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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第5章 「戦慄再来」
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怯真相

 シセルニアの問い掛けへの返事は疑う余地のない完璧な笑みだった。

 べリックからも目で頼まれればアルスに逃げ道はない。これはただの説明であり、この場に呼ばれたのがこの役目のためだと言い聞かせることで何とか奮起させてみる。

 正面の二人が割るように席をずらす。

 後頭部をわさわさと掻き上げながらアルスは間に入り、口を開き始めた。


「では皆様、悪食と聞いてまず連想するのは過去の大災厄でしょう。その詳細な部分までは理解していない方もいらっしゃると思いますので簡潔に述べさせていただきます。まず、魔物が人を食す場合、これは魔力の吸収により己の力を高める目的があります。細胞を活性化、いわば種族の進化。吸収する魔力が高いほど飛躍的な進化を遂げるため、どの国でも討伐に失敗した場合、隊の中で最高位の魔法師を逃がすために死力を尽くすはずです。というのも通常の魔物ならば吸収した魔力を己の魔力として置換する期間が長いためです。一人、よくて二人を食するのが普通です。その間に死後硬直と同時に死んだ魔法師の魔力は大凡12時間ほどで体外に残滓として抜けていくため、魔物は本能的に魔力の質、量の多い者を優先的に吸収する傾向にある」


 過去最大の災厄は推定SSレートによる進行である。当初、討伐中の捕食行為により目まぐるしく姿を変え、凶悪さを増して行った。そのことから即食吸収【悪食】と呼ばれるに至る。

 当時は7カ国とは呼べないほど、領土や境界線があやふやだったため、指令系統に混乱が起きたものだ。それに拍車を掛けるように1位が死亡、魔物に吸収されるという最悪の事態を招いた。

 お歴々の顔を見渡し、ここまではついてこれていることを確認すると。


「悪食は置換する器官がどういうわけか異常に発達しているらしい。人間に例えるなら消化器でしょう。同じ時間でも数百倍、おそらく個体差があると思われるが、一度の吸収は百人以上。レートにして2段階以上」


 蒼白となった顔は生きた心地のしない説明のせいだろう。Sレートでさえ国家存亡の危機だ。一国で対処すれば甚大な被害を出す上に確実な勝算を得られるわけでもない。

 2段階、つまり過去の再来であるSSレートに匹敵する可能性があるのだ。


「楽観視することはできませんが、絶望するには早計でしょう。過去の大災厄では1位が喰われたが、個人の見解では当時の1位でも現在の2桁ほどだと推測されます。それほど現代魔法学は進歩しているといえるでしょう。現在判明している情報だけでも最低Sレート、それ以上は考えたくありませんね……めんどくさそうだ」


 無論、当時の魔物をそのままあてはめることもできないのだが、この場では口にしないほうが賢明だろう。

 大災厄以降、新種の魔物は増え続け現在までに300を超える。それでも年間数十件の確認報告が各国間で布告されるのだ。これは魔法師の質が向上しているからという見方もできるが、真相は未だわかっていない。一部ではやはり独自の進化、もしくは共食いによる変異だという見方がある。


「それだけの膨大な魔力を吸収するため悪食と呼ばれています。仮説の域を出ませんが、これは消化に伴う依存とも言う報告書が現存していますね。しかし知見によるため学説的には承認しかねますが。つまり、悪食は吸収することはできても体内で全てを置換しているわけではないということです。もちろん確証はありません。蛇足かもしれませんが、要は倒さずとも時間さえ稼ぐことができれば御の字。撤退させれば成功と言える……かもしれない」


「こんなところでしょうか」と締めくくると、特に質問もないようなのでアルスは一歩引く。

 このまま扉まで行けたらどんなにいいだろうか。

 気持ち扉よりに身体が傾いている気がするが、アルスの意志を投影した些細な抵抗だ。

 眉間を指で摘む、額を擦りながら左右に顔を振るなど、様々な反応だが、どれもに共通していることはアルスの意見を聞いても気休めにもならないということだ。


「すぐに各国の魔法師部隊をバルメスに集結させましょう」

「となりますと、2桁以上の魔法師に限定したほうがよいでしょうな」


 口々に対策案が出され始めるが、まだシセルニアの話は終わっていなかった。


「皆さま、一先ずはホルタル殿に確認を御伺いしましょう。情報の共有は大切なことですし、当事者のバルメス国のほうが現状を細かに把握していることでしょう…………まずは先に御一つ、ホルタル殿、死体は回収されましたか?」


