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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第6章 「譲れない戦い~確固たる役目~」
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知る者同士

 アルスが任務に向かってから数時間後。

 大会本部で欠場の報が全選手に知らされた。


 それまでにもいろいろと聞かれたがテスフィアもアリスもはぐらかしてきたのだ。それも今日、本戦に出る、選手の一人が朝食を抜いているとあれば誰でも不安になるというものだ。体調を崩したのではないのか、など心配する者もでたが、二人は口を揃えて後でわかると思いますと言うことしかできなかった。


 ロキ曰く、リーダーであるフェリネラも知っているとのことで、アルスに関しては上手くやってくれるだろうから余計なことは言わず、任せたほうが無駄な混乱を回避してくれるはずだ、と。


 試合着に着替えた3人が作戦本部に姿を見せると今日は着替えているのが5名。つまり、本戦に駒を進めることができたのが5人という意味である。

 3年生は全滅。2年生はフェリネラとサブリーダーを務めるイルミナが駒を進めている。

 そして1年生にはアルス、テスフィアとロキの3枠だ。しかし、この場にその中の一人が見えないことで不穏な空気が漂っていた。事前に連絡を受けていたアリスが試合着で登場したのだから、他の生徒は訳が分からないと言った表情で首を捻った。

 それを解消すべく全員の顔を確認したフェリネラが口を開く。


「皆さん、今日で最終日です。優勝も掛かってますが、ここまでくれば後は選手に託しましょう。そしてお気づきかと思いますが、アルスさんは諸事情により欠場となりました」


 ざわっ、驚愕の声は大会を軽んじたのではという不穏当なものまで混じっている。


「誤解なさらないように、アルスさんも大会への参加を強く希望しておりました。事情を話すことはできませんが、彼の意志ではないことを理解してください。それにここまで勝ち進んでいただけたのです。無駄にせず吉報で応えましょう。それでアルスさんの枠にはアリスさんにお願いしたいと思います」


 反論はない。彼女の試合を見た者は口を揃えてそれ以上の適任がいないと賛同の声が上がる。アルスを正しく評価出来ていない者は寧ろそのほうが良いのではないかと思うほどだった。

 フェリネラのおかげもあり、アルスは不要な反感を買うことなく欠場することができたが、中にはしこりを残す者も少なくない。

 この事態に疑問を残す者はと言うと。


「どうしちゃったんだろ。二人は知らないの?」


 そう声を掛けて来たボブヘアーで小動物を思わせる彼女はシエル・ファルレノ。

 予選の準決勝で敗退となってしまったが、決して実力で負けたわけではない。単純に連戦のせいで疲労を回復することができなかったためだ。少なくとももっと善戦できたはずだった。本人はそれでも十分満足いく結果だったため、それほど悔しさはないようだが。


「まあ、知らないと言えば知らないかな」


 テスフィアがばつの悪い顔で頬を掻いた。


「何それ、アルス君なら間違いなく優勝できたのにね」

「あいつも面倒事に巻き込まれる質らしいから、しょうがなかったんじゃない」

「シエルがそういうとすっごいプレッシャー掛かるんだけど……」

「あっ! そういえば二人が戦うことになるんだったね。こういう時に不戦勝できないんだよね本戦は」

「フィアと戦うのは慣れてるから願ったりなんだけど、さすがにあの観衆じゃ~」


 アリスが顔を強張らせる。

 本戦の会場は今まで4分割されていた試合場を一つにするため、全ての視線が集中するのだ。無論試合場全てを解放するには広大するぎるため、中心に円形の舞台が設置されることになる。それでも今まで戦った試合場の倍はある広さだ。

