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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第3章 「拐かしの深森」
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イブサギの中心



 誰も一言も発さず、それは言語をどこかに落としてしまったかのようであった。

 それから間もなくその時は訪れた。

 人が消える、また認識から弾かれるという表現には何一つとして前触れがなかった。それは目の前で忽然と消え去ってしまうことが自然のことのように感じられたのだ。


 驚きは後からやってくるように——理解することを阻まれる。


 奇妙なことだが、アルスはロキとニッケンが空間に飲み込まれるようにして、気配もろとも消え去ったことに眉一つ動かさなかった。


「これで信じてもらえたか?」


 バシュロンとランドルフは同時に命拾いしたといった様子だった。

 その後、すぐさまロキから合図である使い捨てAWRの発光を確認する。



 二人は最後までAWRを手元に戻す気配を見せず、協力的な姿勢のまま。

 が、バシュロンはまるでこの機会を待っていたとばかりに話題を切り替えた。


「さて、あんたの事は聞いている」

「……誰からだ」

「それに答える前に、俺らは傭兵紛いのことをしている。ライセンスも持ってない根無草だ。外界にもいくつか拠点を構えているが、このイブサギは割と重宝してるんでな。場所が場所だけに頻繁に立ち寄る場所でもないが」


 余所者が消えたことでバシュロンは饒舌になった。

 ランドルフは今気づいた様子だったが、バシュロンは初めからアルスだと知って早々と降参したのだろう。


「頭領にアンタも会ったはずだぜ。俺らはそう聞いている」

「覚えがないな」


 ピクリとバシュロンの硬そうな口角が嫌そうに曲がる。


「ん〜思い込みが激しいから俺らにはかなり話を盛ったかもしれない。ロゼという名前に聞き覚えは?」

「……さあ、どうだったか。それがお前らのボスの名前か」

「まぁな、ボスというほど組織だった感じじゃない。あぶれ者が寄せ集まっただけだ」


 ボリボリと頭を掻いたバシュロンは心底嫌気がさしたように、肩を落とした。


「ハイドランジの軍本部で会ったと言ってたんだが。うちの若い奴らを何人か連れて調査に向かって……頭領はハイドランジ軍に結構出入りしてたんだがなぁ」


 アルスは思い出すような素振りを見せてから。


「そういえばいたな、そんな女が。本人は傭兵と言っていたが、このご時世だ、傭兵崩れといったところか」

「——!?」


 バシュロンはそれに反応を示さず、代わりにランドルフが眦を吊り上げて食って掛かろうとした。

 即座にAWRを取りに向かわないところを見ると、感情先行のようで芯の部分では冷めているような印象を受ける。


「挑発行為はやめてくれ」

「あぁ悪かったな。害があるのか試しただけだ」


 ランドルフは感情に蓋をするが気に食わないといった様子でバシュロンの制止に従う。

 図体のデカさに似合わずバシュロンは至って冷静に相対した。


「こっちは仲間を向こうに一人送り込んでんだ。ここでやり合う必要はお互いになくなったはずだろ」

「そっちが送ったのは非戦闘員だ、迂闊なことをしたな」


 バシュロンは万が一に備えてニッケンは非戦闘員であるよう偽装させた仲間であると、口にしようとした。

 が、そんな抗弁はすでに瓦解している。アルスの魔力に当てられた様は偽装の仕様がない。あれは決定的にニッケンが戦闘員でないことの証明だった。


「チッ……こっちは降伏した」


 アルスは相手がベラベラと解決方法を提示し、それを確認した今、彼らと事を構えても問題ないと踏んでいる。

 寧ろ、余計なリスクを負わないために無力化させてしまうのも一つの手段だ。

 実際そこまで考えないまでも、知らない相手に寝首をかかれないために慎重にならねばならない。


 アリスもいるため、足元を掬われるなど間抜けもいいところ。

 相手を挑発したのも、万一に備えての分析もある。


 バシュロンは慎重な性格なのだろうが、なるほど傭兵というのは嘘ではないらしい。それも外界に小規模とはいえ拠点を構えるほどだ、駆け引きは不得手とみえる。


 ここから先、彼らを敵とみなさないとしてもどこかで信用しなくてはならない。

 何故なら、この後アルスも水を飲まなければならないのだから。最悪、彼らの方が先にあちら(、、、)側に行ってしまえば人質を取られかねない。

 まだアルスの知らない秘密がないとも限らないのだ。


「あちらからこっちに戻ることは?」

「……自然と抜けるのを待つしかねぇ。最低でも三日は抜けない。俺らも効力が完全に抜けてるから飲む必要がある」


 相手も言葉を選びながらアルスの出方を窺っている気配がある。素直に答えるか逡巡があったが、バシュロンは博打をしないタイプなのだろう。


「話を戻すが、頭領はアンタのことを偉く気に入ってるんで俺らは敵対の意思を放棄した。もっともここでやり合うつもりなんて初めからなかったがな」

「そうだぜ! 俺らは何度かここに辿り着いた魔法師を帰してやってる」

「アルファじゃ聞いたことがないな」


 ランドルフはスカーフを緩めて、大きく唾液を飲み込んだ。その時に首に大きな傷跡が覗いた。


「そりゃそっちはあまりイブサギには入らないようにしているからだろ。ルサールカからの魔法師は何度か助けたことがある。とはいっても帰り道を教えた程度だが……」


 イブサギは地形的に二国間の排他的領域を跨いでいるが、両国間の協議は持たれておらず、不文律として不干渉化している。

 ランドルフの説明にバシュロンは補足するように続けた。


「こっちも外界に精通しているからこそ仕事をもらえるんでな。ここを簡単に突き止められちゃ困る。それに帰り道を教えてもイブサギを抜けりゃ、そこもまだ外界だ。内地まで付き添うことは俺らもしない。無事に帰れても水を飲むことで帰り道が分かるんで、軍に戻っても効果は抜けてるもんだ。抜けた状態で小川を見つけるのは難しいからな。ここの小川はいくつかの支流に分かれてる上、度々場所も変わるってわけだ」


