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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「7カ国親善魔法大会」
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称賛と勝算



 豪華絢爛な夕食の雰囲気は正直言って良くはなかった。バイキング制であり、何品種目からなる様々な料理に舌鼓を打つはずであった。しかし、選手たちが口に運ぶ料理は明日に備えた栄養補給程度の作業を思わせるものだ。


 また一角に集まった上級生のテーブルは更に陰鬱な空気を醸し出している。手を付けるのですら躊躇いがちで、下を向く姿は命からがら逃れた敗残兵のようであった。


 まさにその通りで彼らは敗者には違いない。何故それほどまでに気を落とすのかとも思わなくもないが、今日まで準備してきて初戦敗退は彼らの努力と意義を根こそぎ掻っ攫っていったのだろう。

 勝者敗者問わず第二魔法学院メンバーのムードは芳しくない、というのがアルスの結論だ。外界では最悪と言っていいほどの士気の低下。これでは格下しかいなかったとしても魔物の跋扈する世界に踏み入れる気にはなれない。


 それでも唯一の救いは下級生である1年生のテーブルだろうか。これは上々と呼べる結果をもたらしたための余裕が漂う。ホテルに帰宅後、すぐに対策会議が開かれた。

 そこでは一先ず今日の成績についての発表を聞かされたのだが、すでに大体の結果を彼らは予想していたらしい、聞いた後の表情は更に落胆するのだが。


 まず、1年生で初戦を白星で飾った者は9名。この異常とも言える好成績はアルスやロキ、テスフィアにアリスを差し引いても運がよかったと言える。

 2年生の成績は5名と上々、しかし試算では3回戦以上までは勝ち残れると思われた選手が敗北したという予想外はあったが修正は可能だろう。

 問題は最上級生である3年生だ。これが2勝と当初予定していた5勝に遠く及ばない失態に終わった。そのことに起因し今の空気の悪さを作っている。元々3年生は軍の訓練など研修期間として呼び出されるため、予定していた選手の確保ができなかったことも原因の一つである。


 アルファの総合成績は現在7カ国中3位と滑り出しはまずまずだ。

 問題は1位の第1魔法学院である。気を揉んでいる最大の難所はなおも継続中であり、取り返しがつかないのがこの大会だ。一進一退している余裕はない。


「ちょっとどうすんのよ、あれ」


 だからテスフィアがしゃくって示す先をアルスは馬鹿馬鹿しいとばかりに一瞥するが、そうも言っていられないから苦悩が絶えない。あれで外界に出ればやっかみにあうこと請け合いだ。

 本音を言えば敗者に掛ける言葉などないのだ、ましてや試合を見てすらいないわけだし。


「お前らがご機嫌取りにでもいったらどうだ?」

「それは逆に神経を逆撫でするんじゃないかな」

「そういうもんか? 美少女二人に酌でもしてもらえば負ける前より元気になるんじゃない……か? ジュースだけどな」


 対面に座るテスフィアとアリスが瞠目して見返してくる。

 目が合うと視線を逸らし、薄らと頬に紅が差したようだった。


 何事もなかったかのように肉料理を口に運ぶアルス。ロキはフォークをカタカタと鳴らしているようだが。

 口を開こうとはしないが、代わりに別の料理も運ぶつもりもないようだ。


「ま、まあ~美少女と呼べなくもないわね」

「そこはせめて謙遜しようよフィア。私だって恥ずかしいし」


 こちらはこちらで微妙な空気になるが、アルスは嘘は言っていない。

 自分の審美眼に自信があるわけではないが、男子生徒の視線が向いているのはよく理解しているだけだ。だから美少女と呼んだだけなのだが。


「その必要はなくなったな」


 今度はアルスがしゃくる番だった。

 一同が半身になって窺い見れば、そこにはリーダーに相応しい光景がある。フェリネラが――酌でないが――一人一人に声を掛けている姿があった。


 さすがにわかっている。

 情報収集は基礎だ。怠る者は敗して当然と言える。

 大会が実戦を想定しているのはこういう場面に重きが置かれているからかもしれない。つまりは学院代表を部隊と見立て各人が独断先行せず、全体を見通せるか。それを纏め上げる隊長もまた似た技量が要求される。時には切り捨てる選択であり、勝利を収める為の最良の選択。それを理解し甘んじて引き受ける隊員が理想なのだろう。これで自己利益に走る者は全体に影響をもたらすという教訓の模擬演習なのかもしれない。


