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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「小さくて大きな蕾」
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恋の価値その3




 フェリネラに連れられたのは、この三十一番目の病棟、その隠された区画であった。

 一階に降り、受付とは逆に奥へと進んだ。突き当たりにぶつかると左右に通路が伸びており、いくつもの扉が整然と並んでいる。圧倒的に人が少ないせいか、間違っても夜に来てはいけない場所であろう。


 フェリネラは車椅子を使う必要もないほど軽い足取りで、突き当たりで足を止める。

 物言わぬ、面白みのかけらもない壁があるだけだったが、よくよく見るといくつも切れ目があった。模様だと思っていたが違ったようで、フェリネラはその一つの切れ目にカードのようなものを通した。


 壁面の一部が回転し、パネルが出てくる。コマンドを打ち込むと、金庫の扉を開けるような音と共に分厚い壁が開く。

 真っ白な光が隙間から漏れ、病棟とは一変した施設が姿を現した。


「カラクリ病院?」

「ふふっ、可愛い表現ね。私もよく分からないのよね。というか困ったものだわ」


 イルミナの率直な感想に、フェリネラは意表を突かれたように笑った。そしてしみじみと苦い顔を浮かべるのだ。

 想像するまでもなく、彼女の父親の指示なのだろう。

 内部はとても広く、開放的だった。病棟とは違い四階分をぶち抜き、本当に開放してしまっている。

 真っ白なタイルが床に敷かれ、いくつかのセクションがガラスの壁で仕切られていた。


 しっかりとそこには白衣を着た医師だか、研究者だかがいた。

 ざっと見る限りでは十数名程度だが、先ほどいた病棟と比較すると多く感じられてしまうのだから不思議だ。


 フェリネラとイルミナは中央の通路を歩く。

 先頭のフェリネラを確認するや、職員らが続々と部屋を変え、前方に見える機器がびっしりと並んだ一角に集まっていった。


 この区画も奥を広く区切っており、かなり分厚いガラス壁で分けられていた。

 近づくとイルミナは思わず「訓練場」と口を滑らせた。

 リハビリと言っていたが、これは間違いなく魔法師の訓練場そのものだった。


 視線を振ると外側の四隅に、「置換システム」が設置されてあった。学院にあるものとは別物であり軍御用達の高性能置換システムである。


「お嬢様……」


 主治医だろうか、一人の男がチラリとイルミナに視線を走らせながらフェリネラへと声をかけた。

 その意図はつまるところ、この場に部外者を入れて良いかということなのだろう。


「構わないわ。私の友達のイルミナ・ソルソリークよ」


 紹介に倣って磨き上げられたお辞儀をすると、男の方も慣れた所作で応じ、あからさまな質問に対して詫びを入れる。

 男は所長だと役職を告げた。

 

「構いませんよ。ここがどれほど重要なものであるかは理解しているつもりです。本当ならばソルソリーク家も全面的に協力したいと申し出たいのですが、バッサリと断られてしまって。フェリネラのことを宜しくお願い致します」

「…………お任せください。情報統制は完全です。ここで収集、解析されたデータは全てこの施設内で完結しており、内外からのアクセスは遮断しております。ソカレント卿により、資金の動きも何もかもが円滑に回っていますし、書類も完璧」

「えぇ、それは頼もしい限りです」


 無論、イルミナもすでに調べ尽くしている。

 フェリネラの置かれた状況を把握し、すぐに調べたのだ。絶対に彼女の身に起こったこと、並びに身体に宿った物を知られてはいけないのだから。

 彼女が探りを入れたのは、不備を見つけるためだ。不審がられないためだ。

 結局は杞憂に終わってしまったが、綺麗な帳面だと予想できるのは、複数の貴族から献金を受けているからだ。重要な研究のため一般公開しないことも筋が通っている。

 着手されている研究目的もはっきりしており、国からの認可もある。ちょっかいを出すのにさえ、勇気がいりそうだ。


 国からの認可というのは後ろ盾の側面もあるが、それ以上に研究への成果が求められる。

 下手をすると査察に入られる危険すらあった。

 先進医療機関でもあるのは、書類上必須事項でもあったのだろう。隔離病棟と言えなくもないため、それを国へ申請、認可を受けるために後付けで付け加えたようにしか思えなかった。


 イルミナは素直に人の良さそうな所長へ問題点をぶつけてみた。


「最高のカモフラージュでもある、先進医療の研究について、実際に成果はあるのでしょうか? いくらソカレント卿でも、不正の謗りは痛くもない腹を探られるようなもの。実際に研究費の使い込みにまで口を出されかねないのではありませんか」


 ソカレント卿は貴族からの献金を裏で操作し、上手いこと複合病院へと分散している。当然、献金した貴族はソカレント卿と懇意の間柄だ。

 利益のないスキームは慈善的であるが、その一方で病院としての理念を蔑ろにしている。


 イルミナの不安を解消するかのように所長は饒舌に語り出した。

 その口調はとても丁寧かつ大人な対応とも言える。ただ、フェリネラだけが呆れた顔で二人に挟まれていたのだが。


「まず、この施設は軍病院としても機能できるように設計してあります。お嬢様の退院後は専門病院として解放する手筈になっております。それと確かに仰る通り、成果もなく撤収では、後腐れなくとはいきません。しかし、我々には先進医療に匹敵する論文と研究データがすでにここに」


 所長は指先で摘んだチップを見せる。


「同時進行で研究データの実証実験を行い、寸分違わぬ数値を確認しております。他にもいくつか研究成果があります。いくつか分野に分かれており、薬効・安全・毒性試験をクリア、追証も終えてありますよ。流石に一部の研究では臨床試験が必要なものもありますので時期を見計らうつもりです」

