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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「7カ国親善魔法大会」
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狂い舞う

 試合開始時間が一分前に迫ると両者が中央目掛けて姿を現す。瞬間、喝采が巻き起こった。初日に比べると二日目のほうが人の入りが更に増しているのだろう。通路にまで立ち見が出ているほどだ。

 それでも入場規制をしているはずであり、競技場付近には大型スクリーンを設置して詰めかける観戦客を分散しているのだから。

 相手には気の毒だが、この声援はほとんどフェリネラへ向けられていた。


「結局そっちでいくのか」


 出て来たフェリネラの手に握られているAWRを見てアルスは独白する。

 大会前に仕事で使っている指揮棒のような刺突型AWRにするか、それとも普段使っているAWRにするかで相談を受けていたのだ。無論どちらも刺突武器であるのは同じだ。違いがあるとすればリーチの差ぐらいだろうか。AWRに刻まれる魔法式にも違いがあり、攻性魔法など汎用性に富んだ前者を勧めた。もちろん決めるのはフェリネラだが、どうやら両方持ってきているようだ。

 現在持っているのはアルスが勧めた方である。そちらはフェリネラ用に特注された一品だろう。刀身が40cmほどのミセリコルデと呼ばれる刺突武器で、本来ならば輝くほどの銀光を放っただろうが、刀身を走るように螺旋状に刻まれた魔法式が黒で塗り潰している。僅かな隙間から銀色が見える程度。

 鍔迫り合いを想定していない飾りのような鍔が薄いエメラルドグリーンを内包していた。


 対戦相手は片手に無骨なカットラスを持ち、身中に沿って眼前に立てる。ここからでも大きく深呼吸しているのがわかるほどだ。

 片や優雅に、片や神妙に所定位置へと着く。

 フェリネラは軽くAWRを握り先端を地面に向ける。余裕のある優雅な動きだ、しかし、内心は落ち着かない荒模様だった。試合が始まってしまえば力を出すことで余計なことを考えないで済むのだが。

 本来フェリネラは緊張をコントロールできるというよりも平常心を保つ教育を受けてきている。どれほどの喝采が湧いたとしても平然としていられるのだ。それでも自覚するほど手が汗ばんでいるのはアルスが見ているからに他ならない。相手選手ほどではないが、小さく息を吐き出した。

 そして歓声に負けない耳をつんざくほどの開始音が鳴り響く。

 地鳴りのような歓声が一瞬で止む。異様なほどの静寂は試合場を覆う。それは息を呑む音すら際立ってしまうようなものだ。

 最初に動いたのはフェリネラだった。

 先端を空で弄ぶようにくるくると回す。すぐには何が起きているのかわかる者はいない、しかし、次第に対戦相手の髪が靡くと大凡の見当が付くというものだ。

 周囲を透明な対魔法防護壁で覆われていることを考えれば選手たちがいる試合場は無風のはずなのだから。

 僅かに舞う魔力の残滓をアルスは捉える。


(風を生み出すだけの魔法だが……)


 すでに風というより暴風の様相を呈していた。縦横から叩きつける風の壁は相手は受けているはずだ。あれでは呼吸すらままならないだろう。

 初級位魔法も密閉された空間だからこそ最大限の威力を発揮していた。

 フェリネラが対策を警戒していたが、それがどれほどのものなのかを視認するのはすぐのことだった。

 対戦相手が何事か呟くとカットラスの魔法式が輝き、先端からポタポタと水が溢れ出す。それが地面に色を付けると――一瞬にして足元を大量の水が満たし、男を中心に渦を巻くように回り出した。

 更に激流へと速度を増すにつれ高くなる。

 あっという間に男を激流が流れる半円が覆った。


「【流動する水壁フロー・ウォール】か」


 中位級の防壁魔法。と言えば習得していても不思議ではない。だが、中位に定められているのはその効力がそれほど強大ではないからで、決して簡単な魔法ではない。ただの水の壁を維持するために流動させて遠心力を得るという着眼点は見事だが、言うは易し行うは難しということだ。

