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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「7カ国親善魔法大会」
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7カ国魔法親善大会~開会~

 広大な競技場。

 湾曲した円弧を描いた、だだっ広な面積を誇る。そこには武舞台があり――というほど立派なものではなく対魔法防護壁で覆った箇所――学院の訓練場を想起させるが、その大きさは比較にならないほどだ。反対側の人の顔は間違いなく見えず、直進にして200mはあると聞く。

 その周囲を観戦席が覆う。そして扇状に段々と広がる席の上にはさらに観戦席がある。つまり、2階になっているのだ。その間に間隔を上げて荘厳な部屋が突き出すようにあった。

 競技区画は4つ。これが4ブロックの試合進行になる。


 アリスは一試合目の最初だ。すでにオーダー表をフェリネラが本部へと届けた後なので今更変更してくださいとは言えない。元々異議を唱えることはできないのだ……自身の私情によるのだから。


「はぁ~、なんで最初なのよぉ」


 ぐるぐる巻きにされたAWRを抱えて第1ブロックに到着する。極度の緊張のせいでお腹がきりきりしている気もした。


「最初も最後も変わらないって」

「そんなこと言ってもぉ」


 テスフィアもまた同じように緊張を感じているのだが、隣に自分以上にガチガチのアリスがいるのだから少なからずマシだろう。自分だけでないとわかっただけ同族を見つけたような共感と安堵によって和らいだのかもしれない。


「新しいAWRを貰ったんだから、存分に試してきなさい!」


 悪戯っぽい笑みの後、「注目も集めてきなさい」とも追い打ちを掛ける。

 それが何を指しているのか考えるまでもない。市販されていないAWRに加えあの金色。

 文句を言うのはお門違いだけど、アリスは少しだけ苦く笑う。


「フィアは2試合目でしょ?」

「そっ! だからアリスの試合見れないけど、初戦は勝ちましょ!」


 意気込みでもなく、確証もない、それでもテスフィアの言葉はストンとアリスの中に落ちていく。勝たなきゃというプレッシャーもなく、いつの間にか足取りさえ軽い気がする。それがまやかしであるのはわかっている為、自己暗示のように言い聞かせただけだ。


「あいつの訓練の成果が試されるときね。負けたら文句を言ってやりましょ!」


 あぁ、そういうことか。負けても他人のせいにするという不遜な考え、もちろん本心でないのがニカッと悪い顔を見せてくるため一目瞭然だ。


「そんなこと言ったらまた引っ叩かれるよ」


 ワザとらしく肩を竦めたが、テスフィアの悪い顔は崩れない。

 アリスは追想する。


(でも……今までやってきたことは私の力になっているし……)


 だから信じようと。自分のできることを最大限発揮しようと決心するのだった。

 そして、テスフィアに向き直り、これまでの努力が糧となって少しだけ強固になった意志を親友に向ける。


「フィアもね。一勝とは言わず、勝ち進んで目指すは本戦!」


 こういう時に男同士ならば拳を付き合わせるのだろうか。アリスがそんな気恥かしいことはできないと頭を振った直後。


「――――!」


 胸の前に軽く突き出される拳の代わりに、テスフィアの刀が持ち上げられた。

 アリスはそれがどういう意味なのかわからず困惑の目を向ける。


「ほらアリスも……」


 なんの儀式なのだろうかという疑問を残しながらアリスは言われるがまま従う。しかし、テスフィアの顔はあらぬ方向を向いて少し赤くなっていた。

 そしてお互いに刀と槍――柄の辺り――がカチンと音を立ててぶつかる。


「が、頑張ろうぉぉ!」

「はい?」


 今のは何なんだとは聞きづらくあったので変化球を投げてみる。もしかするとテスフィアのお母さんが軍人だったから、任務前にAWRに入魂するとか? 


