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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
3部 第1章 「貴族の茶会」
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帰省~フェーヴェル家~

 任務から約一週間ほど前、テスフィアは正門の前でアリスと今生の別れ同然の一幕を繰り広げた。


夏休みの間に母から一度帰ってくるようにとの催促があったのだ。学院に入学したことで以前とを比べるためだろう。近況報告というほど生易しくないのは母の性格からも容易に想像できるため、沈鬱な表情を隠すこともできない。


 当人としてはそれほど憂鬱だと言うことだ。母に会うだけで辛辣な評価を下されることだろう。それも過去に従事していた地位が将官ということもあり、100人以上の魔法師を束ね大規模殲滅作戦の指揮を執った実績もあるほどなのだから。


 それからは指導教官の座に就き、実戦向きの魔法師を育て上げた。退役したのも一段落ついた頃だ。本人曰く、後釜を育て上げたと豪胆に言っていた。

 娘の目から見れば、実際はテスフィアの父が外界任務中に命を落としたからだと思っている。そのせいもあって母子家庭に専念した結果、厳しい教育を施したのではないのか。


 テスフィア自身貴族としての誇りがあり、それに見合った努力だと納得しているが、頑張ったことで母から優しく頭を撫でてもらえたことなど数えるほどだ。


「行ってくるわね」

「うん。頑張ってね」


 とついついアリスが言ってしまうのもテスフィアのお母さんの厳しさを骨身に知っているからである。

 魔力を動力源にするカートを引いて大量の荷物を積み重ねたテスフィアはとぼとぼとサークルポートに乗り込む。


 ここからはいくつかの街を経由し途中からは迎えの車に乗る。無論動力源は擬似魔力だ。主流になってきたとは言え、まだまだ高価なものでやはり貴族と呼ばれるような裕福な者しか持っていないのが現状だ。


 そんなもので街中を走ろうものならば、好奇な視線に晒されることだろう。


 テスフィアは何度目かのサークルポートを経由する度にため息を洩らした。

 それは近づくたびに活力を吐き出すようになっていきている。

 最初こそ騒がしい街を一望できる転移門に移っていき、その光景は活気が溢れるもので多少なりとも気が紛れた――中層市民街と呼ばれる最も人の多い場所だ。


 そこから貴族の多い富裕層に向かうにつれて街並みも変貌する。

 高そうな高級店が軒を連ねる街、そこから二つ、三つ転移すればそこは富裕層の中でも下位に分類される家々が整然と立ち並ぶ街並みだ。

 街頭の数も多く、夜でもくっきりと陰影を映し出す。

 整えられた庭がその家の品格を主張するように手入れされている見慣れた景色。

 治安部隊も富裕層内では一際目を光らせて巡回している。

 そんな見慣れた街並みはテスフィアの肩に重くのしかかるように憂慮に変わっていく。

 自分が今までどれほど恵まれていたのか……呑気な人間だったのかをアルスと出会って認識することができた。


 アルスの言葉を借りれば。


(ここの人達も魔物を見たことがないんだろうな)


