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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第5章 「戦慄再来」
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討伐の狼煙

 あまりの衝撃的な発言に隊長としての威厳は一瞬で消し飛び、頓狂な声を上げて固まった。部下の顔を見る余裕はない。だが、どんな表情なのかは誰にでもわかる。自分と似た顔に違いないのだから。


「おい! もっとマシな言い方があるだろ。こっちのほうが時間をくうぞ」

「いやいや、これしかないっす。良い機会っすよ。今まで根暗で引き籠ってたんすから」

「誤解を招く言い方をするな! …………まあいい、それより」


 自分に視線が向いたことでビクンと身体を振るわせ、すぐに片膝を突く。こういう場合、どういった態度を取れば正解なのかわからないが、これしか思い浮かばなかったのだ。これでも魔法師の端くれだ、シングル魔法師の頂にいる人物に対して、たかだか一兵卒上がりの自分如きには眼前の偉人を計り知ることなどできはしないのだろう。


 それでも自国の御偉い方々よりも彼が畏敬の念を注ぐのはシングル魔法師だと断言できる。これは一魔法師として自分が思いつく最上級の敬意の表れであった。


 続いて部下たちも慌しく膝を付く。

 他国だろうとシングル魔法師の活躍は人類全てに救済をもたらす。魔法師である彼がシングルと同じ地位にいる将官とどちらに敬意を払うかというと前者に違いなかった。体面上はあるが、心より敬うのはシングル魔法師に他ならない。


 彼が軍に入隊してからすぐに魔物の侵攻があった。正しくは侵攻かは定かではないが、防衛ライン近郊に魔物が大量発生したのだ。新兵である彼が討伐に駆り出されるのは必然だった。バルメスはその数にイベリスへと協力を要請し、当時のイベリスが抱えるシングル魔法師に命を助けて貰ったのだ。いや、勝手に助かっただけなのだろう。数発の魔法で大群を一掃したのだ、それだけで何人が救われたことだろうか。その内の一人に過ぎないだけだ。だが、彼はシングル魔法師の圧倒的な力に尊崇を抱いた。

 その時のシングル魔法師は既に前線を退いている。それでも彼がシングル魔法師に抱く敬意は今も変わりない。

 

「そこまでしなくていい。この場で騒ぎになるのも面倒だからな」

「いえ、これは個人的なものです。ですが、そう申されては仕方がありません」


 隊長がゆっくりと立ち上り、全員が顔を伏せながら直視しないように胸の辺りに視線を固定する。

 まだ10代だということがわかっても彼の態度に変化はない。意外感はあったが。


「それで何故バルメスに……」


 過去を思い出しながら期待に胸が膨らむ。声には色めいたものさえ感じるほどだ。震える声に気恥かしさはあっても問わずにはいられない。立場よりも個人的な期待が大半なのは彼自身意識してのことではなかった。


 アルスは懐から書簡の入った箱を取り出し、中から厚みのある羊皮紙を見せるように拡げた。こういったやり取りや契約に未だ紙が使われるのは今も昔も変わりないだろう。

 一先ずこの場では隊長と思しき彼にさえ理解してもらえれば済む。


「俺たちはアルファから救援、討伐の任を受けている。バルメス元首ホルタル・クイ・バルメス殿から指揮権の全権委譲を一時的に得ている。総督ガガリード殿に御目通り願えるか」