 いかにして魔物を倒すかという個々の技量ではなく、その時々の最善を模索し実行させる。無論力量が伴わなければ話にならないのだが。

 魔物を倒す実践ではなく、外界での行動規範という側面があることに遅ればせながらアルスは気づいた。


(だからといって俺のすることが変わるわけではないしな。それに俺が口出ししたんじゃ意義を損なう可能性もある)

 

 後は任せようと黙する意志を、料理を口に運ぶことに代えた。


 テーブル毎に分けられているわけではないが、必然学年ごとになってしまうのは仕方のないことだろう。1年生の場合はアルスたち一行が固まって座ったためでもある。


 今大会が初めてとなる下級生は9名が進出と和やかな空気が食卓を包んでいた。確かに勝ち続けることを考えれば喜ぶのは早計と思わなくもないが、世界中が注目する大会でまぐれだろうと勝利を収めることが出来たのだ、外聞を気にせず口が軽くなるのもわからなくはない。


 明日、二回戦目で敗北しようとも満足して甘んじるに違いない。唯一負けた男子生徒も敗戦を引き摺ってはいないようだ。


「俺が勝ってたら1年はパーフェクトだったのにな」などと軽くチェッ、と舌打ちをするだけで気軽なものだった。

 そして話題は当然のように一人の少年に転換する。どちらかというと偶然ではなく切り出しづらさでやきもきしている顔がずっとあったのだから誰かが口火を切るのを待っていたのだろう。


「アルス君の試合見てなかったんだけど、5秒ってホント? ロキちゃんも13秒って」


 アルスはこの場で話題の提供者であるシエルにどう答えたものか悩む。フォークを置いているところからなあなあでは済まなさそうだ。

 テーブルに着席している全てと言って良い1年生が少なからず耳を傾けているのがわかる。 


「魔法戦だからな、先制攻撃は常套手段だろう。ましてや1年生なんだ、出方を窺うより開始と同時に仕掛けたほうがいいと思ったんだ。まさか1発とは思わなかったけど、運がよかったんだろ」


 なんだ運か、などと軽口を叩ける者はこの場にいない。確かに上級生は1試合目から苛烈な試合をしていたけど、それと比べれば1年生のレベルが低いと言うのもわかる……はずがなかった。

 自分たちも同様の1年生で、どの組み合わせに振り分けられても圧勝できるほどの差はない。少なくとも他国の学院は学内でも優秀な生徒を選抜してきているはずなのだから。


 この場にいるほとんどの者が訝しさから手を止めていた。

 最短で勝利したアルスが訓練している姿を見てはいないのだから、実力は不明。噂に尾ひれがついて実は強いんじゃないか? という程度のものだ。学年トップのロキはともかく、テスフィアやアリス並みの強さだというのが最も有力だろう。


 そんな反応に困る回答を受けても、応えられる口を有していない者たち。だから話題は続いてロキが引き継ぐことで未知数の力を持っているアルスが一旦隅に追いやられた。

 それはロキという順位だけならフェリネラに追随する強者だからだろうか。


「私もそんな感じですね。牽制で放った魔法が当たって、様子を窺っていたのですがそのまま倒れちゃいました」

 

