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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「拐かしの深森」
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ニッケンという男



 アリスの精神状態が回復した後、バシュロンとランドルフに加えてニッケンを交えた話し合いが行われた。

 名前だけは名乗っておくべきと考え、アルス達の全員が簡単に名乗り終える。


 バシュロンは既知としているようだったが、アルスの名前を聞いたランドルフや、それよりも遥かに大きな衝撃がニッケンを襲っていた。

 椅子を倒すまで動揺したニッケンだったが、すぐさま平静を装いながら自分を落ち着けた。


 話題の一つ目はこのイブサギについてである。


「アンタの睨んだ通り、このイブサギはメテオメタルで形成されているといっても過言じゃない。霧もその一つだ。最初こそメテオメタルを破壊しようかとも考えたが、結果は悪化するだけだった。どういうわけか効果が出過ぎる」


 移動させることまで考えたようだが、特異な性質故に満足に移動距離を稼げないのだという。なんでも持ち去ろうとしてもただ迷うだけで、本人はあらゆる認識網から外れた存在に変質してしまう。

 つまりは誰からも目撃されないのだ。この人物は一ヶ月程経って不意に姿を現したという。


 ここでアルスは一つ引っかかる疑問を投げた。


「待て、メテオメタルといえど未加工のままなら、そこまで強力な影響は過去確認されていない」

「あぁ、未加工ならな。ここにあるのは加工されたメテオメタルだ。俺らがここを発見した時にはもう今の状態だった。ありゃ誰かが使うとかそういう用途じゃない」


(加工しているのだとすれば、誰だ。メテオメタルを加工できる者などそう多くはない。ましてや必要な設備をここに持ち込むのは不可能だし、内地に運び込めば軍部が管理を徹底する。希少鉱物を記録しないはずはないからな)


 疑問は深まるばかりだが、それはどこか、先ほどアルスが読んだ奇妙な古書から通ずるような気がした。


(この性質をそのまま自然環境下で発現させる。ということは俺の知ってるAWRとは別の意味での加工になる)


