暗雲の道
何気ないロキの疑問にアルスは嫌そうな顔で答える。
本当に嫌なことだが、順位の持つ意味というべきか縛りというべきか……宿命というべきか。
「魔法師なんだから、そりゃ魔物の討伐だろ」
腕を組む気力もなく肩を落としながら己の有用性を客観視しなければならない。しかも順位という特大の足枷まで見えてくる。
「ならば、エレイン先生が提示された他の箇所の調査を断られたのは何故ですか?」
アルスは帰宅後、エレイン女教諭に報告へ向かった。もちろん全てを詳らかに明かすことはできないが、彼女が研究していたメテオメタルの調査結果については答えねばらない。
よって、彼女にはメテオメタルと呼べる鉱物が確かにそこにあったことだけは伝えた。
随分と粘られたり、誘導尋問を受けたりしたがアルスの「下手をすると研究する時間を奪われますよ」の脅し文句にあえなく屈した。
沼に浸かり過ぎた研究者にとって研究時間は至高に等しい希少価値だ。それを知っているからこそ、アルスも苦肉の策としての言葉選びだった。
とはいえエレイン女教諭の推測は当たっていたわけなので、引き続きメテオメタル探しに出かけたいところだったが、アルスは一旦保留という形で話を切ったのだ。
「埒が明かないのと、できれば俺自身が出向くんじゃなく、人を使った方が良さそうだからな。協会にも依頼を出せるだろ?」
「なるほど、人海戦術ですか」
「幸い、目ぼしい場所は教諭が特定してくれているからな。今回はそれを確かめる意味でも直接行ったわけだが、一発目で当たりを引けたのは後の無駄な労力を省けるからな」
「では、その間は何をするのです?」
これについてはしっかりと計画を詰めている。寧ろ、エレイン女教諭の予測が当たったことで十分な時間も確保できた。
アルスは満を持して計画を語り出した。
「まずは新しいAWRの形状と、それに書き込む魔法式の改良だ」
「確かにそれは重要なことです! 私もお手伝いさせてください!」
「あ、あぁ……もちろんだとも」
目を輝かせるロキには悪いが、アルスの中ではスケジュール調整を彼女に任せるつもりでいた。
ただ、この目の輝きはもっと改良に直接携わりたいという欲求が窺える。正直、彼女の知識というより発想には大いに期待したいが……したいのだが、できれば一人黙々と打ち込みたいと考えてしまうのは、日陰研究者のさがなのだろうか。
「それとお手伝いの合間で良いのですが、何度か出かけたいと考えていまして」
「ん? どこかに行く予定があるのか? ——いや、そうだな。ゆっくりする時間は必要だ。ロキにはずっと働いてもらってばかりだからな。良い機会だし、羽を伸ばしてこい」
ここぞとばかりにアルスはロキの休暇を認めた。認めるというのもおかしな話だ。単に彼女は出かけたいと言っただけなのだから。それを引き留めるのは宜しくない。
今日まで良く働いてくれたのだからゆっくり休めばいい。研究室にいる時も自分の世話をしてくれていることが当たり前になっていたことをアルスも反省した。
今更だがこの同棲生活は、ロキに負担を強いる場所であってはならない。彼女が望んでいようとも、それを当然として日々の一部に埋没させてはいけないのだ。
「大丈夫だ。良い機会だし、少しは自分で身の回りくらいはどうにかする」
「あ、いえ、私としては長くお休みをいただくつもりはありませんよ。それに今だって充実した日々を過ごさせていただいています。アルは気にせず普段通りで構いません。私から家事を取り上げないでください、それも十分ストレスですから」
屈託ない笑顔でそんなことを言われてしまうと、アルスも言い返すことができない。
「本当にそれで良いのか?」
我慢させてやしないかと不安になりながらもアルスはそれを言葉にして伝えた。研究に没頭できるのは十分な研究時間があるだけでなく、身の回りの世話をロキが一手に引き受けてくれているからだ。
それがわかっているからこそ、ロキの望みはできる限り叶えてやりたい……とは思うのだが、彼女が欲を口に出すことは少なく、叶えられる機会すらもないのだ。
「それで構想は固まっているのですか?」
話をぶつりと断ち切るような話題転換にアルスの研究思考が再燃する。
机に向かい、仮想液晶を立ち上げて手書きのメモや資料を開く。
複数立ち上げた仮想液晶の一つには、以前使っていたAWRに関する情報が載っている。それこそ一つ一つの秘匿性の高い単一魔法式だけでなく、寸法や《失われた文字》に関することまで。
緻密な設計図である。
「ある程度は固まっているんだ。ただメテオメタル次第では皮算用になるな」
興味本位からかロキはアルスの机に回り込んで瞬時に視線を巡らせた。
「——!! AWRの制作にはこれくらいの研究と設計図が必要なのですね。無知でした」
「そう気にするな。俺のはオーダーメイドだからな、ちょっと凝り過ぎたところはある。が、あれはあれで良く出来ていたんだよな。まさか壊れることがあるとは思いもしなかったしな」
「全く同じAWRにするのですか? エレイン先生は鎖部分の情報をリセットし再利用できるとおっしゃっていましたが」
「そこだな。出来ないとは思わないが、完全に蓄積された情報体の抹消ができるかは定かじゃない。言ってしまえば0・100の分かりやすい問題だからな。少しでも情報が残っているとAWRに再構築したとしても伝導率に不備が生じる。微々たるものだとしてもそれを良しとするかは使用者次第だな」
難しそうにロキは唸った。AWRの使用者は所謂魔法師と呼ばれる危険な職業者のことだ。
「生命が懸かっている物に妥協は出来ないということですね」
「そういうこと。万が一を考える魔法師にとってはAWRは生命線と言って良いほどだからな」
「しかし、そうなると次のAWRの構想には鎖は使用しないのですか?」
「いいや、俺の魔法性質上複数の単一魔法式が欲しい。その上で鎖という形は実に理に適っているんだ。これ以上ないほどにな」
そこにはロキも同意だ。
もっともそれだけの魔法を自在に操れる魔法師は、世界広しといえどもアルスを除いていまい。
それを可能にする無系統が故に、消費魔力が見合わない弊害もある。
随分とロキもアルスに関するデータが蓄積されている実感が高揚感とともに湧いていた。