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最強魔法師の隠遁計画  作者: イズシロ
第5章 「アフターコンセンサス」
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言質取りの囲い

 7階建ての最上階に位置する総督の部屋から防衛ラインが一望できる。緊急事態の際には防護壁の疑似映像を切って外界を見渡すのだ。


 とはいってもそれほどの事態になったことは実は一度も無い。正確にはバベルの防護壁ができてからその模様が切れた試しは皆無。


 赤黒いカーペットが敷かれた総督の部屋には調度品はない。これは本人の趣向によるためだ。殺風景というわけではなく、代わりに膨大な資料の山が築き上げられている。


 入室を促し、厳かな空間に立ち入ると、時計に目をやったべリックが驚いたように口を開く。


「珍しいな、2分とはいえお前が遅刻するとは」

「それはリンデルフ防衛参謀長殿に言ってください」


 「そうか」と笑みを浮かべたべリックはソファーを勧める。


「おい、さっさと入れ」


 扉の前で固まっている二人、しかし、それはアルスの声によってすぐ解かれた。


「あっ!!」

「久しいなアリス君」

「アリスは総督と知り合いだったのか?」


 話の経緯を聞けば、グドマの【エレメント因子分離化計画】最初の事件の時に指揮を執ったのがべリックだと言う。

 その後、何かとアリスの世話を焼いたらしい。それがグドマを取り逃がしたことへの贖罪のようなものだったのだろう。


「そうか君も魔法学院に入学していたのか、ふむ、そうかそうか」


 芝居じみた口調に違和感を感じたのはアルスだけだった。それも直接総督と面識があるのが彼だけなのだから仕方のないことではある。

 


「今回の件は俺の不手際だ」

「まあ気にするな。ヴィザイストからも報告は上がってきている。何も問題はない」


 アルスもそう言われるだろうと予期していただけに罪を問われると危惧していなかった。実害はなく、アルスという最高位を投入したのだから、実質彼に責任が及んだことは今までもない。これはベリック主導の任務であり軍内部でもあまり公にはされていないという理由もあった。


「私とてお前の教え子がアリス君だったとは思いもよらんかったしな」


 このどうにも先を行かれている感覚にアルスは身に覚えがある。暗闇の中で彷徨っていると適度な間隔に明かりが灯っているような。


 テスフィアとアリスはソファーに腰を落ち着けたが、アルスは一応軍人なためそうはいかず立ったままだ。軍の余人を交えないため、口調だけはぞんざいだが。


「テスフィア君も久しぶりなのだが、覚えてはいないだろうな」

「えっ! …………すみません」

「いや、君はまだ5・6歳ぐらいだったからな」


 フローゼが退役を申し出たきっかけがテスフィアの存在なわけだ。盛大なパーティー――送別会――の席で簡単な挨拶を交わした程度なのだからテスフィアが覚えていなくても仕方がない。ましてや幼い頃、10年も前の話なのだから。