 一先ず、アルスは相手にこちらの目的を伝えた。

 メテオメタルの回収という主に個人的な目的を。

 しかしながら、それはもはや難しいと言わざるを得ない。ここに来て断念するのは悔やまれるが、収穫は確かにあった。


 バシュロンは考えても詮ないことと知りつつも、加工について語り出した。


「あのメテオメタルは加工されているが、AWRに、じゃないぜ」

「AWR以外の加工用途だとしても、永久機関じみてるな」

「あぁ、このイブサギだからこそ成立してるんだろうな。じゃなきゃ、これほど都合の良いアイテムはない」


 そう、道中アルス達は魔物にすら気付かれずにここまで辿り着けた。

 呑むことと関係があるかは不明だが、魔物さえも認識できないのだとしたらそれは……。いや、人が扱えないものを無理に使えば悪い方向に転がる。経験ではなく教訓だ。


 アルスは分かりやすく溜息を吐き出した。


「じゃ、あのメテオメタルはこのままにしておくとして、脱出方法はアルファとルサールカに情報を流す」


 確認を取らずにアルスは断言した。

 彼らは迷い込んだ魔法師を帰したといったが、廃屋の埃の積もり具合からいって彼らも相当長い間利用していなかったのだろう。


「わかった。頭領には事後承諾で構わないだろ。元々あの人が見つけた場所だしな。それにここも頻繁に使われていたわけじゃない」


 バシュロンの決断にランドルフも渋々頷いた。

 彼の苦虫を噛み潰した顔は、おそらく頭領であるロゼの反応を予想したためだろう。


 次なる会話は廃屋の中で行われた。

 立ち話も、ということだったが屋内の荒れた様子を見た二人は一瞬だけ硬直してみせた。

 アルスが散々本棚を荒らしたせいで、実に廃屋らしい様相を呈している。


 すぐさま、ランドルフは水桶の中を確認して、鼻を曲げて桶を外に運び出した。

 椅子などは丈夫な作りだったので特段問題もなく使えた。


 十分寝泊まりできる広さといえど、六人が入ると手狭には感じられた。

 バシュロンは真正面にある本棚の荒れようを見て、その中の一冊に視線を釘付ける。


「これ読んだか?」

「あぁ、そこに書いてあるのは事実か?」

「さあな、俺たちは知らない。それを集めたのは頭領だ。言っとくが頭領の私物だからな」

「こんな場所にあるんだ、いらん私物だろ」

「おめぇ、嫌われてるだろ」

「無口でも良い顔はされないな」


 ぶはっ、とバシュロンは堪えきれずに吹き出した。豪快に歯を剥き出したその様子は、品こそないものの自由を与えられた者の特権のようだった。


「そうか、大概俺もこの面だ、友好関係を作るのに一苦労する」


 軽快に言い放つが、バシュロンの場合は主にみてくれが大部分を占めそうだ。


 話し始める前にランドルフは、不自然な立ち方のアリスを認めて眉を顰めた。

 怪我のことを伝えると彼は荒い口調で付いてこいと薬棚からいくつか抱えてアリスを指名した。


 「幸いあの原水には多少の治癒効果を期待できる」とぶっきらぼうに言い放って外へと出て行ってしまった。

 バシュロンは何度か顎を摩ってぶっきらぼうに出ていくランドルフの背中をみやる。

 「程度にもよるがランドルフは、うちの中じゃ割と詳しい方だ」とこれまた曖昧な物言いをした。


 困惑気味のアリスに、ロキが一緒に行くことを伝えると二人は共に外へと出て行った。


「んで、そっちの目的を聞くのがまだだったな」


 本題に戻したアルスだったが、この一言に待っていましたとばかりにニッケンが前のめりで食いついた。


「ロンブメーション商会を営んでおります、ニッケンです」


 慣れた所作はあまりにも不用意にアルスの間合いを土足で踏み越えてくる。

 あまり不快に感じず、物腰の柔らかな空気感はパーソナルスペースの警戒を著しく低下させてくる何かの魔法のようだった。


「商会とは少々古い言い方をしますね」

「そうでしょうとも。この屋号は古くから使用していますし、代々引き継いできたものですからね。ですので、本社を構えるルサールカではちょっとしたものでしてね」


 屈託のない笑みでニッケンは埃っぽいテーブルの上で手を組んだ。

 貴族のような不遜な態度はなく、どこか相手に阿るような雰囲気でニッケンは続けた。


「ここは私が話した方が、わかりやすいでしょう。1位の貴方とここで出会えたのも何か運命的なものを感じます。まず、この二人を雇ったのは私です。彼らは外界に詳しく、魔法師とは違う独自のルートを開拓しているためです」


 彼の話し方は聞く者を引き込むようにテンポ良く、時には間を置いて続けられた。


「では、何故魔法師ではない私が外界にいるのか」

「ついでに言うと商会の会頭が」


 そっ! とニッケンは調子良く指を弾いた。

 隣をドカッと座っているバシュロンは横の軟弱なニッケンに嫌悪感を湛えた目を向けている。いかにも彼の軽薄そうな語り口が鼻に付くといった風だった。



 数分もするとランドルフを先頭にロキとアリスも帰ってきた。ランドルフも入ってくるや否や、ニッケンの上機嫌な口舌に顔を引き攣らせていた。


 「ま、そっちの嬢ちゃんは普通なら大怪我だが、幸いあの水につけたから大丈夫だろ。応急処置も良かった。ちと古いがここには抗生物質もあるしな」とランドルフはアリスの礼を黙殺してバシュロンとニッケンの間に直立した。


「では話を再開しましょう」とニッケンは場の空気をみてニッコリとアルスに目を合わせた。


「魔法師の貴方がたはご存知ないと思いますが、今内地の需要は外へと向いています。国家戦略として外界に資源を求める案は以前から議題に上がっていたようです。もっとも我々は以前から目をつけておりましたがね。

 それはさておき、今では医療関係や食品などが注目を集めています。そこで当商会は少しずつ外界にある様々な資源を調査しており……そうそう、昨今では外界産の香草など、茶葉を製品化しております。品種を外界から取ってきて、内地で栽培するといった感じでしょうかね。まだまだ数は少ないですがね」


 ニッケンは話し足りないとばかりに「気温がね」とか「魔力の影響も」とか、栽培の難しさを流暢に語った。


 アルファでは軍属でないものが外界へ、そうひょいひょい出ていけるものではない。

 魔法師だけが、外界を練り歩けるとも言えるほど厳格な規則を設けているのだ。

 ニッケンはその疑問を汲んだのか。


「リチア様はいくつかの商会に許可を発せられました。外界への資源・資材の調達、もちろん調査は独自の責任においてね」


 アルスはリチアの嗅覚を称賛するとともに、その決断力に脱帽せざるを得なかった。

 研究者や専門家を除いて、7カ国内で一般市民を外界に出入りさせることを許可したのはルサールカが初であろう。枯渇する資源を外に求めることは至極当然ではあるのだが、それを縛る法や倫理を突破するのは難しい。


 かくいうシセルニアも逸早く外界へ手を伸ばしたいと考えていたはずだ。

 ルサールカに先を越されたとはいえ、この先非魔法師の外界ラッシュが起こるのは必定である。

 外界で得た情報を軍が収集するという構造にもなっているのだろう。





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