頼みの綱
会議も三回目にしてようやく進展らしさを見せ始めた。
なのに、将官達の顔色は希望から遠ざかっているように暗い。かといって良案を提示できるわけでもなかった。何時間も会議に時間を消費することもなかっただろう。
だからこそ皆は先々を予想して、一様に渋い顔で疲弊して見えた。
軍部を熟知した老兵が故に、案は尽きているのだ。だからこそ、細い糸を紡いで仕方なく出された提案に理路整然と反論できない。
次期元首として有力なオリヴィエに何かあれば、それこそ国の一大事だ。一介の軍人には荷が重い。この場に各大臣や宰相が同席していれば、議事録にさえ残さないよう指示を出しただろう。
ここでオリヴィエの名前が出たことすら情報封鎖するはずだ。面倒なことに女性のオリヴィエはハオルグと同じように、軍人となることを希望した時期があった。
周囲は若かりし頃のハオルグが好き放題した後始末の苦労を知っている。当時はあまりの奔放っぷりに元首候補の座さえ降ろされかけたほどだ。
ハオルグには三人の子供がいるが、聡明であり武芸に秀でた長子のオリヴィエを推す声は高い。この時勢、男系に拘る必要もなく、アルファやルサールカなど女性元首もいる。
末子が男でも、最有力なのはハオルグの血を色濃く受け継いだオリヴィエだけだ。もっとも彼女自身は元首などつまらないと言って消極的ではあるが、それはハオルグも昔はそうであったことだ。
上級貴族などは既に社交の場で、オリヴィエを後押しする動きを見せている。彼女の知らぬ間に大勢は決しているようなものだった。
今の話は聞かなかったこととするために、ハオルグの隣の男はおずおずと声を滑り込ませた。
「私たちは軍人です、からして軍人として容認できる範囲で考えましょう。ハオルグ様のご提案は極端過ぎます。いやはや少々議題から逸れてしまいましたな」
和ませつつ視線を振るとわざとらしく肩を竦めてくれる面々に男は安堵した。
しかし、そんな一息吐くための時間は長く続かなかった。
ハオルグの呆れた視線に、自ずと背筋が伸びる。
「そなたら、いささか頭が固いと見えるぞ。こうしている時間さえ惜しいとわからんほどに脳が萎んでおらんか、ならその席をさっさと後任に差し出せ」
「……!!」
「許容するかは貴様らではなく、俺が決める。目先の魔物を倒す方法、必要な戦力を問う場だぞ。国内ならば、総督が自らの足で頼み込め。国外ならば俺が直々に出向く、わかったか」
グッと大きく喉が上下する音が重なる。
ハオルグは感情的に威圧するのではなく、無駄な会議に対して魔力を溢れ出して周囲を圧迫していた。声を荒げるよりいっそ分かり易い。
その巨漢からはすでに冷静な話し合いなんて望んでいないのではないかと穿って見てしまう。
沈黙の中、将官の一人が「では」と仕切り直すべく声を申し訳なさそうに発する。
「国内でヴァジェット様のお眼鏡にかなう魔法師は以上です。ここからは他国の魔法師になります。イベリスで収集した情報を元にしておりますので、二桁魔法師に関しては正確とは言い難いものになります」
「わかった。無論叶うならばシングル魔法師に助力を請いたいところだがな」
それが無理なことはハオルグ自身よく理解している。そもそも今は各国が進行領域を広げるという目標を掲げている。他所に魔法師を貸し出すなんて余裕はないはずだ。
バルメスなどは協会から多くの魔法師を派遣してもらっているくらいだ。今こそ自国でなんとかしなければならない。
挙げられる魔法師の名前を流し聞きしながらハオルグは降りかかった災厄に、憂えずにはいられなかった。
過去、SSレートであるクロノス襲来では7カ国が、それこそ人類が一丸となって未曾有の脅威に立ち向かった。
当時のことはハオルグも知識でしか知らない。知らないが、クロノスがもたらした被害から復興するまでの退廃期は鮮明に記憶されている。食う物にも困り、治安は悪化の一途を辿った。
あの貧しい時期を7カ国全てが味わっただろう。そして乗り越えた。いや、あれを乗り越えたのはアルファなのだろう。戦地となったアルファは築き上げた文明を破壊し尽くされたのだから。
その記憶からか、彼の地では後に禁忌とされるような研究が盛んになった。
あらゆる手段を用いて魔力・魔物・人間に至るまでそれこそ何一つ取りこぼさないように研究し尽くしたのだ。だから、ハオルグの中ではアルファの軍部が積極的に魔物を狩っているのはクロノスに壊滅させられたからだと考えている。
ハオルグはやるせ無さから溜息を漏らしてしまった。
「身勝手な言い草なのだろうが、今こそシングル魔法師が集結しこれに立ち向かうべきなのだろうな」
その言葉に含まれたかつての栄光が、今はそれぞれ自国にのみ注がれている気がしてならない。本来、魔法師の頂点に君臨するシングル魔法師は、人類の英雄であり騎士だ。
復興後、半世紀が経ち人々の矛であった魔法師は国の威信の象徴に成り果ててしまった——イベリスとて例に漏れない。
「ハオルグ様、今回は場所も場所ですし、何より状況が余裕をもたらしてしまっております」
「だな、生存域へと向かってくるならば国際協力を取り付けるのも容易だったんだが。如何せん、幸か不幸か全く動かんのが厄介だ」
戦力が整っていない状態で積極的に調査もできず、証言はヴァジェット一人。
その上、被害もなく侵攻してくるわけでもない。情報不足は致命的だ。
無論、ヴェジェットの言葉は信用に値するし、それだけで国内の魔法師を集結させる労力も厭わない。
が、他国がこれに同調するには不確定要素が多すぎるのだ。シングル魔法師を要請しておいて、魔物がいませんでしたは通用しない。ましてやこのような過大報告それ自体は軍で日常茶飯事である。
詳細を説明したところで他国がこの忙しい時期に、難色を示すのは当然であろう。
むぅと唸るハオルグであったが、報告を遮ってでも思考を切り替えるために話の筋を逸らすことにした。
「そういえば報告にあった協会主導の鉱床調査は……確か、他国が救援にシングル魔法師を向かわせたとあったぞ」
どういう状況でそうなったかはわからないが、シングル魔法師が協力できる可能性はある。
それに答えたのはちょうど向かいの初老の将官であった。ハオルグ以外は詳細な報告が頭に入っているようだ。
「複数のSレートが確認でき、これを討伐したと報告が上がってきていた。7カ国の学生らが任務に赴いたために惜しみなく協力したのかもしれませんな。協会へ大きな貸しを作るにも絶好の機会だったからな。こちらとしても……いや、事前に弾かれていたようだ」
粗野な言葉遣いではあるが、この場では彼だけが許される雰囲気がある。ハオルグ自身、咎めもせずに聞き耳を立てていた。
一度言葉を切ったのは、鉱床へ救援に向かったクレビディートのファノン隊とハルカプディアのガルギニス隊の動きから見ても、事前に準備していた可能性が高いためだ。