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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「選ばれる者」
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強化訓練

 大会出場メンバーが一同に会したのは選抜試合から2日後のことだった。

 現在は後期授業の履修期間として授業は始まっていない。いわばお試し期間といったところだろうか。

 そのため、大半の生徒はその日の学業を午前中に終わらせているのだ。

 場所は食堂がある棟、その3階にある選考委員が選考場所として使用していた多目的ホールがある。講堂のように教壇から扇状形に湾曲した机が横長に広がっていた。

 総勢30人が入っても手狭ということはない。そこでフェリネラから諸々の説明が行われる。今回大会代表がフェリネラに決まったのは彼女が選考委員の委員長になった時点でほぼ決まっていたようだ。彼女は当校最高順位者なのだから当然反対の声は上がらなかった。


「大会の趣旨上、AWRの持込みに制限はありません。魔物との戦闘が想定されているためでもありますので……ただ、あくまでも個人の技量を示す場、AWR以外の武器は禁止されています。その他禁止要項は手元の資料に記載されていますので各人で確認をお願いします」


 滔々とフェリネラが説明し、


「当校は近年成績が芳しくありません。気を引き締めて皆さんで第2魔法学院に優勝の報告ができるようにしましょう」


 一斉に「ハイッ!」と声が上がる。その中にアルスとロキは含まれていない。単純に優勝がもたらす益がわからないのと、タイミングがわからないという理由だったりするのだが。

 だからと言って優勝しなくても良いということではない。アルス自身というよりも総督との話では優勝は想定の内。

 この場合は外界に出ていたアルスとロキは温度差に付いていけないというのが最も近い表現だろう。

 続いてフェリネラは頬を上げた。誰の目から見ても楽しいとか面白い類の笑みではない。


「皆さんは当校の代表に選ばれたのですから恥ずかしくない振る舞いを心がけてくださいね。当然ですが、毎年話題に上がるようなケミカル・ブーストの使用は即逮捕、ライセンスの抹消になります。もちろん当校の顔に泥を塗る行為に他なりませんのでご注意を」


 アルスでもケミカル・ブーストという名は知っている。錠剤の魔力促進剤だ。

 魔力の生成を強制的に促すドラッグである。これが法令で禁止されているのは副作用として魔力暴走を誘発するからだ。


 誰かが唾を呑み込んだ音がやけに大きくホール内に響いた。

 仕切り直しとばかりにフェリネラは口を開く。


「そして大会までの訓練なのですが、出場選手に優先的に訓練場が解放されます。ですがただ訓練を行うだけでは普段通り、なので皆さんには指導者の元での訓練を推奨しています。もちろん教員に頼むのも結構ですし、上級生にお願いするのも構いません。ただ学院の生徒、教員は実践経験の少ない方が多い為、選考委員で既に指導出来る教員に声を掛けています。人数的な問題もありマンツーマンということはできません。そのため訓練場に常時4名の教員を配置します。毎年何人かは指導者を見つけられずに効果の薄い訓練をしているということも見受けられますので、その場合は選手同士で助け合っていきましょう。一人一人が第2魔法学院の看板を背負っていることを努々忘れないように」


 その言葉は当然フェリネラを意識させた。生徒で言えば学院の憧れ的な存在なのだから、上級生だろうと彼女の指導を受けたい者は多い。

 そう思って羨望の期待を膨らませていると。


「それと理事長も時間を見つけて指導を引き受けてくれましたので、時折顔を出されると思います」


 それは今までで一番の歓喜だった。「うおぉぉお~」「マジか!」という声が雑然とホール内を騒ぎ立てる。

 もしかすると大会出場が決まった時以上の熱気だ。


「今日から訓練場は解放されますが、まずは専属で指導してくれる人を探すところから始めてください。訓練は教員監守の元、課題を明確にし一つずつクリアしていきましょう」


 これは1年生に向けた言だろう。

 諸連絡はすぐに終わり、この多目的ホールが大会対策本部として置かれるということだ。何か連絡があるたびに校内放送で知らせてくれるらしい。

 アルスの手元にもある資料にスケジュールなどが書かれているため問題はないのだが、気になる項目が一つ。


「続いて闇雲に指導者を探すことがないように指導者リストが資料の最後のページに記載してあります。この中から自分の系統にあった指導者を探してください。ただし、指導者一名に対して被指導者を二名までとします」


