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夢と現実の一致

小話的なあれです。


 幼き頃から少女はこんなことを思っていた。

 いつか御伽噺や童話の中から主人公が出てきて自分をお嫁として連れ去ってくれると。


 何者にも左右されることなく揺るがない信念のもと己の信じる道をひた進む。愚直なまでに貫く。誰かを助けるためではなく結果として多くの命を救ってしまう。

 そんな夢にも出てきそうな少女の理想。夢物語。


 だが、それはある意味で父の影響が大きいことを少女は知っている。寝る間際にいつも読み聞かせてくれる話がそんなパステルカラーのような淡い物語であるのならば当然でもある。


 だからこそ、少女は自発的に女として自分を磨こうと思った。いつか現れるだろう王子様のような人を夢見て。

 きっとどこかで父のような完璧超人が現れてくれるだろうと思っていた。


 少女の名はフェリネラ・ソカレント。

 貴族としても名立たる名門を差し置いてその名を轟かせるソカレント家の息女だ。


 父の性格上、貴族としての振る舞いや所作など女性としての嗜みについてとやかく言われることは無かったが、フェリネラはそれを良しとせず一通り身に付けた。

 淡い希望故だったのだろう。しかし、当時の彼女を突き動かす原動力としてはこれ以上ないエネルギーとなったのだ。


 彼女の理想を全て身に付けた殿方を迎えるならば自身もそれに見合った女性であらねばならない。幼き少女はそう信じた。

 彼女の性格もあり、着実と外に出しても恥ずかしくない振る舞いを身に付ける。音楽や絵画はもちろんのことだ。

 だが、フェリネラは父の職業の影響から魔法に興味を持った。何よりも彼女は常々思っていたことがある。守られるだけの女にどれほどの魅力があるだろうか。

 数多くいる女性の中からはたして自分を見つけることができるのだろうか、と。


 信じて突き進んできた頃、フェリネラは11歳となり夢を抱きつつも現実との区別が付けるようになってきていた。

 これまでやってきたことは無駄ではなかったが、やはり社交界などで出会う貴族の子息はどれもこれもフェリネラの理想に遠く及ばない。


 擦り込まれて育った思考は偏り、似た者ばかりだった。決して物語の主人公になることができない。そんな人間ばかりだ。

 親の願いを忠実に守る傀儡。話す内容はどれも表面だけの装飾された言葉。


 徐々に募る失望がフェリネラに嫌でも現実を理解させる。所詮物語は空想だからこそ美しいのだと。

 現実はもっと生々しく禍々しい。

 貴族の世界で生きているからこその落胆であろうと彼女は思うようになった。



 だからこそ、ヴィザイストがふいに出した話題の内容はフェリネラの諦めかけた幼き夢を再起させた。


 父の部隊に自分より一つ年下の少年が入隊という事態。名前をアルスと言っただろうか。

 毎夜の如く父が持ち帰る話にフェリネラは胸を躍らせた。毎日ねだったほどだ。新しい話題がなければ同じ話を何度も繰り返し訊いた。


 それは現実の生々しさを色濃く残してなお、物語に出てきそうな絶対的な力強さを感じさせたのだ。確かにヴィザイストによる脚色はなされていたのだろう。


 それでもフェリネラはアルスという人物についてもっと詳しく知りたいと思った。何が好きで何が嫌いか。何を嫌がるのか何なら喜ぶのか。

 どんどん自分の中で形作られていく人物像がフェリネラに少女のようなトキメキを思い起こさせる。


 父をしても幾度助けられたという言葉を聞いたことや、そんな自分と大差ない年齢はやはり彼女にとってプラスの要素しか与えない。


 結果としてフェリネラは話を訊く以上のことをヴィザイストに要求しなかった。というのもやはり彼に見合うだけの自分なのか、そこに疑問を持ったからだ。


 今までも女を磨いてきたが、まだまだだった。

 この程度では相手にもされない。そう思ったフェリネラは魔法を磨き、第2魔法学院を首席で入学。

 満を持してヴィザイストに告げた。


「お父様、私を……お父様の部隊で使ってください。雑用でもなんでもしますから、少しでも彼に近づけるように……」


 この申し込みにはヴィザイストをほとほと困らせたが、最後には根負け。

 ただの部隊ならば問題はなかっただろうが、当時、ヴィザイストが請け負う任務は主に外界とは反対の内側。

 危険以上に幼い精神ではとてももたない類の案件が多かった。


 が、そんな懸念すら抱かせないほどフェリネラはアルスと出会う時の為に一心不乱で頑張った。


 なんといってもフェリネラは影で彼の役に立ちたかったのだ。ヴィザイストの部隊からアルスは離れたものの彼への任務には必ずヴィザイストの諜報部隊が情報を収集する。