 それに加え、金ぴかAWR。刺すような視線の波に晒されるだろう。何より今日一試合目が二人なのである。


「始まっちゃえばいつも通りよ」

「フィアだけだよ、いつも通り戦えるのは」

「確かにあんなに落ち着けるのは良いよね。私なんて魔法が不発というみっともない醜態を晒したのに……まぁ、それに比べればアリスだって大したものよ」

「大丈夫よ。なんだかんだで始まっちゃえばいつも通りにやれてるんだから。私から言わせてもらえば何も変わらないと思うわよ」


 テスフィアの言いようにシエルはあまり考えてないからだろうなと推察してみる。

 3回戦目の時にアリスはいろいろアルスから説教紛いのことを言われていたのを彼女は横目に見ている。

 刻一刻と時間が過ぎ去り、試合時間の間近まで3人とも控室で話し込んでいた。主に試合に関してだが、アリスにとっては時間が早く過ぎてくれるのはありがたかった。

 ロキは隅でAWRの最終点検を行い。魔力を流したりと精神を集中させているようにも見受けられる。


「ほら、そろそろ時間よ。おしゃべりはその辺にしておいて会場に向かいなさい」


 フェリネラが呆れたように促す。第2魔法学院にとってポイントによる上下はないが本戦ともなれば軽視することはできない。

 本戦の試合会場には控えのベンチがなく、通路を出てすぐに会場入りするのだ。そのため、テスフィアもアリスもAWRを持って向かう。


 テスフィアは反対側ということもあり、早めに別れた。

 一階部分を回り、すれ違う他の選手に道を譲られ視線を注がれる。無論どうということはない。学院でも似たような光景なのだから。

 光の差し込む出口、もとい入口の手前で出番を待った。


 そして――――


『1年生の部、本戦第1回戦――――――――』


 テスフィアとアリスの名前が呼ばれ両者同時に姿を現す。

 怒涛の歓声に立ち竦みそうになるのはアリス。

 さすがのテスフィアも歩幅が乱れるのは仕方のないことだった。緊張と言うよりも圧倒されている節がある。

 数万人の観戦者が二人の出場に湧く。


(勝率は五分ね)


 今までの対戦成績を全て憶えているわけではないが、勝ち越していることをテスフィアは知っている。理事長の前で模擬試合した時もなんとか勝つことができた。

 しかし、たった1週間程前の成績がなんの役にも立たないことをテスフィアは知っている。なんと言ってもAWRが変わったのだから、全ての魔法が向上したと言えた。新しい魔法も会得したとなれば勝率は5分、もしかするとそれより悪いかもしれない。


(でも、試合は計算じゃない。勝率は役に立たないはず)


 らしくないと顔を振り、自分を奮起させるように言い聞かせ、手を鞘に添えた。

 冷気が漏れ出ているように感じる。

 今までもアリスとは試合を重ねてきたが、やはりこういった負けられない舞台での試合ともなると別格だ。

 そう、その試合を待ちわびるかのように気分が高まって行くのをテスフィア自身感じていた。知れた仲だからこそ全力をもって相手することができる。何の気兼ねもないのだ。

 だが、手の内が知れているとは言え、何もかも丸裸というわけでもない。


(アリスには悪いけど勝たせてもうわ!)


 一方で、アリスはアリスでぎこちない足運びで中央に向かう。

 斜めに下げているAWRが光を反射し、一歩を重くさせていた。それでも知った仲だ。今回は貰ったAWRがあり、それの性能は実力が向上したと勘違いするほどの高性能さを有していた。

 初戦の時からそうだ。まるで以前から使っていたように手になじむ。だが、嬉しくも歯がゆいかな、性能を最大限引き出せないことを実感していた。自身の力不足を実感させられたのだ。

 魔力に応えるAWRは物足りないとでも言いたげなほどで、放たれる魔法は鬱積を吐き出すように力強く乱暴だ。また魔力操作を少しでもできるようになったからこそわかることもある。まるでじゃじゃ馬だ。魔法のコントロールがアリスの指定した指向通りにいかないのだから、今はまだ宝の持ち腐れなのだろう。