 アルスが気になるのはこのリスト。

 ぱっと見ただけで順位だけで選別していないことがわかる。一年生のテスフィアやアリスの名前がないことも一つだ。

 ロキの名前があるのは理解できる、だが、アルスの名前があるのは何故だろうか。

 フェリネラはアルスがこういう厄介事が嫌いなのを知っているはず、となれば誰かの見えざる手が働いたとみるべきだろう。

 まあ、アルスの名前があるからと言って1年生のましてや他人から見れば謎多き凡人に声が掛かるはずもないのだが。

 それに他の指導者リストには適性を持つ系統など特質すべき要項が数項目記載されているのに、アルスの部分は空白だった。


「ここにあるリストには選考委員が事前に快諾を取りつけておりますので、拒否されることはないはずです」


 アルスは内心で「おい! んな話は聞いてないぞ」と悪態を吐く。その視線の先で申し訳なさそうなフェリネラと目が合った。


「この中には出場選手も含まれていますのでその場合は要相談、一度私の所まで来ていただきます」 


 つまり、フェリネラのように教員でも教えられないような優等生は自主訓練になってしまうが、それほどの実力ならば自主練習だろうと大会までに仕上げてくれるだろう。


「では質問がないようでしたらこれで解散とします」と奥まで通る声が響いた。


 選手たちはすぐに教室から出ていく。心なし急いでいるようにも見えるが、おそらく指導者を探しにいったのだろう。

 では未だにホール内に残っている生徒はというと予想通り、指導をフェリネラに申し入れするためだ。

 アルスは「ありゃ大変だな」と他人事のように立ち上り、ロキを背後に連れ、出ようとした時。


「アルス君!?」


 そうソプラノ調の可愛らしい声が投げられた。

 振り向き、アルスは首を捻った。無論内心でだが。


「……シエルさんだったね。何か?」


 さすがに二日前のことで名前を忘れたりはしない。ただ引き止められる理由がわからなかったことへの間だ。

 その問いに迷いなくシエルはハニカミながら応える。


「指導お願い出来ないかな?」

「なんで? 俺なんかより優秀な人はいっぱいいると思うけど」


 彼女とは一昨日まで接点もなければ今まで会話したこともなかったのだ。


「同じ学年の俺に教わるのは普通嫌だと思うんだけど」

「そんなことないよ! それに……」


 とシエルはロキを見た後、少し振り返りテスフィアとアリスを一瞥。


「フィアもアリスもアルス君に見て貰うって」


 アルスはあいつら、という視線を投げたが、涼しい顔で受け流されてしまう。訓練をするのならばテスフィアとアリスも一緒のため、気付かれないということはありえないだろう。それでも二人が口裏を合わせるという気の遣い方ができればアルスが教わる立場という偽装はできたはずだ。

 つまり、シエルは最初にテスフィアとアリスはどうするか訊いたのだろう。


「最初はロキちゃんに教わりたいって思ったんだけど……」

「いえ、私はアルに見ていただきますので」


 壁を張るように手を前にバッと突き出したロキ。

 シエルも予想していたのだろう。やっぱりねという顔を浮かべる。

 アルスは二人が口裏を合わせても結局ダメだったかとため息を溢した。

 確か指導できるのは二名までだったはず、つまり、アルスは二名までしか見れないのだが、この場にはリストにあるロキもいるため定員は4名ということになる。


「悪いんだけどシエルさん、見るといっても大したことはできないんだよ。俺も自分の訓練をしなきゃいけないし……」

「ケチケチしないでもう一人ぐらい片手間に見れるでしょうが」


 テスフィアがずいっと割って入る。

 これが教わっている者の言葉だとは信じたくはないな。

 この少女は本当に浅薄だと思わずにはいられなかった。結局はいろいろばれることになることを一瞬でも脳裏を過らなかったのかと。


「そこまで言うんだったら大会まで見ても構わないが、当然お前が理事長に直談判しにいけよ」

「……!!」

「なんで理事長?」


 シエルは頭上に疑問符を浮かべ、テスフィアは漂白されたように脳内が一瞬真っ白になっていた。

 許可されるか断られるかという以前に元シングルの理事長に物申せるかが弊害としてテスフィアの中で立ち塞がる。

 アルスは言っておきながら確信が揺らいでいた。理事長が許可するはずないと思う一方で、それなら何故指導者リストに名前が載っているかという疑問だ。

 しかし、思わぬ抜け道を提供した――主にテスフィアにだが――のは背後で成り行きを苦笑しながら傍観していたはずのアリスだった。


「じゃ、私たちが手伝おうか?」

「……!! ナイスアリス!」


 今にも親指を立てそうなテスフィア。そのまま、文句ないでしょ? とドヤ顔でアルスへと向く。

 当然文句はあった。正直勝手されるのは勘弁願いたいのだが、舞い上がっている面々に水を差すのは火に油のような気がしたのだ。

 だが、これはなし崩し的にアルスが見ることにならないだろうか。


「いいの? 二人も訓練があるんじゃ」

「いいのいいの。二人いるんだし、それより私たちでいい?」

「それはもちろんだよ。こっちがお願いしたいぐらい」

 

