大会~選別~
「もう、いつまでも剥れてないでさぁ。ロキちゃんも一緒に訓練しようよ」
などと、機嫌取りの言を投げ掛けてみるがあまり効果は期待できないだろう。
アルスの研究室で留守番を喰らったロキは当然付いていく気でいたのだが、当日になって「ロキはアリスの訓練を見てくれ」と言われたのだ。
まさに抜け殻と呼べる。
いつもなら食って掛かるロキだが、今回は招待されたのがアルスであるため、アリスも留守番、そうなると訓練を見る者がいなくなってしまうという理由からのものだ。
ましてや、ロキも以前からの課題である探知範囲の拡大には未だ到達していないのだから、悠長なことをしている時間はない。
「アルが帰って来たときに成果なしだと、まずいんじゃない?」
「…………そうですね」
声に覇気がないのは気になるが無為に過ごしても意味はないだろう。
アリスとて集中できないのだから。
例の事件以来、ロキとアリスの間は多少距離が縮まったと言えるのかもしれない。少なからずロキの棘は削げ落ちていた。
「そろそろ魔法大会も近いし、気合い入れないとね」
「なんですか? それ」
7カ国親善魔法大会、各国学生間で行われる魔法大会である。
ロキとしてはアルスの傍にいるためだけに入学したのだから知らなくてもしょうがないことだ。単に魔物との戦闘に明け暮れていたために疎いとも言えるのだが。
「夏休み明けが9月だから、10月ぐらいに行われる学生間の魔法大会だよ。知らないの?」
「えぇ、知りませんし、興味もありません」
「でも、かなり毎年話題になるよ。中継もされるし、そのまま配属先が……」
部隊の配属先が決まるということも、と言おうとした時、ロキには縁のないものかと苦笑しながら呑み込む。
「たぶん、ロキちゃんは選ばれると思うよ。学院の名前が掛かっているからね。よっぽどの理由が無い限り辞退はできないはず」
「では大丈夫ですね。私にはアルス様の身の回りのお世話という立派な理由があるのですから」
「はぁあ」
たぶんダメだろうなとアリスは頬を掻いてごまかす。
恐らく既に選考委員が立ち上り、出場生徒の選別に掛かっているはずなのだ。
と考えを巡らせた辺りで思い出す。
「そう言えばアルも出るかもよ」
「――――!! それを先に言ってください」
「アルは出たくないって言ってたけどね。べリックさんはやる気満々だったし」
7カ国親善魔法大会の選考は主に選考委員に一任されているが、一学年出場枠10の内、学年毎に選考委員が選出するのは5名と決められている。残りの5名はというと平等を期すために選考試合で決める。これは第2魔法学院ならではで、他国の学院はそれぞれの選考基準を持っている。
そのため、夏休みの学院に生徒の数が多いのもそのための準備であったりするわけだ。
基本的に一学年男女合わせて10名と狭きものだが、この大会の重要性を知れば身を引く生徒はまずいないだろう。選考試合では出場は誰でもでき、努力次第で大会へのメンバーの一員になれるかもしれないのだから。
それだけ注目度が高いということ。
国家レベルでの競技と見るのが理に適っているだろう。その国の将来的な魔法師の水準を示すのだから、威信が掛かっていると言えばわかるだろうか。
各国軍の関係者に加え、場合によれば元首が……貴族が子の番を探す場だったりと様々な思惑が交差するのがこの大会だ。
優秀な魔法師に今から目を付け唾を付けておくという意味でも一大イベントであるのがわかるというもの。
蛇足だが、毎年問題になるのが他国の魔法師を勧誘するという働きかけだ。
実際は軍に入っていない学生に選択が任されるのだが、相手国に対してあまり良い顔はされず、後ろでは国同士の交渉がヒートアップするなんてのも珍しいことではない。
しかし、それがわかっているだけに他国の魔法師に手を出すのはよっぽどの才能ある者に限るということだ。
そのため勧誘を受け入れた者がいた場合、スカウトした国は少なくない譲渡を手付金として支払うのが暗黙の了解だ。
金銭であったり領土であったり、貴重な魔法書であったりと様々だ。
面倒事を避けるため、お互いに一人ずつスカウトを掛けるという場合も見受けられる。
以上の事からも大会の出場者は、学内での魔法師として実力が認められるとともに良い就職先を決められる場でもある。
一部貴族などの例外はあるのだが。
つまりはアピールポイントが違うと言えばいいだろうか。貴族の名を広める場という意味で非常に有用なイベントなのだ。
「不本意ですが、アルス様が出場されるのであれば、私も出ないわけにもいきませんね」
ロキのそんな言葉を聞いていた者は本当は出たくないと言っているのだろうと察せるが、アリスは見逃さなかった。小さな少女の目が不敵に輝いていることを。
「でも、そうなると探知の訓練ばかりしていては……」
一年生の中でも群を抜いている三桁魔法師ならば好成績は必至だろう。
アリスは一つ年下であるロキの圧倒的な実力を思い出し。