「ちょ、ちょっと待ってください! もうできているんですか!?」

「はい、そう言いました。正確には申請と承認で完成と言えるのですが」


 所長は小さく微笑みながら言い切った。そして双眸に一等星の如き輝きを宿して熱を帯びる。


「とは言っても、我々はこのデータの裏付けをしただけに過ぎません。十分過ぎる研究データと言えるでしょう。これ一つで不正の一つや二つ、目を瞑らせることさえできます。そんなことは起こり得ませんが、万が一報道なんてされれば肝心要の正義が迷子になってしまう。これは人類のために活用されなければならないものです」


 身振り手振りで説明する所長は、変人的な様相を呈し始めていた。言っていること自体は正しいのだが。


「この短期間に研究・開発ってことはありませんよね」


 失礼ではあるが、物理的に不可能に近いことは明白だ。それほどの研究ならば、フェリネラが入院する遥か以前に始めていなければならない。いや、自分達が生まれる前だったとしても不思議ではないのだ。


「もちろん、これはこの病棟が急ピッチで作られ、まあこちらのリハビリ施設は後から増築したものですが、我々は渡されたこれを実証するだけでした。論文の査読に等しい、と言ってしまっては寝ずの労働者に失礼かな」


 これを聞いていた職員らがクスリとおもいおもいに笑みを溢した。疲れ知らずで夢中になって取り組んだ姿が目に浮かぶようだった。何かに取り憑かれ、無我夢中で机と機器を往復する、その姿が。

 イルミナも自分のAWR製作会社を持っているのでわかる気がする。


 しかし……。


「しかし、一体どうやって」


 独白に近い言葉を溢したイルミナは、その失言に気づいてすぐさま謝罪した。

 所長は気にしていないと謙遜したが、それは謙遜ではなくただの事実。


「確かにこれは我々が研究したものではありませんからね」

「では、誰が」

「それは機密事項に抵触します」


 「あっ」とまたも、らしくない失言をしてしまったイルミナである。研究の中身はもちろんのこと、その関係者、研究者の素性を問いただすのは間違った行いだ。出過ぎた行いなのだ。

 またも頭を下げたイルミナ。


 フェリネラとは友達を超えた仲だと思っているが、これとは話が別だ。今回の病棟然り、彼女を守るために築かれた城塞にイルミナは関わっていないのだから。

 入城を許されただけなのだ。

 深入りし過ぎて、逆に迷惑になってはいけないとここで話題を切り上げることにした。


 一先ずは安心することができた。フェリネラの容態は彼らに任せて良いのだろう。


「ありがとうございます。そしてフェリを宜しくお願いします」


 貴族の子女である彼女が深く頭を下げると、所長は狼狽したように周囲へと助けを求めるように顔を振った。

 しかし、この場には職員しかいないことに気づくと、胸を叩く勢いで「お任せください」と太鼓判を押す。


「気は済んだ?」


 苦笑いというのか、呆れ顔というのか、絶妙な塩梅の表情でフェリネラが溜息を吐いた。

 それに対し、イルミナは「えぇ」とだけ返すに留める。何だか彼女だけは事態を把握していないような気がしてくる。それほどに変わりない、日常の一コマを切り取ったような会話だった。


 フェリネラは軽く肩を回して関節を解すと、


「所長、始めましょうか」

「準備は整っております。今日はどこまで試しますか?」

「そうね、イルミナには全て知っておいて欲しいから……行けるところまで」


 所長は言葉を詰まらせたように、間を空ける。

 

「危険ではありませんか? 徐々に慣らした方が……」

「大丈夫よ。それに少しコツを掴みつつあるの」

「コツですか? こちらのデータではそういった反応は出なかったと思いますが」

「とにかく大丈夫よ。所長が動かないと、皆さんが困ってしまいますよ」


 フェリネラは所長を反転させて、持ち場へと向かわせた。


「じゃあ、行ってくるわね」


 軽快に、学院の訓練場を使う調子でフェリネラはガラス張りのリハビリ区画へと入っていった。


「無茶はしちゃダメよ。まだ病み上がりなんだから」


 聞いているのかいないのか、ヒラヒラと手を振って彼女はいつもそうしているように、定位置についた。


 イルミナは全てを見届けるために、ガラス壁へと近づいて、左右のモニター等を監視している職員に目を向ける。

 複数人があらゆるデータを採取し、フェリネラのバイタルサインを映し出すモニターを凝視していた。


 そこへ気が重いといった様子で、所長はマイクを片手に指示を飛ばす。


「置換システムの設定値を最大に。モニター状況は」


 バイタルサイン等、正常値を報告。

 機器の正常動作の報告。

 万が一に備えたバックアップ要員の準備も整う。ストレッチャーがイルミナの隣に移動される。


 それを見ただけで悪い想像を掻き立てられ、こちらの顔色が悪くなる気がした。


「大丈夫ですよ。何があっても」


 所長のその言葉はまるで自分に言い聞かせるようでもあった。

 マイクを通して、区画の内部へとスピーカーを通じて所長は声を飛ばす。


「それでは始めてください」

「はい」


 くぐもったフェリネラの声は、外からではほとんど聞こえなかった。

 それでもこれから彼女の言う「リハビリ」が始まる。


 微かに魔力が漏れ、それが次第に量を増してフェリネラの周囲に魔力が纏われていく。







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― 新着の感想 ―
[気になる点] そういやフェリを取り込んだ魔物のようにアルスって系統魔法に系統外魔法、空間掌握魔法を組み込む魔術作らないのかな。あの魔物の魔術便利そうだったけど…。 アリスには系統外魔法を補佐とした…
[一言] ああ、ここでも暗躍してそうな誰かの姿が目に浮かぶ(笑)。
[一言] こんなのアルスしかいないよなあ…
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