 指導者リストに名前がない二人だが、普段から教わっているシエルには渡りに船であった。


「確かアルにロキちゃんで形の上では4人見れることになるから問題ないね」


 アリスの決定打となる言葉以降議論の余地はなくなった。


 その一部始終を見ていたアルスは事後承諾のような懸念を予想せずにはいられない。

 これはもう確定なのだろうか……確定なのだろうな。

 アルスは後頭部をわさわさと掻き、教壇に向かって歩を進めた。

 先には団子のように密集した一帯があり、その中心にはフェリネラが胸の前で手を立てて困ったように顔を左右に忙しなく振っていた。

 ほとんどが女性で、少し離れた場所に男性が気後れするように突っ立ている。

 同性に人気があるのは仕方がないだろう。男としての矜持から遠巻きになってしまうのはやむを得ない。

 それでも情けなくはないか? とアルスは割って入れない男子たちを見た。 


「ちょっといいですか」


 今にも掻き消えそうな――と言っても甲高い女生徒の声によってだが――声でアルスは手を上げる。

 こんな中だというのにフェリネラがアルスの声を聞き逃すことはなかった。


「はい! ……なんでしょう」


 少し余所余所しいがアルスとの関係というより、一年生との立場を考えればこんなものだろうか。


「指導を二名受け持つことになった」


 が、アルスのほうは切り替えができていない。そのせいで、囲んでいた女生徒の視線が一斉にアルスへと向けられた。敵意にも似た目が値踏みするように全身に注がれる。

 口には出ていないが「何その態度? 何様?」とでも言いたげだ。


「あっ、はい。わかりました……無理はなさらないようにね」


 と即答。

 最後の一言は出場選手というよりアルス個人に向けられたものであった。

 アルスは一応決まりを守ったに過ぎないが、軽く頭を下げてその場を辞す。

 背中を刺すような視線はすぐに止み、またフェリネラへと憧憬の眼差しが集中する。


(本当に大変だな、それを考えれば一人増えただけの俺はまだマシなのか?)


 などと思ったのも束の間、アルスは「いや、余計な手間には違いない」と結論を下した。


 まあ、わかっていればいいのだ。わかってさえいれば……。



 ♢ ♢ ♢



「やっぱりわかってないよな」

 

 そのまま、押さえておいた訓練場に集まったのはいつも通り。

 10等分に区分けされた内の一区画だ。当然のように暗幕が引かれているのは、たとえ大会に向けた訓練だろうと魔法の詮索をしない暗黙の了解があるためだ。しかし、少なくとも不真面目というか成果の乏しい訓練をしていないかなど、監視やアドバイザーとして時折フェリネラが巡回するのは仕方のないことだろう。

 彼女の元に集まった選手を一人では見きれないということになり、教員に混じって5人目として広く指導することとなった。


 真黒に染まった壁面の内側、いつものメンバーに+1人が加わっている。

 訓練場の予約は二名からとなっているが、数に限りがあるのだから二人以上で使えるならそのほうが良いだろう。

 そのため、二名とは言っても下級生が二名で使っていれば不興を買うこともある。1人ならば区画で行わずに空いているスペースでできるのだ。

 この場合はスペース的には問題ない。問題を上げるならば同じ場所で訓練すればいらない詮索をされることになるということだろう。

 アルスがわかっていないと言ったのはその辺りが原因だ。


「迷惑だったかなアルス君」


 と申し訳なさそうに上目遣いで謝罪するシエルにアルスは(本当にどうしようか)と本気で悩む。


「いや、そんなことはないけど……」


 シエルの背後で赤毛の少女が睨みを利かせてくるのをアルスは憎々しげに見返す。


(家の事情に巻き込んでおいて、仇で返すかこいつ……というかもう忘れてるんじゃないか?)