「で、そんなことを言う為に来たのではないだろう?」


 べリックもアルスがわざわざ不手際の謝罪などでくる玉ではないことを知っている。

 頷いたアルスは本題に入った。


「アリスが人体実験を施された際に魔力の情報体に欠損が見つかった」

「――――!! 本当かっ!」


 それは心の傷に追い打ちをかけるものだ。べリックは苦い顔浮かべた。


「それ自体に大した影響があるわけではない。事故と言っていいだろう」

「いや、事故で済まされる問題ではない」


 アルスとしては偶発的なものといったつもりだったが、べリックはそれ以上に重く受け止めたようだ。


「その結果、アリスに無系統の素質が生まれた」

「――――!!!!!」


 これに目を剥いたべリックは混乱するように机の上で組んだ手に顎を乗せた。


 アリスにはすでに聞かせているため動揺は少ない。そして初めて聞くテスフィアは動揺や混乱とは違い疑問符が頭の上で大きくなっている。


「それではお前と同じ……」


 それ以上をアルスは手で制した。


「いや、無系統には違いないが、俺とは違う」


 その一言で迂闊な言葉が喉から出かかったべリックは即座に理解し、自責の念に駆られそうになる。

 だが、それは同時に懸念も含まれた。無系統を人体実験の末、意図的に作り出せるというもの。

 べリックは一度ソファーに座る二人の少女を見る。


「そんなことができるのか」

「できないな、偶然だ。それに俺みたく全ての情報が無いわけじゃない。光系統の一部と考えていいだろうな」

「そうか、それがわざわざ来た理由か」

「総督には庇護の義務があると思うのだが」


 ふ~と一息吐き、整えられた髭を揺らした。


「無論だ。義務と言わずとも何かあれば私が後ろ盾になろう」

「ありがとうございます」

「これぐらいは構わん。寧ろ私から申し出たいほどだ。安心してくれ、君の安全は私が保障しよう。自分から火中の栗を拾わない限りはな」


 アリスは少しばつの悪い顔を浮かべて、お辞儀をして承諾の意を伝える。


 アルスはこの言質を取りに来たのだ。今、アリスの無系統が広まれば、グドマのようによからぬことを考える輩は必ずいるからだ。



 これで話は終わるはずだった。少なくともべリックはそう考えていた。

 テスフィアとアリスも席を立とうとしていたのだから雰囲気で言えばお暇する場面だった。

 しかしアルスは話を切り替える。


「それで総督、【魔法親善大会】のことですが」

「そう言えばそろそろだったわね」

「年に一回の一大行事だよ!」

「ヴィザイストか」


 首肯せずに続ける。


「俺は出る気ありませんよ」

「そう言うだろうとは思っていたが、私に言っても始まらんだろう。お前は第2魔法学院の生徒なのだから、学院の選考に委ねられる」


 アルスはそう来たかと。


「では落ちてしまった場合は関与しないということですか」

「…………手を抜くことは許さんぞ」

「――――!!」

「大会とは言え、神聖な勝負に無粋はいかんだろ」


 ああ言えば、こう言う。これで落選したと言ったら口を挟むに決まっている。それを見越した命令・・だ。


 べリックもかなり無理があるとわかっているのだろう。ため息を溢すとフルフルと語り出した。


「今さっき【ルサールカ】から連絡があってな、今年も優秀な魔法師が多いと言ってきよった。わざわざ・・・・な」



 【ルサールカ】はアルファの隣国に当たる大国だ。前回、前々回と優勝を勝ち取っている。アルファも優秀な魔法師が多いと自負しているが、毎年苦汁を嘗めさせられている。というよりも下から数えたほうが早いという情けない結果に終わっていた。