 両者が指定位置に着く頃にはアリスの瞳にはテスフィアしか映っていなかった。

 視線が交錯する。

 今までのように模擬試合ではない本気のぶつかり合いにお互い心躍る姿が自然と頬を持ち上がらせていた。


 開始の時間が待ち遠しい。

 互いに集中し、歓声はフィルムの向こう側にあるように鈍く霞み、くぐもる。

 それは単に防護障壁が張られたためもあるが、それ以上に二人の意識が研ぎ澄まされたからでもあった。

 開始の合図が鳴ったのは集中力が最も高まった時だ――。


「アイシクル・ソード」

「シャイルレイス」


 開始と同時に両者の魔法がタイミング同じく放たれる。

 中央での激突は冷気を生み出し、土埃を含ませた。激突の衝突音が両魔法の威力を物語っている。

 観客たちは立ち上らんばかりに拳を握り、枯れんばかりに喉を振るわせる。ド派手な展開はこれ以上ない程観戦席のボルテージを上げたのだ。

 まったくの互角。これは観客席から見た素人目だ。

 しかし、当事者たちは僅かな差を機微に感じ取っていた。

 両者の魔法はお互いに消失しているが。


「さすがフィアの十八番。いつも以上に魔力を込めてるのに僅かに押せる程度なんて」


 アリスはそれでも以前と比べれば対抗できる武器を手に入れることができたのだ。卑下するとしたらやはり自分の不甲斐なさだろう。


「アリスもね。まさか力負けするなんて思わなかったわ」


 テスフィアにも油断はなかった。しかし、自身の持つ上位級魔法であるアイシクル・ソードが敗れたことは誤算という他にない。

 勝機があるとすれば魔力量だろうか。少なくとも今の攻撃ではアリスのほうが魔力消費が多いはず、ならば元々の総量で勝っているテスフィアならば魔力量で有利だ。

 しかし、そんなことに気付かないアリスでないことも知っている。


(だとしても私のやることは変わらない…………来た!)


 予想した通り、接近戦に持ち込むべく駆けてくるアリスを視界に収めると刀に魔力を這わせ、地面に刀身を浸からせた。抵抗感もなく地面に刃先が少しだけ埋まる。


「フリーズ」


 放射状に走る氷の道がアリスへと襲い掛かる。以前は線と言えるほどであった細い道も今は広範囲に干渉できるようになった。その分威力などの凍結性は向上していないとはいえ十分な成長である。


(フィアにはお見通しか……)


 接近戦、単純な武術ではアリスのほうが一枚上手であることは両者の既知だ。

 タンッと穂先を地面に突き立て、氷の道が迫る直前で槍を軸に宙へと飛び上がった。空中で身体を捩りシャイルレイス……三日月を描く斬撃が氷を断裁しながらテスフィアへと襲い掛かる。


