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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「拐かしの深森」
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交差路の案内人




「近いうちに外界の区域にも名称がつくでしょうな。どこどこ産のようにブランド化されていくはずです」


 自分達が既に手をつけていると言わんばかりにニッケンは断言した。

 産業革命の兆しは顕著であると。

 そもそもこうした領有権の問題も予期して、各国は外界において排他的領域を仮想ラインで定めている。


 アルスはそういった経済発展に寄与してきたとはいえ、その道のプロには到底及ばない。

 己の狭い分野にしか興味がないのだ。

 しかし、だからこそ疑問は出てくる。領域としてあやふやな土地【イブサギ】の扱いについて。


「ルサールカがイブサギを意欲的に調査しだしていると言うことですか」

「いえいえ、そこまでは申しておりません。ここに目をつけたのは私の方です。なかなか申請が下りず随分と裏で手を回しましたがね」


 芝居がかった仕草でニッケンは商人としての苦労だと首を振ってみせた。


「調達ルートを開拓するにせよ、現地に行ってみるまではなんともいえませんから。というわけで、私が直接視察しないわけにはいかなくなったのです。彼らと顔馴染みということもありましたので」

「ルサールカはそこまで侵攻領域を広げているんで?」


 アルスの率直な疑問にニッケンは一度バシュロンとランドルフへと順番に目を向けた。逐一、意味ありげな仕草は周りくどいようだが、彼が商人の肩書きを持っているとなると何かしらの思惑があるように見える。


「ん〜それなのですが、現在はアルファとの共同任務だとお聞きしたのですが」


 歯切れの悪い言葉は、アルスがアルファに所属していないこともあって情報漏洩を心配してのことだろうか。


「その話はこちらも聞いていますよ。レティとジャンの部隊だったかと」

「おおぉぉ!! さすが1位の魔法師、顔が広いようで敬服いたします。まさに、両国のトップ魔法師が侵攻領域拡大に手を取り合って努めているとお聞きしております。その間に、ルサールカでは外周部の建造を急いでいるようです。版図を拡げる準備ということらしいですね」


 レティとジャンが手を取り合って、の一言には疑問を感じざるを得ないところだ。もし、あの二人が出撃して攻略に時間が掛かっているなら、その原因は主に二人の関係性が原因であろう。


「ルサールカはそこまで進んでいるのか」


 確かにアルスが作った【第三のバベル】は領土拡大を予測して、手間だが自走型として移動もできるように作られている。


「ふふん、まあまあ、それはさておきですよ。外界の調査も多岐に渡って活性化していると言えますからね。私は軍の力を借りられませんが、しかし、生命を張ってみるものですな、こうして貴方と縁ができた。良き縁が。古きバベルの威光なき今、我々は外に目を向け、適応しなければなりません」

「それで内地へ持ち帰るためのサンプルを回収するんですね」


 アルスの率直な物言いにニッケンは「いえいえ」と小刻みに首を振った。


「私は商人、商売人です。売れない物に手は出しませんよ。儲けに繋がるからこそ商いなのです」


 ニヤリと利己的な笑みがアルスに向けられた。

 しかし、実際のところニッケンは何を持ち帰ろうと既に買い手がついていた。自身が手広く扱う商品、それに漏れようとも十分採算が取れる。金払いの良い元首は選民思想に毒されることなく、実に商売っけのある損得勘定のできる人物なのだ。


 【イブサギ】の調査を名乗り出たのも元首の顔覚えを良くしたい思惑もあった。見知らぬ土地に、猛獣だらけの世界へ行きたがる物好きはいない。だからこそ、ニッケンは自ら手を挙げた。幸い、あてもあったし、元首や軍のトップが同席する事態をニッケンは追い風と嗅ぎ取った。


 何より、個人的に気になってもいた。

 元首リチアがいう、【メテオメタル】の存在の可能性について。魔法師を相手に商売するのであれば、誰もが一度は耳にするのがメテオメタルだ。各国が喉から手が出るほど所望する未知の鉱物。

 これを掘り当てることができれば一攫千金なんて物じゃない。数世代は遊んで暮らせる巨万の富が舞い込む。

 が、現実は言うほど簡単ではない。軍でさえ手を引いたメテオメタルの取得。まさに時の運としか言えない確率で見つかるそれを、商人が手を出すなど石をダイヤとして売る方が簡単とまで言われている。


 破滅覚悟どころの話ではない。ないのだが、一商人として大いに興味がそそられる。

 サブミッションについて、ニッケンは護衛の二人には知らせていなかった。


(どうやら持ち帰るのは難しいようですね。片手で収まる程度ならと考えてましたが、どの道不可能でしたか)


 メテオメタルなどなくとも、元首リチアはおそらく領有権を確定させたいのだろうとニッケンは読んでいた。あればあるで良いし、なければないで【イブサギ】に境界線を張ることが目的なのだろう。二国を跨ぐ深い森林はこれまで触れられずに捨て置かれたが、領土を拡大する上でこのイブサギが邪魔になるのは目に見えている。


(調査結果だけをお望みのようでしたからそれは良いのですが……)