 小川を見つける方法はアルス達が行ったように、誤認している進行方向とは全く関係ない方角を目指すことなのだろう。

 一人では困難でも二人以上ならば、小川を見つけるために別の道を絞れる。東西南北の内、二人ならば二つは潰せるのだ。地形との兼ね合いで、もっと複雑なのだろうが。

 その意味でいえば、アルス達は運にも恵まれたのだろう。


「まあいい、お前達を信用するというならAWRはそのままだ。他の武装もその場に置いていけ……まだあるんだろ?」


 バシュロンは頷くとすぐさま、他の装備一式をその場に置き、ランドルフも彼に倣って装備を放り投げた。


「これでアンタのいう通りにした。ならパンツいっちょになるか?」


 ランドルフは皮肉げに言い放つと、投げやりな態度で肩を竦める。

 ここまで警戒するのは何もアリスの存在があるだけではない。この二人は普通の魔法師よりも外界に精通している。それだけで腕の程は容易に想像できた——警戒に値するラインを越えるという意味で。



 それから二人とアルスは距離縮めて、一斉に湧水を口に含む。

 ロキの時は数分で認識できなくなった。

 元の位置に戻るとその時がくるまで無言の待機が続く。

 そして今度はアルスらが消えたという表現よりも、ロキ達が見えるようになったという表現が正しかった。



「やあ、ご機嫌いかがかな?」


 そんな心無い言葉はニッケンの口から出てきていた。

 首筋にしっかりとナイフが突きつけられ、それはまるでパンにバターを塗るようにピッタリと薄皮の上を撫でている。


 アルスの意図、もとい懸念を察したロキはお手本のように人質を確保していた。


「あんたはご機嫌なようだな。チビらなかったのは褒めてやらあ」

「ははは、ギリギリで堪えてるところなんだ、こんなレディーの前で粗相は勘弁願いたいね。だから、あまり時間がないんだ」


 ニッケンはランドルフに対して冷や汗を浮かべながら足を擦って見せた。ニンマリと笑っているが、それも随分限界に近いようだった。


「それはこっちの台詞だ。馬鹿してねえだろうな」


 ランドルフの不安は、相手方の機嫌を損ねていないかという点に尽きる。

 ニッケンはナイフを突きつけられていることを忘れて首を振った。その拍子にナイフの先がチクリと首を突いた。


「イッ、ヒイイィィィ勘弁してくれ!!」

「はい? 自分から刺さっておいてそれは……」


 ロキの呆れ顔がアルスと、それからバシュロン、ランドルフへと向けられたが一様に浮かべた顔は無視であった。


「ロキ、その辺にして——、おっ!?」


 状況を理解しないままアルスへとダイブを決めたのはアリスであった。

 金槍を放り出す辺り、予想以上に深刻な状態らしかった。


 胸の中でボロボロと啜り泣く少女は、やはりまだ生徒なのだろうと感じる。

 自分の意思では止められない嗚咽は、小さな女の子のそれだ。


 ポンポンと頭に手を乗せて宥めるが、ここまで取り乱すのも珍しい。彼女はそういうことに疎いか鈍いと思っていただけに意外な一面——見えなかった一面なのだろう。


「ヒクッ、ヒク……何ですぐ来てくれないの、怖くて怖くて、独りぼっちで……グスッ」

「あぁ、ちょっと不足の事態でな。悪かった。でも、お前も……すまなかった」


 「お前も少しは自分で」と言いかけてアルスは呑み込んだ——今は不要なその言葉を。

 我が子を千尋の谷に突き落とすというが、そんなに急ぐ必要もないのだろう。彼女には彼女なりの歩調があって、それを無理矢理急がせるのは違う。


 誰かが自分の周りからいなくなってしまうのをアリスは恐れていた。

 外界という世界が、まだアリスの中では異世界のそれなのだろう。内地と地続きの同じ世界だとは理解できないのだ。まだ理解しようとしている段階か。


 アルスのように一人で生きていく必要はないが、彼女には一人になっても立ち竦まないで欲しいと思えてしまう。

 ロキのこちらを見るなんとも形容し難い顔はどうしたものか。

 アリスの心の脆さを垣間見たようでもあり、それは同時に外界への適性がないとも取れる。


(仲間と離れる心細さを克服するところからだな。アリスの自分への自信のなさがこんな形で出たか)


 予想できたことだけに少し歯痒い。

 隊員と散り散りになることは珍しくない。そんな時に自分を支えるのは自分しかいないのだ。

 彼女に力をつけさせることが自信に繋がると考えていたが、少し考えなければならないのだろう。


(たった数回外界に出ただけだ、まだ)


 バシュロンとランドルフは黙ってじっと待っていてくれていた。茶化すでもなく、動かないことこそ誠意だと言いたげに。






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