 形になっているだけ彼もまた優秀ではある。


「でも、あれで戦えるのでしょうか」


 ロキの疑問も当然だ。

 フロー・ウォールの最大の弱点は視界を狭めてしまうことにある。見た目以上には視界を確保できているはずだが。


「それぐらいは考えているだろうな」

 

 それがフェリネラに対する対策だというのはすぐにわかる。風を操る彼女を隔絶し、切り離してしまえば影響下に置かれる心配もない。しかし、それは抜本的な解決には繋がらないはずだ。魔法は事物の干渉強度によって優劣が存在するのだから。

 両者が互いの魔法で戦闘準備とも言うべき土俵を構築していく。

 だが、水壁を波打たせていた風がピタリと止んだ。そしてフェリネラの剣先が逆方向へと回り出す。

 おそらく風向きを限定したのだろう。一層の暴風へと代わり、先ほどよりもさらに水壁が飛沫を上げていた。

 この暴風の中においてフェリネラの髪はそよ風が吹いた程度の揺れしかない。

 そんな異様な光景はさらに増す。フェリネラの周囲に淡いライトグリーンの光芒を引きながら四つの小さな竜巻が生まれた。【破削の猛威ロンド・ラグド】荒れ狂う竜巻は素手を差し込めば一瞬でズタズタにされるほど濃縮された魔力を秘めている。


 四つの竜巻がフェリネラの指示によって相手に向かって走り出した直後――彼女の足元に跳ねた水滴が一瞬にして蛇口を捻ったように増幅、渦を巻きながらフェリネラに向かって足元から棘を生やす。


「あっ! え?」と悲鳴混じりの声を上げたテスフィアは俯瞰するようにゆっくりと目を開けて全体に向けた。

 棘は空を貫き、手応えがないとすぐにバシャッと音を立てて飛散する。


「【風乗り】ですね」


 ロキの呟きにアルスは軽く頷く。【風乗り】は自らが生み出した風に乗る、これは魔法というより風系統に適性を持つ者ができる技術だ――飛ぶと言われる。

 そして本来の【風乗り】は小回りの利く移動方法ではない、しかし、それを可能にしている時点で相手が整えたと思っていた土俵はフェリネラの手の内だということ。試合場内はすでにフェリネラの土壌である。

 人類と魔物との関係を縮図にしたような構図だ。殻に籠っても切り崩されるのは時間の問題、打って出る――近づけさせない戦法を有していなければならないが。


(それじゃ、殻を守れない)


 竜巻が四方から圧壊するべく押し潰す。

 水壁を維持しようと集中しているが、明らかに歪みが生じており、圧壊してしまう前に魔法の行使者であるフェリネラへの直接攻撃に移行したものの、水の棘は全て空を切った。それどころか掠りもしない。気流に乗って高速で移動するフェリネラを捉えるには視界を狭めたのが裏目に出た形だ。

 視界が澄んでいても命中させられたかは怪しいが。


 意識を攻撃に費やしたために、水壁が容易く崩壊した。男は予想以上の早さに目を剥く。

 魔法を同時行使させた技量についてはアルスがこれまで見て来た2年生の中でも突出した実力者なのは明らかだ。それでもフェリネラのほうが一枚上手だったと言わざるを得ない。

 水壁を圧壊するには確かにもう少し時間が掛かったかもしれない。それだけの威力をあの破削の猛威(ロンド・ラグド)は込められていなかった。


 つまり、最初にフェリネラが気流の方向性を変えたのはこのためだったのだ。右回転に流れる水壁に対して生み出した竜巻は左回転。圧迫するのではなく水壁の流れを著しく速くすることによって行使者は水壁の流れを維持しなければならない、行使時の流動を上回るということはそれだけ水壁の防護としての性能が向上したことになる。つまり、分不相応の流れを制御できなければ魔法が維持できなくなるのは自明の理。


 逆回転で流れに抗い抑制することで魔法のプロセスを破損することもできるが物量に対して非実体の風では割に合わない魔力を消費しなければならないため、流れを強制的に増させることで維持できなくさせたのだ。

