イベリス対策会議
7カ国における魔法師の数やその質はそのまま国力に繋がる。
対外的な威信と国内における安全を確保できる魔法師は7カ国一である。国民からの絶大な信頼を勝ち得てかつ魔法師を束ねる統率力を持つ指揮官も多い。自負ではなく事実として7カ国随一の面積を誇るイベリス国が存在する。
軍人上がりの元首という異質な経歴を持ち、質実剛健が服を着てるような人間がイベリス軍に入隊したことは世間を大いに混乱させた。次期元首が危険と隣り合わせの軍人になるというのだから、当然と言えば当然であろう。
国内では賛否の声が長いこと続き、軍部では次期元首に領分が侵されると嫌悪する者もいた。
次期元首ハオルグはそんな向かい風を物ともせず、軍の中で駆け上がり、魔法師を束ねていく。
挙句の果てには総督の地位さえ脅かすほどになった。後ろ盾があったわけでもなく、ただハオルグの振る舞いによって軍人が慕い、より名誉ある地位へと押し上げてしまった。
それは彼が周りの忠告を無視して外界にまで出撃するほどの聞かん坊であったこともあっただろう。
多くの護衛を引き連れ、その勇姿を目に焼き付けた魔法師が、その成果の報告を受けた者がハオルグと言う男を魔法師として称えた。
おそらく国内と軍部を彼ほど理解している元首はいないであろう。
その彼が元首となり、イベリスは過去最高順位のシングル魔法師まで得ることができた。ハオルグの施政はより盤石を極めたのだ。
が、このイベリス国に頭痛を引き起こす問題の種が舞い込む。
軍上層部による緊急会議は二度開かれ、三度目にしてようやく白熱の様相もやや落ち着きを呈し始めた頃。
落ち着き、とは言うが進捗状況を逐次確認、対応策を十ほど纏め、ありとあらゆる方策を資料に取り揃えただけだった。
議題は先頃、発見が確認されたSSレートに関してである。
イベリス軍本部の最上階。
そこに雁首を揃えた将校らは皆、頭を抱える事態を前に今日の対策会議も遅々として進まなかった。記録係らも愚痴とも文句ともつかない文言に鬱々した気分で今日も上司らの顔色を窺っていた。
国内の一部貴族からは「このまま放置で良いのではないか」との声まで上がる始末。
十数名の将校が集められた会議室は、補佐も含めれば総勢二十人以上が一室に詰め込まれているようなものだった。
将校の後ろには紙の資料を抱える補佐がおり、それ以外にも目の前にデータファイルを映し出した仮想液晶が立ち上がっている。
特別新しい情報もなく、何度も見直した資料ばかりだ。
そしてここには当然のように、イベリス元首ハオルグ・メゾン・ジェコフェレスの姿もあった。
「どうにかならんのか」
ハオルグは開口一番、手詰まりの状況を打破する案を求める。
対策会議が開かれた経緯は、すでに各国に通達がいったようにイベリスから比較的近い地域にてSSレートの存在が確認されたためだ。
が、これは魔力測定器による遠隔からのデータでしかなく、現状のところ誰もその姿を見た者はいない。
しかし、問題はイベリスが誇る第2位のヴァジェットが戦闘を回避し、進行を中断したことに端を発する。
ハオルグはヴァジェットを信頼しているので、彼の言葉に一定の評価を下している。
そのヴァジェットが引き返すという選択を取らざるを得なかったことが問題なのだ。SSレートであろうが彼が戦略を考え、勝利するための道標を示してくれたのならば、この会議は許可するかどうかの議題であっただろう。
ヴァジェットは剣術の才能を活かし、相手との力量差をある程度測ることができる。
勝てる魔物としか戦わないわけでもない。勝てない魔物を相手に無鉄砲を打たないだけなのだ。
戦略次第で勝てるのであれば、彼は有利に勝てる策を練り、被害を最小限に抑えながら戦っただろう。
運否天賦に任せるではないが、此度の判断は策を弄しても敗北は必至と感じたのだろう。
だからこそ、こうして上層部がこぞって頭を抱える事態に陥っている。
(口数が少ないあいつにも問題はあるが、俺が説明したとしてこいつらは口を開けて惚けるに決まってる。これがシングル魔法師でなければ一蹴されて仕舞いだな。しかし、ちょっかいを出すにせよあのヴァジェットが難色を示すのは初めてか)