 と口に出そうとも事態は好転しないだろう。脇に立つロキは涼しげにこう思うのだ。

(これで何か問題でも起きれば、アルス様は二人を見捨てるはず)と。

 大事ならば不味いが、多少アルスに負荷が掛かっても二人に費やす時間を考えればきっと些事だと、ロキは黙する。


 アルスは仕方ないと項垂れながら指を一本立てた。 


「一つだけ約束。お互い詮索はなしでお願いできるかな?」

「うん。もちろんだよ」


 シエルはそれが魔法の詮索だと思い込んだ。魔法師の雛であるとはいえ、魔法師としての自覚はある。だから、他人の魔法の詮索がご法度だというのは当然だ。


 無事了承を得たことにうんうんと頭を縦に振るテスフィアにアリスはそっと耳打ちする。


「アルの順位は秘匿なんだから気を付けないとね」

「あっ!」

「考えなしだったのフィア?」

「え、あ……うん」

「まあ、気を付ければ大丈夫だよ……たぶん」


 小声で話す二人にシエルは。


「大会まで一ヶ月、頑張ろうね」

「う、うん」

「そうだねぇ」



 最初の訓練は各々の課題を行う。

 アルスはおさらいのため、ロキに目を瞑らせてボールを投げるところから始める。

 なんなくクリアし、続いてナイフ。


 その光景を興味深そうにシエルが見つめる。

 詮索はしないといったが自分が見たこともない訓練をしていれば勉強熱心な彼女が動きを止めても責められないだろう。


「ほら、シエル。訓練するんでしょ!」


 テスフィアが教師然と鼻息を荒くする。


「とは言っても何からしようか」

「…………」

「……えっと実践とか?」


 シエルがひねり出した答えはこれだった。彼女が訓練と言えば、模擬試合か魔法の反復練習くらい。


「そういえば、二人はアルス君に教わってるって言ってたけど具体的には何をしてるの?」

「私は魔法の複数行使と持続かな」

「私のほうは、新しい魔法を実践に組み込むことと、もう一つはアルが言うには座標認識の精度向上らしいよ」


 と離れた位置にある丸っこい機械を指差した。

 訝しげなシエルは驚愕した顔で声を上げる。


「――! らしいってそれ意味あるの?」

「あるんじゃない? アルが言うんだし」

「……ふ~ん。随分信用してるんだね。まぁ確かに強かったけど、二人が劣るとは思えないのよね。教えるのが上手いとか?」


 ぎくりとしたのはほぼ二人とも同時だった。


「う、うん。上手いよ。ほら詮索しないしない」

「えっ! あれって魔法のじゃなくて?」


 アリスが慌てて一線を越えないようにストップをかけ、シエルが思い違いをしていることに気が付くと秘匿の内容を思い出しながら肯定する。


「うん、たぶん魔法以外も」


 シエルはなんで? と思ったがそれを二人に聞いたところで教えてはくれないだろう。少しの疎外感は抱いたもののすぐに仮説が立つ。


(人には言えないような辛い過去があるのね。うん、わかったよアルス君)

 

 一人で完結したシエルは袖を捲るふりをして気合いを入れ直した。


「シエル、いつもの訓練だと後半に実践をやるから、それまでは魔法の練習したほうがいいと思うよ」

「わかった」


 

 それから数時間、時折アルスはテスフィアとアリスにアドバイスをしていて思う。もしかするとシエルをアルスが省いている構図ができているのではないかと。

 そう感じるのは本当に二人教えるのも三人教えるのも大差ないからだ。

 それに見ていると何と無駄な訓練をしているのか、反復練習が無駄とは言わないまでもアルスは推奨しない。

 しかし、自分で言った以上、面倒を見てやる義理もないのだ。


 ただ試合形式の訓練はそれだけで得るものが多い為、シエルを混ぜた模擬試合に切り替わる。

 気が付けば、訓練場内には多数の生徒の気配で満ちていた。



 総当たり形式になるのだが、ロキの場合は一対一ではあまり意味がないため、一対三という形を取っていた。

 テスフィアとアリスが近接、離れた位置からシエルが遠距離攻撃を行う。これはロキのための訓練だ。

 テスフィアとアリスは今までの成果なのかそれなりに連携は取れている。シエルもうまい具合に攻撃を挟み邪魔をしないようなサポートが出来ていた。

 さすがのロキも無傷とはいかない――掠り傷程度だが――。というのも攻撃のタイミングに合わせアリスのリフレクションで跳ね返されるからでもある。これも今でこそだ。

 アリスのリフレクションは互いの力量差が大きいと反射することができない。言うなれば反射対象よりも多くの魔力を消費しなければならないのだ。


 スピードで圧倒的なロキは瞬間的に二人の視界から外れ、背後に立つ。

 離れた位置から俯瞰していたシエルが声を上げたのはすぐ。

 