「くっ!」


 刀をすぐに引き抜くと真横に飛び退り回避する、手を地面に突き一回転したテスフィアは空中で刀を一閃させた。


氷塊散弾アイス・ブレット――――ショット!」


 一瞬で拳程の氷塊が3つ生み出され、着地と同時にそれが弾かれたようにアリスへと放たれる。そして中間地点を過ぎた辺りで氷塊に罅が入った。


「――――!!」


 拳ほどの氷の塊が指先ほどの小さな玉に砕け無数にアリスを襲った。

 だが、アリスの驚愕は魔法に対してではなく、この魔法を会得していたテスフィアに対してだった。

 以前から少しずつ練習をしていたが、訓練時に完成していたのだ。

 だが、訓練時には確か5つの氷塊を生み出そうとしていたはず、そこでアルスがシエルに【穿つ棘(ソーン・ピアーズ)】を教えていた時のことを思い出した。

 何も大全に収録されている魔法を馬鹿正直に真似る必要はないのだ。それこそランクを下げる程度にアレンジすることで魔法を会得する。

 得心のいったアリス。それでも表情に焦りの色はない。眼前で無数に散らばっても余裕がある。回避しようとすれば雨のような礫を完全には避け切れないだろう。

 だが――。


反射リフレクション


 刃から光が放たれ、キャンパスを塗り潰すように光芒を引く。

 あっという間に真正面を覆う光のベール。そこに礫が吸い込まれ、弾かれたように来た道を戻って行く。

 今度はテスフィアが驚愕する。それは跳ね返されると分かってはいたが、AWRを得る前のアリスは刀身の部分でしか反射することができなかったはず。


「ちょっ!! ア、氷の断崖アイス・ウォール


 慌てて地面に刃先を少しだけ埋め、一気に切り上げる。

 刀の後を追うように分厚い氷の氷山が引きずり出された。氷山というほど大きくはなく、テスフィアの身体が隠れる程度である。

 氷の壁に背中を預け、頭を低くして来たる嵐に備えた。

 それはすぐに訪れる。ヒュンッと氷の壁を削りながら立て続けに斜め上から自分が放った無数の氷礫が空気を裂く音は壁を確実に削っていく。咄嗟に身体を丸めた。

 耳に飛び込んでくる破砕音に顔を覗かせることなどできるはずがなかった。数秒の嵐が長く感じ、氷山の壁がもつことだけを願う。

 豪雨が止んだ直後、背に冷やりとした悪寒が襲った。


「――――!!」


 咄嗟に真正面に低く跳び込む。するとすぐ頭上に黄金の穂先が真横に通り過ぎていく。

 反転し見れば、そこには透き通る断面を覗かせた氷の壁が綺麗に切断されていた。そして上半身を壁から出し、振り抜いたアリスが微笑を浮かべている。


「今までのようにはいかないよフィア」


 軽く跳躍し氷の切り株を飛び越えると着地し、一気に槍を引きながら間合いを詰めてくる。


「それはこっちのセリフッ!」


 テスフィアも覚悟を決め、刀に冷気を纏わせ、氷の刃で応戦する。凍刃と呼ばれる魔法剣である。

 駆けながらのアリスの横薙ぎの一閃をテスフィアは上段から振り下ろした凍刃で迎え撃った。

 キンッ! つんざくような金属質な音が鼓膜を振るわせ、互いに弾かれるように軌跡をAWRが戻る。隙に繋がるノックバックだが、これは相手も同じはず、テスフィアはそのまま力任せに再度振り下ろそうとするが。


「――――!!」


 眼前には円環を付けた金槍の柄尻が襲いかかってきていた。

 視線が真上、後ろに引かれる刀へと向き、テスフィアは抗うのを止め、後ろにバク転する。見上げる天井の間に縫うように柄尻が通過した。

 そう、アリスは最初から拮抗した力がもたらす反動に逆らわず、刃先を後方に柄を前方に反転させ、そのまま突いたのだ。

 これが接近戦での二人の力量差である。

 バク転の着地を狙いアリスは一歩大きく踏み出し、持ち手を柄尻にずらす。槍の位置は空中で固定されたように動かず、彼女の身体だけが滑るようにテスフィアに切迫する。そして下部へと持ち直し、引かれたまま槍を後ろから半円を描くように縦に、真上から振り下ろす。


 目まぐるしく一回転するテスフィアの視界は迫りくるアリスを捉えていた。そして着地と同時に刀を真横に両手で掲げ、防ぐ。

 だが、重く勢いが乗った斬り降ろしに、堪らずテスフィアは膝を地面に埋める。

 そのままの姿勢で両者のせめぎ合いが少し続く。


「フィア、降参してもいいんだよ」

「じょ、冗談でしょ。やっと面白くなってきた所じゃ……ない!」


 程良くアリスの槍が凍刃によって浸食され、僅かに刃先に氷が付いてきた所で――。

 ダンッと片膝立ちの足で地面を叩いた。靴底から地面に冷気が這い霜が立つ――――。


「――――!!」


 危険を察知したアリスが大きく後方に跳躍して距離を取る。

 だが、テスフィアの足元にそれ以上の変化は起きなかった。


「かかった」


 ニンマリと子供っぽい笑みを浮かべたテスフィアに、アリスは遅れながらに何をされたのかに気が付く。


「騙したね……」


 そう、アリスも槍を押し込んでいたため、身動きができる状態ではなかった。そこでテスフィアの足元に魔力が移動し、魔法による事象改変が凍るという現象を引き起こしたことで、地面から攻撃が来ると思い回避行動を取ったのだが、まんまとたばかられたというわけだ。


「あいつじゃないんだから、AWRを通さずに無詠唱なんて高等技術できるわけがないじゃない」


 と言われればアリスも渋面を作らずを得ない。いつもアルスやロキといった規格外を相手にしているため、慎重になり過ぎた身体が無意識に反応してしまったのだ。よくよく考えれば当然である。

 だからテスフィアでもせいぜい地面のしかも足元だけという小規模に霜を立たせる程度のことしかできなかったのだ。

 そしてアリスはこの距離が自分にとってあまり思わしくないことにも気が付く。

 魔力の総量が違うのだからアリスは極力温存し、有利な接近戦で優位に立とうと思ったが、まんまとせっかく入った懐から遠ざかってしまった。


 距離的にはテスフィアに利がある。だが、それほど彼女自身、楽観視できていない。すでにさんざん魔法を使わされてしまったのだから、いくら総量が多いとはいえ残量は大差ないと推察していた。それは単なる魔法使用数だけではなく、あのAWRは魔力消費も抑えられているとアリス自身から聞いたのだから、少なく見積もっておく必要があるだろう。


(やっぱりリフレクションは厄介ね……)