「あぁ、ロキちゃんの実力なら今のままでも十分だと思うけど」
「それもそうですね」
「ちょ! ロキちゃん今冷めた目で見たでしょ」
「いえ、勘違いですよ」
素知らぬ顔で訓練に戻るが、ロキの口は少しだけ孤を描いていた。
日付が変わり、昨日にも増して仏頂面がそこにはあった。
「どうして帰って来ないんですか!」
「どうしてだろう~」
「お泊りですか、一度フェーヴェル家には何をしているのか脅しておく必要性を感じます」
「それはやめたほうが」
チャリッと腰から引き抜いた二本のナイフが互いの身を擦り合わせる。
とはいってもロキにその気はないのだが。やはり目の届かない所へ行かれるという不安感は拭えないのかもしれない。
そんな鬱憤を吐き出す相手がいるだけでもストレスを溜め過ぎずに済むのかも。
まあこれが明日も、となればいよいよもってといったところだろうか。
だから、この場合の来客を知らせるチャイムはタイミングが悪いとしか言えなかった。
家主であるアルスの帰宅ならば黙って入ってくるはずなのだから。
猛獣のごとく獲物を狙う視線がドア越しに投げ掛けられる。当然、出たのはアリス一択だ。
室内のモニターに来客者が映れば、アリスの足は一目散に駆け足と変わる。
「どうしたんですかフェリ先輩」
「あら、アリスちゃん。ちょうどよかったわ」
「あまり良い状況ではないですが」
「はははっ」とアリスが苦笑で答え、背後を示した。
「どうしたの?」
「アルがフィアの実家にお呼ばれされまして、まだ帰ってきていないんですよ」
「フローゼさんの所ねぇ。じゃあ今はアルスさんとフィアがいないのかぁ」
「何か御用でしたか? 急用でなければ伝えておきますけど」
逡巡したフェリネラ。
できればちゃんと合って顔を見たかったという恋する乙女の些細な願望があったわけだが、今回は所用ということからも個人的な感情は押し留めなければならなかった。時間的な余裕があれば改めるということもできたのかもしれないが。
「そうね。お願いしようかしら。二人にも関係あることだしね」
すでにロキの獰猛な目は鳴りを潜めて客をもてなす準備に取り掛かっている。
アルスへの客人とあればこその切り替えで外面用だ。
冷たいお茶と茶うけがテーブルの上にセットされると、フェリネラが口を開く。
「今度の魔法大会の選考委員の委員長を私が務めることになってね。それで現状選考枠の内、ロキちゃんとアリスちゃんとフィアは一年生代表として確定しました」
「……!! 本当ですか!」
「ええ、実技がメインとはいえ、半期の成績上位者を弾くことはできないわ」
「二人とも受けてくれるわね?」
「もちろんです。フィアも絶対断らないと思います」
「私もアルス様が出場するのであればお受けします」
それまで笑みを崩さなかったフェリネラだったがその名前が出たことで少しばかり表情を曇らせた。
「もちろんアルスさんには出ていただきたいのだけれど、というより上からの御達しもあるわけなんだけど……」
パアッと表情を明るくするロキだったが、詰まるようなフェリネラの言いぶりにアリスと顔を見合わせた。
「アルスさんの成績だと選考委員での反発は大きくて、ねじ込むことが出来ないのよ」
「そんな! 愚物共がアルス様の実力を知らないだけでは」
「そうなんだけど、一応理事長は気持ちとして隠したいわけだから」
「アルが成績を操作してたのが裏目にでたってことですね」
「そうなのよ」
選考委員の選考はやはり学院の恥にならない生徒を選抜する必要がある。それは少なからず表面的にでもわかる試験の結果が参照されるわけのだ。無論重要視するのは実技試験での評価なわけだが。
フェリネラとしても相当頭を悩ませたのだろう。
「アルス様は出場できないということでしょうか? それなら私も出るつもりはありません」
「……!! ちょっと待った! アルスさんの場合は選考委員からの推薦が出来ないというだけなの、悪いとは思うのだけど選抜試合で上位に入っていただくしかないのよ」
つまり、フェリネラはその手間を掛けさせるという罪悪感に苛まれていたということだ。本来ならば理事長がねじ込めばと思わなくもないが。
学生の魔法大会は選考からのほとんどを生徒が決める権利を有する。
アルスの実力を知っているのは一部のみ、全員が納得する出場権利を得るには選考試合で上位に入賞するほかないのだ。
「というわけでアルスさんとフィアに伝えていただけないかしら」
「わか……」
「わかりました。アルス様には私からお伝えしておきます」
ロキは自分の役割として言伝一つ誰にも譲るつもりはない。
「あなたたちは一年生だし、いろいろとわからないと思うからその辺の話は出場者が決まり次第集まって話し合いの場が持たれますから安心してください」
「わかりました。フェリ先輩も出るんですよね」
「もちろんです。自分で言うのもなんなのだけど選考委員といっても学内優秀生で出場が決まっている者がやることになってるの。本来ならば三年生なのですが」
