帰還と収穫
メテオメタル捜索から帰還したアルスは、自室で頭を悩ませていた。
メテオメタルの収集で負傷したアリスには三日ほど静養させるつもりだが、翌日には何食わぬ顔で研究室に来そうだ。
肉体的な傷は完全に塞がっているだろうから問題はない。
腕を一部侵食されたため、体内魔力の混乱は残っているはずだが、それとてベリックが遣わせた治癒魔法師によって改善傾向にあるだろう。
彼女が来るなら来るで、経過観察も行えるため悪いことばかりではない。
ここまでは想定内であり、悩みの種ですらない。だからアルスが頭を悩ませているのは主に別のことであった。
もはや嘆息するための定位置となっている仕事机に向かってアルスは力無く吐き出した。
「参ったな」
一朝一夕でメテオメタルが入手できないことは分かりきっていたことだ。そもそも庭を掘って奇跡的に金塊が出てくるよりも難しいのだ。困難の程度を表現することすら億劫になる。
(狙える奇跡は奇跡とは言わない、か)
エレイン女教諭に教えてもらった場所に、メテオメタルはあったがあれは使えない代物だ。
しかしながら、それを探り当てた彼女の慧眼は計り知れないものがある。
無駄を回避するためにアリスの訓練と称し連れ出しもしたが、本来の目的を達成できなかったことは非常に残念だ。
落胆するアルスに、ロキは幾分明るい声音で語りかけてくる。
「ですが、一応エレイン先生の言う通りの場所にはありましたね」
ロキは脱帽しながらも、肩を竦めて言うがエレイン女教諭の評価はぐんと上がったはずだ。
正直言えば、アルスも然程期待していなかっただけに、一介の教員にしておくには優秀過ぎると認めざるを得ないところだ。
「山賊だか、盗賊だかには出くわしたがな」
「傭兵ですよ、アル」
分かりきった返しにアルスはふんっと鼻から息を吐く。
そちらはそちらで収穫があったのは事実だ。寧ろ、成果順位としてはAWRの次に位置すると言っていい。
古小屋で見た日記もアルスの知的好奇心を大いに刺激した。いや、正しくは裏付けたというべきか。
しかし、アルスはそのことには触れず冗談めかして話題を進めた。
隠すつもりはないが、開こうとする口がその話題に触れることを嫌がるように重かった。
「奇しくもエレイン女教諭は秀才だったわけだが、得られたのはそれだけだな」
「ですが早急にAWRは必要ですよ。いざという時に、実力を出せないのでは怪我の元です」
「怪我ね〜、するかな?」
ストレートな疑問として怪我をする事態をアルスは想定できなかった。自分を客観視しながら首を傾げたくなる衝動に駆られた。本当に想像ができないのだ。
怪我の基準が世間的には重症の部類に含まれていることはさておき、中々どうして己がさらに力をつけてきていることを実感せざるを得ない。
(強敵と戦って強くなるなんて単純な話じゃないんだろうが、結果として【暴食なる捕食者】もコントロールできているし、物理的な攻性能力も取得できた。今なら昔断念した魔法も扱えるだろうしな)
フィジカルは一朝一夕でどうにかなるものではないが、魔力操作による魔力移動や魔力刀の形成、果ては消費魔力の瞬間的算出に至るまで極めたと言っても過言ではない。
全てを息をするように行えてしまうのだから、つくづく自分は外界の人間なのだと知らされた気分だ。
総合的に判断してもロキが心配するような事態は想像できない。
が——。
ソファーに座ったロキの眼光は鋭く、横目でアルスを見やる。
「怪我、しましたよね? 寧ろ怪我だらけですよ、ね? フェリネラさん救出の折、死にかけたばかりかと思いますが」
「あれは……、そこまでか?」
「そこまでです。一歩間違えれば死んでいたじゃないですか!?」
「うっ!? それを言い出したらかなり広義の意味で死にかけることになるんじゃ」
子供の言い訳がましくアルスは気まずげに視線を逸らす。魔物との戦闘そのものが命懸けだ。たった一発の攻撃が致命傷となり得るのはアルスに限った話ではないのだが、当然のことながらロキが言いたいことは違うのだろうが……。
「ハァ〜、もう大丈夫だとは思いますが、思いますけど……。あのような戦い方は死にに行くようなものです」
「すみません」
フェリネラを救出するために我を忘れた、いやアルスの精神が不安定であったことは確かだ。それは誰の目にも安心して見ていられるものであろうはずがない。
普通ではなかったのだから。
正直、あの場面を思い返すとアルスは湧き上がってくる言葉を押し留めることができなかった。
「ロキも人のこと言えないだろ」
彼女も単身フェリネラを救出しに行ったのだから人のことは言えないはず。
小声でボソリと言い返されたその言葉にロキはピクリと反応を示す。そしてさも当然だと言わんばかりに、揺るがぬ正義をはっきりと口にした。
「私はアルのためなので良いのです。ですが、この話はやめましょう」
「そうだな。それが平和への第一歩に違いない」
二人は同時に頷いた。
直すところがあるアルスと、後悔しないロキ。また同じような場面が起きたとしてもその時の行動は変わらないのだろう。
ロキの苦言は結局のところ結果を少しだけ良いものに変えるためでしかないのだ。少しでもアルスが怪我を負わないようにするための心遣いでしかなかった。
「なので、早くAWRを用意した方が良いと思うのです」
「分かってる。正直、メテオメタルを見つけられたとしても、その特性次第では使い物にならんからな。さて、どうしたものか」
ロキは一息つくように力無くソファーに座り、膝を抱え込むと今度は窺い見るように横目を向けた。
「あの、アル……? この際、ゆっくり探すのも悪くないのかもしれませんよ」
「ん? 今自分で言ったことをもう忘れたのか?」
ロキは自分の発言と矛盾する言葉をポツリと投げた。
『この際』の、この一言に尽きる。この際、外界の雑事から解放され、普通の人のように暮らすのも悪くないのでは、と。
戦わず、時間がゆっくりと過ぎていくに任せるのだ。
田舎の方に家を建て、テラスでお茶をして、毎日献立を考えながら料理する。それを二人で食べて……。
ロキは口をギュッと噤んだ。こんな風に理想が己の中で形を成していくのは初めてではない。と同時に変化もある。
以前よりも非現実的なもののように妄想の域を出なかった。可能性すらも見出せなくなっている。
それでも願望なのだろう。しかし、その願望は焦燥感に掻き立てられて口から出てしまっていた。
現実は決してそれを良しとしないし、何よりアルスが望まないものだ。いや、今は望めないものかもしれない。
だからロキはふと、胸に去来した言い知れぬ揺らぎのような感覚に気づく。
自己分析するように目を凝らす。繋ぎ止めるための文言が自分から出てきたことが不思議でならなかった。
そして知らず知らずのうちに自分の腹部へと手を下ろす——そしてハッと我に返る。
「あ、いえ、少し傭兵などという見慣れない人達と会ってしまったせいか、変なことを言いました」
「あぁ、前にも言ったが時代錯誤な感じはあるが協会の存在がある種、傭兵を認めてしまったからな。いずれにせよ風変わりな連中であることには違いない。それとAWRは別だがな。ロキの言うようにさっさと用意しないと不味いことになりそうだしなぁ」
「何故ですか?」
神妙な顔つきに変えたロキは、足を下ろしてアルスに身体ごと向ける。器用な座り方だが、真剣さの意思表明としては最適解な気がした。
こんな時のロキはアルスの何気ない一言さえ逃しはしないのだ。