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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第4章 「小さくて大きな蕾」
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恋の価値その1



 いくつ死線を越えれば、一人前の魔法師になれるのだろうか。

 いったいいくつの選択肢を乗り越えれば、良いのだろうか。無数の間違いを回避し続けられるのだろうか。

 常に選択だ。そして常に間違わないことが求められる。しかし、間違いとは必然的に起こりうることだと誰もが知っているのだ。


 そして皆、あっさりと死んでいくのだろう。命綱のない綱渡りで足を踏み外すかのように、ふっと消えてしまうのだ。

 そんな不吉な想像が頭を過ぎる。

 


 イルミナは花束を持って何度も足を運ぶ——魔法師専門病院へと。

 最初は毎日通っていたが、彼女が目覚めてからは週に二、三回と回数を減らしていた。

 当の本人がいいというのだから、それを尊重した形である。


 専門病院は誰もが入れる場所ではなく、お見舞い程度では残念なことに敷地に入ることさえできない。

 病院であると同時に研究機関でもあり、治癒魔法の治療試験や新薬の開発まで行っている複合病院である。時には親族でさえ面会を断られることがあるという厳重な管理のもと運営されている場所であった。

 先進医療機関としての特色が強いだけあって、病院内は高名な人材で溢れていた。


 だから当然のことながら、同級生のイルミナが入れるはずはなかった。

 面会ができるとすれば、患者に打てる手がなくなって、配達するかのように別の病院に移送されてからだろう。その点ではまだ不幸中の幸いと言える。


 しかし、イルミナにはそんな悠長なことはしていられなかった。

 自分のせい、とまでは言わないが同じ隊の仲間として、とてもではないがただじっと待てるほど達観しているわけでもない。

 貴族など身分を笠に着ることさえできない厳格な病院だが、イルミナは手段を選ばなかった。

 持てる力を使い、病院に多額の援助をすることでなんとか許可してもらったのだ。イルミナにとって、金で融通してくれるだけでもかなり良心的と言える。


 そうまでもしても出来ることは病院内に入ることのみ。

 そこから先の面会ともなるとお金ではどうにもできない問題だった。だが、幸いなことにソカレント卿の好意により、面会が可能になった。

 面会時間などもだいぶ限られていて、そこは一般病院と変わりない程度の配慮だが。


 それでもイルミナはこの関門を突破したことに安堵したものだ。


 三十にも上る棟を敷き詰めた複合病院。その端で、実に真新しい純白の壁面がイルミナを迎えた。

 三十一番目の病棟。箱型の大型施設というにはやはり研究機関の趣が強いように感じられた。

 受付でライセンスを通し、認証を済ませ大掛かりなゲートを潜り抜ける。


 四階まで上ると、長い廊下にはずっと先まで人っこ一人見当たらなかった。

 一般病棟なわけもなく、不自然なほどにがらんどうだった。ちゃんと看護婦もいれば、白衣を着込んだ医者もいる。しかし、患者らしい患者を見かけない。

 また、外から見た外観の広さと入ってからの広さには明らかな乖離があった。

 ケーキにナイフを入れるように、真ん中ですっぱりと切られてしまった感覚がある。四階の通路の奥は、分厚い壁で立ち入り禁止となっていた。建物の広さからして、もっと奥まで広がっているはず……。


 そんな違和感を抱きながら、納得の行く理由をイルミナは知っていた。

 ここはヴィザイスト卿の息の掛かった者しか立ち入ることができないのだ。外来患者は受け入れず、ただ一人、フェリネラ・ソカレントのためだけの病棟といっても過言ではない。

 表向きは新たな魔力情報の研究。それに基づいた新薬の開発・療法の確立といった根幹的メカニズムの分析を主としている。


(病棟なのか、研究機関なのか……。ことがことだけに、これだけ徹底できるソカレント家の人脈には脱帽するほかないわね)


 迷うことなくイルミナは、目当ての病室で足を止めた。挨拶代わりのノックをする。

 病室に入って、こそばゆい感覚の中、挨拶を交わしてそれから来客用の折り畳み椅子を置く。


「先生に止められたのに、ね。意志は固くて、意地は突き抜けて固い。来る度に溜め息が出てくるわ」


 ベッドの上の少女を見て、もはや嘆息する気にもなれなかった。

 イルミナが訪れたのは、フェリネラの病室である。かなり手厚い看護を受けているらしく、病室は個室で無駄に広かった。

 薬品の匂いはイルミナが、お見舞いに持ってきた花と果物で上手く掻き消されたようだった。


 ベッド脇には様々な専門書があり、その中でも魔物に対して書かれた書物が無数に積み重なっていた。相当時間を持て余しているのだろう。

 ベッドの上で幼馴染はいつもと変わらない呆れ顔を向けてくる。


「来る度に花瓶を用意しなくちゃいけないのよ? じゃないとせっかく生けた花を捨てることになるじゃない」


 ベッドの背もたれを自動で上げてフェリネラは、呆れた顔で言う。

 彼女がこの病院に入院することになったのは当然と言えるだろう。ソカレント卿も方々に手を回したようだった。

 高度な医療と研究機関が合わさり、かつ軍の影響も少なからず利かせられる。ソカレント家というより、ソカレント卿個人の人脈を駆使してフェリネラに関する一切合切を隔離させたのだ。


