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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第2章 「試験」
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魔法師としての認識

 さっそく放課後から二人の優秀な雛の面倒を見ることになってしまった。

 そのせいで当然アルスの計画が大きく改変されたことは言うまでもない。すでにアルスの脳内では睡眠時間が犠牲になっている。


 五限・六限と授業はさぼりだ。もちろん授業に出ないからといってそれを犠牲とは言わない。

 アルスは自室で引っ越してきた時の荷物を漁っていた。


「確か持ってきておいたはずだが……!!」


 人一人がすっぽりと入れるのではというほどの巨大な箱。学院に引っ越すときに詰め込んだものだ。

 残念ながら同年代が興味を引くような物は入っていない。いや、こと魔法に携わる者からすれば宝の山なのかもしれないが。

 ずっと任務に就いていたのだから普段からファッションを含めて時間を割く余裕すら持てなかったのだ。

 最初からアルスに興味がないと言うのかもしれない。多才でありながら多趣味というわけにはいかない。

 その中に場違いな物――ゴミだと思われそう――が底にひっそりと沈んでいた。

 それはどう見てもただの棒きれで、それこそどこにでも落ちてそうな。

 まだ木のささくれた肌ならば触れるかもしれないが、この棒を手に持とうという気にはなるまい。


「持ってきておいて正解だな」


 そう溢して持つ棒は軍に居た時、鍛練に用いた物だ。完全な私物で支給されたものではない。

 棒きれではあるが、その材質は当然のことながら木材ではなかった。

 無論ここまで来て武器ということでもない。

 なんせ、使われているのはサルケロイトというアルスが倒した魔物――変異レート推定A――の死骸から作られている。アルスが特注で作らせたものだが、この魔物の外殻は魔力を乱す作用があった。魔力に反応すると微振動して触れた魔力を拡散する性質を持っている。


 なんにせよこれがあれば、テスフィアとアリスの訓練にもなるし、何よりもその間アルスは貴重な時間を得ることができるのだ。投げやりな訓練メニューであるが、これは不可抗力である。



 ♢ ♢ ♢  




 無慈悲に一日の学業が終わりを告げるチャイムを以て幕を下ろした。

 とは言っても、学院の生徒は皆向上心の高い生徒ばかりなので、授業が終わったからといって脇目も振らずに一目散に帰宅する生徒は限りなくゼロに近い。

 最も人気ひとけの集まる場所としては訓練場が多いだろう。昨日は貸し切りにしたために三人と+αだけだったが、本来ならば学年関係なく集まるスポットだ。

 もちろん事前に予約して場所を確保しなければ使用することはできない。その優先順位としては魔法師を目前に控えた三年生が待遇されている。

 それでも多数の生徒が観戦席から見ているのは上級生の魔法技術は下級生のお手本だからだ。なので観戦の割合は一年生が大半を占めることになる。


 そういった事情で当然テスフィアとアリスは訓練場でやるものとばかりに向かったものの、すでに細かく区分された訓練場内は上級生で満員だったのだ。


「あれ!?」


 二人はすでに訓練着へと着替え終わった後だ。しかし、明らかにスペースもない場内を見た二人はAWRを落としそうになった。

 周囲からは視線の集中砲火にあう。それが美少女が現れたことへの見惚みとれたものなのか、はたまた埋め尽くされた訓練場で場違いな下級生へと向けられたものなのかはわからない。

 ただ二人が姿を現したことで一瞬手を止めた生徒がほとんどなのは事実である。

 

「まさかあいつ逃げたんじゃないでしょうね」

「それはないんじゃないかな。それに場所は決めてなかったしね」


 一方的な悪態を吐くテスフィアをアリスは正論で宥めた。テスフィアが1位のアルスをあいつ呼ばわりすることについては苦笑いを浮かべる他にない。それも単にテスフィアの中でアルと呼ぶことに少なからず気恥ずかしさがあってのことだと願いたい。敬意を払うにしてもアリスと違ってテスフィアとアルスの間で勃発したいざこざがなければ彼女も素直に敬意を払って名前で呼べたのかもしれない。


「じゃあいつはどこにいるの?!」

「…………」


 その問いに対する回答をアリスは持ち合わせていなかった。首を傾げることで十分テスフィアにも伝わったことだろう。





 研究棟と呼ばれる今年度より新たに新設された建物。広大な敷地面積を誇る学院内の持て余した敷地に建てられている。場所は本校舎からそれほど離れてはいないが、主に新しく赴任してきた教員が振り充てられているらしく、研究棟内には僅かばかりの教員しかいないため、生徒が近寄る機会はまずないと言えた。


