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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「7カ国親善魔法大会」
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思わぬ珍客

「アルくんのいけずぅ~」


 子供ような屈託ない不満顔にこれがシングル魔法師だというのだから不安を覚える者は少なくないのだが、外界でのレティは一騎当千である。

 このギャップを知る者はレティという存在に畏敬と畏怖の念を抱くのだ。

 あざとい仕草も年齢から鑑みて、まだ許容範囲内なためあまり強くは出れない。この類いはシスティのような不自然さがないぶんまだマシなのかもしれない。


 凛々しい戦乙女と言えば良いのだろうか。女性という心細さは皆無であり、アルファでは彼女と任務を共にする栄誉を誰もが目指していると言っても過言ではない。まぁ、言ってしまえば人が良いのだ。

 彼女の部隊内における任務生還率は任務の難易度を考慮しても高い。そんなレティの精鋭部隊の一員であるのが背後で直立するサジークとムジェルだ。


 魔法師にしては引き締まった体躯であり、手や至るところに浅くない傷跡が残っているため、歴戦の魔法師を匂わせる。

 サジークは短髪を後ろに流し、柔和な顔だが、引き締まった印象を与える。厳めしい顔つきは微塵もなく優しそうなたれ気味の眼をしており、憤怒とはかけ離れている気もする。隆起した胸板の厚さは隠しようがないほどだ。

 隣に立つムジェルもサジークと同様に近い年齢なのだろう。見た目の判断だが30には到達していないだろう活力を感じる。切れ長な目は猛禽類を思わせるが悪戯っぽく微笑むとサジークより笑顔が似合う。それが引き締まった身体とあまりに不釣り合いで逆に怖くもあるのだが。