「何かのおまじない?」

「そ、そうよ」 

「へぇ~やっぱりそういうのあるんだ。部隊による決まりとか?」

「えと……いずれ私の部隊に導入するわ」

「ん…………もしかしてフィア」

「そうよ! 今よ、今考えましたよ!」


 疑心の目がテスフィアを射抜き、そのしょうもないような……というか突拍子過ぎる返球に瞠目したアリスは込み上げてくる可笑しさに我慢できず、口に手を当てたがプッと弛緩する緊張を吐き出すように笑いだした。

 

「いいでしょ! 悪くないと思ったのに笑う? 普通」

「だって、男の子じゃないんだから」


 涙目になったアリスは薄らと目を浸しだした雫を指の腹で掬う。

 プクっと子供っぽく頬を膨らませるテスフィアは不機嫌ですとあざとくそっぽを向いた。

 そんな親友が愛おしく、感謝を抱かせる。

 アリスはどうすれば伝わるだろうと考えすぐに行動に移す。一番てっとり早く、シンプルに。

 

「ありがと! フィア」


 後ろからバッと抱きついたアリスは人目も気にしない。

 首に回された腕をテスフィアは恥ずかしく視界に収める。


「調子いいんだから」

 

 肩を竦めたテスフィアにはにかんでみせるアリス。


 それを見ていた周りの選手――特に男子――は足を止めチラリと見ていた。彼らも選手の前に一人の男だということだろう。自制心を抜け出た感情は果たしてなんだろうか。そんな考えも結局遠目に見つめることしかできないのだから考えるだけ無駄というものだ。

 一時の欲情に勘違いしないだけ自制しているということにしておこう。


 テスフィアと別れたアリスは試合会場の前に立つ係員に選手名、学院を告げ、照合ののち入場する。

 中央の上に掲げられたスクリーンには戦闘の様子が映し出されるが、開始までは試合開始時間が表示されている。刻一刻と迫る試合にすでに緊張はなく、減っていく時間に感じるものはない。

 控えのベンチでアリスは布を取り、AWRを取り出した。今回はベルト型の鞘も必要がないので抜身のまま挑む。

 大きく深呼吸しても吐き出されるのはただの息。もう動きを重くするものは全てテスフィアが取り除いてしまっていた――ほどよい緊張感を残して。

 実際の試合会場は40m四方に覆われている。

 アリスは残り時間を確認すると深く深呼吸、AWRを握る手にも力が入った。

 「選手は入場してください」と係の者に促され、入口へと向かう。

 近づき、スライドする扉。

 入った瞬間無数の視線に晒されているのがわかる。感嘆の声だろうか、どよめきが湧くのが遠くに聞こえる。防護壁のせいだろうか、しかし驚愕とも取れる雑然さを意識の外の押し出す。

 金色のAWR、間違いなくこれだ、とアリスは手に持つ金属の重さを感じながら一瞥した。アリスでさえ、神秘的ですらある姿に息を呑む。童話や御伽話の類に出てくる神が使う槍、だと虚言を吐かれても気付けた自信はない。事実としてはありえないのだが、そうではないかと思わせる輝きがあった。


 ほぼ同時に向かい側から入ってきたのは第6魔法学院の制服。つまりはハイドランジに属する魔法師ということになる。

 視界に収め装備を注視しながら開始位置の中央へと歩を進めた。

 アルスならば近づいたときにAWRの魔法式から適性系統を判別できたかもしれない、と思うがない物ねだりだろう。叡智を持つ頭ではないのだから可能性すら皆無だ。抜身の両刃剣だが無骨な印象はなく、アリスは眉を顰めた。柄尻には大きな赤い宝石、抜身で登場しているのにわざわざ装飾された鞘が腰にぶら下がっている。

 中肉中背で、綺麗に整髪され流される前髪。品格を感じる顔ではあるが幼さは所々に垣間見えた。優雅というよりも躾けられた足運び。


(貴族かな?)


