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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
11部 第1章「不吉な贈り物」
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経過と空模様



 ロキは早速ブドナ工房と連絡を取り、AWR制作の依頼を済ませてきた。

 ブドナとのやり取りの報告を聞いたアルスは、嬉しいのやら悲しいのやらと複雑な心境の末、渋面を作るに至った。


 ブドナにとって生涯の傑作であるアルスの旧AWRが無惨に散ったのを聞いた時の絶望顔を、ロキは「訃報を聞くような顔でした」と軍で見慣れた光景で例えた。


 ブドナからすれば心血を注いだAWRだけに我が子のように思い入れもあるのだろう。

 しかし、その後の新AWR製作を依頼した際には、子供のように生き生きとした笑みに変わっていたという。


 その変わり身の早さを聞いたアルスは、上手く自分の感情を咀嚼できなかった。得てして職人とは子供のようなものなのかもしれない、新しいおもちゃに食いつくブドナの顔が目に浮かぶようだった。

 きっとロキの例えが悪かったのだろう、きっとそうだ。


 歯に衣着せず言うのであれば、愛剣を亡くした翌日に愛剣作りに励んでいるような節操のなさ、とでも言えばいいのだろうか。


 一先ず、アルスはそれほどブドナがショックを引き摺らずにいることに安堵した。

 彼はどこまで行っても職人で、仕事があればそれだけに集中できる気質なのだ。


「形あるものいつかは壊れる、ということでしたが」


 後付けでロキがフォローするが、その取ってつけたかのような言葉は実に軽々しく聞こえた。


「まあ、やる気になってくれたのならいいけどな。そうなるとブドナ工房には進捗や設計図を早めに渡しといた方がいいな」

「そうなのですか?」


 秘書でも目指すつもりなのか、普段とは違い事細かに聞いてくるロキ。


「ブドナのじいさんはやる気になると、何かしら手を動かさないと気が済まなくなるからな。途中で仕事を投げ出すこともない代わりに、暇を持て余すと別の仕事を始めるのが厄介なところだ」

「それは確かに困りましたね」

「仮の設計図を何枚か渡しておいてくれ。魔法式は俺が直接書き込むが、予定だけでも伝えるのが良さそうだな」


 そのせいもあり、アルスは絶賛魔法式の改良や、AWRに刻む魔法のピックアップを急いでいるわけだ。

 鎖を短縮せざるを得ないため、魔法式の選定は慎重にならざるを得ない。

 とはいえ、アルスの強みは全系統の魔法であり、多ければ多いほど良いのだ。


 そういうわけで藁にもすがる思いで、ロキが提案した魔法に魔法式を組み込む方向で模索している。


「アル、急ぎなのはわかりますが、頭を休めることも必要なのではありませんか?」

「まあ、言いたいことはわかるが……」

「一先ず、学生らしく講義に出てみるのはいかがですか?」


 ロキは与えられた仕事をほぼ完遂している状態なのか、随分と余裕のある台詞で助言してくれる。

 ふむ、と唸りながらアルスが考えると、ロキは有無を言わさず登校の支度を始めてしまった。


(エレイン女教諭のところにも行かなければならんしな。フィアとアリスもあれ以来顔を見せに来ていないのか)


 面倒な単位取得免除はもちろんのこと、無条件で卒業まで既定路線になっていることにあぐらをかいて、自分が学生であることをすっかり忘れていた。いや、アルス自身正確に自分の身分を把握できていないのだ。