 間違いなく子供をあやすのに向いていない。

 この2名はよくレティと行動を共にすることが多く。側近としての位置づけがしっくりくる。


 叱責を受けた両名は口にチャックをして鍵まで作る始末――――身から出た錆びではあるが。

 その横にロキも並んだ。これを単に仕える者の位置と判断したようだ。

 ついでにアルスの「様付けはいらない」ということに対しては笑みを浮かべたスルーで有耶無耶にされてしまった。


「シセルニア様、レティは任務中だったはずですが、ここにいるというのはどういう意味でしょうか」

「私に会いに来てくれたのではないのかしら?」

「会いに来たという意味では正しいですね」


 扇子の前で微笑を絶やさないシセルニア。

 腹の探り合いのような面倒をアルスは一蹴する。


「厄介事を持ち込まないようにと釘を刺しにきたのですが、杞憂ならばいいんです」

「あら!? 遺憾だわ。厄介事なんて、ただあなたの活躍を見に来ただけよ。各国も雁首揃えているわけだしね」

「まぁ、そう急ぐな。お前の言いたいこともわかっているが、今は単に観戦を楽しませてくれ」


 おちょくる節のあるシセルニアと直球で返すべリック。

 「腕は鈍ってないようだな」とも付け加えるが何とも不自然な無駄話である。


「それにしても初戦の相手にはさすがの私も同情するぞ。油断は良くないが、魔法の一発でも打たせてやらんと立つ瀬がないんじゃないか?」

「それはありますが、しゃべってばかりなので付き合う必要を感じなかった」

「あ~あれっすか、なんか絶叫を上げてたっすね。ぷぷっ」


 貴族だろう自慢話に付き合うほどアルスは気が長くない。


「それより、レティ【バナリス】での作戦は終了したのか?」

「まだっすよ~、長い時間を掛けて来たのにここで招集とかありえないっすよね。振り出しに戻ったら総督が自分で出張ってくださいね」

「無理をいうな。その時はそれなりの戦力を投下する」

「雑魚が増えても被害が拡大するだけっすけどねぇ」


 間延びの先にはアルスがいた。

「アルくんが加わればすぐなんすよねぇ~。ダメ? お姉さんの頼みでもダメ? 価値あると思うっすよぉ~。ベッピンっすからね!」


 上目遣いに腰を折り、淫靡にアルスの胸板を指がてくてくと走る。

 アルスに投影されることはないが、気持ち悪さはあった。


「そんなことをしたら、お前の隊が黙ってないだろ! 半年近く作戦行動したんだ、その報酬を俺が掠め取ったら問題だろ」

「そんなことないっすよぉ。アルくんは2でうちの隊が8なら納得っす!」

「誰がやるか」

「え~うちもぉ疲れったすょ。ならこれならどうっすか!」


 妙案だと――神託が降りたというほどの自信が瞳に宿った。

 レティは蠱惑的な視線とともに身体をくねらせてアルスの首に腕を回した。


「うちの身体で支払うっすよ。それならアルくんは0でも飛び付くっすよね」


 アルスからでは見れないがロキの顔がみるみる紅潮していく、それは嫉妬というには差異があった。つまるところ刺激が強いのだ。シングル同士ともなれば、からかいよりも現実味があるのが原因か。

 ごくりとロキの隣で生唾を飲み込む音が鳴るが、それも少しばかり違うもののように感じる。欲情の類が皆無とは言わないが、畏れ多い苦汁を呑み込んだようだった。


 レティは外界に赴く魔法師にしては異常な程身体に傷がない。だからこそのシングルでもあるのだが、寧ろ美貌を保つ努力も怠らないのだ。そのため、惑わすための武器は洗練されている。艶かしいく光沢のある細い肢体、胸もまた大き過ぎず小さすぎず適度なボリュームが惜しげもなく衣服を押し上げていた。リップでも塗っているのだろうか艶やかな唇に透明感のある精緻な肌。悪戯っぽい子供のようなクリンと大きい瞳。

 確かに第三者から見れば飛びつきたくなるような美貌だろうか。それもシセルニアという絶世美があれば霞んでしまうのかもしれないのだが、レティにはそれを差し引いて余りある美しさがある。

 外見は美貌、内面は子供のような無邪気さを兼ね備えていた。


「誰が0で飛びつくか。俺が8でお前が飛びつくかだろうが」

「えっ! いいんすか」


 ジュルリと唇をなめずる。獣欲を連想させる眼がアルスの身体に向けられた。

 シセルニアも行儀が悪いのを承知で椅子に膝を立て背もたれから少し目を覗かせている。

 そんな今にも襲われそうな雰囲気を払拭したのは。


「ゴホン! そんな冗談はさておき」とワザとらしく空咳をするが、べリックはそれもありかと思考を巡らせてみていた。子を生すというのは一つの手である。ましてやアルスという最高位の魔法師ともなれば生まれてくる子供にも期待を寄せてしまう。さすがに結婚や子を持てば今回のように国を離れるという危惧に周りが振りまわされることもないのだ。

 少しの興奮が想像を先に先にと膨らませたが、一定の所で思考が断裂するのをべリックは感じた。

(すぐには無理か、あの異能がある限りは……それでも婚姻を結ぶのは無駄ではないな)

 

「それよりアルス、こんな所で油を売っていていいのか?」

「それには及びませんよ。ジャンのせいで第1魔法学院の隠し玉は出てきそうにありませんし、2・3年生はソカレントのお嬢さんが指揮を取ってますので」


 ジャンと言う名に顔を顰めるレティ。アルスは時折彼女から上がる非難の捌け口になっていたこともあり、二人の仲を知っていた。 


「あ~ルサールカか……あそこにデカイ顔をさせるのもこれで最後だな」


 ほくそ笑むのが似合わないべリックだが、堪え様がなかったのだろう。


「リチアさんにも自慢できそうですね」とシセルニアも追随する。扇子の下で人の悪い笑みが透けて見えるようだ。

 アルス自身仕事の感覚なので二人のように私情はない。それでもここまでした費用対効果は回収したいものだ。財とまでは言わないがそれに見合うだけの収穫を得たいと考えていた。

 強いて言えばアリスに提供したAWRの汎用を模索するだけのデータと宣伝。古書に単位の軽減、行きがけの駄賃にミスリルで出来たトロフィーなどである。学院での出場とは言え個人での順位があるため学院に寄贈ということはあるまい。