 相手も当然自分を見ているわけだが、その瞳の色と嘲るような口元。明らかに格下と見下しているのが明確である。

 だが、近づきアリスのAWRを見ると狼狽する。自尊心でも傷ついたのだろうか。嘲笑めいた顔は変化し、分不相応だと言わんばかりに歪んだ。


 指定位置に着き、時間が過ぎる。アリスは臨戦態勢に移り、腰を落とし槍を構えた。開始のブザーが鳴るはずだが、数秒の静寂が待ち遠しく長い。

 おかしいと思った直後、中央のスクリーンに赤い文字で《警告》と表示される。続いて「第6魔法学院、警告を1とします。すぐに魔力を解き、開始に備えて下さい」機械的で単調な声に驚いたのは対戦相手の男だ。

 見ればAWRに魔力を流していた。慌てる様子からも無意識のものなのだろう。

 アリスは張った肩の力を抜く。以前、アルスが言ったように魔力付与で相手の力量を計ることもできると言った意味がわかった気がした。

 魔力操作の訓練をし、少しはできるようになったからわかる。無意識で流れ出るほど未熟であるということだ。

 まあ感情の昂りによって魔力の放出は珍しくはないが、この場では未熟以外の何物でもないだろう。

 

 彼のしたことはいわばフライングである。開始のブザーが鳴るまでは開始位置で魔力の放出、魔法の行使。それに準ずる行為が禁止され、ペナルティが課せられる。一回ではどうこうなるわけではないが、アナウンスであったようにこれらの警告ペナルティは個人ではなく学院の不利に繋がる。

 仕切り直しとばかりに大きく深呼吸をする対戦相手。

 逆にアリスは落ち着き払っていた。侮りはなく冷静に思考が平常回転する。


 そして他ブロックよりも少し遅れて試合開始のゴングが鳴り響く。

 アリスは準備運動とでも言うように槍を縦横に高速で振りまわす。手に吸いつくようなグリップにいつも以上の回転速度が土埃を舞わせた。

 さすがに対戦相手も可憐な槍捌きに高い技量だとわかったようだ。構えたまま出方を窺っていた。

 槍が刃を下に向け、ピタリと動きを止めた。敵を見据えたアリスは猛スピードで駆ける。

 

「行きます!」


 一瞬の驚愕。それはアリスの速度に対するものだろうか。相手は慌てて魔法を行使する。刀身に刻まれた魔法式が淡く輝き、刃先からではなく空いた手を掲げて大仰に火球が生み出された。

 本来ならば刃先が最も最短であるのは言うまでもないことだ。無論魔法の座標さえ指定できるならばそれが手だろうと問題はないが、明らかに時間ロスに繋がる。

 アリスは何か狙いがあるのだろうかと勘繰る。

 しかし、放たれたのは一般的な火球バーストであった。

 選手に選ばれるだけあって1発に留まらず次々に生み出されていく。


 アリスはただそれだけだと推察すると容赦なく【反射リフレクション】で反射する。できれば無駄な魔力の消費は抑えたいが、AWRの性能テストというほど大袈裟なものでなくともこの試合で確認しておく必要があると言われているのだ。


「――――!!」


 アリスが違和感を覚えたのは3発ほど火球を反射してからだった。反射に問題はなく、リフレクションも正確に行使できている。だが、明らかに魔力の過剰消費を手に伝わる感覚が訴えていた。もっと言えばリフレクションによって干渉範囲が刀身のみだけでなく、残像を残すように光芒を曳いているのだ。


(今までと同じ魔力消費でこんなに余剰がでるなんて!)

 

 下手をするとリフレクションに必要とされる魔力が反射する魔力以上だという前提が崩壊する。さすがに格上相手や規模・威力の判断が付かない魔法に対しては過剰消費は仕方がないとはいえ、同じレベル、いや、差がそこまででないなら行使者よりも少ない消費で済むかもしれない。

 アリスは昂る感情を抑えきれなくなっていた。AWRを過信し、驕るのは愚者のすることだとわかっていても強くなったと錯覚してしまうほどだ。

 もう、緊張などは追憶の彼方である。湧き上がる歓声すら届かない。

 相手は跳ね返されたことに驚愕の表情を浮かべ咄嗟に真横に飛び退った。

 アリスはそのまま追撃を掛け、一気に切迫し上段から槍を振り下ろす。


 金属質の音が悲鳴を上げるように鳴く。無論相手の装飾過多な剣のほうだ。

 魔力操作だけの差が大きいと言うことだろう。腕力だけでは抗えない鋭さが動線に剣を割り込ませた相手の表情が物語っていた。両手で押さえ苦悶に顔が赤く染まる。


 衝突は一瞬だったがそれだけでもアリスは相手との力量差を計り、油断さえしなければ勝てると分析結果を出した。近接では負ける気がせず、魔法はリフレクションだけで押し切れる。