 観念したように項垂れているホルタルに一斉に視線が向く。隊列のように一瞬の迷いもない動作は意図した反応ではないのかもしれない。

 対策を立てるにも危険度を正確に把握しないことには始まらない、というだけではないだろう。その表情はどれも何かの間違いであってくれと願望が宿っていた。そしてできるならば「死体は回収した」この一言があればまだ救われるだろう。

 そんな淡い期待は水泡のように目の前で確かな音を立てて弾けた。

 陰鬱な静寂の中でホルタルは卓上に目を向けたまま、下唇を巻き込むように噛み、首をゆっくりと振った。


「帰還者は1名だけ……だ。回収も兼任した調査隊は連絡が途絶してから2週間を過ぎている」

「あっ……」


 そんな嘆きにも似た落胆の声がどこからか漏れ、部屋内に責任を追及する者はいなくなった。既に脳内では勝算を上げる為の計算が行われているのだ。

 この場には外界に疎い元首、軍のトップである総督はべリックを含めても3人しかいないため、一存では決めかねる者達が大半と言えた。


「ところでアルス、あなたならどれほどの戦力をぶつける?」


 雑然とし始めた空気に鎮静剤を投与したシセルニアにアルスは背後で光沢のある黒髪の後頭部を睨みつけながら一拍置いた。

 顔すら向けないこの元首は自分の発言で周囲の反応を楽しんでいるのではないだろうか、なんて思ってしまうほど歌でも歌い出しそうな口調だ。


「シングル魔法師は全て出さなければならないでしょうね。魔物の情報不足が否めませんので、2・3桁までで包囲し遠隔からの最上位魔法の一斉放射で様子見といったところですか。ただ時間も限られ、防衛ライン付近まで接近されれば討伐できたとしてもバルメス半壊は覚悟しなければならないでしょう。おそらくシングル魔法師の半数以上が生きて帰れない」


 バルメス半壊に脂汗をびっしりと張り付けたホルタルは荒い呼吸を上げながら、言葉を紡げないでいた。今更どの頭を下げればよいのか。母国のことを思えばこそ秘密裏に行動してきたが、これほどの被害だと予想もしなかったのだ、自分の無知さが恐ろしくすらある。

 それは他国も似たようなものだ。自国に一人はいるシングル魔法師を結集しても失う恐れ、仮に討伐に成功しても国力は減衰し、数年は防衛に徹しなければならないだろう。

 数年ならばまだ良いのかもしれない、それほどまでにシングル魔法師の存在は圧倒的だ。もしかすると生きている内に同格の魔法師が育たない可能性のほうが高いのではないだろうか。

 しかし、そんな中において異様とも取れるほど落ち着き払ったシセルニアがクスリッと笑んだように発した。


「その中にあなたは入っていないのでしょ?」

「…………」


 この沈黙を肯定と取ったシセルニアは続ける。


「アルスなら討伐できるのではなくて?」

「いえ、さすがに良くて相討ち……」


 言葉を遮りここぞとばかりにべリックが白々しく思い出す。


「お前が奪還したゼントレイではSレートの討伐をたった一人で成し遂げたんだ。易々と負けはせんだろ」

「なっ! そんな……Sレートには討伐隊を大規模に編成しなければならない。一人でなど……」


 真偽の声は早々に力無く尻すぼみする。周囲の訝しげな雰囲気に目を向けた男は、一様に否定ではなくそうあって欲しいという切実な願いをその瞳に見た。

 口腔の唾液を全て呑み込んだ後、男は妙案とばかりに続ける。


「で、ではアルス殿が加わったシングル魔法師8名ならば討伐は確実ということなのではないですか」

「そうだ」「人類最強で部隊を組めば」「支援部隊も編成しなければ」「Sレートを単独撃破という快挙を何故今まで秘匿してい……」「ええい、そんなことはどうでもいい。すぐにでも指揮系統を万全の態勢にし、作戦本部を設置しなければ」