 目を釘付けにした隊長は王印を確認しているのだろうか。


「わ、わかりました。ですが、その……総督はここ数日誰ともお会いにならないと聞きましたが」

「わからないか? バルメス軍に関する一切を委譲されている。総督の権限よりも上位と思え、わかったら案内してくれ。こっちは時間がないんだ」

「ハッ! 直ちに」


 アルスたち一行は隊長と思しき人物に先導されながらバルメス本拠地へと入る。

 人だかりが自然と割れるが左右から浴びせられる奇異な視線は得体の知れない者に向ける類のものだ。

 最上階に上がるまでにすれ違った魔法師の数がアルファと比べてかなり少ない。学院よりも少ないかもしれなかった。

 隊長が扉の前で止まり、半回転する。


「ここです…………総督、アルファからの討伐隊の方々を御連れしました」

「…………」


 ノックへの返答はない。しかし、中に人間がいる気配はある。


「ここまでで十分だ」


 そう労いアルスは不作法に扉を開け放つ。


「誰が通せと言った!」

「お前の命令など誰が聞くか」


 突然内部から威圧的な低音で怒鳴り声が上がったが、アルスは一蹴してお構いなく歩を進める。入室するには大所帯のため入るのはアルスとレティだけだ。


「誰だお前は! 警備兵は何をしている!」

「案外早かったなアルス」


 椅子に腰かけたもう一人の壮年の男にアルスは予想していたように肩を竦めた。


「ヴィザイスト卿、これを待っていたわけですね」

「その通りだ。この男は堅物過ぎる」


 アルスは書簡を渡し、立ち上ったヴィザイストはバルメス総督ガガリードへと向く。


「これで満足かな? ガガリード殿。これより全権は我々に委譲される。貴殿には情報提供の義務が発生するのでご了承されたい」

「ふ、ふざけるな! 貴様らアルファなぞに手を借りるつもりはないわっ! これはバルメスの問題だ、直に片が付く……」

「まだ状況を理解していないようだな、貴殿は事態が沈静化したのち軍事裁判に掛けられるだろう。すでにバルメスだけの問題ではなくなっていることすらわからんとは……すでに決まったことだ」


 ドスッと腰を降ろすとヴィザイストは足を組み替えて呆れ混じりに鼻息を荒くした。

 時間が惜しいことはヴィザイストも理解しているはずだ。だからなのか飴と鞭を持つ。


「ガガリード殿、貴殿はすでに大罪人に等しい。これ以上作戦の妨害は罪を重くするだけだぞ。悪くすれば供給刑も十分ありえる。情状酌量の余地があるとは甘く考えないことだ。しかし協力的な態度を取るならばアルファで軽減を約束しても構わない。貴殿にとって幸いなのがこの場に我々しかいないということだ。後3・4日もすれば各国から集まってくるだろう。その前に事態を解決しなければ……お前・・は死んでいった兵の墓標で処刑される」


 供給刑という言葉にガガリードは顔面を蒼白にさせた。

 最も重い刑である。生きながらに魔力を供給し続けなければならない。それは死を懇願するほど苦痛を伴い、限界まで管を通して魔力が吸われ続ける。

 批判的な声が多いが、魔物が蔓延る世界において人間同士のいざこざを無くす為の抑止力として設けられた。それを突き付けられればガガリードとて強気を削がれるには十分だろう。正論では引っ繰り返らない事態に歯を食いしばって耐えているようでもある。


 彼の功績などを考えれば通常そこまでの刑に処されるほどではない。しかし、事態が事態だけに全人類の脅威をどう捉えるか様々だ。元首の一人でも供給刑を望めばいくらでもなりうる。

 被害を最小限に早期解決はガガリード自身をも救うのだ。


「どこまでだ…………供給刑だけは避けられるのか、それでも俺は死ぬのか……バルメスはどうなる」


 ヴィザイストの手の中だと知ってもあのおぞましい刑を回避できるならばという思いからだったのだろう。机の上でひどくしわがれた声がか細く鳴った。


「貴殿の協力如何によってはだ。隠居したいのであればそう配慮してくださるよう進言してみよう。保証はしかねるがな。それでも名誉ある退役は出来んと知れよ。それと……バルメスは何も変わらん、魔法師の減少は各国で何かしらの対策がされるだろうが。属国にできるほど、どの国も余裕はないはずだ。国民にとっては上の首がすげ変わるだけの話だ」