 それが本音なのだろう。国の威信が掛かっているとはいえ、多少なりとも私情が絡んでいるのは明白だ。


「お断りします。そんなこと俺の知ったことじゃない」


 今年はアルスが学院の生徒になったことで出場資格を得たことになる。


「何も悪いことばかりではないぞ。アルファが優秀な魔法師を育成できる力を示せれば将来的にお前が楽できるじゃないか」

「そんな易い言葉に乗るわけないでしょ」

「無論ただとは言わん、他国の古書を十冊集めよう。お前が金持ちとはいえ、金で買えないものは多いぞ」

「くっ……」


 手玉に取られているとは分かっていても迷いが生じる。アルファ国内の古書は全て読み尽くしたと言っても過言ではない。正確には匹敵するほどの知識は得たということだ。

 研究に行き詰っているわけではないが、探究心というものは留まるところを知らない。

 本格的に考え始めたアルスにべリックは口の端を上げて畳みかける。

 その脇で呆然と成り行きを見守っているテスフィアとアリスは目を文字通り丸くしていた。


「ならば、出場しそれなりの成績を残せば来期の単位を一部免除するようにシスティに掛け合ってもいい」

「の……乗った」


 買収されたアルスは差し出されたべリックの手を取った。


「汚い!」


 一部始終を見ていたテスフィアが明け透けに述べ。


「買収されちゃったね」


 どこか嬉しそうに笑みを浮かべたアリス。


 そして二人に向かってべリックがはにかんだ。


「大人の事情だ。成果を上げた者を労うのは大人として当然」

「今回だけだからな」


 アルスが牽制を投げるが、べリックは内心で何回か使えそうだなと考えていた。



 ♢ ♢ ♢ 



 帰りは行きで言った通り【フォールン】に立ち寄りゆっくりと向かう。時間的にもそれほど遅くはなく、まだ明るい。


 全ての店に立ち寄ったのでは到底一日では見回れないほどの数だ。ある程度厳選しなければない。

 と思った傍から二人が付いてこない。


「フィア、これなんだろ?」

「ん~……さぁ」


 店先に置かれたケースの中を首を傾げながら眺めている。

 そこには円形に魔法式が刻まれたコインがいくつも置かれている。


「それは信号煙だな、軍でも支給されるが救援や場所を知らせるために使うんだ、あとは目くらまし用のもある」

「へぇ~」

「そんなものまであるのね」


 使い捨てのものだが、良質なものは相応に高値が付き、桁が増えることすらある。ただ、これを買う場合は軍御用達が良い。というのもケチって粗悪品を掴まれされると引火したり、爆散する恐れがあるからだ。

 これは魔法式の刻み込みで判断ができるが、普通の魔法師では不可能だろう。


 この二人は何かを買うという欲はなく、単純に興味を惹かれる物に立ち止まるのだ。

 だから――


「俺は行き付けの店に行くから転移門で待ち合わせだ」

「私も付いていく」

「私も~」


 アルスがそう言いだせば、ひょいひょいついてきてしまう。


「構わんが、つまらないぞ」


 こんなことを言っても無駄だろう。目に付くもの全てが新鮮ですといった顔なのだから。


 アルスは何度も通っただろう細い路地を分け入って奥にポツンと店を構える、見るからに古ぼけた家へ入る。触れた物全てが、軋みそうな木造建築。


 一応店なのだが、外から見ればただの民家だ。二人が「えっ!」と声を上げるのも不法侵入だとでも思ったのだろう。


 木造の家、引き戸を開けると付けられた呼び鈴が鈍い音を鳴らす。未だにこんな建築物が残っているのだから面白いものである。主人曰く、趣があるらしい。


「親父いるか?」

「その声は…………お前か」


 奥から出てきた老人というには活力が漲っている声。

 同年代ならば杖をついていてもおかしくないだろうが、この老人が必要になるのは相当先の話だろう。


 アルスはがくりとした店の親父に誰と間違えた? とは聞かない。

 なんせ毎回同じことを言うからだ。

 一見の客にも同じことを言っていたこともある。


 それでもボケたわけではない。

 以前の会話の内容も覚えている。というか物覚えは良い方だ。

 店の主人をブドナと言い、近所でブドナ爺と呼ばれているのを聞いたこともある。



「最近はどうだ」

「ぼちぼちだな、ルサールカで新しいAWRが出てからこっちにも流れてきたからな、他の店は閑古鳥かんこどりが鳴いてるぞ」

「そんなに違うのか?」


 この街でもかなりの情報通がこの親父の特徴だ。そしてなんといっても鍛冶屋であるこの店、如いては親父の腕は確かだ。

 軍でAWRの製作部門にいたこともあって辞めてからもそのノウハウを生かして細々とやっているらしい。


 知る人ぞ知る名店で名匠と言ったところだろう。


「違うってこたぁない。ただシングルやダブル魔法師の特注AWRが量産されたんじゃ。誰だったかなシングルが使う魔道書タイプのAWRが今人気が高いな、あんなもん使えるのは僅かな魔法師だけなのにのぉ」


 ビジネスとしては的を射ている。シングルともなれば全魔法師の憧れだ。そのAWRが出回るとなればブランドのような付加価値がつく。無論コストを抑えるためにも材質は違うのだろうが。