この先を言えば少々尊大に聞こえてしまうだろうとあえてフェリネラは言葉を切った。
学内での順位――一部例外を除けば――ともに実力がトップのフェリネラに回ってくるのは必然だ。貴族という肩書もこの場合は効力を持つ。何せ理事長を除けば学院の生徒が憧れる人物でもあるのだから。
「休みに入ってすぐに用があったりで遅れ気味なのよねぇ」
と溢すフェリネラ。
アリスは何の気なしの疑問を投げかけた。
「確か10月ですよね大会って、今から準備するにしても少し早い気がするのですが、遅れているんですか?」
「えぇ、選考に掛かる時間もそうだけど訓練もあってね。種目はシンプルな物で毎年同じ、個人戦がメインになってるわ。それでも学内で選手は大会までの期間を訓練に充てるのよ。だから去年も忙しくて、ろくに休みなんてなかったぐらい」
さらに言えば、時期が悪い。本来ならば夏休み前から取りかかった方が良いのだが成績の発表などを加味しても夏休みに突入してしまうのだ。
そのため、帰省している生徒なんかもいたりで忙殺される始末が風物詩のように繰り返されている。
まだ出場選手が決まってしまえば多少の時間にゆとりが持てるのだが。
種目がシンプルというのが唯一の救いとも言える。授業でも行われるような実戦形式の模擬戦というわけだ――規模は違うが。
一応対人戦の形式を取っているが、その他はより実践的でAWRの持込みが可能であったり、飛び道具など魔物を想定した武器でならば大抵許可される。
それとは別にもう一つ頭を悩ませる事案があった。何と言ってもここ数年第2魔法学院が優勝できていないことにあるのだ。
フェリネラはシスティから強く言われている、というか念を押されるように繰り返されて言われていた。「今年こそは優勝を」と、無論システィはその上から言われているわけだが。
圧倒的な戦果を示しているアルファの順位が下から数えたほうが早いというのは些か恥を晒しているようなものだと。
今だけの勢いだと思われないためにも圧倒的な力を他国に知らしめる必要があるのだ。体面上は協力関係にあっても国自体のインフラ整備だったりと無条件な譲渡はありえないのだ。バベルを守る、人類を魔物から守護するという意味での一致でしかない。
そのため魔法師の派遣などで優位に立つには7カ国魔法親善大会は絶好の場と言えた。
無論フェリネラとて優勝を狙うつもりで人選に慎重になっているわけなのだが。
どういう思惑があるにせよ、アルスが出場すれば一年の部では確実にポイントを掻っ攫う事は可能だ。それだけでも十分狙える見込みはある。問題があるとすれば3年生だろう。この時期配属先が決まっていない生徒などは大会どころではない。
出場するだけでも十分アピールできるとはいえ、やはり狭きものだ。それだったら魔法を磨いて少しでも良い部隊に行きたいと思ったとしても仕方のないことだ。
ならば既に配属先が決まった生徒はどうか? というと声を掛けやすそうだと言うのは一年生の考えだろう。すでに研修が始まったりと学院での単位が一部免除されるため、卒業を待たずに研修で学院に来ない生徒が少なからずいるのだ。
どうしたものかとフェリネラがこの場で考えても良い答えは浮かんでくるはずはない。
気が付けば三人分のコップはすでに空になっている。時間の経過に気付いたのはロキの一言があったからだった。
「そろそろお昼ですがフェリさんも食べていきますか?」
「へ――!! もうそんな時間! ごめんなさいこの後もやることが多くて」
申し訳なさそうな苦笑で断りを入れる。その仕草は疑いの余地の無い完璧なものだ。
ロキのほうが逆に困ってしまうほどの見事なもの。
「そうですか、次に来られる際はぜひ」
「ありがとう。その時はご一緒させていただくわ」
ロキのそれはフェリネラほど淑女然とは言えない素っ気ないものだったが、そこに偽りはないことをフェリネラも察して微笑を浮かべる。
玄関前まで送るロキとアリス、その時ノブに手を掛けたフェリネラが「そうだった」と振り返る。
「危ない危ない、選考試合は休み明けすぐだからそれも伝えておいて」
「了解です」
アリスがにこやかに伝えておきますと付け加える。
扉が完全に閉まりフェリネラの背中が完全に閉ざされたとき、アリスが少し緊張していたように弛緩の息を吐き出す。
「それにしてもさすがフェリ先輩。一挙一動が御淑やかよねぇ」
「それだけ貴族としての自覚があるのでしょうね」
と二人が顔見合わせてクスリと漏らした。同時に誰かを思い浮かべたためだ。
「どうかなぁ、フィアも自覚はあるみたいだけどね」
「そうですね。自覚だけはあるようですね」
テスフィアとフェリネラの違いを考えても同じ貴族でこうも違うものかと思ってしまう。アリスに関しては悪い意味ではなく、貴族もいろいろなんだなぁ程度だが。
一方のロキに嘲りの笑みが混じっていてもそれに気づける者はここにいないだろう。