 紅茶を注文していたロキがずずっとカップを傾けた。

 彼我の実力差をそれだけで理解できるという明確な答えだ。きっと質問などロキにいろいろと教授を賜りたい者が大半であるが、軽々と口を開けるものはいない。

 気が付けば随分皿に手が付いてないようだ。

 話を振ったシエルでさえ苦笑は免れなかった。手を動かしているのは一切の感情を持たない3人だけ。


「でも、フェリ先輩も言っていたけどかなり試算が狂ったんじゃないの?」

「でしょうね。さすがに優勝できないというほど取り返しが付かないとは考えたくないわね」


 成績上位のアリスとテスフィアの懸念はこの場の選手に伝播し、迂闊に勝ったからと舞い上がれない苦みをもたらした。


「馬鹿か、初日だけを見るなら軽傷程度だ」


 またしてもギョッとした視線がアルスへとスライドする。その眼光には詳細に聞かせてくださいと燦々としたものが含まれている。やはりアルスという男の噂で最初に上がったのは授業をさぼりにさぼっていざ登校した初日に教員顔負けの知識を披露したことにある。

 テスフィアも意外感というか、全面否定されたようでふくれっ面を作った。

 ロキのキリッとした流し目を遮るようにアルスは少しだけ前のめりに口を開く――藪蛇だったのは言うまでもない。


「当初、1年生は5人程度上がる計算だったからな、+4人となればポイントの計算では大差がない。だが、勝ち進むほどに同士討ちになる可能性もあるし、本戦に出場できるのが4名ということを考えれば先々の一敗がもたらす影響は大きいということだな。つまり、俺らは明日もこの人数を維持できるようにすればいい。3人は本戦出場だな。後は……フェリ先輩だろう」


 アルスは近寄る本人に向けて矛先を向ける。

 フェリネラは順繰りにテーブルを回っていたようで、次が好成績を収めた1年生というわけだ。


「なんです? アルスさん」自分の名前が上がった疑問に「ん?」といった具合で小首を傾げるフェリネラ。


「いえ、2年生方のハードルが上がったという話です」

「そうですねぇ、どこかの学年で確実な優勝が欲しいですね!」


 その喜色に満ちた瞳がアルスの眼を射抜いた。

 アルスは沈黙で答えたが、それは肯定ではない(もしかしたら、途中で出れないことを伝えとくべきだった)という懸念だ。まぁ、可能性の話だが、本戦前に欠場となれば絶望的だろう。

 それを肯定と取ったのだろうフェリネラは視線を上げて1年生全員を視界に収めた。


「今日はお疲れ様でした。予想以上の好成績に正直驚いています。これも皆の弛まぬ努力があったからでしょう」


 照れたように弛緩した表情に変わるのもフェリネラだからだろう。自然と背筋を伸ばす姿が緊張ではないのがよくわかる。表情こそ柔らかいが、そこには明日への意気込みが感じられた。

 アルスは労いを無視して話を戻す。


「フェリ先輩が優勝するというのが一番現実的では?」

「どうでしょう。そう簡単なことではありませんがもちろん私も優勝を目指すつもりですよ」


 アルスは知らないが前回大会1年優勝者はフェリネラだ。それを知る者からすれば謙遜に聞こえただろう。だが、こういう時に連覇するのが困難な理由として他学院が対策を講じるからだ。前回優勝者ともなれば今大会もまた出場してくることは想像に難くない。ならばフェリネラの系統である風に対抗する選考をする可能性もある。


「それにイルミナもいますし、大丈夫でしょう」


 聞いたことのない名前にアルスは見当がなく、すぐに返答することができなかった。さすがに目の前で誰だ? とは聞けない。

 そんな心配はフェリネラが解消してくれた。


「チームのサブリーダーをしてくれてます」という言葉にアルスは「あぁ~」と思い出す。いつもフェリネラの傍で眉間に皺を寄せた生真面目そうな女生徒だ。見た目は理知的な印象を受けるインテリ系である。

 