 まだ、相手の持ち魔法を全て把握したわけではないが、魔力操作を見ても対処は可能だ。


 そのまま、槍が縦横から攻め立てる。

 フェイントに簡単に乗ってくる上に反撃すらままならず防戦が幾度続き、男の身体を少しずつ刃が掠めていく。

 アリスに敵をいたぶる趣味はない。

 だから一端後退。


 対戦相手の顔は敗色が濃いと悟ったものだ。侮蔑の眼はなく、全力で戦わなければという揺らめきが見える。それは果たして勝率はどれぐらいかという試算からのものだった。


 一方のアリスは大きく跳躍して着地……そして驚いたように視線を真下に降ろした。

 学院が用意してくれた試合着は正直恥ずかしかったのだ。張り付くような服は彼女の一部分を強調しているようで羞恥にかられた。それは卑猥な視線のせいでもあるのだが。

 上着もあるにはあるのだが試合に挑む以上脱がざるを得なかった、そんな憂鬱を一蹴するだけの性能だ。

 邪魔だと思うことも多々あった。月日を重ねる度に膨らんでいる気もする。これ以上はいらないというのがアリスの切実な願いだ――軍で支給される制服は女性でも動き易いよう考慮されている設計なのだが、彼女には知る由もない。

 少しばかり締め付けられる感はあるが、やはり固定されたような胸は動きやすいという驚愕。

 ある者にしかわからない贅沢な悩みであるが、それが解消されたというのはアリスにとっては重要だ。

 だが、これは親友と共有すべきではないと満足を噛み砕く。 


 そんなアリスの余裕を感じさせる姿を見て、対戦相手の男はギリッと歯を軋ませた。いや、音が鳴ったのはAWRを握る手だろうか。戦意を感じさせる眼光を放っているが剣先は下を向いていた。

 しかし、すぐに襲ってくる気配はない。

 苛立たしさを滲ませているが、動く気配もなく、それどころかアリスの出方を窺うわけでもなかった。


 僅かな間、アリスは警戒しつつ槍を構える。何をするつもりなのか。

 AWRに流れる無骨な魔力。精密さに欠けるものの魔力量は多いように感じる。

 注視しながら下から視線を上げ、男の口角が僅かに上がった。


「……!」


 アリスはAWRへと視線を戻す。

 そして男は種明かしだと言いたげに片面だけを見せていた剣を反対に反す。そこには赤く発光した魔法式があった。

 戦慄にも似た怖気、油断はなかったが迂闊だったと思わずにはいられない。


(回避、いや、まだ何をしてくるか……!!)


 足元に熱波を感じる、赤く染め上げた地面が何かを吐き出すように僅かに持ち上がった。


「遅い!! 炎柱バーン・ピラー!!」


 男が勝ったと言外に吐き出す。剣先が地面を伝いアリスの真下、座標指定を地中に設定したのだ。

 アリスは無傷で回避する術がないと即座に判断する。


(リフレクションも真下じゃ!)


 だから、この行動は思索の結果ではなく、日頃の訓練によって擦り込まれた反応だった。

 タンッと軽く地面を蹴り、軽やかに中空へと浮き上がる。もんどり打つように半回転、アリスは真下を見、全力で槍を地面に向けて振るった。


「《シャイルレイス》!!」


 魔力同士の近距離での衝突は爆発音じみた轟音を拡散、地面を揺らした。

 噴出した火柱を光の斬撃が割る。そんな中、斬撃が耳をつんざく音を発しながら地面を深く穿った。

 かなり強引な力技だが、魔法の威力にこれほどの差があれば圧倒するのは必定だ。炎の勢いが弱まり左右に割れた火柱は見る見る縮まっていく。

 鎮火というよりは吹き消されたように一閃、深々と地面が割られていた。それはまさに吹き飛ばした、もしくは文字通り斬ったと言える光景だ。


「――――なっ!」


 着地したアリスは満足というよりも驚愕が大きい。茫然とする対戦相手を尻目にまじまじと爪痕を覗き込む。


(確かに全力でやったけど……)


