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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
11部 第1章「不吉な贈り物」
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予想内の不運



 後ろ髪を引かれる思いで、ロキはモニターに映し出されるはずの相手の名前がないことに訝しむ。

 会話を文字通りぶつ切りにしたこの罪深き相手へ恨みが湧いてくる。

 非通知というわけではないが、初めて研究室へとかけてきた相手のようだ。通常ならば無視しても良いのだが、ことアルスに限ってはそう単純な問題でない場合も多い。


 コール番号を見れば、学院で使われている回線からだった。


 ロキはすぐに取るべきか悩んだ顔をアルスへと向けた。

 アイコンタクトでアルスは、スピーカーにして出るよう伝えてくると相手が切ってしまう前に着信ボタンを押す。


「どちら様でしょうか」


 定型句を流れるように発すると、相手は無言であるにも関わらず慌ただしい雰囲気が伝わってきた。

 まるで意を決する間を置いて、微かに息を吸い込む音が続く……。


「アルス君はいるかしら。エレインです」

「教諭でしたか、どうかされましたか」


 少し声を張ったアルスは、軽い驚きを抱きながら要件を聞く。昨日会ったばかりな上、こちらとしても急用があるようなものが思いつかなかった。

 教員と生徒という関係を考慮しても、立場が逆転したような緊迫感が伝わってきた。


「スゥ〜ハァ〜、そ、そのね。落ち着いてきいて欲しいのですけど。いえ、落ち着けない事態なのだけど。あぁ、なんてことを」

「落ち着くのはエレイン女教諭の方では?」


 傍にいたロキが、スピーカーに向かって溜息混じりに諫めた。


「重要なことであればそちらへ向かいましょうか」

「だ、ダメよ。あああぁ、いえこれはダメとかではなくてね。私が冷静に話せる自信がないの」


 そう言うと彼女は震える喉を開いて大きく深呼吸する。

 その間、アルスとロキは互いに目を合わせて首を傾げた。「知ってるか?」と聞けば、「まさか、いったいどうされたのでしょう」というやりとりがジェスチャーだけで取り交わされた。


「エレイン先生、何があったのかは分かりませんが、端的に結論だけを教えていただけますか?」


 一語であろうと彼女が伝えたいことを察するためのヒントを得ようとロキが提案する。

 多少落ち着いてきたのか、エレイン女教諭は「そ、そうね」と涙声で発した。


 いよいよもってわけがわからなくなる。

 あの凜とした面立ちの教諭が半ベソでもかいているのだろうか。実に想像しづらい絵面だ。


「アルス君から預かったAWR、ですが……」

「あぁ、あれですか。蓄積データのリセットを試みているのでしたね」

「そ、そうね」


 まるで話を逸らしたいかのような声音だ。


「できたのですか?」

「で、できたわ。でも、その後が……え〜っと、細かく話すとこちらが狙ったデータの抹消はできなかったの。魔力や魔力情報体が浸透しすぎていて、性質が変化してしまったわ。ごめんなさい! メテオメタルを使った貴重なものだったのに、失敗してしまった。べ、弁償させて……それで万事解決とならないことはわかっているわ。それでもどうか、穏便にできないかしら」


 アルスは軽く顎をさすった。

 なるほど、最悪AWRとして再利用できなくなったかもしれない。その上、幾つかの魔法式に影響が出たのかもしれない辺りだろうことは予想できる。

 刻んだ魔法式はアルスがアレンジした部分も多く、端的に言って改良版のようなものだ。その価値は各国が喉から手が出るほど欲するもののはずだ。

 当然のことながら、しっかりとバックアップを取っているわけでそれについても心配はいらない。


「それで何がどう変化したのですか?」

「まだこちらでも完全には解析できていないの。その、魔力圧が逆流してきて、検査機器がダメになってしまったのよ。こ、これもどうにかして……保険とかはかけているわよね?」

「えぇ、まぁ機器類は大丈夫でしょうが」


 ふとアルスはモニター横に屹立しているロキに目をやった。彼女は特段何を思うでも……ないわけではないようだ。チクチクとした意識を無機質なモニターに向けている。


(変質か、メテオメタルはとことん予想がつかんな)