 無意識に頷く重鎮たちは一筋の光明を見出したと言わんばかりに爛々と眼を輝かせた。


「誰が参加すると言った。悪いがそんな面倒なことはご免だ」

「な、なんだと!」


 憤怒を煮えたぎらせる声は、周囲の呆気に取られた者達と比べると立て直しが早いと言えた。

 しかし、アルスとて考えなしの面倒くさがりではいられない。


「とは言え、バベルの塔が陥落したのでは各国の貴重な資料までもが戦火に巻き込まれる。さすがにそれでは忍びないか」


 どこかでギリッと歯を擦り合わせる音が鳴った。

 自然とアルスの視線も音の出所を探るように吸い寄せられる。

 拳を机上で堅く握り、睨みつけてくるが涼しい顔でやり過ごし、二つほど隣の席へと見やった。そこではリチアの背後で天を仰ぎ見たい欲求を抑えるようにジャンが頬を引き攣らせている。

 次に口を開いたのはそんなジャンを背後に従えたルサールカ元首リチアだった。


「では、アルス殿。あなたを参加させるために金銭での交渉は可能なのかしら?」

「――――馬鹿を言うな! どこぞの傭兵だと言うのか!」


 そんな不躾な発言を無視してアルスは返答する。


「リチア様、俺は金銭に興味はありません」

「では、何なら……」


 と交渉の机に着く。いや、誘導している節もある。元首にしては商才を感じさせる余裕があった。

 しかし、出鼻を挫くように言葉を遮ったのは同格の元首だからこそだろう。


「リチアさん、その辺りは私共に任せていただけますか?」


 微笑を浮かべながら口元を扇子で隠したシセルニアにしては珍しく、瞳に強い忌避を込めていた。

 そして「ちょうどいいわ」と軽快に声を上げ。


「今回の進行を我がアルファで請け負うというのはどうでしょう」

「おいっ!」


 アルスのねめつけを飄々とかわし、シセルニアが立ち上って歩み寄ると、口を耳元へと近づけて扇子で隠す。


「悪いようにはしないわ。気に食わなければ断っていただいても結構よ。その代わり今は……あなたの研究意欲を掻き立てるのにプロビレベンスの眼は重宝するはずよね」

「……!」



 含ませた蠱惑的な言の音にアルスは顔を顰めた。すぐに顔を離したことからも返答を期待したものではない。それこそ事後承諾を黙して待つしかない。

 この場にいないリンネが保有する魔眼はアルスの研究課題として有益な情報をもたらすと期待が持てるだけに、魔眼保持者は研究被検体として最上位に位置していた。

 それに一枚噛んでいると公言するようにべリックも追随する。


「仮に引き受けなければ7カ国魔法親善大会は中止となるだろうな」


 べリックの皮肉混じりな断言は他者の返答によって方向をずらした――いや、アルスにとっては本筋に軌道修正したというべきだろう。 


「何を言っておる。こんな事態に大会なんぞ続けていられるか」

「それが引き受ける条件です。もちろん責任を持って討伐することをお約束しますわ。ですが、断られるのであればアルファはシングル魔法師の提供を放棄します」

「小娘が何様だ!」

「選択は2択。1位を欠いた全魔法師での討伐。もう一つは1位を組み込めるアルファ一国での討伐です。我が国では後者に勝算が高いと判断いたしました。アルファの総意と受け取っていただいて結構ですよ」


 不可避の提示を迫る。これだけならば反発は大きかっただろう。落とし所としてシセルニアは付け加えた。


「ですが、それでは皆さんの不安を払拭することはできないでしょう。こういう場合の定石として保険の意味も込め防衛ラインにてアルファを除くシングルで防衛線を構築するべきでしょうね」


 矢継ぎ早に捲し立てたシセルニアに反論の声が上がらない代わりに愚痴とも取れる独白が湧いた。


「それではアルス殿が吸収された場合は……」

「1位とは人類の絶対の守り手ではなかったようだ。まるで傭兵だな」


 そんな揶揄をべリックが一喝した。矢面に出した総督としては自国のシングル魔法師が侮られる以上にアルスという人物を知っているからの擁護とも取れる。


「本来ならばそうだろうな」

「…………!!」

「彼は既に退役を志願できる、望み通りならば軍属ではない。そうなれば、取っ掛かりもなく勝ち目の乏しい討伐戦に挑まねばならなかったが、今はまだ国の保有戦力として軍に籍を置く一魔法師だ」