「……わかった」


 話が纏まったことでアルスはヴィザイストの対面に座り、口を開く。


「その約束も他国が集結するまでですよ。アルファが解決しなければ意見を通すことも難しいでしょうね」

「悪いな、またお前の力を借りることになる」

「ヴィザイスト卿のせいではありません。いずれにせよ、十分な見返りは要求しますが」

「ハッハッハ! これで討伐できるなら文句はないだろう」

「そう願います」


 すでに地図がテーブルを埋め尽くし、端から余分な箇所が垂れている。


「現状はどうなんですか?」

「ガガリード殿が渋ったので勝手に調べた程度だが、10km地点までは俺の部下を偵察に当てている。今のところ特に痕跡はない。標的を目視できたわけではない、単にいないという確認だけだ。さすがに死ねとは言えん」


 アルスは一つ頷き、隣に腰を付けたレティも参加し、ガガリードは全体を見渡すよう正面の机に座ったままだった。


「お久っすヴィザイスト卿」

「レティは変わりないな、さてアルファの最高戦力が揃って倒せませんじゃ笑い話だ」

「とは言っても、推定ではどの国でも一国の戦力では不可能って話っすよ」

「だからだ。上は何か考えているようだが、これは結果的にアルファのためになるはずだ。それに各国間の垣根を取り去るきっかけにもなるだろうな。国家間の協力は必要不可欠だというのに協力に対する見返りや優劣を良く思わない連中が舵を取る。だから今回のような事態にまで発展するのだ。過去に不当な交渉が行われた例があるからなのだが。まあいい、経済を円滑にするために国を分けたとはいえ、利己的な思考では将来はない。無論無償での助け合いが良いとは言わんが、経済を脅かすほどの要求をすれば遺恨を残し普遍的とは言い難くなる」

「だからと言って他国まで駆り出されるのはごめんですが」


 ヴィザイストは苦笑を浮かべて「脱線した」と戻す。


「それにしても解せませんね。本当に悪食なのですか?」

「確証はない。我が軍の一人、ジリーダからの言伝によってもたらされた情報だ。その者も数分後には死んだ」


 ガガリードの報ではジリーダの判断だということだ。元シングル魔法師がそう判断したならば見間違いということはないはずだ。しかし、悪食という種類――いや、特異な性質を持つ魔物は稀有な存在であるため、一概に断定するには根拠が乏しい。


「だとしても悪食の傾向ではすぐにバルメスが襲われないというのは引っ掛かります」

「あぁ、推測だが、未だに鉱床付近に潜伏しているのだろうな。魔物に関する情報が乏しい。一先ずこの標的を悪食と呼称する」

「とは言え、この場で作戦を練ることはできませんね。こっちは連れて来たレティの部隊から数人を選抜してすぐに討伐に向かいます。ヴィザイスト卿は後から来た他国と連携して防備を固める手筈になっています。レティ、まずは言っておいた条件の隊員を選抜して目標地の地形を頭に叩きこませておいてくれ」

「了解っす隊長」


 ビシッと敬礼をするレティにアルスは目を細めて「早くしろ」と急かす。


「追加情報は集まった時に説明する……それでガガリード殿、ここには鉱床しかない。間違いないですね」

「そうだ。鉱床近辺は禿げた草地、周囲は他と変わらない原生林が広がっている。過去に地形調査に当たらせた時はそれほど誤差はなかった」


 地図を指して鉱床の辺りを示す。鉱床が新しく書き記されただけで他の箇所には修正が加わっていないようだ。


「では、第1陣の陣形、どれほど展開していたのですか?」

「周囲1km圏内を円形状に広範囲に進軍し、目標地までは掃討に成功していた。最後の通信などから鉱床一帯の捜索時に6体のAレートと遭遇……そこで通信が途切れている」

「6体か……その内の1体が悪食だったということか」

「どうする? 今回は全て現場に任せるしかないからな」

「ヴィザイスト卿、やはり視認しないことにはどうすることもできませんね。予定通り討伐に向かうしかないでしょう。リンネさんにも付いてきてもらってますので、後手には回らないはずですし」