 どのみち総合優勝も同等のトロフィーが贈呈されるのだから問題はないはずだ。


「それにしてもアルス。アリスくんのAWRはお前が作ったのか?」

「丁度メテオメタルが手に入ったから試験的に作ってみた」

「「――――!!」」

「なんですメテオメタルって?」


 シセルニアの疑問は当然だろう。魔法師などでも耳にすることはほとんどない。鍛冶屋などの製作に携わる者ならば常識だろうが。


「AWRの材質として最も稀少価値の高い金属です。稀少性以上に特質するべき性質のせいなのですがね」


 アルスの解説を受けてもピンとこないのだろう。首を傾げるばかりでそんなに? という疑問符が浮かんでいる。


「特異と言っても大袈裟なものでもありませんよ。通信に用いられる感応石を強力にした程度で、上手くいけば一部の感応石で代替できるかもしれない。シングル魔法師のAWRは好みもありますが、メテオメタルを使ったものが多いのです」

「まぁ! そんな稀少なものなのですね」


 おどけてみせてもあざとさがあった。確かに魔法師でもなければ興味の持ちようはないのだが。


「よく見つけたっすね」

「たまたまだ」

「お前の行き付けの店か」


 軽く肯定だけして、この話は終わりだ。アルスもここに来た目的である釘を刺すという意味では役目を終えている。どの道べリックにお預けを食らってしまえば探りようはない。

 とはいってもここにいつもいるはずの人物、リンネがいないことを考えれば釘を刺しにきて正解ではあったのだが、あの余裕は不安を増長させる。


「まあいい。もうここに来ないことを祈ってるよ」

「もう行くっすか。うちの傷心を労るために一緒に観戦はどうっすか。場所を移して」


 艶かしい動きで細い指がアルスの手を絡める。

 それを払いのけるということはない。冗談だと目が告げているからで、その視線が扉の方へと向いたため大凡の見当をつけてしばし付き合うことした。


「それではこれで失礼します」

「そうでした。アルス、勧誘はあって?」

「いえ、さすがにそこまでモラルを守らない人はいないでしょう」


「そっ」とだけ吐き出すように呟かれた。前を向いているにも関わらず扇子で顔を隠しているが、シセルニアの纏う空気が弛緩するのを感じたのはアルスだけではないだろう。

 勧誘などは基本的に試合終了後が慣例的な決まりとなっているらしい。優勝校の祝勝会が行われるホテルには貴族や各国の軍人が(まみ)えることがある――あるとすれば、その場での勧誘が常だ。


 それでも時間にして2時間程度。本来の趣旨では交流の側面があるため、残りは選手のみとされる。

 祝勝会での勧誘が常とはいえだ、その日の全試合が終わった後など実際に勧誘を受けることもあるそうだ。

 しかし、アルスが知る限り今のところそのような話すら耳に入ってこない。

 蛇足だが未だにレティの手は重なっていた。


「では今度こそ……」


 アルスは軍人らしい敬礼をし、踵を返した。扉の傍に立っていた使用人の一人が前もって扉を開けてくれる。「アルス、アリスくんにも応援していると伝えてくれ。後フェーヴェル家のテスフィア嬢にもな」投げかけられた声にぞんざいに手を振る。ロキに目配せして帰りを告げると「もう少し労って~」と駄々を捏ねるレティ。


「その内時間を作る」


 と言って何事もないように扉を潜った。レティは駄々をこねながら一緒に付いてきている。

 通路を出て喧騒が空気を裂くように飛び込んできた。警備の者はアルスたちの顔を見ると目を伏せながら甲斐甲斐しく開閉の位置取りに動く。

 少し距離を開け。


「で、何だ」

「ちょっと待つっすよ。ロキちゃんには悪いっすが、【消音の包容(サイレント・ベール)】」


 AWRの使用もなしに魔法名だけで魔法使用したがこの場に驚く者はいない。

 それよりも機密性が高いという証左に眉頭を寄せたのはアルスだ。見当が付くものの詳細な部分で彼女が隠匿を優先したのだろう。

 アルスとレティの周囲に半透明半円の魔力残滓でできたような空間が構築された。つまり二人だけの空間である。

 内外部の音は全て遮断される。


 先ほどまでのやり取りが全て嘘だったというようにレティは神妙な顔で口を開く。神妙なのは顔だけで手すりに頬杖を付いてるので少々緊張感には欠けるが。


「アルくんは何も聞いてないっすか? バナリスはうちの隊員が少なからず眠る地っす。奪還すれば彼らも少しは浮かばれると思ってるっすよ。でも、今回の招集が長引けばまた魔物どもが蔓延る、何より振り出しっす。今度は何人犠牲になるか想像もしたくないっすねぇ。あいつらの死を無駄にすることだけはできないんすよ」