 そのイルミナ先輩は、と見渡すと一人寂しく食事中であった。隣が空席になっているからフェリネラの席だろう。見た目は細く、もっと食べたほうがいいと言われそうだ。

 しかし、皿に載る山もりの品々にアルスは余計なお節介だったと撤回する。

 そして、口に運んだ瞬間は理知的な堅い表情が見る影もなく緩んだ。一拍置いてまた眉間に皺が寄るという切り替えは見なかったことにしようと姿勢を正す。


「彼女はあれで戦い慣れてるんですよ」と言って、アルスにだけ聞こえる声量で「本戦には私と彼女が濃厚ですね」と告げる。言いきった瞬間、一拍置いてから何故か訂正が入る。「残れるように頑張ります」と。


 反射的に「あぁ、そうだな」と相槌を打つ。

 やはり優勝を左右するのは1年生ということだろう。なおかつ第1魔法学院の枠を本戦に運ばせないことが重要になる。如いては第1魔法学院との試合での敗北は避けたい。

 そんなこれからの展開を予想しつつアルスはチラリと幼さの残る面々を見た。実力で這い上がってきたわけでない面子はどう転ぶか予想が立たないが、アルスが指導した者たちは最低でも勝ち進んで貰わないと競うどころではなくなってしまう。


 適度に胃に収めた選手一同は食事を済ませると自室へと引き返していく。敗者の顔はすでにフェリネラによって切り替えられて、足取りは軽い。

 別の戦場を見つけたような、主人公ではなくヒロインでもない、脇役として一花咲かせる、そんな者たちの目はすでに明日以降を見据えていた。


 アルスも腹八分目といったところで食事を終えた。高級な料理が舌に合わなかったわけではないけれど、どうも満足感がないのだ。だからこそ、こんなセリフがつい口をついたのだろう。

 「やっぱりロキの料理のほうが好きだな」終始ご立腹のロキが華を咲かせたような笑みを浮かべた。


「では明日から私が厨房を借りてアルのだけ別に用意します!」


 意気込みが変な方向へと向いた。それを焦り気味にやめさせる。

 選手にそんなことをさせれば白い目で見られるのは明らかだ。さすがに外聞を気にしないアルスといえどそんな勇気は持ち合わせていないし、大会へと真っ直ぐに向いた意識を削ぐのは優勝から遠ざかる気さえする。

 これはアルスの我侭でもあるのだから。


「それにしても何があるかわからないものよね」

「明日は系統が判明している選手で組み合わせたらしいけど、油断なく最初から飛ばしてったほうがいいかもね」


 そんな二人の声が後ろから届く。

 特にアルスからは言うことがないので口を閉ざしてフロントへと二階から見降ろすと「やけに魔法師が多いな」などと感想を漏らした。


 しかし、すぐに思い当たる。確かこの最上階にはアルファのお歴々が滞在するために確保してあると聞いたことがある。ともすれば、シセルニアやべリック、レティが泊っている可能性もあるのだ。

 さすがに最高階級の二人が泊っているとは思いたくないが、アルスがいる以上最も安全な場所だとも言える。


(いるとしたら鉢合わせたくないな)

 

 さすがに混乱を避けるためにも別ルートですでに上がっている可能性は高いのだが、ばったり会おうものなら渋面を作ってしまいそうだ。


(触らなぬ神に何とやら……厄介事は避けて通るのが賢い選択、か)


「じゃ、また明日な」


 階段を上りアルスはすぐに自室へと戻る。様々な思考迷路に捕われつつあったためか素っ気ない声だった。それも声だけを放ったような雑さがある。


「アル、部屋で紅茶にしますか? こんなこともあろうかと予備を持ってきておいてよかったです」


 考えに耽る。アルスにタイミングよく紅茶を用意するのがロキの日常だ。少し甘めという気のきいたことまでする。


「あぁ、そうだな。でも、お前は部屋が違うんだから戻れ」

「ですが……」

「いや、俺もすぐに寝るつもりだ。ゆっくりできるのも今のうちだしな」


 他の選手が聞いたならば不穏当だったかもしれない。研究も一部持ってきただけで資料を眺める程度なので何ができるわけでもない。大会期間中ではあるが、アルスにとっては休暇も同然だ。