「だな、ガガリード殿にはまだ総督としてやっていただかねばならないこともある。残った兵を等間隔に目標近くまで置き連絡を密に取れるようにしていただく」

「わかった。わかったが、この……彼らだけで討伐に向かうのか」

「先ほども言ったはずだ、最強戦力だと。アルスとレティはアルファのシングル魔法師だ」

「――――――!! ならばお前が魔法師の中で最高位ということか。だったら余計少数で向かう意味が……」


 アルスは聞き覚えのある議論にうんざりしながら簡潔に述べる。


「すでに結論はでている。討伐には俺らで向かう。安心しろ討伐は成功させる。ガガリード殿は早く出立できる準備に勤しんでもらった方が自分のためだと思うが?」

「…………わかっている」

「伝達員には障壁を張れる魔法師を選んだほうがいいでしょう」

「この際、自然破壊などとは言ってられないか」


 類を見ないほどの高レート。戦地は苛烈を極めると予想される。ヴィザイストはいつかの研究施設一帯を想起させながらため息を吐いた。いずれ人類の領土となり開発が進むにしろむやみやたらと生態系を崩すことが良いことではないと知っているのだ。

 だからこそ生存圏内にも森林が広がっているわけでもある。これは外界の奪還を希薄にさせないためでもあるのだが、人間もまた自然の中にあるべきだと思うのはこの歳になってから尚更だった。


「鉱床にはできるだけ損傷を与えないように離れて戦闘する予定です」

「そうしてくれ」

「準備を整え次第……いえ、明朝に出立します」

「ん? お前にしては随分慎重だな」

「さすがに今回は俺一人というわけではありませんし、どこまで予想外の事態を想定すべきかが不明ということです。地形にも疎い、倒したはいいが、帰り道がわかりませんじゃ格好悪いでしょ。何より夜は避けたい」

「まったくだ。それにもう一つ厄介事があるのも確かだしな……そうだなガガリード殿?」


 冗談を含めながらも勝手に予定を変更してしまったが、予想以上の情報不足に人選は慎重にならざるを得なかった。しかし、ヴィザイストが放った「厄介事」に嫌な予感が的中したようにアルスの眉根が上がる。



 ♢ ♢ ♢



 討伐できることが前提に話が進んでいることに少なからず憤りを感じていた。ガガリードは他国に比べてバルメスが軍事力という面で劣っていることを自覚している。数百人の魔法師を投入して勝てなかった相手にシングルが加わっているとはいえ十数人程度で向かうということに馬鹿げた者を見るように見た目静観していた。


(俺も軍には長い、シングルは確かに格が違う……いや、次元が違うと断言できる。それでも数百に勝るとは思えん)

 

 バルメスは魔法師数が少なく、胸を張れるシングル魔法師もいない。だからと言ってそれ以外の魔法師までもが軽く見られていいほど堕落した育成をしているわけではないのだ。2桁魔法師はそれこそ他国に劣らない自負があった。

 そんなしかめっ面になりそうな心情を押し留めていると突然話を振られ、心臓が跳ねあがりそうになる。それは単なる転換ではなく、何を指しているのか理解できるからだ。


「あ、あぁ。クラマへの救援を依頼した」

「…………!! 馬鹿が!」

「――――! 仕方がなかった。それに依頼取消しの連絡はすぐにできる。そういう取り決めになっているのだからな。クラマからは3日後に決行と聞いている。今ならば十分間に合うはずだ」