 イルミナがフェリネラ個人から聞いた話を訳すと、つまり今彼女は魔物と一体になってしまっている。心臓に癒着した核を引き剥がすことはリスクが大き過ぎるらしい。現代の医学では対処療法さえ確立されていない。

 そのための研究機関である。


「花の一つもお見舞いに持ってこない非常識人には成り下がりたくないのよ」


 売り言葉に買い言葉のようなやり取りでも、イルミナは引き下がらなかった。彼女がこの病室に運んだ花束は数えるのが大変な量に達していた。

 フェリネラからすれば彼女の心痛もわかるし、随分心配を掛けた自覚もある。あの鉱床で起きたことで誰よりもショックが大きかったのが彼女なのだろうから。


 自分もきっとイルミナが同じような立場になったならば、毎日のようにお見舞いの品を用意するだろう。


「そんなことで常識の程度を測る人はいません。それにもうすっかり身体の方は良くなったのだから……ちょっと大袈裟ね」


 自らの格好に目を向け、そして如何にもな病室を呆れたように見回した。

 目立った怪我は完治しており、本人でさえ未だに何故ベッドの上にいるのか理解し難い状況である。いや、最大の理由はフェリネラ自身、良くわかっているのだ。


 ニコリと優しく微笑んだフェリネラに、イルミナは乾いた目を向けた。真面目な話を切り出そうとしている顔だ。

 しかし、その話はもうフェリネラの中で決着がついている。それをイルミナも理解してくれたと思っていたが、彼女が頷くことは今日までなかった。


 あまり表情に出ない彼女の顔は、ことさらに硬く引き締まって見えた。

 唐突にスタータピストルが鳴るように、イルミナの声はフェリネラの心臓を一つ跳ねさせた。


「本当に学院に戻るの? ううん、今更それは大した問題じゃないわ。それよりも私が聞きたいのは、まだ魔法師を続けるのかということ」

「イルミナ……もう十回は聞いたわよ、それ」

「何度だって言うわ。そんな身体になってまで、続ける意味なんてないでしょ!」 


 口喧嘩さえしたことのないイルミナが、初めて上げた声にフェリネラは目を大きく見開いた。


「ごめんなさい。病院で上げる声じゃなかったわ、病人にもね」


 しかし、その瞳からは反省や後悔は見て取れない。それどころか説得させる使命を帯びているような目だ。

 フェリネラは視線を窓の外へと向けた。

 これまでも真剣に向き合ったつもりだったが、イルミナは許してくれないのだろう。説得するのはフェリネラの方にこそ負った責任とも言える。


 なんでも話せるはずの幼馴染。いや、だからこそ全てを曝け出すことへの抵抗は強いのかもしれない。

 友達以上だからこそ見せられる自分があるように、彼女には自分がどういう人間なのか十分過ぎるほど知られているはずであった。

 ただ、自分の中にある核心は誰にも教えていない、伝えていないのだ。きっとそれが自分の全てだろうという大事なものを。


 恥ずかしながら、イルミナには自分——フェリネラ・ソカレント——の90%は理解されているのだろう。だからこそ幼馴染では留まらない関係を築くことができているのかもしれない。

 故に彼女は自分を心配してくれるのだ。


「きっとこの患者衣がいけないのね」


 フェリネラは質素な純白のガウンが、気分を鬱々とさせてしまうのだろうと軽口を入れた。普段通りのパジャマならば、この会話の空気も、もう少し和らいだだろう。それもこれも病室が台無しにしてしまうのだろうが。

 ともあれ、フェリネラもまた腹を括らねばならない。父には何も言わせずに頷かせたが、イルミナはそうはいかないはずだ。


 ふぅ、と一度息を吐く——心して言葉を紡ごう。

 これはイルミナを説得すると同時に、自分を再認識する必要のある試練でもあるような気がする。

 もう一度、自分に問うのだ。

 フェリネラ・ソカレントがこの先の人生を懸けて、進むその道筋を。

 言葉に出して、道の先を照らそう。

 今一度立ち止まった自分の背中を押すためにも、力強い一歩を踏み出すためにも。一人の力で先を歩いて行けるように、己が何の為に歩くのかを確かめよう。



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