 興味はある、いや興味しかないと言っても良い。

 そもそも再利用など最初から考えていない。エレイン女教諭からはメテオメタルの情報を引き出すために貸したのだし、データを抹消できたからといっても、それを他のメテオメタルと結合できる保証などない。

 ようは返ってこないものとして渡した節もあるのだ。


「エレイン女教諭、俺のAWRですがそこまで……あ、いいえ、そうですね。ちょっと不味いことになりましたね」


 即座に言い換えたアルスをロキは目敏く反応する。

 目で何かを訴えようとしているが、肝心の本題を聞いていないので黙認することにしたようだ。


「え、えぇだからその謝罪を」


 エレイン女教諭の悲痛な声をスピーカーが明瞭に室内へと響かせた。

 なんとも残りの人生お先真っ暗だと言わんばかりの絶望に染まった声音だ。


「一部では私にも責任がありますので、教諭にばかり非があるわけではありませんよ」


 アルスの声は微かに弾んでいた。

 思わず頬が持ち上がっていることにアルス自身気づくことはない。


「ですが困りました。AWR制作にその鎖は役立つと見込んでいたのですが。あぁ、もちろん弁済は結構ですよ、先生(、、)

「でも、それでは……。それに今回のは実験とかではなく解析途中であったり、それに用いる薬品に反応した可能性だってあるの」

「尚更です。分析器にかけた程度ならば不慮の事故でしょう。一つの材質だったものですから鎖とはいえ、何かしらの繋がりが断たれたと考えればもう少し用心しておくべきでした」

「そう言ってもらえると私としては助かるのだけれど……」


 もちろん、これが大っぴらに学者間で広まれば、彼女の将来性は閉ざされたものだ。

 そのことを不安視しているのだろうことは、容易に想像がつく。


「このことは伏せておきましょう。問題にするようなことではありませんからね。ですが、先生に引き続き解析を進めていただく必要があります」

「——!!」


 彼女の喉がひくつく気配が伝わってくる。

 壊れたとはいえ、破損させたエレイン女教諭の弱みに付け込むアルスは、悪い顔ではなく期待に高揚した表情を浮かべていた。


「まずは変質した特性についての解析。これは俺が直接使うことでわかることも多いので、分析だけお願いします。それともう一つお願いしたいことが」

「何かしら」


 自ら進んで名誉挽回するため、アルスの思う壺だと知らずに彼女は協力的な姿勢を見せてくれる。


「先生には二つ以上のメテオメタルを繋げる方法を考えて欲しいんです。もちろん魔力的に」

「私は、魔法式については専門家ほどじゃないわ」

「わかっています。ですから、鉱物の観点からお願いします。それに魔法式で二つのAWRを魔力的に連結させても、俺の場合は意味がありませんからね」


 アリスの金槍のように、円環を操ったり魔法を転写させるなど本体と円環を魔力的にリンクさせることには意義があるだろう。

 だが、アルスの場合は鎖部分で魔法式を起動させるため、本体と鎖が同素材であることが何よりも望ましい。のだが、同素材だから必ずしも良いという単純な話でもない。

 いくら単一魔法式であろうと他系統同士の魔法式では弊害となり得る。適性外の系統など扱いづらいだけだ。


 辛うじてアルスだからこそ使える魔法も多いわけだが、それならそれでAWRなしの方がまだ暴発の危険は少ないほどだ。無論、そうなれば使えなくなる魔法もあるのだが。


「まずは変わってしまった特性からの調査になりますが、俺の考えでは以前のように複数系統に対しての伝導率に変化はないと思います。であるならば、まあ使えないこともないでしょう。いずれにせよ、蓄積データを消せたのでしたら、他に再利用できそうですからね」

「そうね。わかったわ。任せてちょうだい。今度はしっかりとこなしてみせるわ。ただ、分析器の方が……」


 面倒臭そうな気配をおくびも出さずにアルスは「こちらで手配しておきます」と快く返した。

 イブサギの情報提供でベリックには貸しがあるので、軍のものを拝借するくらいは問題にならないだろう。


 ロキは秘書の如く、すでに手配のため動き出していた。

 ライセンスを片手にベリック総督へと連絡を入れにキッチンへと向かったようだ。ふと、ロキが総督への直通回線を知っていることに驚いた。

 


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