「安心しろ、お前さんのはワシの最高傑作だ。あれを量産しようともお前さんしか使えん」


 アルスのAWRもこのブドナ爺さんと共同で作ったものだ。

 極細に縮小された魔法式はそのロストスペルを理解していなければまともな魔法を発動させることは難しい。


「えっ、アルのAWRはお爺さんが作ったんですか?」

「共同だがな、こやつが魔法式を刻んでワシがAWRを仕上げた」


 悦に浸るように想起させたブドナ爺さん。


 アリスの背後でテスフィアが物色しながら商品をチョコンと手に持った。


「コレッ!! 触るんじゃない」

「いいじゃない少しぐらい、ケチ」


 テスフィアが舌を出して悪態を吐く。


「お前さんが一人じゃないのは珍しいな」

「いろいろとな」


 それでも輝いた目をしたテスフィアがいろいろ見て回る。その姿をブドナはしわがれた目をさらに細めて監視する。


「素人でもわかるほど凄いのに」

「――! そうか? お前さんも見る目があるな」


 この老人は褒めると話が長くなるため、アルスが話を引き継ぐ。


「俺のAWRは構想自体できていたんだが、軍に設計図を持っていっても不可能だと突っ撥ねられたんだ。腕が良いって評判をたまたま聞いたんでこの店に持ち込んだんだよ」

「へー」

「あの鎖はのぉ全部少しずつ材質が違うんじゃ、正確には芯は同じだが、魔法式に適したコーティングを施してある」

「えっ! 何百ってあるよね?」

「そうじゃ、2年掛かったからのぉ。さすがにあれを超える仕事には出会えんな」


 親父の脇にある急須にお湯を入れようとした辺りで長くなりそうだと思った。

 あまり時間がないこともあり、アルスは用向きを伝える。



「AWRの材質でいいのは入ってないか?」

「ワシの店にあるのは全て自分で目利きしたものじゃぞ」

「いや、そういうんじゃなくて」


 良質ってだけじゃないもの。

 それを親父はすぐに理解した。通っていただけあり、アルスが何を言わんとしたのかがわかったのだろう。


「ないことはないが」


 重い腰を上げると、店の棚ではなく奥へと歩いて行った。そしてすぐに戻ってくると、その手に黄金のインゴットが載っている。


「それは?」

「さあな」


 あまりの輝きに物色していたテスフィアが体を割り込ませた。


「金?」

「おい、貴族が意地汚いことすんじゃない」

「いいじゃない。綺麗なんだから。黄金ってやつね」

「いいや、違う。正直わからん鉱物だ。ただ魔力の伝導率は良いからAWRの材料にはなるんだが、解析できん以上商品としては使えなくてのぉ」

「面白いな」

「お前さんが来たときにでも見せようとおもっとったんじゃ」


 受け取ったアルスは隈なく見渡す、どうにもただの鉱物には思えないが、この場では何もわからなかった。


「親父いくらだ」

「もう金には困っとらんわい。値段は家にある平均価格で構わん。その代わり……」

「わかってる。この鉱物が解析できたらAWRの製作を依頼する」


 アルスはライセンスをレジの横にある引き落とし機に翳した。

 レジには0が6つ。


「――――!!」

「高っ!」

「この店にあるのは一級品ばかりだからな、お前が持っていたのも高価なものなんだぞ」

「ホントッ!?」


 少なくとも普通の魔法師の年収を超えるだろう。

 アルスが買ったものは贅沢しなければ家が一軒買えるほどの金額だ。


 さすがにこのまま持ち帰ったんでは人目を引き易い。

 ブドナ爺さんは簡素な木箱に入れてくれる。

 その目には輝きを反射した以外にも、また最高の仕事ができる期待に胸が躍る若い光を宿すのだった。


 つくづく職人だなと受け取ったアルスは「近いうちに」と言って店を出る。

 

 外は暗くなり始めた頃だろうか。

 この時間帯はまた少し違う顔を見せるのが【フォールン】という街だ。


 大通りには露店が並ぶ。掘り出し物も多くあるため、別の賑わいをもたらす。

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