 今まで幾度となく試合をこなしてきた二人であるが、テスフィアが勝ち越せたのは単にアリスの持っている魔法が少ないからだ。それでも勝ったり負けたりと常勝できない理由があの反射リフレクションにあることを理解していた。

 もしかしたら、その内アイシクル・ソードでさえ跳ね返されてしまうのではと嫌な汗が頬を伝う。

 リフレクションはその性能上、跳ね返す魔法以上の魔力を消費しなければならない。そのため、アリスにリフレクションを使わせ続けることができれば必ず勝利は得られる。 

 しかし、事はそう単純ではない。リフレクションの脅威は跳ね返した魔法に超過分の魔力が込められるため、威力も速度も比較にならないのだ。

 それを耐え凌ぎ続けられるかはテスフィアも自信がない。

 アイシクル・ソードとて単純に放てば近接を得意とするアリスの体捌きの前に容易くかわされる恐れすらあった。


 逡巡する間にアリスはテスフィアに向かって走り出す。

 お互いの長所と短所を知っているだけあり、テスフィアの考えもアリスの考えもお互い知るところだ。


(長期戦は分が悪いからね。フィアは遠距離で私の魔力を尽きさせるつもりなんだろうけど、そうはさせないよ)


 アリスは魔力をAWRに流し、魔法を発動待機させておく。

 そしてやはり同じように足止めとしてテスフィアの《フリーズ》が伸びて来た。大きく斜め前方へと飛び、槍を一閃させる。刃に付いた氷が消し飛び、シャイルレイスの斬撃が今度は一直線に放たれる。

 先ほどの氷の壁に阻まれないように巨大な円弧を描いた斬撃に対抗する術をテスフィアが持たないことも知っていた。唯一のアイシクル・ソードも発現までの時間はシャイルレイスに比べ遅い。

 歯を噛み締めたテスフィアは予想していた通り真横に回避した。


「――――!!」


 だが、アリスの攻撃はそれで終わらない。

 背に隠れた円環が空中でアリスの左右に一つずつスライドするように姿を現したのだ。

 それは魔法が放たれる直前の凝縮された光を円環の中に浮かび上がらせて渦を巻いていた。

 そしてテスフィアの着地を狙った小さめの斬撃が放たれる。


 初戦の時よりも大きく、円弧はそれだけの魔力が込められている証拠である。爆発音にも似た轟音が土煙を舞わせ、テスフィアの姿を隠した。

 アリスは勝利を確信し、悠々と着地する。しかし、まだ油断はできない。槍を構えたまま、止むのを待つ。

 すると――――。


「やってくれたわね」


 ブオン、と鈍い音が煙を一刀に寸断、煙を引き攣れて横薙ぎに放たれた。何か巨大なものが通り過ぎたような光景だ。しかし、テスフィアの鋭利な刀ではありえない。


「…………!! 妬けちゃうなぁ」


 姿を現したテスフィアを見てアリスは無意識に溢した。

 そこには長大な氷の剣が横薙ぎに払われた後のように真横に据えられている。おそらくあの氷の剣で防いだのだろう。

 テスフィアが何をしたのか、訓練ではアイシクル・ソードをいつでも放てるように固定させていた。それは相手に切っ先を向けただけの剣に過ぎなかったのだが、今は振るわれている。

 それは奇しくもアルスがアイシクル・ソードを昇華させるために考えていた第2段階の形態、その一端だった。

 だが、形状はいつものように投擲するためだけの剣ではなく、剣として振るわれるための形状をしている。それでも刀身だけで3m近いのだから人間が扱えるような代物ではない。

 それがテスフィアの真横、アリスから見て右側に固定されたように浮いている。


 こういった逆境での真価はアリスでも妬けてしまうほどだ。自分も散々魔法に関してはもてはやされたが、この親友を前にしては霞んでしまう。無論彼女とてテスフィアに比肩するほどの努力を積み重ねて来たが、土壇場での親友は必ず何かをやらかすのだ。グドマとの決闘の際、テスフィアは凍刃をも使いこなした。それは知識としてではなく本能的な直感からだとわかる。

 テスフィアはあまり頭を使うタイプではないからだ。

 それが魔法師としての資質の差だと言われれば諦め――――いや、諦めることなどできない。自分に無いものを彼女が持っていたとしても自分にあるもの全てを彼女が持っているとは思わないのだから。

 

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