「二人とも後ろ!」

「「――――!!」」


 ロキは掛かったというように魔法名を呟いた。


「【フラッシュ】」


 雷光球が二人の目の前で弾ける。真っ白い光に周囲の景色が塗り潰されていき、一瞬で光が充満し、目を眩ませる。

 手で防いだとはいえ、振り向いたのとほぼ同時、視力が回復するまで数秒の時間を要した。

 二人は霞む視界の中で背を向け、シエルへと歩くロキの背を辛うじて捉える。

 シエルも二人ほどでないにしろ、目にチカチカしたものを見ているのだ。

 こんな視界では魔法の行使は難しい。座標、指向の指定ができないためだ。放ったとしても直線的で未完成な魔法だけだ。


 アルスは当然目を覆っていた、そして徐に立ち上る。それは単に決着が近いためだ。


 テスフィアとアリスが覚束ない足取りでロキの背中を追う。徐々に視界が戻るとその脚は駆けるように速度を増し、目の前では何とかシエルが土塊の腕で迎撃を試みるがあっさりとロキにかわされてしまっていた。

 シエルの間合に入る直前、ロキの目が端へと寄る。それは背後に二人が迫っていることに気付いた証左だ。


 同時にロキの背目掛けて横薙ぎに刀が、薙刀が振るわれた。不確かな視界での雑な攻撃。

 それを直上に跳躍してかわしたロキは腰から一本のナイフを取り出し高々と舞う。

 

「やばっ!」

「――――――!! あぁこのパターン……」


 二人が誘いこまれたのに気付いたのはAWRを振るった直後に三人を覆うように周囲にナイフが突き刺さったからだ。目くらましの際に放ったナイフは計7本、柄部分に空いた穴を通して電界が円を描き、頭上に迸って行く。


 真上を仰げば、ロキが電流の集約されたナイフを掲げていた。

 そして――。


「【落雷ライトニング】」


 ――雷鳴が轟く。

 三人の間に落ち、放電し地面をのたうつ電流が三人を同時に戦闘不能にまで追い込んだ。

 この後も戦闘を繰り返すのであれば心的ダメージとはいえ、少ない方が良いだろう。

 額を抑え尻もちを付いた三人が鈍痛から若干顔を顰めている。


「さすがに三桁は次元が違うね。三人がかりでも勝てる気がしないよ」


 余談だが、現在のロキは訓練により探知魔法師に転向前よりも戦闘能力は向上しているため、アルスは二桁はあると見ている。


 シエルが苦笑混じりにお尻を払いながら立ち上りテスフィアとアリスをチラリと見やった。

 夏休みの間に二人が見違えるほどの力を付けていたことにシエルは焦りを感じていた。いつもは教わってばかりの自分だったが、夏の間に人一倍努力し、少しでも肩を並べられるとまではいかなくとも近づきたかった。近づいたと思っていた。それほどまでに朝から晩まで訓練に勤しんだのだ。

 しかし、実力差はさらに広がっていた。

 実際、シエルは学科の成績は下から数えたほうが早いが、実技に関しては二人よりも劣るものの、同年代の他生徒には負ける気がしなかった。だから手を伸ばせば指先が掠るぐらいの距離だと思っていたのだ。

 今はどうだろうか。

 二人の背中は霞むほど離れていた。だからどうしても才能という言葉が過らずにはいられなかった。卑しいと思いながらもシエルに諦めるという選択肢はない。

 変に余所余所しくなるのは自分の性格ではないとわかっている、ならば二人から吸収させてもらえばいいのだ。

 それは自分に勝ったアルスにも言えること。ここにいる面子はすべて自分の力になる。


「もう慣れたけど、悔しいわね」

「だね~」


 アルスは呆れながら言葉を挟む。


「慣れたんなら早々に誘いに乗るな。そもそも視界が定まらない間に攻撃するのは得策じゃない」


 外界に出れば目眩ましを使う魔物は少なくない。そういう時に統率を乱し、混乱の中、魔法を乱射するという暴挙は新米に多いと聞く。対処法を知らないとは言え、戦い慣れた者ならば攻撃を仕掛けるという愚策はしまい。無論アルスや探知魔法師のロキの場合は例外である。それ以外にも視界を必要としない魔法もあるため、一概に言えないのだがこの二人は基礎すらできていないのだからせんないことだ。