 なんて窓から零れた呑気な明かりを見て思うのだった。


「お嬢様お待たせしました」


 そう声を掛けたのは聞き慣れたもので間違うはずのない人物を連想する、だから突然であっても彼がこの場に来るだろうことは想定済み。

 フェーヴェル家に使える執事、セルバ・グリーヌス。


 真黒な車体の前でドアを開け放ち、促すように手を添えていた。


「セルバ、迎え御苦労さま」


 長く仕えるこの執事は初老と呼ぶには長い年月を深い皺として刻んでいた。

 長身痩躯でも未だにピンと張った背筋はいつ見ても洗練されたように感じる。綺麗に整った白髪は老いの証しだが、彼の場合はそれすらもただならぬ雰囲気を醸し出していた。


 彼もまた元魔法師だ。当初は護衛として雇われていたが長いこと仕えたために執事同然の趣がある。どちらかと言えば、護衛のほうが兼任になってしまっているのだ。

 ともあれ、対人に特化しているのは事実であり体力面での不安はあるが未だ魔法を駆使したその技巧は下手な護衛よりもよっぽど腕が立つ。


「荷物は私がお入れしておきますので、中でお寛ぎください」

「そういうわけには……」


 と老体を気遣った言葉も目の前で軽々と両手に持たれると余計な気遣いというものだ。


「ありがとう」


 全てを手際よくトランクに詰め込むと、姿勢正しくお辞儀する。


 《魔動車》と呼ばれる車に乗り込むと少しの浮遊感。

 初動による反動も、魔力を動力源にしていることからほとんど感じないほどスムーズなものになっている。

 タイヤの類は旧世代の産物だ。擬似魔力の発明が汎用的に用いられた現代では車体は地面から浮いて走行する。

 近未来的な発明が多い中で未だ旧時代のものも多く残っている。魔物の進行は文明を衰退させ、新たな進化をもたらした。

 外界に出る魔法師が距離によっては馬を使うことがあるのもその一つだ。


「また一段とお美しくなられましたね」


 幼い頃から仕えてもらっているセルバは我が子のように成長を喜び、微笑んだ。

 そんな顔を見ずともテスフィアにはお世辞でないことが十分わかるほど長い付き合いでもある。


「ありがとう。でも家を出てからまだ4カ月ほどしか経ってないわよ」

「いえいえ、それでもです。年々フローゼ様に似て麗しくなられておりますよ」


 母の名が上がったことで呼び起こされる不安から素直に喜んでいいものか戸惑った。


「そうかしら……」


 結局苦笑を浮かべるだけしかできず、それをバックミラーで見られたかはわからなからない。


「フローゼ様も何かある度に心配しておられましたよ」

「本当ッ!!」


 やはりテスフィアの苦悩をこの初老に隠しきることはできなかったようだ。


 テスフィアとフローゼは親子として特に仲が悪いわけではない。特に魔法に関することは厳しいというだけだ。それでもテスフィアが母に対して苦手意識を持ってしまうのは仕方のないこと。

 だから、こういう親が子に対する当たり前の心配を聞くとついつい嬉しくなってしまう。


 結局フェーヴェル家までの数十分の道のりでテスフィアはこの後に控えているであろう試練を到着まですっかり頭の隅に追いやっていた。

 それはセルバとの談笑に華が咲いた。というより年の功とも言うべきコミュニケーション能力によってすっかり気分が良くなったためだ。

 そして、学院での生活など基本的なことを話、何を学び何を思ったか……テスフィア個人の経験を語ろうとしたとき。


「お嬢様、それより先はフローゼ様にお聞かせて差し上げるのが良いかと」


 セルバの声音からも楽しみであるのが滲み出ていたが、そこは執事としての分を弁えたといったところだろう。

 後部座席から進行方向を見れば、フェーヴェル家の敷地に入るための門を潜ったところだった。

 魔動車用に舗装された直線があり、脇には様々な木々や植物が綺麗に並ぶ。こういう所は富裕層に入った時から見た庭と同じ様相だ。

 それでも門からは屋敷が見えないほど距離もあり、フェーヴェル家の敷地は第2魔法学院ほどではないにしろその半分ぐらいはある。


 本校舎並みの大豪邸が見え始めたとき、すでに車内に会話はなく、それが一層緊張を高めた。

 正面玄関の前でピタリとセルバが車を止めるとすぐにテスフィアの後部ドアを開ける。


 出迎えは使用人が列をなして乱れぬ動作で一礼した……だけ。

 その中に母、フローゼの姿はない。


 侍従長が代表して近寄り、ドアの前で待ちわびたように出迎えた。


「お帰りなさいませテスフィアお嬢様。フローゼ様は書斎におられます」

「うん、ありがとう」


 母がわざわざ出迎えるとは思っていなかっただけに、侍従長がそう口にするのはわかっていたことだ。


 古風な両開きの扉を使用人達が開け放つ。

 煌びやかな明かりはテスフィアがこの屋敷で何年も暮らしていたことを思い出させるものだった。

 たった二人には広すぎる家は空き部屋も多い。使用人達は回廊で繋がった離れに住んでもらっている。

 だから、この屋敷にはテスフィアと母のフローゼ、それから執事のセルバに侍従長と長く使用人を務めてもらっている――この家の勝手知ったる――一部の使用人に部屋を宛がっている。


 それでも大き過ぎるこの屋敷は、夜中ともなれば閑散とした寂しさが闇夜とともに降りるのだ。


 東側の最果てにはテラスに面したホールがあり、舞踏会や晩餐会などを度々開くこともある。貴族としての地位を誇示するため、もしくは広い交友関係を築くための場でもあるのだ。