 特例とは抜け穴を駆使し、複雑な表と裏の事情によって成されているせいで曖昧な立場になってしまっていた。

 決まっていることは卒業まで学院に籍があることだけだ。故に学生だとするロキの言い分も正しいし、〝学生〟の言葉に疑問符が浮かぶアルスもまた正しいのだろう。

 普通からかけ離れたチグハグな人生だからか、いつになってもこの奇妙な気持ちは消えない。


「ま、年齢だけ見れば十分学生、か」


 一人ごちで学生ということで納得したアルスは、疑問を介さず登校の支度に取り掛かった。

 既に制服に着替えたロキが、しっかりとアイロンがけされた皺ひとつないアルスの制服を満面の笑みで持っている。


 もちろん、素直に講義へ向かうつもりもなく、アルスとロキはそのままエレイン女教諭の研究室へ赴くつもりだ。

 先に職員室で女教諭の居場所を確認すると、彼女は現在講義の最中だという。

 時間を確認すると本当に講義が始まったばかりのようだった。


 仕方なく彼女の講義に出席する。少ないながらも熱心に講義を受ける姿がちらほらと見受けられるのは良いことだ。

 そして当然、この講義には履修していないテスフィアとアリスの姿はない。彼女達は優等生だけに、履修科目を事前に下調べして、しっかり履修登録を済ませているのだ。

 不人気な講義、もとい定員に余裕のある講義が自動的にアルスに振り分けられたわけだが、エレイン女教諭の講義はそんな余物の中でも当たりの部類であろう。


 やっている講義内容のレベルが高く、これについていくことができればそれ相応の知識が身につくはずである。


 アルスからしてみればそれでも復習程度の内容ではあったが、他の講義と比べて暇を持て余すようなことはなかった。

 彼女の講義はそれこそ真面目な生徒の姿をアルスに体験させてくれるものだった。

 不良生徒の改心とでもいうのか、真剣に耳を傾けるアルスの姿がそこにはあった。

 とはいえ、当のエレイン女教諭は気が気でなかっただろうが。それもそのはずで、彼女の内心はまさに借金を取り立てられている気分に違いない。

 授業どころでない様子のまま、それでもどうにかこうにか無事講義を終えた彼女は満身創痍の顔で息をついた。



 それからアルスはエレイン女教諭と一緒に彼女の研究室を訪れ、彼女がやらかしたというかつての相棒の姿を認めた。

 彼女がいかにしてこのAWRを解体・分析したのかはわからなかった。

 が、こうして目の前で剣と鎖が分離しているところを見ると思わず労いたい感傷を抱いてしまう。長年の相棒をただの物として見ることができようか。

 この黒い色は時間の経過を感じさせる錆のようにも映った。誰かに生命を預けたことがないアルスでも、このAWRだけは別だ。何度となく生命を助けられた相棒をこのまま眠りにつかせてやりたくもなる。


 どれほど酷使してきたのか、このように博物館の如き台座に載せられているところは役目を終えたようにアルスの瞳には映った。


「物に生命が宿るなんて迷信を信じはしないが、手元から離れて気づくこともある」


 失言だったのだろう。

 驚いたような目をするロキは、次第に優しげな眼差しをAWRへと落としていった。


「そうですね。でも……もう少しアルのために頑張ってもらわないと」


 労うようにAWRの表面に触れるロキの柔和な目は、アルスと同じ感傷からくるものであろう。


「そうだな。コイツ(、、、)ほど手に馴染んだAWRはないしな。生まれ変わらせてやろう」


 ロキと交代でAWRに手を触れると魔力を流し込む。

 このAWRほどアルスと蜜月な関係は存在しない。

 そしてアルスは小さく微笑んだ。鎖を分離されているにも関わらず長年蓄積した魔力情報が鎖の魔法式を認識し、反応させている。

 剣と鎖は繋がっている必要があるもので、それがなければ魔力が流れていかないのは明白だ。しかし、こんなこともあるのだろう。

 剣と鎖が磁力のように引き合い、魔力を共有している。

 変化とエレイン女教諭は言ったが、これは変化というより新たな可能性に近い。AWRは使用者の魔力に合わせて適用、最適化する。性能が良い材質の物ならば尚更だ。

 ましてやメテオメタルが使われているアルスのAWRならば、何が起こるか予想はできない。 


 特殊なアルスの魔力が長年浸透したこのAWRは別の適用を示している。

 奇しくもロキがいったように鎖の長さに関わらず、これまで以上の魔法式を内包させることができるかもしれない。これほど魔力の繋がりが強ければ、鎖に直接刻んだ魔法式を想起させずに魔法を構築できるかもしれないのだ。