「だから馬鹿なんだ。国を相手取るほどの犯罪者組織だぞ。素直に引き下がるとは思えん。大方法外なキャンセル料だけでは済むとは思えない」

「だろうな。アルスには悪いと思うが、こちらでもできる限り干渉されないように目を光らせておくつもりだ。大事の前の小事というにはデカイ捕物だが」

「分かってると思いますが、邪魔が入れば悪食どころではなくなりますよ」

「承知している。なぁガガリード殿……これ以上は庇いきれなくなるぞ」


 気難しい顔で諦めたように頷く。

 犯罪者の手を借りようとしたのだからそのしっぺ返しがどういう形で来るのか味わった瞬間だ。自分の首を繋ぎとめる為の支えがいつの間にか鋭利な刃へと挿替えられていたのだから。まさに首元へ刃を突き付けられている気分だろう。


「確かにこれならすぐに出立はできそうにないな。部屋の準備を頼む」


 相手が元総督であれ、すでにアルスには敬語すら使う気すらない。


(クラマか……犯罪者が傭兵気取りとは可笑しなご時世だ。だが、こういう時に目障りになってくるなら前もって潰しておくんだった)


 舌打ちをした所で事態は好転しないとわかってはいてもやはり面倒事に違いないのだ。アルスが裏の仕事を請け負っても幹部らは姿すら見せない。潜伏地すらわからない上に手を引いているのかすら断定しづらい。クラマは一級犯罪者の集まりだが、構成員は少ない。ごろつきを唆したり、犯罪者を利用するためだ。何より痕跡らしい物を残さないためその足取りは見え隠れするぐらいだった。

 彼らがこれまで捕まらずに来たのは個々の戦闘力もさることながら、国の中枢とも言うべき重鎮と癒着しているからでもある。懐を肥えさせるにはこれ以上ない蜜だ。

 それらの原因は各国にもある。理由は明瞭、彼らを倒せる実力者は皆外界へ出てしまうからだ。アルスとて外界任務からの帰還後に少しばかりの内紛を払う程度しか動けていなかった。

 未だに一部の幹部しか名前が明かされていないのはそう言った後手のせいでもある。


「ガガリード殿には私の部下を一人付ける」

「……わかっておる」


 監視のためだと察することは容易だろう。彼は罪人なのだから。

 アルスはヴィザイストに一礼して部屋を去った。


「では、明朝」


 部屋を出ると隊員の影が見えない。

 ここまで連れて来た隊長だけが残っていた。


「皆さまは別の場所に待機していただいております。ここでは何かと目立つかと思われましたので」

「ありがとう」


 素直に感謝を述べると隊長は「滅相もない」と深々と頭を下げた。

 彼に案内され着いた場所は魔法師たちが会議などに使う部屋なのだろう。巨大なテーブルにスクリーン、ドリンクや軽食までもが用意されている。


「今はここを使う魔法師はいませんので、ごゆっくりお寛ぎ下さい。後ほど部屋が用意出来次第呼びに参りますので」

「わかった」


 去って行く隊長の背中は使う者がいないことへの哀愁を漂わせていた。

 扉が閉まり、聞き耳を立てる者がいないことをリンネに確認させるとアルスはヴィザイストとの会話を隊員に聞かせた。



「悪いなレティ、人選に少し戦力を加えてくれ。さらに面倒事が増えた」

「アルス様、でしたら私を同行させていただけないでしょうか」


 そう声を上げたのはサジークだ。

 低音で紡がれる。その口ぶりから彼はメンバーに含まれていなかったのだろう。


「どうだ? レティ」

「いいんじゃないっすか~、ただこの親父は本当に戦うことしかできないっすけどね」


 周囲から冗談めかした笑い声が湧く。

 実年齢は親父と呼ばれる程歳をくっていない彼だが、外見上老けて見えてしまうため仲間内ではそう言われることもしばしばあった。それは頬に付いた傷跡が原因の一つでもある。

 