 アルスはべリックの言葉に苦々しい思いで耳を傾けていた。

 擁護と言えば聞こえはいいが、アルスに軍人としての責を再認識させるための言であるのは確かだ。


「だからこれがアルファの提供できる選択肢だ。アルスが敗北した場合はそれこそ終焉でしょうな。しかし、アルスのいない討伐戦では勝算は良くて五分、一人でも喰われればその時点で終わりだ。何も単純な戦力だけで言っているのではない。シングル魔法師が一同に討伐戦を繰り広げて上手く力を発揮できるとは限らないのだぞ。系統の相性や連携、これを欠いての戦いではシングルと言えど力を半減しかねん。時間もないのだから仕方のないことではあるがな。ならば、シングル魔法師を2名保有するアルファかルサールカで隊を向かわせた方が最善だ。これは単純な順位でアルファのほうが適任だろう。現在最も早く動けるのはバルメスでもイベリスでもなくアルファなのだ」


 これに対して反論できる者はいなかった。だが、納得できないのも事実である。

 外界にリスクは付き物とはいえ、安直に決めるには事が大き過ぎた。

 べリックは反論がないことに少なからず安堵を覚える。連携の経験で言えばアルスなど新米に等しい。知識としての立ち回りや適応力を考慮すれば引けを取らないのだろうが、軍人は実践経験を重んじる者が多い為、そこを突かれれば窮するのは明白だった。

 それでも押し通せるだけの自信と根拠はあったが、それを口に出しては共闘できない理由を言うのと同じだ。

 同意の了承として頷かせるのは一押し足らないといったところだろうか。

 シセルニアは知恵熱によって熱せられたと錯覚しそうな空気を満足げに眺める。


「では、こうしましょう。各国のシングルを中心とした戦力をバルメスに集結させる間、アルファは斥候として隊を悪食に向かわせます。魔物の戦力を調査し、確実に仕留められると現場で判断された場合は討伐に切り替えます。さすがにアルスならば逃げることは可能でしょう。情報収集への被害は最小限で抑えられるはず。正確な情報を持ち帰り全シングルで迎え撃つのです」


「いかがでしょう」という嘲笑じみた言葉にはここまで妥協したのだと言外に告げる棘がチラついていた。

 これが詭弁であるのは誰の目からも明らかだ。しかし、万が一の場合は責任問題の追及から逃れられる。それも滅びなければなのだが。

 倒してくれるのならばそれこそ願ったりだろう。自国のシングルを失うリスクをわざわざ犯すのは愚の骨頂だ。だが、測りかねる脅威に対しての戦力温存もまた愚行に等しい。

 結局は倒せればいいが、自分の口から提示するには正解と断言できるだけの材料が乏しかったのだ。


 軍の最高決定権を持つ総督がいない国には全員が同意するならばそれに乗っかりたいという消極的なもので統一されていた。

 この場にいる全員がアルスという青年――いや、彼らからすれば子供のような年齢だが――がどれほどの戦闘能力を有しているのかという疑問を持っている。そのために今大会にわざわざ遠方から出張ってきたのだ。

 シングルの順位はそのまま力の差でもある。だが、1位という順位はそれ以上の強者がいないため、測りかねるというものだ。

 こんなことを考えている時点で希望を抱いているとは知らずに。


 周囲と相談するというみっともない光景はない。

 まばらに同意の首肯がちらほらと見え始め、それが自身の意志であるかのように口を固く引き結んだ。


「では、一致ということでよろしいですね」


 シセルニアの纏めに対して、離れた場所で平然と声が上がった。


「その件について一つよろしいかしら。ここにはルサールカの代表するジャンもおりますのよ。その斥候部隊に彼を組み込めば斥候としての成功確率もあがるわ。シセルニアさんどうかしら」


 善意からの申し出だが、この中でその真意を知る者はいない。最も危険な任務を買って出ているのだから。


「大変ありがたい申し出ですねリチアさん。ですが、先ほどもべリック総督がおっしゃったように連携が取れない可能性を考慮すると……それに今から指示などを覚えたのではそれこそ時間の無駄・・……ご遠慮願いたいのですが」


 怒気混じりなのは相手がリチアだからだろうか。しかし、そんな絶世美の豹変した険悪な雰囲気に喉を鳴らすだけで、口を割り込ませる者はいなかった。

 

「あら? シセルニアさんはご存知ないの? 以前うちとの共同作戦の時はアルス殿とジャンが共に共闘したはずよ。だから、連携としてお互い知った仲なのだから無用の心配でしょう?」


 火に油を注ぐような小馬鹿にした音調だ。

 すぐにシセルニアが売り言葉に買い言葉で応戦しないのはリチアにジャンが耳打ちしたからではなく、単に言い返すだけの材料を脳内でフル回転させていたからだ。溜飲を下げたという私的な理由で、だが。