肝心のヴァジェットが同席していないのは、この議題が連日続いているからだった。すでに聞きたいことは聞き終わっている。大部分をハオルグが補完したとは言え、肝心なことは今のイベリスの戦力では討伐することが困難であるかもしれないこと。
一人の将官の男が薄くなった頭皮に汗を浮かばせながら、やむなしと元首に応えるべく重い口を開いた。
「数を揃えるだけでは無意味とのヴァジェット様の忠言でございますが、現在イベリスに詰めている魔法師でヴァジェット様に比肩する者はおりますまい」
「そもそもシングル魔法師であらせられるのだ、当初に立ち返るが二桁魔法師を全て集めてはどうだろうか」
口火を切るも、案を出せば他方から乗っかる形で異論が返ってくると言うお決まりの流れだ。
話を纏めようにも、これでは一向に進まない。そうこうしている内に、元首のお怒りを買うのが二度ほど。
三度目ともなれば無能の烙印を押され、もれなく左遷されかねない。
かといって高官が揃って唯々諾々と迎合しては、この国は立ち行かなくなってしまう。
ハオルグの顔色を窺うまでもなく、周囲からは顔を振る動作が見受けられた。
「ヴァジェット様が仰ったように、Aレートを単独撃破できる魔法師でなければなりません」
「だから、どの程度を言っておるのだ」
剣術家故なのか、言葉足らずのヴァジェットの言がここでも混乱の引き金になった。
その意を汲み取る上で、やはり将校らではシングル魔法師の胸の内を推察できないのだ。
そこでハオルグは溜息混じりに会話に加わった。
「あいつの言葉足らずは今に始まったことじゃないが、まぁそうだな。最近で言うとアルファのサジークとムジェルというレティ配下の魔法師を偉く評価していた」
ガタッと椅子を鳴らす音がいくつか。
よもやレティの名前を知らぬ者はいない。寧ろ、ここにいる幹部連中はアルス・レーギンが指名手配された経緯を既知としている。当然、その過程で、ヴァジェットがレティ部隊と交戦したことも。
それについてはハオルグが直々に詫びを入れており、元首として正式に賠償も行われている。
律儀を通り越すハオルグの行動は軍部のみならず随分と上層部に頭痛の種を撒いたのだ。金銭的な賠償ならばまだよかっただろうが、シングル魔法師を負傷させてしまった以上当然それでは先方も納得できないだろう。
ハオルグは自国の抱える禁忌指定魔法をいくつか提示するなど、やや過剰とも言える賠償を差し出していた。
国家間の交渉であれば、こちらも一方的な非が認められるわけではないので、アルファにも理解してもらえたはずだ。国際的な理解を十分得られただろう。
そうしたイベリスとしての見解の経緯を何も知らない一部の高官らはただただ不服を腹の中に押し込めていた。
最近のことであり、アルファの名前にあまり良い表情が見られなかった。
ただハオルグ個人としてはその程度で済んだことに安堵しているほどである。アルファ軍総督のベリックであれば、融通を利かせられたが、あの場では確実にシセルニアが出張ってくることが目に見えていた。
目敏い女狐相手では、もっと毟り取られると感じた。だからこそ、こちらから先に提示し、賠償としての交渉を終わらせたのである。
それはともかく。
「参りましたな。サジークとムジェルと言えばレティ様の片腕。次期シングル候補としても名の上がったお二人ですか。ヴェジェット様との交戦もあり、交渉の窓口すら拒絶されるでしょうな」
問題はこの二人がただの二桁魔法師ではないということ。
無論、順位だけで能力を測るわけではないが、サジークとムジェルの功績はイベリスにまで届いている。端的に言えば、実戦経験が豊富過ぎるのだ。
各国の事情にもよるが、ヴァジェットも最近では自国の防衛や後進の教育を行うなどして、レティほど外界への任務は少なくなっていた。
いや、そもそもアルファが異常なのだ。7カ国でアルファが奪還領域を広げているのは周知の事実だが、それは純粋にシングル魔法師を常に外界に放っていることが理由だ。
使い潰す勢いでシングル魔法師を酷使している。