「何を申されますか、このサジーク魔物の異臭すら嗅ぎわける鼻をも持ち合わせておりますぞ」

「ほ~探知もできるのか」


 アルスは感心したが、別にどちらでもよかった。探知にはリンネがいるため、加えるのは単純な戦力の増強が目的なのだから。個人でも十分戦えるなら問題はない。


 嘲笑めいた笑い声がピタリと止み、皆が息を呑む。

 それはアルスが感心しているからというよりも、何かを我慢しているようでもあった。


「はぁ~また馬鹿をこじらせたっすねサジーク」


 レティが嘆息すると、別の隊員が呆れながら口を開いた。


「アルス様、真に受けないでください。こいつが見つけられるのは魔物の糞だけです」


 この時点で思い出すように噴き出す者が数名でた。

 「は?」というアルスの表情に促されるように続く。


「以前から鼻が他の者より利くってんで試したら何と見事に発見したのが糞だったわけです。しかも目の前に魔物がいるにも関わらず、糞に反応しやがる自慢の鼻だそうですぜ」

「おい、誤解を招くことを言うんじゃない。結果的に魔物の発見はできただろうが」

「珍しい魔法だな、性質変化か何かの類か」

「いえいえ、ただの野生的な嗅覚ですよ。メスを探し当てるオスのように鼻が利くだけの似非えせ嗅覚ですね」

「おい。ムジェル、それ以上は俺のキュートな鼻が火を噴くぜ」

「その鼻は糞の異臭を燃料にしているらしいからな、火力も凄そうだ」


 立ち上ったサジークと袖を捲るムジェル。

 嘲笑が湧き、どこかの酒場でありそうな雰囲気へと一変する。

 煽る者までいる始末だ。レティはおでこを擦って椅子に座り、また始まったと嘆息した。

 いつものことなのだろうか。

 アルスは相変わらず仲の良い連中だなと肩を竦めるが。


「冗談はその辺にしとけサジーク、付いてくるのは構わないが糞にかまけてるなら置いてくからな」


 「そんなぁ~」と情けない声を上げて項垂れるサジークに仲間たちが一人ずつ肩を叩いていった。


「さて出立が伸びた理由がまだだったな」


 真剣な雰囲気を醸し出し空気を一変させる。


「どうやらこの国の総督は無能らしい。クラマに救援の依頼をした。一応すぐに取消しできると馬鹿の一つ覚えのように信じ切っている」

「ならいっそ捕まえるっすか?」

「いや、そんな余裕はないだろうな。二者択一だ。犯罪者に構って総督らの思惑を潰すのも悪くないが、俺への報酬がおしゃかだ。ここはクラマが干渉しないことを願うしかない」


 ムジェルが顎を擦り、ずばり予想される事態への対応を問う。


「首を突っ込んできた場合はどうします?」

「交戦は避け、牽制する。魔物を討伐し余裕があれば仕留めるが、そこまで待ってるほど馬鹿じゃないだろう」

「っすね。厄介に厄介なんてツイてないっすね」

「言っても始まらん。そっちはヴィザイスト卿に頼んであるから、こっちはこっちの仕事を遂行するだけだ。発見したらちょっかいを出してくる前に仕掛けても構わないが、交戦は避けろよ」


 幹部がシングル魔法師に匹敵するということを考えれば、事態を悪化させることも考えられる。

 各国から精鋭が集まることを考えれば長居するとは思えないが用心に越したことはないだろう。


「荷物はどうしますか、後退用の装備も準備しておきますか?」

「いや、それはいい。できるだけ身軽で臨む。最低限で構わない。今回は雑魚も少ないはずだから防臭や痕跡を消すような装備は全部置いていけ。持って行くのは自分の身を守るための物だけで十分だ。他になければ明朝日の出とともに出る」

「はっ!!」


 立ち上り、覇気のある声が重なり合う。


 アルスは大会も終盤に差し掛かった頃かなと巡らせてみる。無論何も心配はしていない、そもそもは大会のために来ていたのだから、変なことになったなと恨みがましく蠱惑的な笑みを浮かべたシセルニアを思い出す。


(さすがにこのままだと面白くないか)

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