 遣る瀬無さが表情に滲み出ていた。隊を率いる者としての責任が彼女を憤らせているのだろう。部下であるサジークやムジェルはそんな表情を一度も見せなかった。隊長としての責を軽減しようと見せなかったのかもしれないが。アルスは良い部下だと称賛を送りたい気持ちだった。

 しかし――。


「珍しいことでもないだろう。レティの言いたいことはわかるが」

「そっすけど。譲れないものは譲れないっすよ」


(だからレティは好かれるのだろうな)

 

 良い指揮官には良い部下が集うということだろうか。

 相変わらず人が良い。アルスが彼女を嫌いになれないのはそんな理由からかもしれない。

 レティがアルスを頼るのも奪還を優先すべきと見ているからだろう。自分たちの力に拘らない――アルスだからかもしれないが――――もしかすると任務が更に長期化し放棄されることを忌避してなのか。


「だから理由を知りたいと?」


 無表情だがその眼光は肯定を示している。

 アルスは心当たりがあるだけに突っ撥ねるのは気が引けた。結局愚直なまでの真っ直ぐな目に根負けする。


「俺も詳しくは知らないがバルメスのほうで少し問題があったようだな、恐らくお前が招集を受けたのはそれに起因していると俺は思ってるが」

「それは魔物絡みっすか」

「だろうな」


 軽く頷き首肯する。

 

「最悪の事態を想定したらお前が招集されるのも頷けるからな。べリックが落ち着き払ってる以上切羽詰まったとは考えづらい、情報が集まっていないとも取れるが。バナリスはどれぐらいまで掃除できていたんだ?」

「7割ってとこっす。もう少しで縄張りにしている魔物まで辿り着けたはずっすね、うちの探知では雑魚が異常に多いだけでAレートが2体という話っす」


 アルスは肩を竦める。確かにもう少しだけに惜しいと感じるのだ。半年近く地道に掃討してきたのだから尚更だろう。

 同情はしない、こんなことは良くあることだ。仲間を殺された魔物を前に撤退命令が下れば見逃すほかないことだってある。隊としてチームで動いている以上私情に駆られるのは愚者のすることだ。

 それでも――。


「まぁ、優先順位はこっちのほうが高いと判断したんだろ。それでも納得いかなければ……そうだな、死んでいったお前の隊員ぐらいは働いてもいいぞ」

「――――!! いいんすか! やっぱりアルくんはぁ~」


「最高っす!」瞬間、アルスの視界が黒に染まる。いや、染まるといっても大部分であり、隙間から微かな明かりが漏れていた。レティに引き付けられて胸の辺りに押しこまれたのだ。両手で頭を挟まれた時はびっくりしたが、そのまま胸にダイブ。確かな反発を感じながら顔を埋める形だ、離れようとしても彼女は抱えるように抱きしめていた。


 何を思ったのかすぐにバッと離し、脱したアルスにレティはやはり悪戯っぽい笑みを浮かべ「やっぱり身体っすね。ムッツリは嫌いじゃないっすけどね」と破顔する。


 魔法の範囲外でロキが固まったまま、機械的なカクカクした動作で自分のある一部分を触れていた。目の前の女性がだいたいこれぐらいだからと、胸の位置から大凡測るように手を御椀に作り軽く当ててみる。目を瞑っているのは現実逃避だろうか。

 少しずつ拡げた掌をせばめ、自分の胸との距離を縮める。最初の段階でスカスカと間に隙間が出来てしまうのは仕方がない。

 しかし、これぐらい? と縮めてみても自分のボリュームでは収まることはない。次第に焦りがジワリジワリ込み上げてくる。二回目ぐらいで収まってくれれば慰めにもなる。まだまだ成長盛りなのだから。さすがに何回目だろう縮小でやっと収まったのでは儚い希望のようにさえ思えてくるのだった。

 愕然と現実を直視し見比べても自分には顔を埋めさせるだけの弾力は微々たるものだ。強硬しようとすればお互い不幸になるのは明白だった。 


「神様はきっといる!」


 そんな呟きが魔法範囲内にいる二人に聞こえるはずもない。

 