 風船の中に溜めこまれた水が支えを失ったように落下――すると思われたが、竜巻によって飛沫となって巻き上げられた。同時に竜巻も襲いかかることなく暴風へと姿を変える。

 目も開けていられないほどの風に男はカットラスを構えながら標的を探す。


「――――!!」


 肩に鈍い麻痺のような感覚に見舞われる。これは攻撃を受けて心的ダメージに変換された証左だ。その知らせとして頭がチクリとする――これは痛覚を錯覚した脳の信号である。

 振り返り様、カットラスを一閃させるが、誰もいない空を――風を切っただけだった。


 薄く開いた視界程度ではすでにフェリネラを捉えることが出来なくなっている。それでも見えざる相手の攻撃は続く。足に、腕に、腰に、至る所に次々と刺突が見舞われた。


 無意識に片手で目の上を抑える、水の棘も放っているものの見当違いな場所で不定形へと還るだけ。

 気が付けば、本能的恐怖が呼び起こされがむしゃらに腕を振り回し、魔力の残量を鑑みない魔法を無駄に行使しているという奇妙な光景が広がっていた。

 中空に舞ったフェリネラには届くはずのない高さの棘が無為に発現しては還る。カットラスを全方位に振り回しても男の身体を刺す突きは止む気配はなく、それどころか的確に致命傷を狙う。


 男はチクリでは済まなくなってきた頭痛に、見えない恐怖に思考を働かせることができない。次第に魔法も棘の形を取れなくなっていき、風が耳元で音を立てながら過ぎる度に意識を傾けていた。


(ヴィザイスト卿も徹底してるな)


 アルスの感想は堅実なまでの戦略に対してだ。視界を塞ぎ、上手く風を陽動として相手の耳元でそよがせ、ともすれば押すような風の壁で恐怖心を煽る。どこから攻撃が来るかわからないという。

 一見弄んでいるようでもあるが、確実に必勝を選択しているに過ぎない。最初こそ攻撃に対しての反応が速かったため、掠り傷程度に……徐々に恐怖心が膨らみ、大振りになれば踏み込める所まで深く貫く。これを風に乗りながら高速で行っているのだから練磨の末の境地だろう。


「これよ……」


 テスフィアがポツリと畏怖を込めて呟くが、その顔は尊敬を湛えていた。

 その隣で固唾を呑むアリス。


(確かにオルケーシスなんて呼ばれたくはないだろうな)


 俯瞰するように見渡す。そこには一人でに踊り狂った人形が恐慌状態から乱雑にAWRを振り回している姿がある。

 もう少し冷静に対処していれば範囲の広い魔法を使うという選択もできたはずだ。習得していればだが。すでに摩耗した精神状態では魔法の行使は難しいだろう。AWRにさえ魔力が通っていないのだから。

 思い出すようにこれがしたかったのかと思う。フェリネラとの訓練時にも似たようなことがあったのだが、早々に打ち破り、強大な魔法を使ったためにペースは終始アルス側にあった。だからこそもわかる、着実に勝利する今の戦い方は正しい、しかし彼女が全力でないことも確かなのだ。

 目に触れない静かな戦闘が本来の姿なのだろう……いや、そもそも戦闘を想定していないはず。

 これはどちらかというと裏の仕事で重宝する技術なのだから。一撃必中、静かなる死の意が込められた技術。だからこそアルスは喉の奥で渋みを呑み込む。

 ヴィザイストは感情を殺し得ると踏んでいるのだろうか、人間が人間を殺すことは容易くない――無論物理的にではなく。諜報活動にも時には必要となるだろう。特に"卿"の部隊なら尚更だ。他家の方針に口を出すつもりはないが、猫可愛がりしているふうに見えたため、アルスは不器用な親心なのではないかと勘繰ったりしてみた。

 知恵を巡らせるよりも前線に赴いて猛威を振るうイメージの強いヴィザイストなだけに。

 肉体面で見ればという意味でだが、軍の間では台風とも形容されているのだからあながち間違ってもいない。蛇足だが、アルスがヴィザイストと出会ってからはその猛威の象徴たる力は拝めておらず、指揮官としての手管ばかりだった。



「才能があるだけに惜しいな……いや、才能がないの、か」


 裏の仕事としての才能、諜報のみならばこれほど恵まれた才能もないだろうに、しかし、フェリネラという人物を知っていればこそ断言できる。


(あれに人は殺せないな)