 魔物相手なら仲間との距離を縮めるのが良いとされているが、対人ならばその間に攻撃を受けるのは必定だ。ならば距離を取り、視界を戻すことに専念すべきだろう。


「今は三人だが、一対一なら時間稼ぎの魔法を選んだほうがいいな」

「へ~、アルス君かなり戦術に詳しいよね」

「これぐらいは常識の範疇だと思うけど?」

「……ははっ」


 シエルは勉強不足を指摘された苦い顔を浮かべ、荒い呼吸をいっぺんに吐き出すように壁に凭れかかる。


「アルス君は参加しないの?」

「いや、俺は……」

「さすがに私たちばかりじゃ自分の訓練もままならないでしょ。私は休んでるからお構いなくどうぞ」


 シエルは強引にアルスの背中を押した。

 こればかりは仕方がない、魔力量はすぐに増大するものではないのだ、シエルは本当に疲労していた。立て続けに戦闘を繰り返すには魔力量が少ない。丁度休憩もできるという考えもあってだ。


「ロキちゃんに扱かれてきなさい!」

「あっ! シエル待って、ほらアルは自分よりも私たちを見てくれてるんだし……」


 アリスは自分で言ってても不自然だと思う。隠しながらだと正確な言葉を見つけられなかった。

 続いてテスフィアが補足? いや、悪い意味で補強に掛かったというのが正しいだろうか。


「そうそう、そいつのことは気にしちゃだめよ。私たちに教えるのが生き甲斐みたいなものなんだから」

「えっ!!」


 と声を上げたのはアリスだろうか、シエルだろうか。声を上げずとも同じ反応だったのは言うまでもないことだ。

 ただアリスの顔はさすがにという苦味のある表情をテスフィアに向け、シエルは変態! とギョッとした目をアルスへと向ける。

 しかし――。


「でも、アルス君だって同じ出場選手なんだから訓練しないのはまずいんじゃない? フェリネラ先輩だって見に来るんだしさ」

「たぶん大丈夫じゃないかなぁ」

「問題ないわね」

「もう、二人とも個人の成績ばかりに目が向き過ぎじゃない? 全員が好成績を収められるために頑張るんだから」


 テスフィアとアリスは反論できなかった。どうしても隠し通せない事のようにさえ思ってきていたのだ。出場選手を訓練させない理由。そんなものは怠慢でしかない。

 頭を悩ませていると。


「まぁ、いいだろ。どの道訓練メニューを変えるつもりもなかったしな」

「本当?」「知らないわよ」と溢すがそもそもの原因はこの赤毛の少女だということをアルスは忘れていない。


「だが俺はAWRを持ってきていない……」

「あ、じゃあ私のを」


 と言い出したシエルが差し出すが、アルスの視線はテスフィアに向いたままだ。


「わかったわよ」


 ぶすっと頬を膨らませたテスフィアは誰にも貸したことのない刀を手放した。


「うん。これなら大技を出さなければもつだろ。さすがにロキのは雷系統だし、訓練なら別系統が良いだろうからな」

「ホントに壊さないでよね家宝なんだから」

「そんなヘマするか!!」


 ふんっと振り返り踵を返したアルスは一人で中央まで進み出る。


「えっ! 二人は? 三対一で私たち惨敗だったんだよ」


 怪訝な顔は納得がいかない。もしくはアルスに対しての嫌がらせなのかと二人に軽蔑の視線を向けようとした時。


「いいから、シエルもこっち」


 そう手招きするテスフィアはアリスと一緒に区画の隅っこに移動していた。


「もっと近くで見ればいいのに」

「まあ、見てればわかるから」


 二人の顔には嗜虐的な色は一切ない。それどころか一片の隙も見逃すまいと中央を凝視している。

 すると三人を覆うように薄い膜が張られる。


「何これ」

「アルの防護壁。これないと見れないんだよね」


 アリスがぺシペシと膜の内側を触ると波紋のようなものが広がった。

 つられてシエルも触ってみるが何なのか理解できない。いや、これは訓練場の壁に似ている気もするが不思議と守られているということだけはわかる。



「お願いしますアルス様」

「まぁいつもの訓練だ。いつも通りにやればいいが、今回は氷系統だからな」

 

 とアルスが鞘から刀を少しだけ覗かせた。


 


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