 見る限り底は暗闇。どう考えても浅くは無い、下手をしたらアリスの身長ぐらいは深いのかもしれない。強すぎる力に歓喜よりも少しの危うさを感じるのだった。

 思考を切り替え、アリスの攻撃を目の当たりにした相手は放心したように立ち直れていない。絶対の自信があった魔法が破られたからだろうか。


 そんな彼をアリスは「あぁ~私も最初は似たようなことがあったなぁ」と自信のある接近戦でいとも容易く敗北し、対人戦でズルイとまで言われたリフレクションすら通用しなかった相手を思い浮かべながら思うのだった。

 そう思いながらも今のは本当に危なかったと冷や汗が伝う。


(きっとアルが早く終わらせたほうが良いと言ったのも、こういうことがあるからなんだろうな。ちゃんと言ってくれればいいのに!)


 必殺技とも言うべき得意魔法は誰もが用意してるのだろう。一発逆転も見込める。

 それを出させないというのも戦略ということ。窮鼠猫を噛むという状況に追い込むのは得策ではないということだろう。彼我の実力差があるわけでもないのだからなおさらだ。


「だったら全力でいきます」


 緊張の面持ち。これを使うのが本番というのはやはり考え直すべきだろうかと思うが、今後のことを考えれば使ってみて感覚を覚えたほうが良いだろう。

 柄尻の留め金を外し、3つの円環を中空に放った。


 アルスに言われたことを思い出す。

(確か全ての座標を並列化、最初は細かい座標ではなくて……自分との相対位置で感覚的に覚えて……固定)


 放られた円環は大まかな座標により、中空に停滞。アリスとの相対位置補正により一定の間隔を開けて周囲に近づいてくると円環の輪が相手に向き、ピタリと制止。

 頭上と左右に固定された円環はアリスの動きに合わせて連動し付いて回る。この円環小型AWR、ここまではメテオメタルの性質、特殊な磁場により同調反応を示す。

 これはアリスも訓練で行った座標認識の訓練によってなんとかクリアすることができた。問題は次……。


 アリスは意識しやすいように空いた手を突き出した。

 3つの円環がぐわんと歪み、円を拡げていく。しかし、すぐに元の形状に戻される。弾性体であるゴムのように。元々魔力を通すことで弾性に富んだ材質であった。無論槍の部分は強度を保てるように加工してあるが、円環はそのまま使用している。


「今の私じゃ形状を維持できない……」


 悔しさを湛えた表情で相手を見据えた。力不足は現状克服することはできないためだ。

 アリスは槍に魔力を通す。ぼんやりとだが、力強く輝きだす魔法式。それが円環にもリンクする。全てのAWRに魔力が通ると腰を落として槍を下方へと引く。

 何が起きているのか呆然とアリスの円環を凝視する相手は自分に敵意が向いているのに遅ればせながら気が付いた。

 怯えを孕んだ顔でむやみに火球が飛んでくる。

 もうリフレクションを使う必要もない。完全に視界の外、眼中にないとでも言うようにアリスはそのまま魔法名を告げる。


「シャイルレイス…………カルテット」


 刃から巨大な斬撃が空気を切り裂き、火球を霧散させ突き進む。その周りには一回りほど小さい斬撃。円環の輪から生まれ出た【シャイルレイス】が追従し、踊るように斬撃の周りに併走する。

 これが円環もまたAWRだとアルスが告げる理由だ。アリスは微笑を浮かべた。

 

 容易く霧散していく火球に諦めを持ったのか、相手は顔を腕で覆う。直後――全弾が相手選手を襲った。

 苦悶する間もなく、男はそのまま後ろに倒れ、そして――。


『戦闘不能――勝者第2魔法学院。アリス・ティレイク』


 アリスサイドの歓声は途絶えており、勝者を告げるアナウンスだけが響き渡った。 

 アナウンスが終わってから一拍後、拍手喝采が浴びせられる。そんな注目を一身に浴びるアリスは羞恥のあまり俯き気味に足早に退場した。効果音を付けるとすればチョコチョコといった具合だろうか。



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