 しかし、その必要がないことはシセルニアにも耳打ちする内容が若干聞こえてきたからだった。

 それはジャンに聞かれないための配慮がなされていないからだ。耳打ちするには少し口元が離れ過ぎているし、声量も内緒話のそれではない。

 わざと聞こえるように発しているのだ。


 だから、シセルニアが人の悪い顔でほくそ笑むには「AWR」という単語だけで十分だった。


「どうやらジャン殿は戦闘の準備に時間が掛かるようですし、この話は終わりでいいかしら、リチアさん。時間が惜しいのよ」 


 傍観に徹していたアルスから見れば馬鹿げた光景だ。リチアには含む所があったのだろう。ただの嫌がらせではないのは確かだ。だが、ジャンがAWRを持ってきていないのでは話にならない。

 結局は茶番なのだ。

 シセルニアは涼しい微笑へと変え、白々しく口元を少しだけ開いた扇子で隠す。

 とはいえ、アルスには隠さなければならない異能があるのは事実だ。それはジャンとて知り得ないし、今は知る必要もないこと。

 今回の件でシセルニアは総督からそうしなければならない理由を聞いていると判断して間違いなさそうだ。

 そんな思考に耽っていたアルスに突然目の前の元首から声を投げられた。


「アルス、今回は隊の隊長をあなたに一任することにしました。べリック」


 軍のトップへとバトンを渡したのは自分の領分を越えたからだろう。


「隊はレティの部隊を集結させている。それ以外にも足らないのであれば、現在アルファからも既に数十名の高位魔法師を向かわせている」


 これ以上ないほどアルスはうんざりとため息を吐いた。まだ了承していないのに既に隊編成の話である。

 しかし、シセルニアとべリックはアルスが動かないと考慮した上で綿密に計画を練っていたと見て間違いなさそうだ。プロビレベンスの眼に加えまだ何かあるだろう。

 そもそも大会を継続させるのも悪い意味で働いている。

 いわずも、討伐の命令だとわかるが、果たして割りに合うのか。魔眼保持者ならば誰でもいいのだが、研究のために協力してくれるだけの自我を保ち、暴走の危険がないほど制御している者となると限られるだけでなく、相応の地位に就いている可能性がある。そうなれば何の見返りもなしに協力を仰ぐのは現実的ではない。それどころか探すだけでも骨だ。

 アルスは聞こえることも厭わず舌打ちをする。


「いいや、いらない。レティの部隊から何人か連れていく。それとリンネさんにも協力してもらう」

「えぇ、構いませんよ。リンネの探知はアルファ随一ですものね。快諾します」


 それすらも計算の内だというようにシセルニアは微笑を崩さない。

 全てが掌の上だとしてもアルスに取って何の見返りもないわけではないのだ。


「大所帯になっても動けん、最低限の人数で向かう。出立は……」


 と言いかけて「はぁ~」と漏らす。本戦はやはり無理だったということだ。

 遅れて何人かの驚きに顔を慄かせている将官が立ち上って口を揃えた。


「少し待たれよ。いくらなんでもそれは侮りが過ぎる。私の隊も連れてきておる、数は10名程度だが、使ってくれ」


 言葉には使えという不安が擦り込まれているが、アルスは首を横に振る。

 恐らくは彼だけではないだろう。口火を切ったのが彼であって申し出が通るのであれば、数人が挙手するに違いない。


「結構だ、今回は邪魔になる奴は連れていかない。肉の壁も悪くないが正直無駄死にだろう。バルメスの大規模作戦で一帯の低レートはかなり数を減らしているはずだしな。それだったら、防衛ラインに配置し近辺の偵察にあてるべきだ」


 アルスの提案は的を射たものだ。それでも食い下がろうとする将官。同じように隊を預けようとしていた将官達は肉の壁、という言葉に喉を詰まらせつつも、人類の一大事とあらばと意を決したように喉が鳴る。

 ふいに扇子を閉じる音が空気を裂き、視線が一人に集中した。その音は物理的な現象だが、不機嫌さを帯びていた。

 シセルニアは同じことを、と一周回ってきたような感覚に見舞われる。


「この件はアルスに一任しました。その決定に異議を唱えている暇がおありなのかしら」

「…………」


 軽く頭を下げて着席する将官を一瞥し、他に異論がないことに満足して頷く。


「レティさんもよろしくお願いしますね」


 彼女にしては珍しく堅く固定した表情で一つ頷いた。

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