 誰が好き好んで汚れ役を演じるかということだ。ぬるま湯に浸かった人生では心身を壊す。ましてやそれが任務ともなれば正気を保つのは難しいだろう。

 一瞬の躊躇いが自分の命を失くし、重要な任務に取り返しの付かない失態を上塗りすることになる。


「どうかしましたか?」というロキの疑問に対してアルスは何でもないと首を左右に振った。思考を切り替えるため、試合場へと意識を戻す。


 既に対戦相手の男は満身創痍ながらもAWRを地面に突き立てて体重を預けているほどに消耗していた。魔力の枯渇というよりも精神から来る疲弊が誰の目からも明らかだった。

 視線は手元に据えられており、勝敗は決している。それでも未だ倒れないのは学院を代表する選手だからだろう。

 吹き荒れる風の中において異様に落ち着き払ったフェリネラが真正面で動きを止めた。浮遊が止み、そのまま地面へと着地する。暴風の中においてその着地音すら掻き消されたに違いない。

 対戦相手に向けて歩を進め出すフェリネラ。その手には未だ魔法の行使を示す淡い輝きが魔法式を光らせていた。

 二人の距離が縮まり、間合いの一歩手前で止まる。彼女の表情は試合中ということだけあり、真剣そのものだ。しかし、その瞳の中には隠しきれない称賛が込められている。

 対戦相手もフェリネラが近づいていたことに遅れながら気が付く、驚愕の表情はない。

 わかっているのだ。もう何もできないことを。


 フェリネラのAWRに魔力が沿い、ビッと空気を切り裂くような素振りの後構える。同時に吹き荒れていた風が止んだ。

 相手も察したように寄りかかっていたAWRから身を離し、引き抜くと腰の位置で構える。

 張り詰めるような空気は観戦席のみだろう。当人たちは無音の中ゆっくりと進み始める時に心地良さすら感じていた。

 男はフェリネラに対して軽く目を伏せると、最後の力を振り絞るように大きく踏み込む。横薙ぎの一閃は男の中では力も腰も入っていないみっともない太刀筋だったが、それでも今の状態で放てる最高の一撃。それも半ばから完全に力を失いただ流れるように振り抜かれる。胸を痛みの乏しい感触が貫き、代わりに動けなくなるほどの頭痛へと変わったからだ。


 フェリネラは交差するように相手選手を置き去りに抜けた。対面していたのはほんの僅かだ。背中に倒れる音を聞き、続いて試合終了のブザーが鳴り響く。

 スクリーンによって勝者が告げられる前に、観戦席から怒涛のごとき拍手喝采が湧く。勝者への惜しみない称賛だけではないだろう。試合は一方的な展開だったが、第1魔法学院の選手にも捧げられたはずだ。

 フェリネラが対戦相手を気遣い、大会スタッフである治癒魔法師に預けるところまでを世話した。そんな彼女の真摯なまでの姿勢に数十、数百人単位でファンがうなぎ上りに生産されたことだろう。

 本戦前でこの湧きようだ。まるで爆発音にも似た万雷の喝采。

 フェリネラは担架で運び出される選手を見送り四方、計四回深々とお辞儀をする。そして最後の一礼、頭を上げたフェリネラの視線がアルスへと向けられた。

 微笑む表情にアルスは軽く手を上げて応える。これは彼女に対しての労いのようなものだ。

 オルケーシスと呼ばれることを嫌い、それでもこの戦い方をしたのは確実な勝利のためでもないと覚ったからだ。自分に見せるために戦ったそんな意思が、向けられた視線に込められていたのだ。まさしく「どうでしたか?」といった具合だ。

 この言葉を伴わないやり取りにアルスは頬を掻く。


(これは仕事に関わる……関われるだけの技量を俺に審査させたのか? だから仕事に同行させろとか?)