「そう言えばあの二人は部屋で訓練しているのか?」

「はい、長時間ではありませんが」

「しょうがないか、一応ほどほどにしとけと伝えといてくれ」


 日課こそが重要なのである。とは言え、魔力の消費がある以上翌日に支障をきたさないとは限らない。

 ロキの弱々しい頷きにアルスは「お前もだぞ」と警告を発した。

 なんの確証もないがロキの性格から彼女が怠るとも考えづらい。見透かされたように僅かに眉が反応したことからも当たっていたようだ。

 ロキの細い肩を掴んで反転させる。

 向かいにはいつの間にか居なくなっていたロキを探しに来たのだろう呆れぎみの二人の姿があった。


「早くしないと先に行っちゃうよ」


 これがどこに? と思うのはロキだからで、その先を知っているからだ。

 部屋に戻るのなら問題はないが、テスフィアが提案した場所にいくのが正直憂鬱だと言えば、アルスを口実に使った風にも捉えられる。無論そんなつもりはロキにない。

 優先順位で言えば何を置いてもアルスの世話が優先されると考えている――この場合は特に。


 だからアルスが背中を押してくる力の反論として同様の提示を口にした。


「アルも一緒にいきませんか? 一階に大浴場があるらしいのですが」


 考える。それは断る言い訳を探すための模索でもあったが、寝ると言ってしまった以上時間はあった。疲れていると言えばすぐに見破られるだろうし、かといってわざわざ大浴場に行く面倒もある。部屋には風呂があるのだから沸かせば問題はない。

 アルスはシャワー派だし、烏の行水ほどではないが長湯しない性質たちだ。

 これは軍にいたからでもある。働き詰めだったためゆっくりと浸かる暇がなかったからで、身体に染み渡るという親父臭いことを言うほど衰えてもいない。

 端的な結論、回避不可能であった。


「わかった。準備したら俺もいく」

「では、階段で待ち合わせしましょう」


 憂鬱はどこへやらロキの暗雲を晴らすのはやはりアルスだ。


 着替え一式が入った袋を抱えるように三人が現れたのは待ち合わせ場所に着いてから5分後のことだった。ついでにアルスは1分で支度を済ませている。

 目くじらを立てるほどの狭量ではないからやっときたかと言う顔で出迎えたのだが、テスフィアはしかめっ面を浮かべていた。


 さすがに混浴とかではないのに明らかに嫌そうな顔をされれば腹も立ちそうなものだったが、さすがのアルスも慣れたということだろう。努めて無視する。

 

 大浴場があるのは1階の奥ということになっている。来た時は気づかなかったが、しっかりと矢印で示されていた。

 ちょっとした娯楽施設も通りにあるようだ。見ればお土産屋だけでなくイベリスのAWRカタログやAWRの試打場まである。アルスにとってはそちらの方が気になるのは職業上仕方のないことだろう。

 歩きながらも顔を向けてしまう。

 そんな姿に隣から苦笑が漏れ出た。


「アルは本当に研究熱心だね。というかあんな凄いAWR作れるのに興味はあるんだ」

「当然だ。国によって多少ではあるが特色があるし、製造法も若干違いがある。それに……」


 アリスに乗せられてヒートアップしそうになるのをテスフィアのため息が途切れさせた。確かに大浴場に行くのに長々と説明するのは何かが違う。


「まあ、湯上りにでも少し覗いてみるさ」

「結局、覗くんかぃ」


 他愛のないツッコミに一纏めにした赤毛が跳ねた。

 どこの文化なのか男女を分けた暖簾のれんを潜る。魔物の侵攻によって人類の生存圏が縮図されたために様々な文化が混合しているせいか、知識として知っているアルスも目新しさを感じていた。


 軍にも大浴場はあるが基本的にシャワーで済ませるのがほとんどなため、人がまったく居ないということ自体には特に違和感も開放感も感じることはなかった。利用者がアルス一人でも臆することはなく毅然としたものだった。


