製作の核
さて、不慮の事故をあたかもエレイン女教諭の過失であるようにでっち上げたアルスであったが、彼の罪悪感は比較的薄かった。
悪いとは思っているが、言い知れぬ焦燥感が彼を無理やり納得させた——そう、自分を言い聞かせることで。
(ま、エレイン女教諭も研究ができて一石二鳥だろ)
弁償は不要としても、ここで彼女が研究の手を止めてしまう方がアルスにとって損失が大きいのだ。願わくばさっさと仕事を終えてもらいたいと思っている。
教員と生徒の立場が今や逆転してしまっているが、AWR制作の進行を止めるわけにはいかない。
「では、機材などが届き次第、一度伺うことにします」
長年愛用していたAWR——メテオメタルがどのように変化したのか、こちらもしっかりと把握しておかなければならないだろう。
展開していた図案はまたも保留を告げられ、静かに閉じられた。
AWRを制作した昔を思い出しながら、一朝一夕でできるものはないとしみじみと噛み締めた。フルオーダーのAWRはどうしたって時間がかかる上、思いも寄らない回り道を余儀なくされるものだ。
時間に余裕があれば、それも醍醐味だと笑っていられるのだろうが、昔ほど今のアルスに余裕はない。
エレイン女教諭の心なし明るい承諾をもって通信は終える。
ふぅ、とアルスは一度座り直した。
「お疲れ様です、アル。総督は二つ返事で了承してくださいました。それと……メテオメタルの特性次第では使えないのですよね」
「まあ、そうなるな。研究材料としては調べがいはあるがな。それはそうとメテオメタルの特性自体はそこまで重要視していない。要は、構成の邪魔さえしなければいい程度だ」
「そういうものなのですか?」
「例えばジャンの使っているAWRはかなり特性に偏ってるが、あいつの魔法特性上合致しているとも言える。俺の場合は複数系統の魔法を支障なく扱えればいいわけだ。最大の問題は魔法構成上の魔力負荷がメテオメタルしか耐えられないというところだからな。特性の色が強すぎるとその分制限が掛かる場合が往々にしてある。通常の魔法師ならまず弊害にしかならない」
ジャンの使っているレイジボールは、アルスからすれば使い勝手の悪いAWRだ。今ではジャンの代名詞的なAWRだが、形態依存型で形状によって固定の魔法がスタックされていると聞いたことがある。実際に魔法を使っているところを見たことがあるが、構成速度はスタックしていなければ納得できないほど常軌を逸したものだった。
いくつ形状が存在するのかは知らないが、レイジボールという球形型は比較的通常のAWRに近い情報処理能力を有しているらしい。アルスの知る限り他にも剣に双剣、ベルといった形状が存在する。
形状によってスタックされる魔法が違い、それは独特な魔法体系を有しているのだ。
球体を除いて一つの形態に一つの魔法という制限はあるが、その一つが系統を無視して使用できるのだからぶっ壊れている。
後付けで単一魔法式を刻み、記憶させているのではなく形状をトリガーとしてメテオメタルそのものが魔法を有しているのだ。無論、扱えない魔法も出てくるだろうが、ジャンが未だ使い続けているところを見ると全てのスタック魔法を使用できるのだろう。
「ならば、アルには程々の特性が良いのですね」
「そういうことだな。魔法に寄与するというより構成や記憶域や処理能力、そういったところに強い特性が望ましいのだが、だんだん夢物語になってきた。そういえば、さっき何か言いかけなかったか?」
ロキは沈黙に等しい間を思考した後、自分では結論に至れないといった険しい顔で口を開く。
「鎖の長さが足らなくなり、それによって魔法式を選ばなければならないと思うのですが」
「物理的にそうなるだろうな。俺は適性のある系統がないわけだからな、単一魔法式は必須だ」
「そこでなのですが、魔法に魔法式を記憶させることはできないのか思いまして。いえっ! 荒唐無稽な話なので、忘れてください」
「でも、そうは思わなかったんだろ? さすがにフィアが言い出したわけじゃあるまいし、即却下することはしないが……」
それでもアルスの表情は険しい。魔法式はAWRに刻むからこそ意味を成すものだ。いってしまえば、魔力伝導率が高い素材に刻むことで膨大な構成情報を処理してくれる。
魔法式そのものがないからといって魔法が扱えないわけでもないが。
ロキは自信なさげに目を伏せた。
「アルの使う魔法の中に、鎖を複製する魔法があるかと思うのですが」
「【リアル・トレース】か。あれは魔力操作の一種だぞ。とはいえ無系統魔法の分類にも入るが、というか鎖の長さ調整で使ってただけなんだが」
「ただ、それに魔法式を加えることができたら、鎖の部分って不要になるかなと思いまして」
アルスは頬杖をついて、思考を深く潜り込ませてみる。
かつてそんな荒唐無稽な方法を試したものがいただろうか。いや、不可能であるが故に誰も試さなかったのだ。
それはアルスにもわかる。
が、ロキが論じているのはそこに無系統魔法を持ち込むということだ。つまりはアルスならば可能なのではとの提案。
(そもそも魔法の成り立ちを考えれば不可能を可能にすることから始まってる。【最古の記述】がそうだとしか思えんしな。魔法の中に魔法式を組み込む、か)
本来ならば逆の構成になる。魔法式を起こして魔法となるのだから。魔法から魔法を構築できるかという難問はジレンマに陥りそうなほどに混迷している。
(魔法の中に別のタスクを設けて、そこに魔法式として構成式を隔離できれば……できるのか?)