どこも保守的とはいかないが、魔物相手に保守思考になるのは仕方のないことだった。国際政治の上でもやはり魔法師の順位は大きな影響力がある。
だからこそ一戦を交えてしまったレティ隊との出来事が尾を引いてしまう。当事者間で解決しても、軍がそれを容認しないはずだ。仮に協力要請を受け入れてくれたとしても、破格の要求が付帯するだろう。そしてその時には背後にシセルニアの姿が必ずあるはずだ。
ここに集った将官達よりハオルグの方が、よほどシセルニアのタチの悪さを理解している。
(無論、あの商人紛いのリチア様も大概であるだろうな)
ルサールカの元首は主に金銭面で随分絞られる予感がある。
7カ国がようやく本当の意味で外界へと反撃のために手を取り合っても、変わらないものはある。
ハオルグとしてこのような窮地でなければ、正義の被害者面などしなかっただろう。それに今から国家間での交渉を始めても、少しでも難航すれば討伐に動けるのがいつになるのかわかったものではない。
その間、イベリスは外界への進出を停滞せざるを得ないのだ。
ハオルグが手が塞がっている状況に疲労感が顔に表れる。
その斜向かいでは、少将の男が皆を代弁すべく一先ず戦力になりそうな魔法師の名前を上げていく。
いくつか目星しい名前を挙げていくも、周囲の反応は芳しくなかった。やはり他国が絡むと皆、交渉に二の足を踏むのだ。
「後はヴァジェット様の副官である、ロイド・マーセルぐらいしか」
「うむ、ロイドならば投入できるな。後、可能性があるのはオリヴィエか」
「——!!」
反射的に全員がハオルグへと顔を向ける。
誰もその名前が上がることを予想していなかったのだ。皆、候補から完全に除外していた人物。
オリヴィエ。
オリヴィエ・メゾン・ジェコフェレス、ハオルグの娘だ。
「し、しかし、オリヴィエ様は軍人ではございません。どうか、ご再考くださいハオルグ様」
「そうですとも、オリヴィエ様もご納得されるはずが、ございません」
「そうか? あいつだぞ? 婿をなかなか取らんのだ、少しぐらいは役に立たせんとな」
オリヴィエはハオルグの娘であると同時に、次期元首の最有力候補だ。ある意味ではハオルグの血を一番色濃く受け継いでいるといえる。
部下達の必至の進言もハオルグは何食わぬ顔で、首を傾げた。彼だけは問題の方向性を完全に見誤っている。
が、実力的にもヴァジェットが許可することだけは確実であった。
何故ならば、ヴァジェットとオリヴィエは同門。
オリヴィエはヴァジェットの妹弟子に当たるのだが、それを本人の目の前で言った者が地獄を見たのは言うまでもない。要はオリヴィエがヴァジェットをライバル視していることが原因であり、彼女が軍人にならないのはヴァジェットが軍に入ったからだった。
門下生を抱えて、今は武術を指南している立場だ。
ハオルグの実子であることも彼女の我儘を後押しする形で、誰も手がつけられずにいる。現に、ハオルグですら手を焼いている始末だというのだから、了承することはできなかった。本人にその自覚はなさそうだが。
真っ向から反対もできないので、それとなくハオルグを諭す方向で諦めさせようと全員が一致団結した。
「オリヴィエ様ならばお力は疑うべくもございませんが、今回は部隊での行動になります故、上手く連携できるかは疑問も残りましょう」
「左様、武術家としての才覚は言うまでもございませんが、これとそれは話が違います」
うんうんと賛同の頷きで、大勢が形成されていく。
軍部の中でも取り分け魔法師の運用に造詣が深い二人が口を揃えることによってオリヴィエ起用に疑問を投じる。
オリヴィエは、軍人魔法師ではないため二桁という条件には該当しない。が、ここの誰もが二桁相当の実力者であることに疑いはなかった。
軍部の指南役として、オリヴィエの道場に通う魔法師も少なくないのだ。
ここに彼女の門下生がいなかったことが幸いした。
勇猛果敢なオリヴェエは、いっそ無骨な男のような性格だ。実力を疑えば、その場で立ち会えと言い出すほどであった。
だからこそ、心酔し切った門下生がいれば、ここで一悶着が発生することは間違いなかった。