 ニッケンはアルスを見て、下手な探り合いを放棄した。元首の顔覚えを良くしたいのもあるが、商売っ気として欲がないわけではない。ようは欲の出し過ぎが問題なのだから。

 時には謙虚で、損すらも視野に入れなければならない。情をコントロールしてこその商売だ。


「ところでアルス様、でよろしいかな? いつまでも貴方呼ばわりは失礼ですからね」

「お好きに」

「ありがとうございます。アルス様の目的は、もしやメテオメタルではありませんか?」

「……まぁ、とだけ」

「AWRをお持ちではないようですし、こんな場所に偶然にもメテオメタルがあるのですから」


 呆れたようなアルスの溜息の後、わかりづらいが無言の肯定が返ってきた。


「ですが、あれでは持ち出すこともできない上、破壊も難しいでしょうね。試してみたい気持ちもあるが、どのような影響が出るかさっぱり」

「アルス様はどこでそれをお聞きに? 我々のように調査というわけでもなさそうですし、情報が?」

「それを教えると?」


 言葉の上での牽制にニッケンはそれでも満面の笑顔を崩さない。


「良いではないですか? 私もこれだけルサールカの情報を出したのです、できれば何か情報を得たいのです。損得勘定としてね。手ぶらじゃ帰れませんから」


 自分はこれだけ身を切ったのだから、と一見すると綺麗なテーブルの上にアルスをつかせようという算段。

 そんな見えすいた願いが故に、アルスも無下にはできなかった。


「他に聞きたいことがあれば多少は。もっとも貴方が聞きたい話をこちらが提示できるとは思えませんが」

「いえいえ、それを聞けて良かった。いつ何が金に化けるか分からないのがマーケットですからね。今日は外界の土が、明日には外界の葉が、植物が、生き物が、そしてそれを求めるための兵器が」


 先の先を予言するようにニッケンは饒舌に捲し立てる。最後には武力が、と物騒に締めくくって。

 質問を考えるような間をたっぷりとったニッケンは、「では」と断りを入れてから切り出した。


「AWRを用立てるおつもりなのですか?」


 ニッケンは至極明快で、率直な疑問を投下してきた。


「えぇ、事情があってただのAWRじゃ使い物になりませんから」

「ほうほう、それはお困りでしょう。私の商会でも一応魔法関連の品物を用意しておりますが、アルファはAWRの名工地ですからね。つい最近も新たにAWRメーカーが参入したと聞いておりますよ」

「何か良い品物が? それともメテオメタルを持っているとか」

「いえいえ!! いくらなんでもそれは直球過ぎますね。我々どころか、真っ当に商いをしている者にとっては手に余る代物ですからね。入手できても正規ではまず捌けませんよ」


 アルスもそれには納得だった。以前、ブドナの工房で運よく入手できたメテオメタルも店主の爺さんはどこで手に入れたのかはっきりと口にはしなかった。彼ほどの名工ならば、伝で個人売買という形が一番しっくりくるのだが、相手の素性までは口外しないだろう。

 

 ふと、二人の会話の合間を縫ってロキが声を挟み込む。


「ニッケンさんはどこでメテオメタルの情報を?」

「おや、そこに戻ってきますか。ですがそれにはお答えできませんね。というより私は知らないのですよ。私自身がメテオメタルの情報を入手したわけではありませんから。でも、又聞きの情報でしたら一つ」

「対価が恐ろしそうだ」


 側から見ずともアルスとニッケンが囲むテーブルの上には、大風呂敷を広げた情報が投げ売りされている。流石のアルスもただほど怖いものがないわけで、要は釣り合いの問題だった。


 しかし、ニッケンは満面の笑みを浮かべて「覚えていただけるだけで結構ですよ」とこれについては、信憑性も低いらしい。


「イベリスに未加工のメテオメタルが保管されているようなのです。確かな情報というわけではありませんが、随分前から扱いきれずに放置されているものがあるとか。熱心にチャレンジはしていたようなのですが、如何せん調べるだけ調べてお手上げ状態、だという話です」

「イベリスですか」


 確かにその国名はエレイン女教諭の話にも上がっていた。バナリスが最有力として挙がったが、イベリスもまたメテオメタルの保有が現実的になってきた。

 しかし、アルスにとってこの情報は吉報とは言い難い。国が絡むと大抵良いことがないからだ。


 自力で探し当てた方がまだ利口な気がしている。何せ、今回はエレイン女教諭の推測が半分以上的中したのだから、次も彼女の助言に従えば高確率で発見できそうな気もした。



 それから他愛のない雑談が交わされるも、肝心なことはお互いに触れず差し障りのない表層的な会話が続いた。

 奇妙な巡り合わせではあったが、情報交換という意味では有意義な時間を過ごせた。


 その後、示し合わせたかのように会話が途切れたのは、外界における時間の感覚が原因であろう。ニッケンだけはまだ物足りないと、ここが外界であることも忘れて椅子に尻を接着させていた。

 外界で一夜を過ごすことの大変さはとても筆舌に尽くし難い。精神的に休まるものでもないからだ。


 なので、ニッケンとアリスを除いた全員が帰還までのタイムリミットを告げたのだった。

 惜しむべくは、バシュロンらの事情を探り切れなかったことぐらいだろう。

 ともあれ、アリスを伴っているため安全策を取って、今回は素直に引くことにしたのだった。




 



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