 隣に立っているように感じたからこそフェリネラは努力し続けることができた。


 きっとその頃からだっただろう。夢を見る少女がアルスという一個人に惹かれていったのは。

 決してフェリネラの理想を体現する人物ではなかったが、知れば知るほどにアルスという人間は興味を尽きさせないのだ。もっと知りたいと思ってしまう。


 おそらく話を父から聞いていただけではそこまで思わなかっただろう。きっと今も物語の王子様を馬鹿みたいに盲信していたはずだ。

 ヴィザイストは必ず余計なことを話に織り込ませていた。無意識なのだろう。ヴィザイストが感じたアルスという人間に対する私見に他ならない。


 そうしてフェリネラの中のアルスは血肉を得た。想像するアルスとは決して完璧な人間ではない。いや、もっといえば酷く脆い人間。身を削る痛々しさ、孤独、そういった不完全な魔法師だった。

 心の中の慟哭を聞いたような気すら抱くほどに。


 いつからだろうか、フェリネラが世の中の仕組みを理解し理不尽な環境を認知することができた時、ヴィザイストが重く開いた話に涙したことも一度や二度ではない。


 孤独に戦う魔法師は数ある物語のバッドエンドを想起させる。だからこそフェリネラは自分が寄り添いたいと本心から思った。

 まだ会ったことすらない相手に恋慕してしまうなんて馬鹿な話だという自覚もあったが、その時の気持ちに嘘偽りはない。

 寧ろ見てくれで判断しない分、その恋心は本物だと思ったほどだ。


 任務の最中に一度アルスの画像を見る機会があったが、やはりフェリネラの気持ちは本物だった。悲しそうにひたすら国のために尽くす。

 きっとこの世界にある嬉しいことや幸せなことを何一つ知らない。そんな表情だと思った。


 彼を鎖から解放して欲しいと願う一方で、任務をこなしてわかってしまう。魔法という無限の可能性を極めた魔法師の貴重さに。

 それほどに世界は汚れきっているのだ。辛い仕事もアルスはもっと辛いのだと言い聞かせて乗り越えてきた。


 そんな時だった、はたりと任務にアルスの名前が上がらなくなったのは。

 父に訊いてもどうしているのかわからないという。


 いつかは会えるのだろうが、それを待つ余裕などフェリネラになかったし、彼にもないと思った。まだ自分は彼にふさわしくないのかもしれない。それでももう待つことは許されなかった。



 学院内でも三桁という快挙を成し遂げたフェリネラは一年の節目の季節、理事長室に呼ばれた。

 来年新入生が来るというものだ。


 在校生代表として歓迎の言葉を述べる役目を頼まれたのだ。無論光栄なこと、ふたつ返事で快諾した。


 そんな時、理事長室に積み上げられた新入生のプロフィールがたまたま目に入る。きっと偶然だったのだろう。

 いくつもある中にアルス・レーギンの名前を見つけたのだ。ドクンッと大きく跳ねた心臓がフェリネラに運命を感じさせた。



 それからは一回で覚えられる挨拶の言葉を何十回と書きなおしては練習した。恥は許されない。彼に少しでも覚えて貰えるように手を尽くした。

 この時のフェリネラはたかだか数分のスピーチのために試験勉強よりも時間を費やし、入学試験よりも熟考を積み重ねた。

 だが……。


 壇上の上でライトを浴び、マイクに口を近づけてスピーチが始まってすぐにフェリネラは新入生全てを視界に収め、目まぐるしく彼を探した。

 探したのだが……だんだんと浮かれていた声が落ち着きを取り戻し、落胆を濃くする。

 彼はいなかった。それがわかってしまった。探して見つからなかっただけでなく、ポツンと空いた空席が彼の場所だと直感してしまったのだ。


 理解した時にフェリネラの口は声を紡ぎだせなかった。しかし、それも僅かな間だ。彼女は自分の役割をしっかりと務めあげた。

 これからいくらでも時間はある。彼がここにいるということは軍を退役したのだろうか。

 いや、父から一言もそんな話は聞かない。


 確か以前洩らした父の言葉を思い返す。アルスの命令権は総督にあるというものだ。その時の父は珍しく有頂天だった。帰宅は深夜、泥酔したヴィザイストは自分のことのように陶然と語った。

『アルスがやっとシングル魔法師になった』と。


 ならばアルスが学院にいることを父が知らないのも十分考えられる。いずれは耳に入れておかなければならないのかもしれないが、もう少し……それこそ初顔合わせまでは……。



 そして幼き想いをそのままに少女は女子寮の前で待ちに待ったその時を迎えるのであった。




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