宝の価値
「ふむ、協会に敬遠される覚えはないが。かといってこちらも何ができたわけでもあるまい」
各国で共有している情報を見ても、クレビディートとハルカプディアは順調に外界へと侵攻している。国力に見合わずイベリスだけが出足が遅い。
1位を欠いたはずのアルファが先陣を切っているのが現状だ。
(そもそも初めからアルファだけは異常なほど進行できていた。いくつも無人拠点があるとも聞くからな。すでにルサールカと共同で区域の奪還に動いている)
そう考えるとイベリスだけが遅々として進んでいない。
人類生存域を拡げる7カ国共同戦線は始まったばかりだが、魔法師を最大限活用できているとは言い難い。イベリスでは平常運転どころか、十分過ぎる休暇を与えている状況だ。
発見されたSSレートの場所が悪い。当初予定していた進行ルートは長年の調査から導き出された攻略順路である。
拠点の構築に適した地形であり、そこを本拠とすることでかなり広範囲をカバーできる。すでに資材も軍部に集まっているのだ。今から一から計画を練り直すのは現実的ではない。
SSレートを討伐する以外には、何一つ進めることができないのだ。
「頼みの綱は協会か」
ハオルグがそう結論づけると、皆は一様に渋い顔で俯く。
ここにきて協会の存在意義が味方してくれるのはありがたい……報酬次第で戦力を補強できるのは、大国であるイベリスでも恩恵を預かれるのだから。
ただ外聞は良くない。少なくともイベリスの軍部では協会を頼ったとしても、防衛に関してと誰もが考えていたはずだ。
バルメスの魔法師不足然り、人手不足を補う程度で好意的に受け入れることはできない。軍部の情報漏洩の懸念もあるが、何よりもプライドがそれを許さないのだ。
しかし、将官が揃いも揃って妙案も浮かばないとなれば、これを活用する他ないのも事実。
「致し方ありませんな。協会には1位のアルス・レーギンもおりますし、もっとも安易に活用できそうです……できそうなのですが」
誰も明言しないが、この場では協会の魔法師であっても、実質協力してもらいたいのはアルス一人だけだ。
だが、それも正直現実的ではないだろう。
将官達も交渉材料について机上に、幾つか提示していく。
「莫大な報酬額が必要ですな。国家間での協力という形を取れればまだ交渉の余地はあったのでしょうが。ヴァジェット様の報酬額を考慮しても、今回は依頼であることを考えると……いやはや頭が痛い数字になりますな。軍部の財政ではどうにもならないでしょう」
「報酬額はいくらを想定しておる」
「1位への要請による費用ですと、ざっと五十億デルド。しかし、SSレートの討伐協力ともなれば予想がつきかねます。その三……いや十倍は。交渉次第ではどこまで見積もっても足らないかもしれません」
「——!! 五百億以上ッ!!」
ピタリと息のあった驚愕の声が室内に響き渡った。
その莫大な額が提示されて、ややもすれば皆浮き上がった腰をゆっくりと納得と一緒に下ろす。
確かに額が額だけに国庫から拠出するための承認には時間も必要となる。
イベリスに限らず、この時期はどこの国も軍事費に多額の予算をつけている。だが、それをもってしても軍事に少なくない影響が出る額だ。
「青天井だな。上手く立ち回らんと向こうの言い値になるぞ。とはいってもこれは国防にも関わる問題だ、金ならばいくらでも支払うが」
ハオルグでさえ苦い顔で愚痴を溢すので精一杯だった。財務大臣がいないのは寧ろ好都合であった。いや、ここで金を出し惜しみされては一向に話が進まなかっただろう。
そこに頭を抱えた将官が、ハッと顔色を変えてハオルグを見やった。
「ハオルグ様、協会への協力要請ですが、ことアルス・レーギン様に絞った場合、他に交渉材料があるかもしれません」
「ん? なんだ言ってみろ。金で解決できれば安いと考えていたが、実際そうも言っていられんからな」
この中では割と若い部類に入る将官——それでも四十代だが——はやや狂気的な案だと表情に含ませて恐る恐る発言する。
「先の鉱床任務の件ですが、そこでアルス様はAWRを損壊させてしまったと小耳に挟みました」
「小耳とはなんだ!?」
誰が発したものか、叱りつけるような声に男は肩を震わせる。
ハオルグが周囲を宥めるように手を突き出し、「仕方あるまい、イベリスの魔法師はその場にいなかったのだ。情報を得られるはずがなかろう」と男に先を促した。
「もしこれが本当であれば、報酬の代わりにアレを提示するのはどうでしょうか。正直管理費だけでも年間三億デルドを垂れ流しているのですから」
〝アレ〟がハオルグにはすぐにわかった。
アルス・レーギンの情報も以前と比べれば随分入ってきたと言って良い。それにハオルグは一度アルスと顔を合わせ、酒を酌み交わしている。正確にはイリイスと、だが。
そこで得た印象は——。
「確かにアルス・レーギンは金を積んだところ動く人間とも思えんな」
「ならば、如何でしょう、ハオルグ様」
「うむ、良かろう。アレを眠らせておくのも宝の持ち腐れだ。しかし、まずはその小耳に挟んだという話の真偽を早急に調査しろ。言っておくが、AWRの素材といっても、アルス・レーギンにとって無用の長物とも限らんのだぞ?」
「承知しております。ですが、イベリスの国立研究所でもその特性を調べきれなかったものです。どんなものかわからなくとも良いのではないでしょうか。アルス様にとっては今は喉から手が出るほど欲する代物かと思いますから」
勝算ありと男の目がぎらりと光った。
その瞬間、決を取るまでもなく称賛の声が室内に満ちた。
「おぉ〜、それは良い。良いが……ということはアルス様は今AWRを持っていないということでは?」
「あ……」
今度は愕然と肩を落とす将校らが、眉間を摘んで首を振る。
協力してもらいたいのに、AWRを持っていないのでは本末転倒だ。AWRのない魔法師では期待した戦力には遠く及ばないだろう。これでは要請する意味が……。相手も危険な魔物に手ぶらで立ち向かわなくてはならない。
交渉の席にすら着かせられないのではなかろうか。
SSレートが出現した以上、綿密な調査を行いしっかりと7カ国でこれを対処する。言ってしまえば憲章のように、7カ国に課された責務である。
あるが故に、慎重に、時間が許すならば時間をかけて調査し討伐隊を編成しなければならない。
どれだけ時間が掛かるのか。
一つ、ハオルグは大きく息を吸って吐き出す。
「考えても仕方ない。一先ず真偽を確かめ、提示してみるだけしてみよ。流石にAWRが全くないということもなかろう。普通代替があるものだ。それと協会への依頼要請には新設された治癒魔法師部隊への要請も行え」
さて、とハオルグは戦力以外のことに頭を使う。
「元首会談を開かねばならんな。結果は見えているが、バルメスの二の舞は御免だ」