 そしてもう一つは――。


 テスフィアは母の書斎の前で大きく深呼吸をして、ノックする。


「テスフィアです。只今戻りました」

「入りなさい」


 本来ならば使用人が開けてくれるのだが、それがいないということは、これが親と子の面会だからだ。


 信用の厚いセルバなどは同伴することもあるのだが、荷物の運び入れのためかこの場にはいない。


 片手・・で音を響かせずにノブを回して入室する。ノブはそのままに無音を心掛け扉を閉めた。


「お帰りなさい。疲れたでしょう座りなさい」


 机の前で何か作業をしているのか、フローゼは顔すら上げない。

 テスフィアのような艶やかな赤い髪が頭の天辺で纏められており、ドレスのような黒いワンピースに薄いカーディガンを羽織っていた。

 37歳と若すぎるフローゼはまだ現役を退くには早い歳だ。年々妖艶な美しさに磨きが掛かる母。

 セルバに母に似てきたと言われたことも、懸念さえなければ本来素直に喜んでいただろう。


 正面のソファーにぎこちなく座る。

 テスフィアのもう片方の手には2枚の紙が握られていた。手汗で湿っているのに気付くことはない、ただただ母の顔色を窺う。自分の家であって他人の部屋のような重苦しい空気が満たしている。


「い、いえこれぐらいは大丈夫です」

「そう」


 長大で鮮やかな木目のある机の上には大量の資料の山があり、反対側には貴重なものなのか厚めの革ケースに包装されたものが数十枚とさらに高い山を作っていた。


 フローゼは一段落ついたのか、ペンを置いて徐に立ち上がる。対面に置かれた豪華なソファーの前、テスフィアの反対まで移動するとドレスの裾を巻きこまないように座って足を組む。


 それが合図とばかりにテスフィアは重たくなった節々を強引に稼動させ、2枚の紙を反対側に向けて差し出した。


「成績表と学期試験の結果です」

「……」


 フローゼは何も言わずに紙を持ち上げた。隅々まで目を通すように瞳が動く。

 沈黙が降りるのは必然だった。それがこれほどのプレッシャーになるとは思わなかっただけに、突然顔を上げたフローゼにビクッと反応してしまったのだ。


「よく頑張ったわね」


 と意外な一言に咄嗟に返事をすることが出来なかった。


「は、はい」

「学科は苦手だと思ってたけど、克服したのかしら」

「……得意とはいきませんが、いろいろ勉強を見てもらいましたし、理解を深めることができました」

「あら、それはアリスちゃんのことかしら」

「あっ! いえ……はい」


 不自然な言い淀みがあったが、それ以上フローゼは言及しなかった。


「まあいいわ。それよりも……」


 その間に生唾を飲み込んだのはフローゼの眉間に少ない皺が寄ったからだ。


「これだけ取れていて学年2位とはどういうことなのかしら」


 それはテスフィアを責めるものではない単純な疑問。


「同じ学年の子に三桁魔法師がいるんです」

「――――!! どういうことかしら?」


 鋭い視線にテスフィアが拒むことができないのは擦り込まれた苦手意識を想起させる眼差しだったからだ。


 軍とも未だ関わりのあるフローゼにはその理由がどういうものであるにせよ気になることだった。


「どこの貴族? 男性なの?」


 テスフィアが口を開く前にフローゼが畳み掛け、


「アルファ内の三桁魔法師、なおかつ男となると、リムフジェの所の倅かウームリュイナ家の次男、は四桁だったかしら……でもどっちもあなたより1つ2つ上だし……ウームリュイナに関してはあなたが接点を持つわけないし、そもそもあそこは……いえ、となるとリムフジェ家。でもあそこは学院に入れていないとも聞いたのだけど」


 顎に指をつけて考え込んだフローゼにテスフィアは否定の言葉を割り込ませた。


「貴族でも男でもありませんお母様」

「――!!」


 その先に続く言葉を待っているようにフローゼはテスフィアを見返した。


「ロキ・レーベヘルという女生徒です。学院に編入してきました」

「編入ねぇ」


 軍務に就いていたフローゼに隠し立てが通用しないのはわかっていたことだ。だから問われる前に隠し立てしない意思として自分から補足する。


「彼女は入学前は軍で外界の任務に就いていたらしいです」

「へぇ~そんな子がねぇ」


 フローゼはその異常性に気付いていた。

 それを今、娘に問いただしたところでわかるとは思っていない。ほとんどの魔法師は学院卒業後に軍へと配属されるのが通例だ。

 例外があるとすればソカレント家のような貴族が私用程度で関わらせるぐらいだろうと。


 疑問を残したまま夕食の準備を知らせるために、ドアの外でセルバが告げた。


「フローゼ様、テスフィアお嬢様、夕食の支度ができました」

「ありがとうセルバ」


 これでこの話は終わるかのように思えた。


「フィア、改めて話しましょうか」

「……はい」


 僅かに引き攣った顔で答え、テスフィアはロキとの関係を悟られないようにしなければと思案する。


 アリスの時も友人ということで招いたために起こった悲劇を繰り返さないために、そしてアルスのことは口にも出さないと決心したのだ。

 母には逆らえないのならばせめて気付かれないように配慮しなければならない。


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