 アルスは善意を踏みにじられたように渋面を作る。


「手を貸さないぞ!」

「冗談っすよ。でも、いいんすか? 学院は」

「問題無い。総督との条件に単位の取得を一部免除してもらえることになってるしな」

「ハハッ、とんでもない生徒っすね」


 屈託ない笑みに釣られてアルスも頬を上げた。


「まあ、上手く事が運べばいいけどな」と言った辺りで魔法が切れ、喧騒が舞い戻ってくる。

 それを承知の上で口を開いたのだが。

 アルス自身、レティが招集された遠因が自分にあるとさえ考えていた。


(やっぱり会合にいくべきじゃなかったか)


 この後悔も口に出さず内側で反響するのをアルスは噛み締める。次回に生かせるとは思えないからだ。


「アルくんも一先ずは大会頑張るっすよ。私もルサールカは気に入らないっすし、特にあのいけすかない金髪が」


 ジャンのことを言っているのはすぐにわかった。仲が悪いというわけではないのだろうが馬が合う合わないはあるが、二人には少なからず因縁がある。

 

「そうするよ。俺も優勝しないことには単位も免除されないしな」

「それは困るっすね。というわけでロキちゃんも頑張るっすよぉ~」

「は、はい!」


 ロキの手を引き、自分の前で反転させる。後ろからぬいぐるみでも抱きしめるようにギュッと抱擁。

 それはどこかで見た光景のようでもある。というかアリスがロキに良くやるのだ。

 しかし、ロキの表情は違い、照れたように頬を染め俯いた顔は微動だにしない。それは人形のような無感情なものではなく単に緊張してだとすぐにわかる人間味溢れる姿。もしかするとそんな姿はアルスの目前で行われたからだろうか。抱きしめられるだけのロキと対面している構図だ。


 惜しそうに顔を擦り寄せていたレティもしつこくならないような適度な時間で交差させていた腕を解いた。

 試合の進行状況からしてもそろそろ戻った方が良さそうだと判断すると解放されたロキとともに歩き出す。

 

「レティ様、それでは失礼します」

「はいは~い。いつでも顔出しなよぉ。アルくん、も」


 歩き出したアルスは振り向かずに軽く手を上げて返した。が――少しして立ち止まる。

「レティ、お前のとこの部隊はあの二人だけしか来ていないのか?」という問いを投げたが、喧騒の中彼女が聞き取れたかは判断が付かない。

 すぐに返事がないことからアルスは「ま、いいか」と益体もないことを訊いたことに行き着く。

 背後で「なんて~」という引き止める言葉も同じようにアルスには届いていなかった。


 緩やかに湾曲する通路を歩き「あっ! ジャンが来ていることレティは知ってるのか?」と思ったが今更戻って教えてやるもの面倒だ。

 実際の所彼女はジャンのことを毛嫌いしているようだったが、その程度までは知らない。


「レティ様は素晴らしい御方ですね。少々お優しい感じがしましたが」

「まぁ、あれはあれで優秀な上官だな。優しいと思ったんならその通りなんだろう」


 だが、外界で任務に出る彼女は完全に切り替えができる人間であるのをアルスは知っているし、見習いたいとも思ったことがある。切り捨てるべき時は心を押し殺してでも選択が出来る人間だ。

 アルスはレティのそれを非情だと思わない。それが自分とは違うのだろう。確かに彼女の想いがあるのだから、死者の想いを引き継げる芯を感じさせる強さを持っているのだ。

 レティが強いのはそんな願いにも似た想いが肩に積み重なって背中を押してくれるのだろう。

 そんなことが今までの自分にあっただろうかと想起させてみるが。


(ないな。俺は切り捨てる時には何も思わないし、思わないようにしてきた)

 

 だから一人であることを選んだのだ。

 それでも記憶の深淵を探ってみると確かに黒い靄が引っ掛かっている。それは楔なのだろうな。戒め、覚悟、決意、そして後悔、どれもが当てはまる。

 

(俺にも一つだけあったな、人ではなかったけど)


 感傷に浸るほどのものではない。あの時と比べると今の現状は見違えるほど様変わりしているのだから……。

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