もしそれが可能ならば、残っている鎖を最低限つなげるだけで以前と遜色ない魔法数を扱えることになる。
現段階では仮に魔法式が刻まれているように再現できても、実際に機能するとは思えなかった。
「ふむ、全く不可能だと断言できなそうだな」
即却下はせず、一先ずロキの提案は検討の余地有りとしてもう少し真剣に考えてみることにした。
突飛な発想はアルスの専売特許のはずだが、他人に言われると途端に不可能だと断じたくなるものだ。知識と経験がそうさせるのか、アルスは繋ぎ止めるように議論に火をつけた。
「では!?」
「待て待て、考えることが多い。できないと言い切れない点があるとすれば、普通魔法式がなくとも魔法が扱える点がヒントになる」
「学生のように想像で魔法を構築するのとは違うのですか?」
「あれは横着してるだけだ。まぁ、慣れという意味では間違っちゃいないが、俺は各魔法式が頭の中に入ってる。AWRの補助がなくともいくつもの魔法が扱えるのは、魔法式を正しく理解しなぞれているからだ。であるならば、魔法式自体はちゃんと機能していることになる。が、AWRと同等の処理能力を有するわけじゃない、これは大きなデメリットだぞ」
ロキは難しそうに深い皺を眉間に作ると「そうですよね」と心なし気落ちした声のトーンで返してきた。
もどかしいのはアルスと同じ知識で議論のテーブルにつけないからだ。
「魔法でできるかは相当式をいじらなければならないができないことはない、形式的にできてもそこが限界だ。魔法とすら呼べないものになる。魔法に魔法を起動させるとしても、それはAWRを介して起動させなければ話にならん」
つまり魔力で複製することはできてもAWRではないのでサポートは受けられない。であるならば、初めからAWRを持っていないのとなんら変わらないわけだ。
結論が出た、というより行き詰まった感触がある。しかし、この場でいくら考えても結局は実りがないだろうとアルスはシャットダウンするように一旦考えるのを止めた。
「AWRの特性がわからなきゃ所詮皮算用だ」
そこでアルスはニッと口角を持ち上げて、気休めの言葉をロキに与えた。
「前のAWRならばあながち不可能とも言い切れないぞ。ナイスアイデアだ、ロキ」
「本当ですか! お役に立てたのなら良かったです!」
「エレイン女教諭にはなんとしてでも鎖を使えるようにしてもらわないとな」
やはり気休めは気休めでしかない。鎖が復元されてもできる気は一切しなかったのだから。
問題を棚上げにした感は否めないまでも、最初から諦めるのは性分ではない。
やるべき目標が決まったところでアルスは早速、魔法式の改良に乗り出す。
が、仕事の早いロキによって、すぐに現実へと引き戻されることとなった。
「ところブドナ工房へはいつ行かれるのですか? そちらの方も把握しておいた方が、スケジュール調整しやすいのですが」
「あぁ〜、うん……そのうち、にな」
ジロリとロキに訝しげな目を向けられるが、アルスには逃避先がある。
目の前に無数に展開した仮想液晶は、閉じないでくれとばかりに明るかった。これから数日間を費やすアルスだけの作業場だ。
「あ、ロキ、一応ブドナの爺さんに伝えておいてほしいことがあるんだが」
「なんでしょうか」
「俺がメテオメタルに魔法式を彫った時の工具一式のメンテナンスを頼んでおいてくれ」
「わかりました。それでアル、ブドナ工房の連絡先がわからないのですが」
それにはアルスも渋面を作って、盛大に溜息を吐いた。
あの頑固な職人は連絡手段を持ち合わせていない。つまりは直接工房に赴かなければならないのだ。
否が応でも顔を合わせることになるわけだが、ここはロキにお遣いを頼むしかあるまい。
アルスは無言で顔の前に手を合わせるのであった。