「確かにこれはなかなか……」


 上品に石像から出てくるお湯の湯気が立ち昇り、石で囲まれた浴槽だけでなく、薬湯、柚湯、水風呂にサウナなど意外にも広い。


 アルスは腰にタオルを巻いて身体を洗う。自然と動かす手が早くなってしまうのは早く出たいからではなく全部試してみたいという子供的な好奇心からだ。

 少し熱いぐらいの湯船に浸かると全身に広がる「はぁ~」と思わず疲労なのか身体の悪いものを吐き出すように漏れた。

 全身に染み渡る感覚にアルスは見舞われている。気持ちが良いという言葉では言い表せない。今まで溜めこんだ不純物が滲み出るようだ。

 あまり風呂の熱さに強くないという可能性を考慮しうっかり熱を溜めこまないように程良く水風呂に向かう。一通り入ったアルスの目に飛び込んできたのは外に繋がる扉だ。


「露天風呂まであるのか……ん!」


 露天風呂の説明が看板にある、そこに書かれている「魔湯」なる名を見れば踏み出す足に迷いは微塵もない。濡れた髪を掻き上げるアルスは、すでにタオルを肩に掛けていた。

 期待していたわけではないが絶景には程遠い、一階であり丘陵地でもないのだから景色は夜空のみだ。周囲を木材の柵に覆われているが雰囲気は森林を意識させる緑がある。

 原始的な自然をうまく調和させていた。

 解放感のある露天風呂には狭いながらも圧迫感はない。

 そしてお目当ての湯船「魔湯」なるものを見つけアルスは片足を突っ込んだ。

 色は濃いグリーンで毒々しさはあったが匂いはない。


「……! おお」


 足に少しピリピリしたような反発感がある。

 ゆっくりと全身を浸からせると同じように反発感がある。くすぐったいようなそれは癖になるように程良く筋肉を解してくれている気さえする。


「魔力が込められているのか」


 湯を掬うとグリーンだったお湯は透明に変わる。しかし、上から滴らせるとグリーンへと変色するというアルスにして奇妙な液体だった。

 どういう仕組みかわからないが、魔力による反発がこの気持ち良さの原因なのだろう。劣化するはずの魔力を維持できているという疑問は心地良さからあっさりと霧散してしまう。

 その時、反対側から色めいたような聞き覚えのある歓喜の声がした。


「うわっ! 気持ち悪」という声にアルスは内心で「どこが!!」と反論する。



 男女を分ける仕切りが露店風呂にはある。その向かい側で同じようにテスフィア、アリス、ロキが順繰りに風呂を回っていたらしい。そして行き着いた最後の砦が「魔湯」であった。

 しかし、三人しかいないと思って浮かれ気味な三人も露天風呂に人影を見れば礼儀を弁えた。

 マナーとも言えるが。


 その女性は横柄というよりも男くさく両腕を石垣に拡げていた。頭頂部には小さく纏められたお団子が乗っかっている。

 毛量的には少ないがそれが後ろ髪の一部だけならば納得だ。そこだけ伸ばしているのが一目でわかる。入ってきた者に気が付いたのか「ん?」といってその女性は振り返った。

 

 騒がしい面々が入ってきたのだ。気分を害したような重低音の声にテスフィアとアリスには聞こえた。


「お騒がせして、す、すみません」


 テスフィアが率先して謝罪すると、その女性は気前よく手を上げて「構わないっすよ。貸し切りでもないわけっすし」と先ほどの声が嘘のようにフレンドリーな口調だった。


「学院の生徒さんっすか。大浴場に来るとはわかってるっすねぇ」


 タオルを頭――お団子――に載せてくるっと反転すると「これは最強っすから、どうぞ~」勧めてくる女性に三人は似たような感想を抱いた。綺麗な人だと。

 最初見たときは項だけでも息を呑むほどの艶美があった。湯に濡れた腕の細く滑らかさに劣等感を抱いてしまう。

 とは言え相手は大人だ。勝敗は将来性を見据えて欲しいものだと言い聞かせる。


「レティ様もこちらにお泊りだったのですね」

「数時間ぶりっすねロキちゃん」




 

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