 その最上階、ここに到着するまでに二人は大分時間を要した。授業をさぼったアルスを見つけるのは二人が思っていた以上に難儀なものだったのだ。

 当然真っ先に男子寮へと向かった二人は受付でアルスの部屋番号を尋ねたのだが、そんな生徒は寮にいなかった。

 学校中を練り歩き、ふと理事長室前で足を止め、盲点だったとばかりにノックを忘れた入室に面食らった理事長だったが、それも無理からぬことだ。生徒として――貴族ならばなおのこと――あるまじき行いであることは言うまでもない。


 システィ理事長は大凡察したため二人を見咎めるようなことはしなかった。

 これが別の生徒ならばこうはいかない。たっぷりとしごかれたに違いない……と信じたい。


 居場所を突き止めた二人は軽快に理事長室を後にする。

 そんな慌ただしく出ていく二人の背中をシスティは微笑ましく見送った。



 

「本当にここなの?」


 アリスへの問いは答えを期待していないだろう。テスフィア本人も間違いないとわかっている。

 何せ理事長から教えてもらった場所は口頭でも間違いようがないものだったからだ。

 研究棟の最上階、そう言われて来てみればワンフロア丸々一人のために誂えたような作りになっている。

 最新セキュリティ付きのドアがたった一つ、重厚といった重苦しい感じはしない。どちらかというと違和感しかない素朴さ。普通のドアだが脇に据えられたパネルは防犯システム用のロックだ。

 手の平を翳して魔力を感知するタイプで、個人認証がなされない限り開くことはない。


 来訪を伝えるべく、テスフィアはパネル下部にあるチャイムに指を押し付けた。

 するとすぐにドアが滑るように緩慢な動作でスライドする。

 外観こそ素朴な作りのようだが、その実厚みは手の平ほどもあった。


 恐る恐る中を覗き見ると、見たことも無いような機器が鎮座しており、新しく作られたにしては古臭い匂いが充満している。見れば棚に入ることを許されなかった古ぼけた本たちが小高い山をいくつも作り上げていた。全体的に白を基調とした壁色はそれ自体が光を放っているかのように明るい。