 

 と行き過ぎた深読みであるため、アルスは早々に思考を切り捨てる。どの道、そうだったとしても決めるのは自分でなく諜報を選任するヴィザイストであり、総督であるべリックなのだから。

 こういったやり取りはロキだけで十分なのだ。


「やっぱり凄いわ! オルケーシス!」

「この位置からでもやっと見えるだけだし、圧倒的だったね。でも、なんかアルとの訓練では見ない戦い方をしてたけど」


 感極まったテスフィアの称嘆――ある意味で信者のようでもある。

 さすがにアリスも驚きはあるものの、それよりも疑問が先に浮ぶ。訓練でのフェリネラをアリスも知っているが、今の戦法は訓練では見たことのない戦い方だったのだ。


「あれが戦術だ。訓練では俺がすぐに対応するからあそこまでいかなかったんだろ。パターン化されている感じも受けるし、隠密に向いている戦法だな」

「そっかぁ、でも本当に踊ってたね。相手がちょっと可哀想になるぐらい……」


 アリスが同情するような苦笑で誰もいなくなった試合場を眺める。


「試合なんですから、私情で手を抜くのは仲間に対してまずいかと思いますよ。リーダーという立場を考えれば力の示威は士気を高めますし」


 ロキの的確な突っ込みに微苦笑で「……そうだね」と答えた。アルスとしては5秒で勝ってしまったため、肯定側に回らねばならないのだが、総督からも気の毒だと言われれば僅かながら考えてしまうのだ。

 他選手にとってこの大会は晴れ舞台。戦いすらさせてもらえないのでは噛ませ犬だと思われても仕方がない。そういう意味ではアルスと当たった相手に同情の余地はあるのだろう。

 2・3回戦の相手にも1発は魔法を打たせてあげたのだからもう1発ぐらいは付き合ってやろうと決めるのだった。


「それにしてもフェリ先輩、去年より見違えるほど強くなってる!」

「お前に言われても嬉しくはないだろうな」

「そりゃ三桁魔法師相手に偉そうなこと言えないけど、去年の試合を見ていないアルにはわからないでしょ。去年はまだ撃ち合いにはなったもの」

「そうか……」


 さすがにそこまでテスフィアを邪険にしようとは思っていない。違うというのならそうなのだろう。あの技術はヴィザイストの仕事にちなんだものだ。より磨きが掛かったというだけではないだろうな。

 風を舞わせ風に乗る。ならばその風を掌握するほどコントロールしなければならないということだ。

 戦闘スキルだけならロキに並ぶだろう。

 しかし、テスフィアの言う向上をアルスが感じれないのは単に以前からのフェリネラを知らないからである。それよりももっと身近で成長を感じれる存在が三人いるのだ。

 今大会において以前からテスフィアとアリスを知っている者が見れば引ん剥いた眼を眼球ごと洗われる思いだろう。


「よし、フェリの試合も終わったしそろそろ俺らも戻るか」

 

 戻るとは言っても正直情報収集をする気にはなれない。というより、敗者の仕事を奪うようなことはできればしないほうが良いという程度の考えだ。それが不興を買う原因なのかもしれないが。

 無論しないということではない。用事があるときはしょうがないが、今日のように自分たちの試合が終われば暇となってしまうのだ。

 それに一応フェリネラの観戦も許可を得る掛け合いがあったことを考えれば残り試合は情報を収集したほうが波風が立たないだろう。

 実際のところフェリネラが作戦として情報を立てる際にはアルスの見解を訊くため、知りませんで通すのは気が引けるというものだ。


 やれやれ、と腰を上げたアルスは歩き出す。


「お前らはどうする?」

「私たちは一度本部に行ってフェリ先輩を出迎えるわ」

「アルはいかないの?」


 勝者に労いの言葉を言うべきだという主張まがいの問いだった。しかし、それが正鵠を射ているのも事実であり、アルスとてそれを面倒だとは言わない。 


「後で報告の時にでも言う。どの道大勢駆けつけて観戦できなきゃ意味がないしな」


 この後にもすぐ試合が始まるのだ。誰も見ていなくて情報が集まりませんでは目も当てられないだろう。そんな間抜けの集まりだとは思いたくはないが、目の前に二人、露ほども頭の回らない者がいれば不安を覚えても仕方のないことだ。無論それを止めようとは思わない。せっかく観戦したのだ、テスフィアの興奮冷めやらない顔では一言フェリネラに言わねば収まらないだろう。だからこそアルスが残るのだ。必然ロキも残ることになるのだが。

 一応アルスは全体を見渡せる場所に移るつもりだ。


  

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