  同質の素材だからか、それとも魔力の問題か……解明に乗り出せばきっと明らかにはなるだろう。

 だが、今はその非常識な現象をアルスはあるがまま受け入れた。


「エレイン女教諭、このまま解析を進めてください。情報のリセットも行なってもらって構いません。できれば正常な機能を保持した鎖を分けてもらえると助かります」


 当然のことながらエレイン女教諭に落ち度はなく、寧ろ面白い発見があった。

 本格的なAWR制作が始まる機運を感じたアルスは、一層熱心に今ある物を活かし新たな息吹を吹き込むことに注力するのであった。


 その後、残った鎖の解析に立ち会って再利用可能な部分を抽出した。魔力的な劣化はメテオメタルに蓄積されてしまうため、本来は魔法構築の妨げにしかならない。だが、それをある程度リセットできるならば十分再利用もできる。

 こればかりは魔法式を改良しても解消できないため、実際に新しいAWRへと組み込んでからしかどう反応するかがわからなかった。


(下手すると、鎖は諦めなければならないか……)


 ともすればロキから提案のあった、魔法そのものにAWRのような補助機能を持たせる案に頼るしかない。

 加えて肝心要の剣となるメテオメタルがないのだから、皮算用を熱心に考えている状況だ。

 正直AWR制作はかなり難航していると言わざるを得なかった。


 大きな溜息をついて頸を撫でると、エレイン女教諭の研究室からでも聞こえるほど外が騒がしいことに気づいた。

 大勢が一斉に集結するような暴力的な雑音が聞こえてくる。


 これにはアルスだけでなく、ロキも敏感に察知したようだ。

 顔を壁の向こうへと捻ってじっと何かを感じるように目を凝らしていた。


「アル、高位魔法師でしょうか。かなりの人数がいるようですけど」

「お、不用意に探知魔法を使わないとは成長したな」

「私をなんだと思ってるのですか! わざわざ向こうから魔力を発しているのですから探知魔法を使いませんよ」


 悪意があるわけでもなく、来訪を知らせる意味での魔力の発露。魔法師界隈では良くあることだ。魔法師など所詮は兵器でしかなく、学院で凶悪な魔力を発する愚か者はいないだろう。

 相手を刺激しないために魔力を発して知らせてくれているのだ。


 その上で探知魔法を行い気付かれれば無礼な対応と言わざるを得ない。

 とはいえアルスならば高位魔法師であろうと悟られない自信はある。アルスが行う探知方法を察知できるのは、探知魔法師1位のエクセレス・リリューセムくらいだろう。


「そうは言っても、ただ事じゃないよな。三十人は魔法師がいるからな」


 あまり良い気はしない。これまでの経験上、これほど大規模な高位魔法師が学院に来たことはないだろう。それも教員陣さえ知らされていないとなれば……。


「あ、そう言えば理事長から今日誰か来るって聞いたような」


 うっかりしていたと言いたげなエレイン女教諭を白い目でアルスとロキが見るが、彼女は些事だとばかりに研究に戻った。


「知っていたんですか? でも生徒にまでは知らされていなかったようですね」

「みたいね。でも、一介の教員には関係ないことよ。ほら、教員といっても平民である人も多いからね。端的にいえば、粗相がないようにって忠告が大半よ」

「そういうものですか」


 その直後、校内放送でアルスを呼ぶ旨が全校内へと響き渡った。


「でも一介の生徒には無関係ではなさそうね」と楽しげなエレイン女教諭に言い渡される。


「そのようですね」


 ぎこちない笑みを返すアルスは、肩を落としてエレイン女教諭の部屋を嫌々出て行くハメになるのだった。



 

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― 新着の感想 ―
この作品はとても面白いので、更新をとても楽しみにしています。
漫画のほうから知りましたが小説もとても面白く、楽しく読ませていただいています。 漫画の完結もおめでとうございます。 是非ともこの先が知りたいです。いつか更新されることを心待ちにしています。
いつか更新されることはあるのだろうか……
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