「ちっ、もう来たか」


 そんな舌打ちが二人の鼓膜を震わせた。

 部屋の中はいつもの四十人が収容できる教室四つ分はある。

 一人で使うには余りにも広すぎるのだ。様々な機器が置かれているものの、まだ半分近くはスペースが余っていた。


 最奥部というほど、機器達を分け入った先で声の主を見つけるとテスフィアの憤りはどこかに追いやられ別の疑問が占める。

 長大な机の向かいで理事長並みのリクライニング・チェアに深く腰掛けていた人物にぞんざいに声を掛けた。


「何よここは?」


 威圧的な物言いなのも仕方ない。これをアルスの順位を知らないものが見たら不平を洩らすに決まっている。現に一部の教員から理事長に直訴があったほどだ。

 だからアルスの素性を知っている二人には不毛な説明になる。


「……俺の研究室だが? 兼自室だな」


 最初に自室が来ないのはアルスにとって生活よりも研究のほうに重点が置かれているからだろう。

 何をわかりきったことをと首を傾げた。


「なんでこいつだけ……私でさえ寮生活なのに」


 研究用に広いだけであって実際の寝室は寮部屋と大差はない。料理はしないがキッチンは比べ物にならない高機能であるが、アルスにとっては宝の持ち腐れだ。

 テスフィアが言っている論点は共同生活ではないということだろう。


「テスフィア、アルは……」


 代弁してくれるアリスをアルスは遮った。単にテスフィアに上下関係を理解させるという幼稚な理由だけだが。


「当然だろう。俺の功績を考えればこれでもちゃちなほうだ」

「くっ……」


 もちろんテスフィアは言葉に詰まった。アルスの功績がどれほどのものなのかはわからないが、自分の想像を軽く超えるだろうことは推測するまでもないからだ。


「それでアル、私たちはてっきり訓練場で見てもらえるものとばかり思ってたんだけど」


 時間が押していることもあってかアリスが本題に切り替えた。蛇足だが当然二人は制服に着替えている。

 アルスにとっては自室なのだから時間を気にする必要はないが、女の子を夜遅くまで居残らせておくのは一般的に望ましくない上、外聞は最悪だ。


「そうよ。どれだけ探したと思ってるの、これで明日からとか言い出したら許さないわよ」


 仕返しとばかりにテスフィアの手は堅く握られていた。それが脅しとしての効力を持つことはないのだが。心情的には(怒)といった具合だ。

 とは言ったものの時間は放課後に切り替わってから1時間以上経過していた。

 入学の季節ではこの時間帯でも外は明るいのだが。

 テスフィアが寮と言ったからには門限もあるのだろう。


「わかってる」


 アルスは辺りに視線を彷徨わせどこに置いたっけといった風に物色した。

 1位を冠する魔法師の訓練が始まるとあって二人は心が躍るのを抑えきれない様子だ。その表れが手にしっかりと握られているAWRアウラなわけだが。


「んな物騒なもんはしまえ」

「「えっ!!」」


 間抜けな声を上げられてもやることは変わらない。

 アルスの手には棒きれが握られていた。

 一旦認識を共有すべきかとアルスは口を開く。


「俺が教えるのは魔物と戦える技術だけだぞ。まあ順位は多少なりとも上がるかもしれんが、順位を上げるだけなら自分たちで訓練したほうが早いぞ」


 これは最後通告だ。やるかやらないかの二択である。


「へ?」


 テスフィアが戦えるようにと言い出したのにこの落胆の表情はアルスでもさすがに腹が立つ。


「っつ~!!」


 つい考えもなく恣意的な行動の末、棒きれでテスフィアの頭を叩いていた。


「お前は馬鹿か……そもそも順位とはどういう項目で算定されると思う?」


 この問いは授業でもやったものだ。


「確か、魔力量と高難度魔法の会得数、魔物の討伐数、任務・依頼の完遂率でしょ!」


 これだけで優秀と判断するには問題が初歩過ぎるが、一応及第点と言ったところだろう。


「魔物は倒したレートによっても違うよね」


 アリスが補足を加えて授業で習った範囲はカバーできたと言える。


「まぁ、そんなところだな。でも足らない」


 二人は授業で習ったことを思い出しながら頭に疑問符を浮かべた。

 それも仕方のないことだ。アルスの言うさらなる補足は授業ではやっていない。


「項目に関しては合ってる。じゃあ順位を上げるためにはどれに重点を置くべきだと思う」


 アルスのさらなる問いに二人は即答した。


「当然、魔力量と魔法の会得でしょ」

「魔力と魔法だと、思う」


 テスフィアは絶対の自信がありありと声音に乗っている。

 アリスは質問の裏を読んだのか少し弱々しく、アルスでも(違うんだろうな~)などの内心が読めてしまう。


 予想通りの回答にアルスは溜息を溢した。そんな単純な回答を求めていないことはわかってもらいたかった。逆に当てられても話が進まないのだが。

 要は学院で称される優等生の度合いの確認である。そういった意味ではテスフィアは期待を裏切らない。

 これだけでもテスフィアは安直でアリスは深読みの出来る性格なのがわかる。彼女の場合は察することができてもそれを言葉に出せるかはまた別の問題だろう。


「違うな。最も重要視されているのは魔物の討伐、レートだ」

「……!!」


 テスフィアは驚愕したが、アリスは驚きが少ないようだ。つまりは当たっていないことを予想はしていたんだろう。


「討伐といっても雑魚をいくら倒してもたかがしれてるが、高レートの魔物を倒した後とでは順位が大きく変動する」

「でも、それじゃ私達は順位を上げられないじゃない」

「まったく上げられないわけじゃないが、実戦に出ている魔法師には追いつけないな」


 だからこそ彼女らは四桁でも優秀なのだ。単純な魔力量と上位級魔法だけでこの順位は将来を嘱望しょくぼうされる。そんな彼女達だからアルスは理事長に耳を貸したのだ。

 これはアルスの期待ではなく、理事長が二人を期待したことになるのだが。


「だから魔物を倒す技術は将来的に順位を上げるが、お前が目先の順位に目が眩んだのならやめても俺は一向に構わないぞ。寧ろお願いしたいぐらいだ」


 挑発的な物言いが逆にテスフィアの反骨精神を煽った風になっているが、アリスはやる気だし一人見るのも二人見るのも大した違いはない。


「上等じゃない。結果的に順位が上がるなら問題ないわ」


 アルスは順位に拘るテスフィアに懸念を抱いた。

 軍で実戦に出る魔法師はそれほど順位に頓着していない。もちろん順位が高いことで給与は上がるし、生活の保障もされる。何より魔法師としては名誉なことだ。

 しかし、それ以上に危険な任務を任せられるのが現状である。それは人類の悲願の一助として喜ばしいことなのだろう。アルスからすれば死に急ぎの何者でもないとしか思えなかったが。

 最近まで高レートは優先的にアルスへと命令が下っていたのだから、無謀な任務に就くことはなかったはずだ。


 これはアルス個人の価値観であってそれを二人に押し付けようとは思わない。それ以上は関知するところではないのだ、口を挟むような余計なことは言わない。

 アリスも頷き同意を示したところで訓練の説明に入った。


 


・「最強魔法師の隠遁計画」書籍化のお知らせ

・タイトルは「最強魔法師の隠遁計画 1」

・出版社はホビージャパン、HJ文庫より、2017年3月1日(水)発売予定

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