋めると、影を強引に押し開けるように力が籠る。そしてぐぐっと円形の影が歪み広がると、腕の間から角が現れる。
角は額から生えていたようで、この世の物とは思えないような形相の顔が出、そして身じろぎしながら足裏を見せながら生えるとまたもくの字に地面を叩き、一層の力で強引に全身を顕現させた。
それは魔物の様相を呈した、まさに鬼の形相で10mはあろうかという巨躯を有していた。下から反り上がる牙に眼は真紅の帯が巻かれ視界を塞いでいる。丸みを帯びた背中には異形であるかのように肩甲骨の辺りからおぞましく変形した骨のようなものが突出していた。全身が赤黒く、薄黒い煙のようなものを纏っている。
眼隠しの奥で濁った赤い光がロキを視界に収めたように顔ごと下がり向く、僅かに開いた牙のように尖った歯の隙間からフシューと黒煙が吐き出された。
「さて、隠鬼【夜叉】まで出したのだから、もういいでしょう。正直僕の想像以上の実力だということは十分わかりました」
フィリリックは満足したのか破顔しながら大剣を持ち上げ「では、こちらから……」その言葉を合図に影の狼が飛ぶように走り出す。横に広がりながら獰猛な犬歯を外気に触れさせ、口からは薄黒い煙を吐く。
ロキはただ静かに清流のごとく静まり返っていた。身構えるでもない。
5体の狼が狩猟するように獲物に向けて脇目も振らずに駆けるが――――背後で巨大な何かが動き出す。
地面を重い巨体が動いたのだろうという地響きが鳴った。それは夜叉と呼ばれた鬼が一歩踏み出し、地面を陥没させながら一足で跳躍。低いながらも凄まじい速度で飛んでくる。巨体を浮かせ、瞬時に走っていた狼を空中で抜かすと、両手を組み合わせ、鉄槌のように固められた両手を頭の上まで振りかぶりロキの頭上に叩き落とす。
ロキは直前まで動かず、そして巨大な影が自分に覆い被さる寸前で待機させていたトリガーを発した。
「身体強制強化」